ソニーは、2020年のCESで「VISION-S(ビジョン エス)」の試作車を展示した。同社の先進技術を結集し、車内外の人や物体を検知・認識し、高度な運転支援を実現するために、独自の車載向けCMOSイメージセンサーやToFセンサーを搭載している。それから1年、CES2021ではさらに進化し、公道を走れる車として登場した。今回は、この1年でのVISION-Sの進化について、ソニー株式会社 執行役員AIロボティクスビジネス担当 AIロボティスクスビジネスグループ 部門長の川西 泉さんにインタビューを実施した。(編集部)

麻倉 CES2021でVISION-Sの動画が発表され、話題です。実際に公道が走れるとのことですが、昨年の試作車を改良したのでしょうか?

川西 いえ、これは別の車体です。車を作るにうえで色々なプロセスがありますが、安全基準を満たす部品を使わないといけない、法規制をクリアーしないといけないなどの課題があります。

 昨年の段階では公道は走れませんでしたが、今回はそこをクリアーする車両に設計し直しています。その開発に1年をかけ、ようやく走行できるレベルの車両ができて、実際に走らせたのが今回のCESで発表した映像です。

麻倉 その映像を拝見しましたが、街中から雪山までいろいろなシチュエーションがありました。実際の公道試験はいつ頃からスタートしたのでしょう?

川西 雪山の映像ですから冬ということはおわかりでしょうが、昨年の12月頃です。開発拠点はオーストリアのグラーツで、撮影もその近辺です。

麻倉 公道を走れるようにするためには、どういった改良が必要だったのでしょう?

川西 細かいパーツも法規制をクリアーしなくてはなりませんから、ハードルはかなり高いのです。ヘッドライトも、試作車では法定基準をクリアーできでいませんでしたが、今回はすべて対応済みになります。そういったパーツを使って作り直していくという点で工数も時間もかかっています。

VISION-S | Public Road Testing in Europe

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麻倉 基本構造は変えずに、部品レベルまで見直していると言うことですか?

川西 そうですね、それと性能面でのチェックになります。デザインについては、コンセプトモックから実際の車になると大きく変わるケースもあるのですが、今回は実際に走る前提でデザインしていますので見た目は変わっていません。

麻倉 確かに、走行映像も昨年の試作車のイメージのままでした。普通の車なんだけど、流麗で、ありそうでなかったデザインです。

川西 実は、サイズは微妙に変わっています。ポイントはEV(電気自動車)としての特性を最大限活かしていることです。通常のガソリン車では、エンジンやトランスミッションが前方で大きなスペースを取っています。

 今回はモーターをフロントとリアにひとつずつ置いていますが、そのスペースはガソリン車に比べると小さくなっています。そのおかげで居住空間は大きく取れました。また重たいバッテリーをフロアー下に配置しているので、重心が低くなって走行安定性も上がっています。

 フロントが短くなって、居住空間が広く取れるというEVの特性を活かしたデザインということです。4ドアですがクーペスタイルにしていますので、車高もなるべく抑えてスポーティに見えるように工夫しました。厳しい条件の中で、高い目標を定めて作った成果になっています。

麻倉 今回は車載センサーを増やしたそうですが、どういう使い方をしているのでしょう?

川西 どれくらいのセンサーがあれば、どれほどの情報が得られるかという実証実験の意味もありますので、センサーを増やしました。昨年の段階で33個のセンサーを搭載していましたが、今年は40個搭載しています。仮に車を製品として売り出す場合には、コストと安全性の兼ね合いになりますから、どれくらいの数を積むかはまだわかりません。

麻倉 去年の時点では33個がベストだったけれど、実際やってみたらもう少し欲しかったということなのですか?

川西 できる限り死角をなくしたい、360度をカバーしたいという思いもあり、余裕をみて載せてみたというところです。具体的には前後左右のLiDAR(Light Detection And Ranging、レーザー光を使ったセンサー)をそれぞれ3つから4つにしていますし、イメージセンサーの数も増やしました。

麻倉 VISION-Sについてはソニーが車を売るわけではなく、センサーなどのパーツがビジネスのメインだとおっしゃっていました。公道を走るようになると、そのテストがより厳しくなると考えていいのですか。

川西 おっしゃる通りです。

麻倉 既に自動車メーカーから引き合いもきているのではないかと思いますが、今後はどんな検証が予定されているのでしょう?

川西 現時点、この車は量産しないという前提でプロジェクトを進めています。公道で走らせることと、誰でも運転できるということは、また別なのです。この車は市販車ではないので、一般の方が運転できるようにするには、さらにクォリティを上げなくてはなりません。

麻倉 それは、もっと高い安全基準に対応しなくてはならないという意味ですか?

川西 そうですね。ひとつひとつの耐久性もクリアーしていかなくてはなりませんから、さらに厳しくなるでしょう。

麻倉 今回の場合、センサーの性能や耐久性がポイントになりそうですね。

川西 走行安定性はセンサーだけの問題ではありませんし、車体の安全性も上げなくてはなりませんね。なぜなら公道といっても平らな道ばかりではなく、色々な場所があります。そういったところをひとつひとつクリアーしていく工程も残っています。

麻倉 開発が進んで車としての完成度が上がっていくと、この車両を売って欲しいという声もでてくると思います。

川西 販売の一歩手前まではいく(麻倉注釈:量産車をつくらないと本当のテストにならないということ)と思いますが、その先はわかりません(笑)。ただ、車の品質を追求していくことは、イコール、運転者の命を守ることですから、ここは手を抜かないで追究していきます。

麻倉 今回はセダンタイプですが、車としてはSUVも人気です。SUVは色々な道を通ることを考えると、センサーのテストには欠かせないアイテムという気もしますが、どうでしょう?

川西 もともとEV車のプラットフォームとして作ってありますので、上側の車体は交換できます。今の車体サイズでSUVのような形を乗せることは可能でしょう。

麻倉 なるほど、それはぜひ次回のCESで見てみたいですね(笑)。プラットフォームとして考えると、SUVもあるし、セダン、スポーツカーなど幅広い展開ができそうですね。

川西 そういう狙いで設計してあります。先ほど申し上げた通り、EVはフロアー下にバッテリーを設置しますので、車高の低い車は難しいのです。その意味ではSUVは車高が高いので、他に比べるとゆとりを持って作れるでしょう。

麻倉 以前のインタビューで、VISION-Sは進化する車だとおっしゃっていました。その進化とは具体的にどういう意味なのでしょう?

川西 機能面での向上は充分可能だと思っています。例えばスマホはファームウェアの更新によって、機能面も、コンテンツ面でも進化しています。それは車にも適応できると思います。

 特にガソリン車の場合は、エンジンやトランスミッションなどのメカ的な部分で制約が多かったのですが、EVになって電気的な部品が増えることでアップグレードしやすくなります。そういった車の構造そのものも変えていきたいという気持ちはあります。

「VIVION-S」の試乗会にて。右がソニー株式会社 執行役員 AIロボティクスビジネス担当 AIロボティスクスビジネスグループ 部門長の川西 泉さん

麻倉 VISION-Sについては、「移動の欲望」「移動時の付加価値」など、ひじょうにインパクトのある言葉で表現されています。具体的にはどんなイメージをお持ちなのでしょうか。

川西 大きな意味で、人類の進化だと捉えています。地球上に人類が誕生してからの進化を考えると、移動できることに大きな意味があると思います。さらに車によってその距離が伸びたわけです。その移動に対する人の思いや価値を大切にしたい。

 また自分で運転している場合も、そうでなくても、安全に移動できることは求められるでしょう。そのためにはADAS(Advanced Driver-Assistance Systems、先進運転支援システム)であるとか、自動運転などの付加価値が求められると考えています。それらの思いを短く表現した、といったところでしょうか。

麻倉 移動することも大事ですが、それだけでなく、移動する間に新しいことを付け加えるという発想はソニーらしいですね。そもそもウォークマンだって移動の間に音楽がついてくるという意味で、移動ツールです。では
最後に、今後の展望をお願いします。

川西 公道試験を含めて、より完成度を高めていくのが今年の課題です。もちろん、悪路での安全性も高めていきます。エンタテインメントはソニーの得意分野でもありますから、ここも強化していく。そのふたつがテーマになると思います。

麻倉 個人的には、EVならソニーの車に乗ってみたいと思っていますから、ぜひ製品として発売して欲しいと思っています。来年の進化したVISION-Sを楽しみにしています!

ソニーがEVを作ると、こんな風になるんだ。
走ること自体がエンタテインメントに進化した …… 麻倉怜士

 先日、ソニー本社でVISION-Sのコンセプトカーに試乗しました。2020年のラスベガスCESでは、展示された車を見て、運転席に座りましたが、今回は印象が大きく違いました。

 今回の車体はCES2021で発表されたそのものでした。ただ、12月にオーストリアで公道走行したものの一段階前の試作機。それでも存在感が圧倒的に違います。CESなどの展示会場では周囲がざわざわしていて落ち着かず、またブースも大きいので、それほどサイズ感は感じませんでしたが、ここで見ると、実に堂々とした佇まいがあります。今日のように日常的な空間で体験すると、車としての高級感もあり、ボディのつや消しのグレーの仕上げがとてもハイクォリティに感じました。

 また乗り込む際の挙動もいい。カードキーやスマホで解錠すると、ボンネット中央のライトが点灯し、それが左右のドアの方向にすっと流れていく。そしてドアノブが自動的にポップアップする。こういった動きがいかにもソニーの遊び心らしく、車は単に走るための道具ではなく、「走ること自体がエンタテインメント」だということを体現しています。

 自動車メーカーは走行性能が最優先で、エンタテインメント性はその後になります。しかしソニーは、どうやって走る時のエンタテインメントを豊かにするかという発想からスタートしている。デザインや乗り込む際の動作、車内の過ごし方のすべてが楽しめるように考えられていますね。

 実際に助手席にのって数分間走ってもらいました。眼前のディスプレイ配置もよく考えられています。表示パネルはすべてタッチセンサー式で、横配列することで目線の移動も最小限に抑えられている。それらは三分割されて、左側は運転に必要な情報、中央と右側はメニューやコンテンツが表示されています。

 音楽や動画もこれで楽しめるわけですが、それらの操作も直感的です。例えば誰かを待っている時に駐車場で映画を見ていたとして、その時は中央のディスプレイにコンテンツが表示されるわけですが、走り出す時にはディスプレイをスワイプするだけでコンテンツが右のディスプレイに移動し、助手席の人が続きを楽しめるというわけです。こういった何気ない使い勝手の工夫が面白い。

 さらにリクライニングした状態ではタッチセンサーに手が届かないので、座席の中央に大型のジョグダイヤル風のスイッチも設けられています。ここには4つのボタンもあり、その組み合わせでタッチパネルと同じ操作ができるといいます。これはAV機器のリモコンの発想ですね。EDベータ「EDV9000」のリモコンを思い出しました。

 ドアミラーやルームミラーもすべてモニターになっていることも面白い。こうすることで運転中の視線移動もすくなくて済むし、さらに後部座席に人が座っていたり、大きな荷物があっても視界の邪魔になりません。これは安全面でも有利と思いました。試乗の印象もよかったですよ。今回は石畳風の路面でしたが、走行もスムーズでとても静か、サスペンションも快適です。

 今回VISION-Sに乗ってみて、とても魅力のある車だと感じました。ソニーが作るEVだからこんなことができます、といった発想の違いもよくわかります。CES2021で発表された公道を走れる車体も日本でお披露目される予定とのことですから、次回はぜひそれも体験してみたいですね。

 いや体験だけでなく、ぜひ市販も期待したいです。これまでの自動車メーカーとは、まったく違うクルマは、ユーザーも大歓迎するでしょう。私も欲しい。

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