1979年のソニー・ウォークマンの登場以来、音楽を外に持ち出して聴くことが当たり前になった。カセットテープからCD、MDそしてデジタルデータの持ち出しを可能にしたiPod、そして、現代のDAP(デジタル・オーディオ・プレーヤー)など「音楽を聴くためだけに開発された機器」つまり<音楽再生専用携帯機器>が数々提案されてきた。

それとは別に、現代ではスマホなどの通信端末で音楽を聴く機会が増えている。特に通信環境の飛躍的な進歩と音楽流通方法の変化を背景に、「サブスク」と呼ばれる音楽ストリーミングサービスを利用しつつ、スマホで音楽リスニングを楽しむ人が大多数なのではないだろうか。

ご多分に漏れず記者も外出時は、スマホでSpotifyやAmazon Music、Apple Musicを利用している(3つも利用しているのは業務上の都合から。本来はどれかひとつで充分だ)。それなりのグレードのDAPも持っていて、スマホのテザリング機能を利用することでこれらサブスクも一応聴けるようセットアップはしているが、スマホに比べると手間がかかるため、利用頻度は正直少ない。

ササッとスマホで音楽を聴けるのが楽でいいのだが、やはり不満はある。それは音質。スマホだからしょうがないとは思っていても、もう少しいい音で聴ければナと思っていたのも事実である。

USB Type C端子搭載スマホ、パソコンと連携して使うヘッドホンアンプ

そんなときに登場したのが、アステル&ケルンの新製品「PEE51 AK USB-C Dual DAC Amplifier Cable」(以下、PEE51)だ。

本機は、簡単にいえば、最近特に増えているUSB Type C端子を備えるスマホやパソコンとつないで使うポータブル用途のD/Aコンバーター兼ヘッドホンアンプだ。

D/Aコンバーター/ヘッドホンアンプ
アステル&ケルン
PEE51 AK USB-C Dual DAC Amplifier Cable
¥14,980(税込)
●型式:USB Type C接続専用D/Aコンバーター+ヘッドホンアンプ
●接続端子:USB Type C端子1系統(Windows10/Mac OS/Androidスマートホン/タブレット)、3.5mmヘッドホン端子1系統
●対応サンプリング周波数/量子化ビット数:PCM・最大384kHz/32ビット、DSD・最大11.2MHz/1ビット(ネイティブ)
●寸法/質量:USBプラグ部・約17×50×10.3mm、本体・約12×20×8.2mm/約25g

PEE51のコンセプトとして資料には、以下の4点が掲げられていた。羅列してみよう。

1. Hi-Fi、超高解像度サウンドを備えた専用デュアルDAC
2. 小さいながらも強力な出力 Astell&Kernのシグネチャーサウンドとデザイン
3. ほとんどのデバイスでプラグアンドプレイ
4. ノイズシールドカスタマイズドケーブル

細かく製品スペック等の孫引きはしないが、要はアステル&ケルングレードの高音質を備えたポータブルUSB Type C端子接続用のヘッドホンアンプで、内部的にはシーラス・ロジック製CS43198チップを2基備えたデュアルDACが搭載されるなど、本格的な設計が施されている、ということだ。

USB Type C端子とつなぐだけで自動認識して即使用できる手軽さもウリのひとつ。対応機器は、Windows10 OSならびにMacパソコンとAndroid OS搭載のスマホ、タブレットだ。厳密にいえば上記の端末でUSB Audio Class2.0に対応しているデバイスが使えるとのこと。また一部の機器では「正しく機能するためには特定の設定を調整する必要がある」(資料より)そうだ。詳細は代理店のホームページ等で確認してほしい。また、iPhone/iPad(iOS機器)には対応していない。

5.65インチ画面を備えたAndroidスマホの横に置いて撮影してみた。コンパクトなことがおわかりになるだろう

ちょっとした変換アダプターくらいのサイズに「いい音がしそうな」雰囲気が漂う

そのPEE51を代理店さんからお借りできたので、早速手元にあったUSB Type C端子搭載のAndroidスマホとの連携で試してみた。

まず驚いたのはそのサイズ。梱包箱自体が名刺ケース程度のサイズで、それを開けてみるとUSB端子とケーブルでつながれた本体が現れるが、それがチューイングガム2〜3枚程度の大きさなのだ。本当にここにDACチップを含むデジタル回路が収まっているのかなと思うほどの凝縮ぶりだ。

スペックシートを見ると本体は12×20mmの大きさで、厚みは8.2mm。ちょっとした変換アダプター程度のサイズと考えればよいだろう。とはいえチタンブラック仕上げで直線を立体的に配置したデザインと、金属の質感を活かしたアステル&ケルンらしい感触が、いかにも「いい音がしそう」な雰囲気を漂わせている。

名刺ケースほどのサイズの梱包箱に収まっている

開梱したところ。高い質感を備えている

簡単接続で圧倒的な高音質を実感。いかにスマホの音が「汚れていた」のが理解できた

スマホにインストールされたSpotifyアプリで聴く。スマホに本機をつなぐとすぐに認識したようで、特に何もせずにあっさりと音が出た。これは簡単だ。イヤホンは、長年愛用しているシュアSE215。曲は配信されたばかりのスティングとハービー・ハンコックが共演した「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を再生した。

スマホ直とPEE51経由と比較すると一聴して情報量が多く、細かい音が圧倒的によく聴こえてくる。ワイドレンジ、高解像度、透明感などのオーディオ的評価軸のすべてで品位が上がっている。オーディオ再生をほとんど意識していないスマホに、オーディオ再生に特化したDACを加えているのだから、音がよくなるのは当たり前だが、その向上具合が想像以上に大きく、ちょっとたじろいでしまうほどだ。ヴォーカルやピアノ、シンバル等を中心に、電気的に繊細なリヴァーブ、響きを加えて作られている曲だが、そのかかり具合が音響空間の中で手にとるようにわかる。逆説的にいえば、PEE51を使うことで、いかにスマホの音が「汚れていた」のかも理解できる。

Spotifyは情報損失のある音源、いわゆるロッシー音源を配信する音楽ストリーミングサービスだが、きちんとオーディオグレードのアイテムで整えた状態で再生すれば「案外いい音が聴ける」と常々感じている。その「いい音」ぶりをしっかり描き出す点こそがまさにPEE51の価値だろう。

Android 9 OSを搭載した京セラ製スマホDIGNO BXにつなぎ、シュアのイヤホンSE215を鳴らす。まずはSpotifyを再生した

Amazon Music HDでハイレゾ再生。繊細なタッチを実に見事に描き、オーディオのマジックを体験

イヤホンをPEE51と同じ代理店が扱っているAcoustune(アコースチューン)HS1300SSに変えてAmazon Music HDを試す。曲はマイルス・デイビスの『Someday My Prince Will Come』から「I Thought About You」(96kHz/24bit/FLAC)。こちらはSpotifyとは異なってFLAC形式でのハイレゾ音源だが、PEE51ありなしで圧倒的な差が現れる。スマホ直での再生だと細かい情報がきれいさっぱり整理されて、音の大切なニュアンスがほとんど消え去っている。

いっぽうのPEE51経由では、マイルス楽団の個々の凄腕メンバーたちが描き出す繊細なタッチがたしかに感じられ、録音スタジオで緊張感を持って演奏している雰囲気まで想起できるようになる。つまり、1961年のニューヨークへ時空を超えワープできる、そんなイリュージョンを感じさせるのだ(大げさにいえばだが)。オーディオ再生の魅力のひとつは、単に音符の並びを感じるだけでなく、そうした幻想を抱かせてくるかにあると考えるが、その意味でPEE51は、ただの通信機器に過ぎないスマホから、イヤホンを再生出力先として、マジックを引き起こす潜在能力を秘めている。

今回はSpotifyやAmazon Music HDなどの音楽アプリを主に使ってみたが、YouTubeやNetflixなどの動画サイトでも音質向上の効果はかなりあった。スマホの画面であろうとも音がよくなることで「AV体験の総合的感動向上具合」は大きい。「THE FIRST TAKE」などYouTubeを使った音楽再生の新たな試みが行なわれつつあるが、そうした新たな媒体でも音質を向上させる意義は大いにある。

Acoustuneのダイナミック型イヤホンHS1300SSを使ってAmazon Music HDのハイレゾ音源を再生した。スマホをソース機器にしているとはちょっと思えない高解像度サウンドが聴けた

小さく価格も手頃だが、USB Type C端末から間違いのない高音質が得られる注目アイテム

パソコンとの連携も万全だ。編集部にたまたまUSB Type C端子を備えているDELLのノートパソコンがあったのでそれを使ってみた。こちらも接続はUSB端子をつなぐだけでドライバー等も問題なく設定され、「プラグアンドプレイ」が確実に行なわれた。この使い方でも、PEE51は、簡単確実にパソコンの音をグレードアップしてくれた。

なお、パソコンはAmazon Music HDアプリで再生したが、本機に限らず、Amazon Music HDアプリでは、再生デバイス選択画面で、オーディオデバイスが簡単に「排他モード」で接続できる。排他モードを使うかどうかで音質にケタ違いの差があるので、こちらは注意して使ってほしい。またPEE51は、基本的にスマホとの連携を前提にしたアイテムなので、音量調整機能は備えていない。したがってパソコンとの連携時にも音量はパソコン側のボリュウムを使うことになる点は予め理解しておきたい。

USB Type C端子を装備するDELL製ノートPCにPEE51をつなぎ、HS1300SSを鳴らした。パソコンのヘッドホン端子につないだ音とは雲泥の差があった。追加するアイテムとしては最小限だったにも関わらず、効果は絶大だった

そろそろ結論を述べよう。ロッシー音源だろうが、ハイレゾ再生だろうが結局のところ、音楽再生装置にはしっかり「オーディオしている」ことが肝心だ。その意味ではPEE51は、小さく、価格も手頃だが、USB Type C端末とヘッドホン/イヤホンを連携して、間違いのない高音質が得られる、確かな手応えのあるオーディオコンポーネント。外出先で単に音楽が聴きたいのなら不要だが、少しでも音楽から感動を得たいと思うのならぜひ注目してほしいプラスワンアイテムの登場だ。

(HiVi編集部 辻潔)