パナソニックは昨年のCES2020で、同社初となる眼鏡型VR(仮想現実)グラスを参考出品した。そして今年、オンラインで開催された「CES 2021 Panasonic in Tokyo」でもその後継モデルが出展されている。ではこの1年でVRグラスはどんな進化を遂げたのか? 同社開発陣にリモートでインタビューした(編集部)
麻倉 今日はよろしくお願いいたします。私は昨年のCESでVRグラスの試作品を体験し、とても感心しました。これまでも各社から同様の製品は出ていますが、どれもサイズが大きく、使い勝手もそれなりでした。しかしパナソニックのVRグラスは小さくて、スタイリッシュ。さらにOLED(有機EL)パネルの画質も良好でした。
今回はそのVRグラスがさらに進化したとのことで、とても楽しみにしていました。残念ながらまだ実際の製品をチェックできていませんが、まずは新型モデルの開発コンセプト、進化点について教えて下さい。
小塚 ご無沙汰しております。VRグラスで事業戦略を担当した、事業開発センターXR総括の小塚です。
今回の眼鏡型VRグラスでは、ふたつの課題を解決したいと考えました。ひとつは、オーディオビジュアルの会社として画質・音質を良くしたいということで、もうひとつは装着性改善です。
まず画質では、表示デバイスの画素構造を見えないようにして、さらにHDR再生も進化させたいと考えました。となると当然パネルから変えなくてはなりませんから、前回に続いてVR専用の1.3インチ・マイクロOLEDパネルをKopinさんと共同開発しました。
また去年お見せしたモデルは3軸センサーだったのですが、今回は6軸に進化しています。こうすることでユーザーの操作性がぐっとよくなります。ただしそのためには、レンズの両脇にヘッドトラッキングカメラを、エコー/ノイズキャンセリング用のマイクをレンズ下部に入れなくてはなりませんでした。
さらに音質面ではテンプル(眼鏡のつる)部分にアンプとスピーカーも内蔵していますので、結果として昨年よりも少々ごつごつした印象になっているかもしれません。
麻倉 製品仕様としては、プレーヤーとつないで使う純粋なディスプレイなのですね。
小塚 はい、そうなります。他社製品ではプレーヤー機能も内蔵したスタンドアローン型の製品も出ていますが、その場合は本体が大きくなってしまいます。それもあり、弊社としてはVRグラスとプレーヤーを分離した方がいいと考えました。
5Gが登場し、スマートフォンに高性能なチップが搭載されるようになっています。当然VR再生機能も充実していくでしょうから、プレーヤー機能はスマホに任せようと考えました。VRグラスについてはディスプレイとセンサー機能に特化する形で開発を進めています。
麻倉 再生時にはスマホに映像処理を受け持ってもらい、VRグラスはきちんと見せる機能に特化するわけですね。
小塚 とはいえプレーヤーを特定のスマホに限定しては意味がないので、2020年5月にクアルコムが提唱した互換性保証プログラムに準じています。これにより、今年の春以降に登場するQualcomm製SoCを搭載した5G Androidスマホならメーカーを問わず使えるようになる予定です。
接続端子としてはUSB Type-Cを使いますので、スマホだけでなくPCにも接続できます。PCにつないだ場合は、STEAMVRやOpenVRにも対応します。STEAMVRは既に4000タイトルくらいのコンテンツがリリースされていますが、それらがすべて楽しめるようになります。
麻倉 ハードウェア的には、去年とどこが違うのでしょうか?
柏木 XR開発室の柏木です。ハードウェアについては私からご説明します。
今回はまず、OLEDパネルを変更しました。マイクロOLEDパネルの解像度が昨年は右目用、左目用それぞれ水平2048×垂直2048画素でしたが、今年は各水平2560×垂直2560画素に進化しています。
麻倉 VRでの解像感、再現性を上げようという狙いなのですね。
柏木 もちろんその狙いもありますが、この製品については当初から水平2560×垂直2560画素でやりたいと考えていました。
昨年の展示モデルもレンズ構成は今回と同じですが、その時から約100度の視野で設計していました。ただ、そこに水平2048×垂直2048画素のOLEDパネルを入れると四隅に黒みが残ってしまい、有効画素分の視野としては77度くらいに制限されていました。それに対して今回のパネルならめいっぱい画素が入るので、約100度の視野が確保できました。画素のピッチは変わらずに有効画素が1.3倍に増えたことになります。
麻倉 昨年のCESでも、もっとパネルの画素数を増やしたいとおっしゃっていましたが、それが実現できたということですね。次の大きな変化は何になりますか?
柏木 先ほど小塚が申し上げましたが、センサーが3軸から6軸になっています。前回はユーザーの頭の動きを3方向しか検出できなかったのですが、今回は6軸にすることで、前後、左右、上下の動きに対応できるようになりました。
麻倉 動きの検出性能が上がっていると。
柏木 検出の幅が広がっています。特に今回は、長時間着用していただけるような軽量・コンパクトなデザインの中に、6軸で、かつ外部マーカーを必要としないインサイド・アウトのセルフ検出タイプを実現していることが大きいでしょう。
麻倉 操作性の改善につながる、素晴らしい進化ですね。他にユーザーコンシャスな改良点はあったのですか?
柏木 IPD(瞳孔間距離)・視度調整機能も重要です。今回は遠視・近視の補正機能を搭載し、目の悪い方でもメガネをかけずにクリアーにご覧いただけるようにしました。
昨年のCESでは、メガネをかけている人には使えないという指摘がありました。実際には視度調整用アダプターレンズの交換で対応できてはいたのですが、さすがにそれは使いづらいということで、無段階のメカニカル調整機能を盛り込みました。
マイナス1.25〜プラス8前後まで視度を調整できるようになっていますので、視力が0.01くらいの方まではメガネなしでお使いいただけるのではないでしょうか。
麻倉 スピーカーも内蔵されました。
柏木 前回のモデルではイヤホンをメインにして、スピーカーは後付けで考えていました。というのも、用途によってイヤホンとスピーカーのどちらがいいかは違うからです。
展示会のデモやシミュレーション、プレゼンテーションといった使い方では、周囲の人と会話できなくては駄目でしょう。となるとイヤホンではなく、スピーカーがいい。しかし一方でゲームやVRコンテンツ、映画などの没入体験、もしくはリモート会議といった用途ではイヤホンの方が向いています。
弊社のVRグラスとしては、この両方に対応できないと駄目だということになりました。となるとスピーカーは本体に付けておく必要があります。イヤホンは本体に付属したリモコンボックスのジャックをつなぐことにしました。将来的には、音をよくするために本体にMMCXコネクターを付けるといった展開も視野に入れています。
麻倉 HDR再生は去年のモデルで対応していたと思いますが、今年はその効果がさらにグレードアップしたということですか?
柏木 その通りです。OLEDパネルの明るさもアップしていますので、HDRを表示する表現力も高くなっています。
麻倉 昨年モデルは小さくて軽いことに驚きましたが、その点では何か進化があったのでしょうか?
柏木 6軸対応や視度調整機能を入れ、持ち運びに便利なようにテンプルを折り曲げられるようにしているため、そのあたりの重量は増えています。一方でレンズを工夫するなどして、昨年とほぼ同等の重さに抑えました。目標としては150gになるように頑張っているところです。
麻倉 VRグラスは昨年の展示でも大好評でしたが、ソフト制作者やアプリケーションを提供する側の反応はどうだったのでしょう?
小塚 アプリケーションについては、現在PCで動いているVRコンテンツならほとんど動作します。業務用途のVRコンテンツもPC用についてはほとんど大丈夫だと思っています。
アプリ再生用としては、個人用途でも業務用でもスマホが中心になっていくでしょうから、その意味でも用途は広がっていくと期待しています。2022〜2023年頃には、スマホとVRグラスをつなぐだけでVRを楽しめるように世界ができ、2025年頃にはVRグラスをスタンドアローンで使えるようになっているのではないかと思っています。
麻倉 直近の用途としては業務用でしょうが、家庭用への展開はどんな形になるとお考えですか?
小塚 PCでゲームを楽しんでいる方、既にVRに馴染んでいる皆さんに、ぜひ使っていただきたいですね。現在のVRヘッドマウントディスプレイは大きくて重いので、本機のコンパクトさは大きな価値があると思っています。装着感もいいので、ヘビーユーザーの方には喜んでもらえるでしょう。
また5Gスマホになれば、配信コンテンツをVRとして観る機能が普通についてくるだろうと思っています。そうなればスマホの2D小型ディスプレイではなく、VRグラスをつないで楽しんだ方がずっといい。
実際に中国では若者がテレビ放送もスマホで観ていて、大画面が欲しければVRグラスをつなぐということも多くなっています。今後は世界的にそのトレンドが増えていくでしょうから、弊社としてはその中で、画質・音質の優れた製品としてポジショニングしていきたいと思います。
麻倉 オーディオビジュアル的には、パーソナル大画面を楽しむならプロジェクターという意識があったのですが、これからはVRグラスがそれに変わっていくのかもしれませんね。
小塚 その可能性は大きいでしょう。しかも眼鏡型VRグラスなら飛行機や電車でも楽しめますし、PCのモニターとして使えば周りの人から覗かれる心配もありません。デザイナーさんなどからは、そういった使い方もしたいというご希望をいただいています。もちろんその場合も画質がいいことが条件です。
麻倉 ハードウェア的には今後の展望としてどんな事をお考えなのでしょう?
柏木 現状は、小型・軽量な筐体の中にパーツやスピーカーなどすべてを詰め込むために四苦八苦しているところです。とはいえ、なんとか実装の精度を上げていきたいという思いはあります。
またVRだけでなく、AR(拡張現実)やMR(複合現実)にも使えるような展開も考えていきたいです。完全にデジタル空間で、現実とバーチャルの区別がいらないような世界を構築していきたいという思いはあります。
麻倉 そうなると、解像度的には4Kが必要になりますね。
柏木 より詳しい精査も必要ですが、解像度に関しては今のところあまり増やす必要はないと考えています。人間の目の視野角1度あたりの分解能は、視力1.0の場合で約60画素といわれています。今回の水平2560×垂直2560画素の解像度であれば分解能は約26画素で、半分近くまでは来ているわけです。現実問題として、これ以上表示解像度を細かくしても、あまり区別はつかないのではないかと思っています。
どちらかというと、コンテンツ側の解像度やHDRなどの表現方法、アプリの作り方の方が影響力が大きいかもしれませんし、この領域ならもっと伸びしろがあるかもしれません。
麻倉 なるほど、単純にパネル解像度を上げるのではなく、コンテンツとの関連も考えていかなくてはならないのですね。
さて今回はおふたり以外にもVRグラスの開発に関わった皆さんにお集まりいただいています。最後に、VRグラスにかける意気込みをひと言ずつお聞かせ下さい。
芹澤 XR開発室 ハード開発課の芹澤です。今回のVRグラスは試作品ですが、1年以内の発売を目指しています。品質を高く設計しながら、小型化、装着感の改善が求められる中で、四苦八苦しているのが現状です。パナソニックのVRグラスとしてどこまで品質を磨いていくか、そこに向けて追い込んでいきたいと思っています。
鈴木 ソフト開発を担当した鈴木です。今回は昨年のCESで好評だった小型・軽量を活かした上で、新たに何ができるのか、ユーザーに何を体験してもらうかがポイントだと考えました。
世の中には既にVRコンテンツは出ていますし、コンテンツの開発環境も多くあります。弊社のVRグラスは、それらの既存コンテンツが楽しめなくてはなりません。そのためにPCではOpenVR、スマホではクァルコムの互換性認証プログラムに対応したのです。
さらに、VR体験の質を充分に高いものにするための配慮もしています。VRではヘッドトラッキングやコントローラーを触った時に、わずかに反応が遅れるだけでも体験の質の低下につながります。そのためにカメラをどの位置に、どんな角度で取り付けたらいいか、コントローラーの方式はどれがいいかを探っていきました。ソフト的にも遅延を出来るだけ縮めるために、処理フローや信号フローまで工夫しています
今後はそれに加えて、弊社のVRグラスを使ってどんな体験をしてもらえるかを引き続き探っていきますし、そのために必要な仕組や仕込みを入れていきたいと思っています。
麻倉 やはり家電メーカーが作ると違う、と言うところを見せなくてはなりませんから、そのこだわりは大切です。ぜひ最高の操作性を実現してください。
山本 私と森は協業推進担当として、プラットフォーム制作会社さんとの折衝や、顧客対象の皆さんへのデモを担当しました。今回はコロナ禍の関係でなかなかデモができなかったので苦労しました。こちらからお声がけしながら、未だにご体験いただけていない方もいらっしゃいます。
そんな中でもご覧いただいた方からは、本体が小さくて、でも高画質であることに驚いてもらい、大きな期待をいただきました。そんな声にお応えしていきたいと思っています。
森 私自身はVRに取り組んでまだ日が浅いのですが、VRがどういう風に使っていけるのか、その点をよく考えながら皆さんをサポートしていきたいと思っています。
麻倉 ハードウェアが未来を作ります。そこではやはりデザインが大切で、従来のような大きなゴーグルタイプではコンテンツ制作者もやる気が出ないでしょう。その意味でも眼鏡型VRグラスの登場はとても大切だと思います。
菊地 小塚とともに事業戦略を担当した、CVI推進室の菊地です。
VRグラスを体験いただいたお客様とお話ししていると、品質的にはかなり高いレベルに来ている、申し分ないレベルに近づいているのではないかと感じています。
キモになるのは、先ほど鈴木が申し上げたとおり、どこでどのように使ってもらえばお客様の困りごとを解決できるかで、そのためには体験やサービスとの連携が重要だと考えています。これは私たちだけでは実現できないので、パートナーさんと相談しながら環境整備も進めていきます。
それらを含めて、お客様に快適な体験を可能にする究極のハードウェアを目指していきたいと思っています。
麻倉 最後に、VRグラスの発売時期や価格を教えてください。
小塚 難しい質問です(笑)。当初は2021年前半を目指していたのですが、コロナの影響で遅れており、どうにか2021年度内には発売したいと思っています。価格については、10万円台が目標にはなりますが、生産台数を踏まえながらこれから検討していきたいと考えています。
麻倉 VRにしても、いやいや使っているのでは意味がありませんよね。ユーザーが自発的に使ってくれるような製品の登場を期待しています。