NHK BS4Kで放送中の『ウルトラセブン』。16mmオリジナルネガフィルムから4K/HDR化された本作は、昨今のCG製作された映像とはひと味もふた味も違う魅力を備え、多くのファンを虜にしている。前回はその4K/HDR映像を実現するためにどんな工夫と配慮があったのかを、円谷プロダクションのキーマンおふたりに聞いた、第2回では、現場ならではの苦悩について、より深くお話しをうかがってみたい。インタビュアーは麻倉怜士さんだ。(編集部)

第一回はこちら → https://online.stereosound.co.jp/_ct/17413736

円谷プロダクションの本社会議室に4K/HDR対応の有機ELテレビを準備してもらい、実際の映像を確認しながら取材を進めている

麻倉 前回は、レストア技術や表示機器が進化したことで、『ウルトラセブン』の製作当時には分からなかったキャストの肌色の差まで見えるようになってしまったということをうかがいました。

 これをどこまで4K/HDRに反映するかは当時のスタッフに決めてもらうしかないと思います。『ウルトラQ』の時は、当時の監督やカメラマンにも4K映像をチェックしてもらって、意見を聞いていましたよね。今回はそういったことはなかったのでしょうか?

池田 もちろん、同じように当時の出演者やスタッフに向けた試写を予定していました。ただ、ちょうどそのタイミングでコロナ禍の問題が発生してしまったのです。もともとは3月頃を予定していたのですが、延びに延びて結局皆さんにご覧いただけたのは夏頃でした。

隠田 その時は満田かずほ監督とモロボシ・ダン役の森次晃嗣さん、友里アンヌ役のひし美ゆり子さん、アマギ隊員役の古谷敏さんに試写をご覧いただきました。またキャメラマンにも確認していただきたかったので、撮影の鈴木 清さんにもおいでいただきました。

麻倉 4K上映を見た、皆さんの感想はどうだったのでしょう?

隠田 フェイストーンについては、満田監督もひし美さんも喜んでくれました。他にも空気感とか奥行再現がよく出ているという感想をいただきました。

 今回は特徴的なシークエンスをピックアップしてお見せしましたが、満田監督からは別の作品に生まれ変わったかのようだと言っていただけたのです。古谷さんも、これは50年、100年後に見ても新鮮さを持って楽しめるのではないかとおっしゃっていました。

麻倉 それは素晴らしい。大成功でしたね。

隠田 森次さんからも、4K/HDR化されたことでダンやアンヌがより人間らしくなったとおっしゃっていただきました。質感が自然ですので、女性の美しさ、当時の雰囲気がきちんと再現されているのだと思います。

 中でも、第8話の「狙われた街」は印象的でした(編集部注:前回記事のコラム参照)。ダンがメトロン星人の隠れ家のアパートに潜入し、アンヌが外で待っているというシーンがありますが、そこでは太陽をバックにアンヌを逆光で撮影しています。このカットでHDRの恩恵が最大限に発揮されました。

第8話「狙われた街」の有名なカット。今回の4K/HDR化により、フィルムにここまでの情報が収められていたことが確認できた。当時のスタッフやひし美さんご自身も納得とか

 アンヌの肩越しに太陽のフレアが漏れていて、その後ろに直接レンズに入っている光と、向こうにある工場の煙突が映っていますが、HDRではその全部が鮮明に見えたのです。2K/SDRでは飽和する太陽光の中にディテイルが溶け込んでいたので、煙突などの構造物までは認識できませんでした。

 これまでは光軸と光源、太陽とフレアがいっしょくたになりがちだったのが、すべてが分離され、フレアの向こうにあるアンヌの不安そうな眼差しまで綺麗に見えています。このシーンは試写を見た皆さん全員が、凄いとおっしゃっていました。

麻倉 製作者にしても、ここまで写っていたのかと、4K/HDRで初めて確認できたわけですね。ブラウン管テレビは当然として、2Kハイビジョンでもわからなかったわけで、それは感動しますよね。

隠田 暗部表現も豊かになっています。例えば実相寺昭雄監督の回などは、暗部で会話をするシーンもありますが、これまではシルエットでダンの声しかわかりませんでした。しかし4K/HDRではシルエットの中にも階調があるので、ダンはこういう表情をしていたのかということまでわかります。闇の中の表情が見えてきたことに、僕自身も感動しました。

麻倉 16mmフィルムの作品なのに、そこまでの情報が捉えられていたというのが凄いですね。当時のブラウン管では見えなかったものが、4K/HDRという技術によって、史上初めて、すべての人がわかる形で引き出されたわけです。これはとても貴重です。

隠田 実は今回の4K/HDR化の作業はもの凄く不安だったのです。というのも、最初にスキャンしたデータがもの凄く明るかったからです。情報を出すという意味ではいいことなのですが、作品としては単純に明るくなるのがいいとは思いませんし、それをグレーディングする場合にどこを目標にするのかという点も暗中模索でした。

 テストスキャンの段階では、東映ラボ・テックさんもここまで情報がありますよという意味で、データを明るく仕上げていました。それを見て、こんなに情報が出てくるんだと驚く反面、このままでは作品の印象がまったく変わってしまうので、どこが一番いい落としどころなのかを探さなくてはならないと痛感したわけです。

 一方でハイライトの表現が豊かになるので、メカの再現性がどれくらいよくなるかには興味がありました。そこに可能性を感じつつも、ミニチュアが露骨にミニチュアに見えては意味がないので、どんなトーンに仕上げるかというせめぎ合いもありました。

麻倉 特撮作品の場合、ミニチュアらしさを強調するというアプローチと、ミニチュアをいかに本物らしく感じさせるかというふたつの方向があります。

隠田 僕は、『ウルトラセブン』は後者であるべきだと考えました。とはいえもともと4K解像度や明るい状況で見られることを想定して撮影されているわけではありません。その点では当時のスタッフの気持ちを考えながら、節度を持ってグレーディングに臨まなくてはいけないと思ったわけです。

麻倉 情報量があるからといって、単純にそれを出していいのかは悩みどころです。

第3話「湖のひみつ」より。アンヌ隊員の肌色の美しさ、純白の白衣の再現など右の4K/HDR映像には驚くばかり。ブラウン管テレビではここまでの再現は絶対不可能でした

隠田 その意味では、HDRという技術を活かすというよりも、50年後、100年後にも見てもらえる作品としてどうあるべきかを考えました。また、これまで『ウルトラセブン』を見たことがなかった人にも4Kリマスター版で作品を好きになってもらいたい、あるいは往年のファンには4K/HDR化されたことに興味を持ってもらいたいと考えました。

 そのうえで今の技術で甦った作品として、過去に本作を見たことのある方々の記憶を裏切らないのはどんな落としどころなんだろうという点がとても重要でした。

麻倉 そこではHDRをどう使うかがポイントになりますね。HDRは映像をピカピカにもできるし、階調重視にもできます。

隠田 おっしゃる通りです。その点については、カットごと、シーンごとにかなり細かく調整しています。

麻倉 今回の4K/HDR化は、解像度や明るさといった技術的な側面だけでなく、作品性をどう捉えてリマスターするかといった哲学的な部分も深く考えられているのですね。

隠田 そもそも、オリジナルネガをもう一度開封してスキャンするということ自体、経年劣化を含めてもの凄くリスクを伴う作業です。フィルム自体も痛んでいますので、物理的な修復作業にも時間をかけていただいています。実はスキャン作業よりもフィルムの前処理の方が作業時間はずっと長くかかっています。

麻倉 フィルムを洗浄して、修復してということですね。ネガフィルムの破損はかなり進んでいたのですか?

隠田 フィルム自体も、当時から色々な作業に使われたり、別の回でシーンを流用したりといったことがありました。そのためできるだけいい状態で保存してはいますが、傷や破損は残念ながら見受けられます。それもあり、アナログ的な部分での修復とデジタル修復の両方で対応しています。

麻倉 ところで、今回の作業で4Kスキャナーは何を使ったのでしょうか?

池田 レーザーグラフィック社のScan Stationです。1コマずつ、実時間の3倍の時間をかけて読み取っています。

第17話「地底GO! GO! GO!」より。宇宙船内の奥行感再現や、ウルトラセブンのワイドショットの光線の再現などが2K/SDR(左)と4K/HDRでかなり異なっているのが分かるだろう

麻倉 スキャンの後はグレーディングに入るわけですが、実際の作業で難しかったことは何だったのでしょう?

隠田 とにかく手探りでしたので、最初は特徴的なシーンをピックアップして、基本となる設定値を定めました。東映ラボ・テックさんにかなり細かいリクエストを出しつつ、何回も試写を繰り返して納得のいくところまで持って行ったのです。

 そうすることで、グレーディング担当者と自分たちの求めているものをつきあわせ、イメージを共有していきました。今回は東映ラボ・テックのカラリストで佐々木 渉さんという方が担当してくれたのですが、ラッキーなことに彼はこの仕事をする前から『ウルトラセブン』のファンだったのです。しかも、20代後半という若さで、ですよ(笑)。

麻倉 それは面白い。そんな巡り合わせもあるのですね。

隠田 初めての打ち合わせの時に、『ウルトラセブン撮影日誌』が机の上にあったんです。池田が資料として持って行ったのかと思ったら、佐々木さんの私物で、これを見ながら作業していますと話してくれたのです。凄い心がけだなぁと感動しました。

 リマスターとはいえネガをスキャンした素材から作業するということは、新作をグレーディングしていく流れに近いと思います。本来なら撮影を担当したカメラマンに立ち会ってもらい、こういう状況だったからこんなトーンでといった判断をしてもらいますが、佐々木さんは撮影日誌を参照してそれをフォローしてくれているのです。

 特にフィルム作品の場合はどんな環境で撮影されたのかも重要なので、それをきちんと確認しながら作業に臨んでくれるというのは、なんて幸運なんだろうと、巡り会わせに感謝しました。
(取材・構成:泉 哲也)

※12月18日公開の第3回へ続く

4K/HDR版『ウルトラセブン』の見どころをチェック!(2)

今回のインタビュー時には4K/HDR対応テレビも準備してもらい、実際に隠田さんと池田さんが作業をしながら印象に残ったシーンについて、具体的なポイントを再生しながら詳しいお話をうかがっている。以下でその様子も紹介する。(編集部)

<視聴したポイント>第17話「地底GO! GO! GO!」、
第14〜15話「ウルトラ警備隊西へ」前後編、第21話「海底基地を追え」

池田 第17話「地底GO! GO! GO!」の地底都市のシーンでは、爆発や光線の演出の違いがわかります。4Kと2Kでは描き込まれた光線の太さも違うし、手前にある宇宙船の操作パネルの光沢感も差が出ています。

隠田 2Kでは内部がぺったりして奥行感もありませんが、4Kでは空気感が出てきています。これによって立体感が出てきて、セットを本物らしく見せる効果につながっています。

麻倉 この光線は、当時は手描きで合成しているのですよね?

池田 手描きのはずです。しかもロボットの光線がテーブルで反射していたり、こだわりを持って細かく描き込まれています。

第14〜15話「ウルトラ警備隊西へ」前後編では、キングジョーの再現に目を奪われたファンも多いはず。これまでは左の2K/SDRを見慣れていたが、4K/HDR(右)では胸や頭の電飾の色が格段に細かくなり、ボディのメタル感も際立ってきている

隠田 第14話〜第15話の「ウルトラ警備隊西へ」前後編でも、キングジョーのシズル感、水に濡れた質感が素晴らしいと思います。

池田 キングジョーの胸のライトにこんなに色があったんだということも、今回印象的なポイントです。当時の電飾はここまで作り込んでいたのです。頭の中の電飾も、アクリル板を一枚挟んでいる感じが凄くよく出てきました。

麻倉 光源もクリアーで明瞭になってきましたね。それに、キングジョーのボディの表現も素晴らしい。

隠田 金属の再現では、ハイライトをどう活かしていくかが重要です。そもそも金属の表面は平らではなく、微妙なカーブやうねりがあるので反射が複雑です。4K/HDRでは解像度と色のステップが変化していくことで、そういった質感が細かく再現できています。これはCGでは難しいと思います。

 個人的には、キングジョーはもっと黄色っぽい金色のイメージだったので、スキャンデータを見て戸惑ってしまいました。でも4K/HDRでキングジョーを見ると、プラチナっぽい色味も入っているのかもしれないなぁと思ったのです。金や銀という色は光の反射で微妙に変化しますから、そういった違いまで分かったのかもしれません。

麻倉 金色は、ライトの映り込みによっても色調が変化しそうですから、その差もあるでしょうね。ここまで細かい色味を再現できるとは、16mmフィルムと4K/HDRの相性もかなりよさそうです。

第21話「海底基地を追え」のラストシーン。2K/SDR(左)は全体的にくすんだ印象だが、右の4K/HDRでは太陽の輪郭や雲のグラデーション、奥の山の稜線までしっかり判別できている

隠田 こちらは第21話「海底基地を追え」のラストシーンですが、ここも解像度と色彩の階調、明度など全部が際立っています。

麻倉 太陽のシルエット、水の色など2K/SDRとはまったく違います。当時のスタッフもいい仕事をしていたし、それが最新の技術でいい形で甦った。

隠田 元の情報が凄いということに尽きます。ここまできちんと撮影されているし、合成も本当に素晴らしいと思います。

麻倉 アンヌ隊員のフェイストーンも美しい。まさに血が通った感じがします。

池田 生き生きとしていますよね。髪もつややかです。

麻倉 『ウルトラセブン』自体は、これまでも繰り返しパッケージで発売されているタイトルで、ビデオからDVDになったときも驚いたし、ブルーレイでも感動したファンは多いでしょう。でも今回の4K/HDRは一歩進んで、違う世界に入ったという気がします。フィルムはそれができるから凄いですよね。

隠田 確かにこれだけ接写しても肌の質感がわかるというのは、フィルムならではかもしれません。今の4Kや8Kカメラで撮影したらこんな風にはならないでしょう。フィルムと4Kを組み合わせたから、こういった世界を表現できたのだと思います。

(c) 円谷プロ