アナログレコード再生の世界が盛り上がりを見せる昨今。オーディオファイルの気持ちを高める要素は、「音質」そして「音楽性の高さ」だということは言うまでもない。欲を言えばそんなふたつの要素を備えた愛聴レコードが、名門レーベルの名盤であればコレクションの価値も上がり嬉しい。そう、我々オーディオファイルは欲張りな人種なのだ。

 そうした3要素を満たす人気の高いレコードとして、1898年に創立された世界最古の名門クラシックレーベル、ドイツ・グラモフォンがステレオ初期の1960年前後にリリースした通称“赤ステ”が挙げられる。

 グラモフォンは、世界有数のクラシックレーベルだけあって、“赤ステ”以外でも名演奏・名録音を数多く輩出しており、そうした名盤の多くは世界各国のいわゆるオーディオファイルレーベルから、各種のライセンス盤が再発売されている。ステレオサウンド社からも「ステレオサウンド・アナログレコードコレクション」と銘打って、グラモフォンの名盤がオーディオファイル向けレコードとしてリリースされている。

 今回はその中から2タイトル、アンネ=ゾフィー・ムターのヴァイオリン独奏、カラヤン指揮ウィーン・フィルの『チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲』と、マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)とギドン・クレーメル(ヴォイオリン)が弾いた『ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1〜3番』をご紹介したい。

聴き惚れてしまう演奏と素晴らしい音質が両立した
ダイレクトプレスの貴重なアナログレコード

 まず、この2作に共通しているのは、マスターの選択からカッティング、プレスまで音質を最重視して入念に製作されていること。特に重要なポイントは「ダイレクトプレス」方式で生産されていることだ。具体的には、①オリジナルデジタルマスターからフラットトランスファー(つまりイコライジングなどせずに)でラッカー盤にカッティング。②そのラッカー盤からファースト・メタルマスターを製作。③そのファースト・メタルマスターからダイレクトにプレス、という工程でLPを完成させている。

 通常のアナログレコードの製作では②と③の間に、マスター盤の製作とマザー盤の製作というふたつの工程が加わるのだが、それらを省いて作られるこの2作では鮮度の高さが期待できる。

 また音質を大きく左右するラッカー盤へのカッティング作業は、日本コロムビアの名エンジニア武沢茂氏が、ノイマンのカッターヘッドSX74を用い、A/B各面への収録時間を抑えることで、マイクログルーブ(溝)の幅に余裕を持たせカッティングするなど高音質化が徹底されている。

アナログレコード
『チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35/アンネ=ゾフィー・ムター(ヴァイオリン)、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団』
(ユニバーサル ミュージック/ステレオサウンドSSAR-019) ¥5,370+税

 ●仕様:アナログレコード33回転、180g重量盤
 ●録音:1988年8月15日、オーストリア、ザルツブルク、祝祭大劇場
 ●プロデューサー:ギュンター・ブレースト
 ●ディレクター:Dr.スティーヴン・ポール
 ●レコーディング・エンジニア:ギュンター・ヘルマンス
 ●エディティング:ラインヒルト・シュミット
 ●カッティングエンジニア:武沢茂(日本コロムビア株式会社)

  ●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/rs_ss_arc/2662

 『チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲』は、1988年にオーストリアのザルツブルク音楽祭でアンネ=ゾフィー・ムターがカラヤン指揮のウィーン・フィルと共演した、音楽ファンによく知られている1枚だ。

 レコードをプレーヤーに載せ、リードグルーブに針を落とす。プレスは東洋化成が担当しているとのことだが、かなりていねいにプレスされているようで、盤質は良好、グルーブから伝わるカートリッジの上下への揺らぎも最小限である。一聴して鮮度が高く、しかもなめらかさを併せ持った、ハッとするような音。フラットトランスファーであるせいか、帯域バランスのクセがほとんど感じられない。

 ピアニシモの箇所でS/Nが高く、しかも多くの楽器が一斉に音を出すフォルテシモでも高分解能のまま音が崩れない。オーケストラが描く広大なサウンドステージをバックにチャイコフスキーらしい美しいメロディラインのムターのヴァイオリンがリアルに浮き出てくる。

 ちなみに本盤は絶対的な情報量の豊富さに加え、サウンドステージのチェックにも最適な音源だ。入念にセッティングされたアナログシステムであれば、オーケストラとヴァイオリンの位置関係がホログラフィックに再現されるだろう。

アナログレコード
『ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1〜3番/マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)』
(ユニバーサル ミュージック/ステレオサウンドSSAR-022) ¥5,370+税

 ●仕様:アナログレコード33回転、180g重量盤
 ●録音:1984年12月16〜20日、ドイツ、ミュンヘン、プレナー・ザール
 ●プロデューサー:ハンノ・リンケ
 ●ディレクター、レコーディング・エンジニア:ヴォルフガング・ミットレーナー
 ●カッティングエンジニア:武沢茂(日本コロムビア株式会社)

  ●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/rs_ss_arc/2697

 『ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ』は、1984年にドイツ・ミュンヘンのプレナー・ザールで録音された、こちらも超有名盤。その名を知らぬ者はいないピアニストのマルタ・アルゲリッチと、ドイツ亡命後、ヴァイオリニストの頂点を極めつつあるギドン・クレーメルの両者が絶頂期にタッグを組んだソナタ集だ。この盤も全帯域の鮮度の高さと瑞々しさが印象的で、クレーメルとアルゲリッチがそれぞれ左右から掛け合う様を見事に再現する。分解能は高いが解像感一辺倒にならず、美しいハーモニーを描き出すところを特筆したい。本作は、そんな音楽性の高さに思わず聴き惚れてしまう名盤であり、オーディオ的にもピアノとヴァイオリンそれぞれのアコースティック楽器らしい表現力のチェックに最適だ。

 ちなみに両作品を手持ちのCDと聴き比べすると、オーケストラをはじめとする音楽的な抑揚の写実描写やアコースティック楽器の艶やかな表現などの点で、ここで紹介するアナログレコードが凌駕していた。

 グラモフォンのアナログレコードは、オーディオファイル向けレーベルからも比較的よく再発されているが、それらと比べてもこの2枚は鮮度がたいへん高い点が印象に残る。アナログレコード再生の世界を探求する“欲張りな”オーディオファイルはもとより、名演奏/名録音のレコードを求めるクラシックファンの方々にも自信を持っておすすめしたい2枚の名盤。前述したダイレクトプレスという手法は、プレス枚数が限られるわけで、その意味で貴重だし、何よりも演奏と素晴らしい音質が両立しており、満足感が高い。前述したようにアナログレコードプレーヤーの調整用のリファレンスレコードとしても充分に使える、有益な2作品だ。

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