『ウルトラセブン』4K/HDR版製作の裏側に迫るインタビューの第3回をお届けする。時代を超えた人気作品を最新技術でどのように4Kリマスターするか、本作ではそんな哲学的な命題にまで踏み込んだ4K/HDR化の作業が行われ、結果として往年のファンにも違和感がなく、新しい世代も楽しめるコンテンツに進化している。今回は、具体的なシーンに込められた担当者の思いを語ってもらった。(編集部)

第3話「湖のひみつ」より。ウルトラホーク1号の発進は子供たちの胸をときめかせた名シーンだ。ミニチュアをいかに本物らしく感じさせるか、フィルム作品としての表現が4K/HDRで可能になっている

麻倉 『ウルトラセブン』の4K/HDR作業を通して、ここはさんざん迷ったけれど最終的にはこうしました、といった印象的なエピソードはありましたか?

隠田 第8話「狙われた街」の冒頭は面白かったですね。子供たちがみんなマスクをしているカットがありますが、このシーンをどんなトーンで仕上げるかについて東映ラボ・テックのカラリストの佐々木さんと相談していたのです。

 そこで僕が、「これは後に光化学スモッグと呼ばれる公害対策でマスクをしているのかも」と言ったら、佐々木さんは “光化学スモッグ” という言葉がわからなかったのです(笑)。完全にジェネレーションギャップですね。そこから、光化学スモッグを感じられる映像とはどんなものか、という話になりました。

 スキャンされたデータは見通しのいい映像になっていたのですが、子供たちが光化学スモッグを警戒しているとすると、やっぱり幕がかかっているような印象、よどんだ雰囲気があるだろうと思いました。それを再現できるルックを作って、全体のトーンに重ねたのです。またこのエピソードは人の不信感のようなものも表現して色彩を作っていたと思いますので、カラー設計についても話し合いました。

麻倉 なるほど。確かに当時のスモッグのある空が、HDRでぴかぴかになってはおかしいですね。

隠田 製作当時の世相を踏まえて、なおかつ今の若い人では気がつかないような部分にも注意しないと駄目なんだと考えさせられました。

麻倉 佐々木さんと隠田さんが、お互いをうまくフォローしているんですね。『ウルトラセブン』の作品性まで考えて、この絵でいいのかを常に判断していることがよくわかるエピソードです。

隠田 『ウルトラセブン』のような作品は本当に特別な存在です。だからこそ、当時のスタッフはどう考えたのかを想像し、彼らが嫌がった表現は何か、さらに当時のスタッフが今の技術を使ったらどんな映像に仕上げるんだろうと、常に色々な切り口を考えながら進めています。

麻倉 その成果もあって、試写では当時のスタッフにも褒めてもらえたのですね。

第17話「地底GO! GO! GO!」では、巨大な地下都市をどんな明るさで再現するかもテーマになったという。左の2K/SDRに比べて4K/HDRでは光を放つ建造物の再現も変化している

隠田 100%というわけではありませんでした。鈴木 清さんからは、水中や地底のシーンがクリアーすぎると指摘されました。僕なりに明るさを抑えたカットだったのですが、それでも行き過ぎていたんだと改めて確認できたのです。

 そこで試写の後、すぐに東映ラボ・テックさんに連絡して、全部のグレーディングをやり直させて下さいとお願いしました。NHKさんにも円谷プロとして必要なことなのですとお願いし、1話まで遡ってやり直すことができました。

麻倉 それは大事(おおごと)でしたね。その時点で製作は何話まで進んでいたのですか?

池田 第21話の「海底基地を追え」まで終わっていました。

麻倉 約半分じゃないですか、よくやり直しの許可が出ましたね。

隠田 もちろん全シーンをやり直したわけではありません。鈴木さんに指摘いただいた箇所について、似たようなシーンを探して修正しました。

池田 主に夜の戦闘シーンなどですが、「狙われた街」のアパートの中も、当初より明るさを抑えました。

麻倉 水中シーンの見え方を変える場合は、トーンを調整するのでしょうか?

隠田 トーンと明度の両方です。水は明るい部分が濁りを表現しますので、アイリスを閉じていくとクリアーに感じられます。一方で明るい環境では気泡やプランクトンなどが光に反応して、濁りにつながっていきます。当時の特撮シーンではそういった点を工夫して撮影していたと思うのです。

麻倉 そういったカットをグレーディングする場合は、明るさを抑えて透明感を出すのでしょうか?

隠田 本編映像では、水中に岩や海藻が作り込まれています。その場合は、奥の物体の色を際立たせていけば、手前の水の透明度は上がって見えます。逆に、少し白味がかかったうっすらとした明るさが表現できたら、岩場よりも手前に濁り、水があると感じてくれるのです。今回はそういった見せ方を工夫しました。

 また地底シーンは、光が届かない中でお芝居をどう見せるかということになります。つまり、照明さんやカメラマンが考えた土の中の明るさを推測して、グレーディングを進めるわけです。今回は、この場面ではどこから光が来ているのか、上の亀裂から光が射しているのか、どこかのライトが乱反射しているのかを自分なりに想像しながらトーンを探っていきました。

第8話「狙われた街」より。被写界深度の浅いレンズを使ってダンとアンヌそれぞれの表情を印象的に捉えたカット。4K/HDR(右)では手前のアンヌの鋭い眼差しや、奥のダンがどんな表情をしているのかもきちんと識別できている

池田 第11話の「魔の山へ飛べ」でワイルド星人が隠れている洞窟も、やり直したカットのひとつです。

隠田 スキャンしたデータをベースにトーンを抑えて行きました。元の情報量を確認した上で、どこまで視聴者に見せるかを探っていくイメージですね。これらのシーンについて鈴木さんに指摘していただいたことで、指針が確固たる物になりました。

麻倉 情報が沢山あるということは、やり方次第では新しい作品として作り替えることもできますね。

隠田 技術的には可能ですが、それはやってはいけないことです。僕たちが関わっているのは、先代の皆さんが作ってきた、しかもテレビで放映されて多くの人の記憶に残っている作品です。そんな作品に対して、そもそも4Kにする必要があるのか、うまくいかないのならやめた方がいいんじゃないかといつも葛藤しているくらいです。

麻倉 そんなことはありません。私もBS4Kの『ウルトラセブン』は毎週見ていますが、充分な説得力があります。解像度的には甘い部分もありますが、階調や色の再現がとても素晴らしいと思います。

隠田 ありがとうございます。解像度についてもかなりチャレンジはしています。たとえば引きで森が映っているシーンの、木々のディテイルをどう見せるかです。ミニチュアであっても、映っているヒムロスギがどれくらいの立体感を出せるかも試しました。そこに注目して調整を追い込んでみると、4Kなりの解像度が出てきたのです。

麻倉 16mmフィルムであっても、情報量としてはかなり含まれているはずですからね。あとはそれをどこまで引き出せるかでしょう。

隠田 今回オリジナルネガからスキャンしたということもあり、コントラストなどを追い込んでいくことで、細部情報まで表現できるようになりました。

麻倉 コントラストは解像感に影響しますからね。今回の『ウルトラセブン』は黒も安定しているからもの凄く力があるし、細かい部分までパワーが漲っています。

隠田 しっかりご覧いただき、ありがとうございます。

第3話「湖のひみつ」より。右の4K/HDRでは逆光を使った演出の狙いがとてもよくわかるだろう

麻倉 オンエアでは、冒頭に2Kとの比較がありますが、あの違いに驚いた視聴者も多いはずです。今見ると2K/SDRはあんなにボケていたのですね。

隠田 あの解説はすべて池田が作っています。

麻倉 そうなんでんすか。池田さんも今回から本格的にグレーディング作業を担当するようになったわけですが、『ウルトラセブン』となると苦労も多いんじゃないですか?

池田 初めは恐れ多いというか、怖いなと言う印象がありました。『ウルトラQ』から助手として関わってはきましたが、『ウルトラセブン』をカラーで、しかもHDRでやるとなったらどんな効果が出るのだろうと、もの凄く興味もありました。

 僕自身も近年のウルトラヒーローを4K/HDRで撮影したことはありますが、昔のフィルム作品がどんな風に再現されるのかは楽しみでした。ただ先ほど隠田が申し上げたように、本作の映像には当時のスタッフの意図も含まれていますし、長く本作を見てきた方の思い出になっている作品でもあるので、その印象は絶対に壊さないようにしなくてはいけないと考えました。

麻倉 4K/HDR化に際し、特にこだわったシーンはありますか?

池田 4Kになると、空気が澄んで、ベールが剥がれたようになります。そのため、特撮のセットなどで、奥行を出すためにスモークを使って遠くがかすんでいるシーンでの効果が薄れることもあります。そういった部分は当時の狙いを汲んで、霞は霞として残すようにしています。

隠田 宇宙の星空も、スキャンデータでは驚くほどの情報がありました。ここについては、オンエアではかなり抑えて、明るさを半減させたといってもいいくらいまで調整しています。どこまで見せればいいのかという難しさもあるのですが、今回はネガに含まれている情報の中の色彩、星にも色がある部分を活かそうと思って作業を進めました。

麻倉 確かに4Kでは星や星雲の色がきちんと再現できていました。

隠田 そういった部分は、当時のスタッフも画面に映る前提で制作していたと思います。もちろん、当時のブラウン管でどこまで見えたかは不明ですが、映ってもいいという思いで作り込みがされていたのは間違いありません。それを踏まえて、今回はその情報がぎりぎり判別できるようなポイントに追い込んでいます。

 一番やってはいけないと感じたのは、奥行がなくなることでした。明るくしすぎると画面がフラットに見えるし、恒星の彩りも鮮烈になりすぎるとリアリティとは別の方向に行ってしまうのです。

第1話「姿なき挑戦者」でのウルトラホーク1号発進シーン。壁越しのアングルなど、ミニチュアでいかに奥行、立体感を出すかを当時のスタッフが必死で考えたことがわかる。右の4K/HDRではその狙いを見事に再現している

 その意味でメカやミニチュアもこだわりポイントでした。ウルトラホーク1号の発進シーンで、移動していくウルトラホークを追いかけるカットがありますが、そこでは手前の壁をよぎっていくことで移動感と奥行を表現しています。今回このシーンを見直して、壁の厚みがこんなにあったんだと改めて確認できました。

 基地の壁がくりぬかれている部分がありますが、その側面までちゃんと見えてきたのです。これは明らかにミニチュアの奥行感を演出するための工夫です。そういった気配りが基地のシーンではいたるところにあり、4K/HDRでそれが正しく表現できるようになったと思います。

池田 HDR技術の登場により、再現できる情報の量が変わっています。それにつれて、よくなる部分とデメリットになる部分がでてきています。そういった部分をどうフォローしていくかが肝要だと思います。

麻倉 そもそも『ウルトラセブン』の撮影時にはHDR効果なんて考えていませんからね。

池田 ただ、「狙われた街」の逆光シーンもそうですが、今までは光の粒が潰れていたところまではっきり出てきて、ようやく当時のスタッフが描き込んでいたものを視聴者にお届けできるようになったんだなという嬉しさもあります。

麻倉 ネガにはあったけど、その先のプロセスで失われていた情報が今回の4K/HDRで甦った、本当のオリジナルを見ることができたと考えていいでしょう。

隠田 そうだと嬉しいのですが(笑)。

麻倉 今回は当時のスタッフの意見も聞くことができたし、4K/HDR化するにはいいタイミングだったのではないでしょうか。

隠田 そうですね。その意味では今回の4K/HDR化の意味は大きいと思います。フィルムの耐用年数についてはいろいろ言われていますが、さすがに100年以上は厳しいでしょう。でも、4K/HDRであれば後生に残す素材としては充分です。

 またこういった作品は見てもらってこそ価値があると思います。今回の放送をきっかけに若い世代に本作に触れて欲しいし、4K/HDRに興味があった人が『ウルトラセブン』を見たら面白かったとか、その逆でもいい。それが本当に意味のあることだと思います。

第14〜15話「ウルトラ警備隊西へ」前後編に登場した人気キャラクター、キングジョー。これまでそのボディはゴールド(左)という印象が強かったが、4K/HDRリマスターされて、プラチナに近いということもわかった(右)

麻倉 今回の4K放送で、絶対新しいファンは増えると思います。なぜなら表現が “新しい” からです。昨今の特撮番組はCGが中心ですが、『ウルトラセブン』はすべてミニチュアや着ぐるみで、その意味では本物です。本物をそのまま見せるのはある意味では簡単です。でも一歩進めて、ミニチュアをリアルを超えた存在として見せるのが作品としての表現だと思うのです。

 2K、4K、8Kという進化はビデオ映像を人間の目に近づけようという狙いです。これは高精細化という意味では重要ですが、それだけでは単に綺麗なだけの映像になりかねません。一方でフィルムは本物を写したとしても、リアルな世の中にないトーンで再現されるので感動できます。今回の『ウルトラセブン』はもの凄くフィルムルックですし、表現もCGとはまったく違うので、そこがアートであり、存在価値があると思います。

隠田 ありがとうございます。初めてスキャンデータを見た時に、映画のようなルック、雰囲気がありましたので、そこは活かしたいと思っていました。作品性や統一感は当時のスタッフが目指した結果でしょうし、その中で『ウルトラセブン』らしさとは何かと考えた時に、池田とも闇の中の表現は大事だよねと話していました。ミニチュアを含めてセットや美術の素晴らしさを4Kで再現したいという思いも強くありました。

麻倉 その狙いはBS4Kでの放送にきちんと反映されていると思います。今回は『ウルトラセブン』という名作が4K/HDRで登場したわけで、日本中のファンが喜んでいることでしょう。聞くところでは、本作を録画するために4Kレコーダーを買ったという人もいるそうですよ。

 4K放送も登場して既に2年が経過しましたが、さらなる普及のためには視聴者が興味を持つコンテンツが必要です。『ウルトラQ』『ウルトラセブン』と来たからには、この流れはぜひ続けていただきたい。円谷プロさんにはまだまだ人気作がありますから、次も楽しみにしているのです。今回16mmフィルムと4K/HDRの相性のよさも確認できましたので、さらなる研鑽を期待します。
(取材・構成:泉 哲也)

誕生55周年記念『ULTRAMAN ARCHIVES ウルトラマン MovieNEX』も絶賛発売中!
貴重な資料満載のボックスもお忘れなく

 4K/HDRの『ウルトラセブン』ももちろん必見だが、その他のウルトラヒーローも忘れてはいけない。円谷プロではこの11月25日にウルトラマン55周年を記念して『ULTRAMAN ARCHIVES
ウルトラマン MovieNEX』を発売した。

 こちらは全39話を収録したブルーレイ5枚と特典を収めたプレミアムディスクが1枚という構成だ。本編の映像圧縮はMPEG-4 AVCの1080p、音声はリニアPCM(ステレオ、モノーラル)で一部ドルビーデジタル5.1chで収録されている。

 本編用映像マスターは2013年に発売されたブルーレイ用を使っているが、今回はEQAS(EXAクォリティ・アドバンスド・サービス)という復元技術を使ってクリアーな映像に変換、さらにMGVC(マスターグレード・ビデオ・コーディング)でエンコードされている。これによりノイズグレインの気にならない画質が実現されており、さらにMGVC対応プレーヤーを使えば12ビット階調の映像で楽しむことができるわけだ。

 またプレミアムディスクにも貴重な映像が収録されている。撮影当時の事を知っているスタッフやキャストはもちろん、ウルトラマンを愛し、影響を受けたクリエイターな総勢69名の証言が収められた。中には脚本家の故・上原正三氏の最後の公式インタビューも含まれている。(編集部)

『ULTRAMAN ARCHIVESウルトラマン MovieNEX』
¥30,000(税別) 発売元:円谷プロダクション/販売元:ポニーキャニオン
●構成:本編Disc5枚(全39話)+Premium Disc1枚●収録時間(予定):1169分(本編Disc 987分+Premium Disc 182分)●圧縮方式:本編Disc:4対3(1080p/MGVC)●ディスク仕様:カラー●音声:リニアPCM(ステレオ・モノラル)、一部ドルビーデジタル5.1ch●当時の台本収録(台本リンク機能付き)

(c) 円谷プロ