CESリポート恒例の麻倉怜士さんによるメーカーインタビュー、今回はブランド復活から6年が経過したテクニクスについて。この間に多くの注目モデルを送り出し、オーディオブランドとしての地位も確保したかにみえるテクニクスは、2021年にどんな展開を見据えているのか。パナソニック テクニクスブランド事業担当参与 アプライアンス社副社長 技術担当 小川理子さんと、パナソニック株式会社 アプライアンス社 テクニクス事業推進室 CTO/チーフエンジニア 井谷哲也さんにリモートでお話を聞いた。(編集部)

麻倉 テクニクスブランドが復活してから6年経ち、製品数も揃ってきました。これからさらなる発展が期待されていますが、ブランドとしてどのような方向に向かうのか。小川さんのお考えを教えて下さい。

小川 この6年間は、ホームオーディオを中心に、技術の蓄積とラインナップの充実を念頭に置いてきました。アナログ・デジタルの技術について、革新的なもの、テクニクス独自のもの、強みがもてるもの、持続可能なものを増やしたいという視点でやって来ています。最近ようやく、デジタル、アナログの両方で、知見やノウハウなどの色々な資産が蓄積できたと思っています。

 それを踏まえて、ホームオーディオとパーソナル向けの製品展開を増やしています。また「Tuned by Technics」として、ビエラの音質をよくしたり、ディーガの高音質技術もサポートしました。第一フェイズの戦略として、ここまでやりますという目標は達成できたのではないかと思います。

麻倉 なるほど。第一段階は無事終了し、ここからが第二段階だと。

小川 そうですね。昨年11月に発表になった通り、パナソニック自体も会社の形を大きく変えていくことになります。そんな中で、暮らしの空間に関わるブランドとして、テクニクスがどのように価値を高めていくかを探っていきます。

 人が起点となって、動いていく所、人が存在する空間を、どう快適にしていくか。パナソニックには家電や照明など総合的に空間の価値を高めるアイテムがありますが、それらと同じような存在として、テクニクスも貢献したいと思っています。

CES2021で発表された新作ヘッドホンの資料

麻倉 空間の中での過ごし方は人の五感に関わるもの、目で見て、肌で感じるものですから、総合家電メーカーとしてはやりがいのあるものだと思います。しかしこれまでは、その中の聴くこと、音については、別物というイメージがありました。ではこれからの御社の新しい方向性、空間を開発していきましょうというテーマの中で、音はどのように貢献できるとお考えなのでしょうか?

小川 例えば寝室なら、どうやったら心地よく目覚めるか、心地よく寝られるかに着目し、照明、空調、音というテーマで一緒になって実証実験をやっています。あるいはベランダのように今まで注目されていなかった空間についても、「ベランダをオーディオ・ルームしたらどうなるんだろう?」といった新しい考え方が出てきています。

 既成概念では思いもつかなかったものをビジネス・チャンスとして活かす、芽生える可能性を感じているのです。そういうところも見つけていきたいなと思っています。

麻倉 テクニクスという名前は、マニアックな、オーディオ的なものという印象がありますが、そんな枠にはまった考え方ではなく、どんなところでも高音質が大事だという発想なのですね。

 テクニクスで培った技術を上手くアプライしていって、相手の技術を高める。その意味では、テクニクスが高音質を追究してきた経験が、生活空間を充実させていく役に立っているわけですね。

小川 最近は家の中にテレワーク用のスペースを作るというケースも増えています。その際には、リモート会議の声が漏れないように防音機能をきちんと備えたテレワークスペースが求められていくでしょう。

 テクニクスでは「Space Tune」などの開発を通して、単に高音質だけではなく、音が空間にどのように伝播するかとか、どんな風に反射しているか、どうすれば均一な音圧コントロールが出来るのかとかといった、色々な技術を持っています。そういった面でも、これからのニューノーマル時代に貢献できると、私は思っています。

麻倉 リモート会議は今後ますます増えていくでしょうが、その際にPC内蔵スピーカーやイヤホンよりも、ちゃんとスピーカーをつないだ方が会話自体も聞き取りやすいし、会議の相手にとっても印象がいいはずです。そういう意味では生活の音、仕事の音の重要性が、ニューノーマル時代になると増していくでしょうね。

小川 そうですね。コミュニケーションの質も変わっていく気がします。

一体型オーディオシステムOTTAVA f「SC-C70MK2」(¥100,000、税別)

麻倉 さて、テクニクスブランドについてうかがいますが、製品ジャンルとしては大体のものが出てきました。一部では二代目モデルも登場していますが、今年はどのような分野に力を入れる予定なのでしょう?

小川 リファレンスクラスのプリメインアンプ「SU-R1000」もようやく発売できることになりました。また一体型システム「SC-C70MK2」のように第二世代機として進化させるカテゴリーも出てきました。今後は、それらで培った技術をどう使いこなしていくのか、を重点的にやるべきと思っています。

麻倉 井谷さんにもお話しをうかがいたいと思います。テクニクスとして今年はこういうところを頑張るぞ、というテーマを教えて下さい。

井谷 技術の現場では、今年の秋に向けていくつか商品を仕込んでいるところです。詳細についてはもう少しお待ち下さい……。

麻倉 具体的な製品についてではなく、技術的方向性を、聞かせてください。

井谷 技術の方向性ではありませんが、昨年からお話しさせていただいているように、ここ2〜3年でテクニクスが目指すべき音については内部でも共有できるようになってきました。みんなが同じようなベクトルで、同じようなイメージで、こういう音を作っていけばいいんだという思いが共有できています。それが最近の大きな成果だと思います。

 そういう方向性を持って、さらにこれまで築き上げてきた色々な基礎技術を使って、新しい製品を開発していく年にしたいと思っています。

麻倉 テクニクスが目指す音が固まってきたということですね。音ですから言葉で説明するのはとても難しいですよね(笑)。

テクニクスの最新インテグレーテッドアンプ「SU-R1000」(¥830,000、税別)は今年2月に発売される

井谷 SL-1000Rを作れたことが大きかったですね。あの製品については評論家の皆さんからも高い評価をいただきましたし、テクニクスの音として方向性を定めることもできました。あの音を聴きながら、アンプはどうあるべきかを探っていったことで、今回のSU-R1000が出来たと思うんです。

麻倉 そういう意味では、アナログの中の最高峰を作った意味は大きいですね。フラッグシップに相応しい製品を始めに作って、そこから色々な方向に展開していくというのは物作りの定番だし、それをテクニクスのあるべき音にするというのは分かり易いコンセプトです。

井谷 また6年間テクニクスをやってきて感じるのが、社内でも理解者が増えていることです。

 直近では、SU-R1000に搭載したフォノイコライザー用の「Crosstalk Canceller」の基礎技術は、テクニクスとしては持っていなかったんです。そこで社内で先行開発・基礎研究をやっている部署に協力してもらったのですが、その時もひじょうにスムーズに話がつながりました。

 テクニクス以外のチームとのコミュニケーションがやり易くなって、社内のリソースが活かせるようになってきた。社内でもテクニクスというブランドに対して、理解してくれている人が増えてきたのかなと感じています。

麻倉 さて、今年のオーディオのトレンドとして、イマーシブルが挙げられると思います。先ほど話に出た空間との親和性という意味でも3Dオーディオは重要になってきますが、テクニクスとしてはどう取り組んでいくのでしょうか。

井谷 われわれ自身も学んでいる状態です。コロナ禍でライヴストリーミングが注目されていますが、そこでの臨場感、ライヴ感がひとつのキーになるのかなと考えています。

麻倉 最近はMQAやAURO-3Dなどのハイレゾや、ドルビーアトモスを使った配信コンテンツも出てきていますから、それをどうやって家庭で、いい状態で聴くかもテーマになってくるでしょう。そういったケースでSC-C70MK2のような一体型モデルが使えるといいと思いますよ。

 さて、改めて小川さんにうかがいます。今、小川さんは音だけではなく、家電を含めた技術全般も見ていらっしゃるんですよね。それを踏まえて、ニューノーマル社会への対応というところで、どういう展開を考えていらっしゃるのでしょうか。

取材に協力いただいた、パナソニック テクニクスブランド事業担当参与 アプライアンス社副社長 技術担当 小川理子さん(左)と、パナソニック株式会社 アプライアンス社 テクニクス事業推進室 CTO/チーフエンジニア 井谷哲也さん(右下)

小川 コロナ禍で、私たちのライフスタイルは大きく変化しました。在宅勤務ひとつとっても、ほぼほぼ定着してきました。そうした意味では、すべての事柄においてネットやオンラインが大きな価値を産むようになってきています。

 ということはコネクテッド、つながることが大きな意味を持ってきます。白物家電でもIoT化が進んでいくでしょうし、今後はそれらを使って、ユーザーがどういったところに不便を感じているのか、どんな使い方をしたいのかをデータ化し、活用していかなくてはならないでしょう。

 そういったお客様とのつながり、テクノロジーは物凄い勢いで進んでいくだろうと思っています。今まで日本はそのあたりの変化が遅かったんですが、この1年間でデジタル化が加速しましたので、生活文化という意味でも、普通に取り入れてもらえるだろうと思います。

麻倉 確かにこの1年の変化は急速でした。ある意味ではネットを通じて、社会が家の中に入ってきたともいえます。そうなると家電そのものも見直されて、おっしゃられたようなコネクテッド家電、生活の質を上げる家電が求められていく気がします。そういう意味では、パナソニック、テクニクスともに大事な時期に入っていきそうですね。

小川 本当にそうだと思います。

麻倉 今回のCESはリモートでしたが、9月のIFAやミュンヘン・ショウは開催予定だと聞いています。そこでは、進化したテクニクスの新製品に出会えることでしょう。楽しみにしています。

 CESでは新作のヘッドホンが紹介されました。テクニクスのヘッドホンとしては、第2弾にあたるものです。今回はチラ見せという程度で、正式な発表ではなかったのですが、今年の新作として大いに期待が持てます。磁性流体を使ったイヤホン「EAH-TZ700」もとても優れていますので、テクニクスの技術を進化させた大型のヘッドホンもとても楽しみです。

小川 ありがとうございます。ご期待ください。