9月末、麻倉怜士さんと編集部は東京・大田区のアストロデザイン本社にお邪魔した。その目的は本連載で毎年お届けしている、同社 代表取締役社長 鈴木茂昭さんへのインタビュー取材のため。恒例の「プライベートショー」がコロナ禍の影響で延期になってしまったので、単独で取材をお願いしたのだ。さらにもうひとつ、昨今注目を集めている8K対応ケーブルに関する検証もお願いしている。まずは鈴木社長が考える2020年の8K事情からご紹介したい。(編集部)

麻倉 お久しぶりです。普段なら毎年6月頃にアストロデザインさんのプライベートショーが開催されるのですが、今年は延期になってしまったので残念です。私は毎年楽しみにしていました。

鈴木 それは申し訳ありませんでした。ありがたいことにあのイベントはとても好評で、2日間で1000名近い方においでいただきますので、どうしても密になってしまうのです。ピークタイムには展示室がぎっしりで……。

麻倉 アストロデザインさんの展示は他で見られないものが多いですから、当然でしょう。ただ私としては、毎年鈴木さんから興味深いお話をうかがっていますし、定点観測的に今年もぜひインタビューをお願いしたいと思って、今回うかがわせていただきました。

鈴木 ありがとうございます。

インタビューにご対応いただいた、アストロデザイン株式会社 代表取締役社長の鈴木茂昭さん

麻倉 昨年のプライベートショーでは8Kがどう発展していくかについておうかがいしました。あれから1年が過ぎて、家庭用8Kテレビはシャープ以外のメーカーからも新製品が登場し、ちょっとだけ賑やかになってきた気もします。

鈴木 少しずつですが、変化はありました。これはあくまで個人的な意見ですが、東京オリンピックが延期になったことは、8Kについてはプラスに働くのではないかと私は考えています。

麻倉 ほぉ、それは面白い。

鈴木 予定通り今年(2020年)にオリンピックが開催されていた場合は、4K8Kのインフラ普及が間に合わなかったのではないでしょうか。NHKはともかく、民放局の収録・制作は4Kでもなかなか厳しい。その意味では普及のための時間ができたことはよかったのではないでしょうか。

麻倉 それは一理あります。

鈴木 特に民放の状況は厳しいですね。麻倉さんが先日ネット記事で「民放の4K放送はやめてしまえ」と発言されていましたが、それは私も常々思っていたことで、よく言ってくれたと溜飲が下がりました。

麻倉 民放の4K放送は悲惨ですからね。ネイティブの4K番組は、あっても1日1本、ひどい時には2〜3日に1本しかありません。しかも再放送が多い。

鈴木 4K放送については、実際に4Kテレビは売れているわけですから、産業としては恩恵がありました。でも4Kテレビを買ったユーザーが自宅で4K放送を観た時に2Kと同じ番組ばかりだったら、あれっ? と思いますよね。しかも画質も2Kの方がいい可能性もある。

麻倉 放送局側の2K→4Kアップコンバートがうまくいっていない場合、色調がずれて見えることもあります。4Kテレビが売れているのはユーザーの期待が高い証拠ですが、今の民放4K放送はまったくそれに応えられていません。

鈴木 テレビ受像機は放送を見るための道具で、メーカーは一所懸命いい製品を作っているのに、肝心のコンテンツがこの様では困りますよね。

 放送局は、放送がメディアの王様だった時代ではなくなっていること、インターネットによる配信コンテンツが充実してきていることへの危機感はお持ちになっているのに現実の対応ができていない感じがします。コンテンツを作るプロの集団が素人の作った映像に脅かされるのはおかしいですよ。プロが本気で作った番組で勝負してほしいものです。

麻倉 確かに配信インフラが整ってくれば、映像コンテンツを世間に届ける方法は放送以外にもいくらでもあります。昨今の状況はまさにそれを示しています。

鈴木 8Kはもっと問題で、NHKしか番組を作ろうとしていない。これでは普及もおぼつきません。

麻倉 私はA-PABのセミナーで、民放合同で4Kと8Kを1チャンネルずつ放送するように変更すればいいと提案したことがあります。

鈴木 量より質という発想ですね。それもとてもいい方法だと思います。

8Kの活躍の場を広げる、小型カメラレコーダー「AA-4814-B」

アストロデザインでは、この10月から8Kカメラレコーダー「AA-4814-B」を発売する。こちらは2017年にシャープと共同開発した「8C-B60A」に、現場からの要望を反映して画質や操作性に改良を加えた進化版だ。3,300万画素スーパー35mm相当の単板CMOSイメージセンサーを搭載、8K/60p/4:2:2/10ビットリアルタイム収録も可能という。1/14圧縮設定の場合、専用SSDパック(4Tバイト)に最大160分を記録できるとのことだ

麻倉 鈴木さんは以前から、放送以外での8Kコンテンツの提供についていろいろなお考えをお持ちでした。インターネットで8Kコンテンツを届けるためのソリューションとして小型8Kカメラを発売したり、クリエイターをサポートするといった活動も続けられていました。その方面では、1年間で何か展開はあったのでしょうか?

鈴木 わずかに前進しているといった状況でしょうか。8Kの情報量が大きいこともあって苦労しています。5G時代になると大容量、高速通信は可能になりますが、実際にネット配信の仕組みの中でどう扱うかが難しいのです。

 特に通信では扱うデータ量を誰もコントロールしていないので、通信時間が遅くなったり早くなったりすることは普通にあります。大きなデータは送れるけれど、それが必ずすぐに届くわけではない。結果として5Gになっても期待したほど転送レートが伸びない可能性があるのです。

麻倉 なるほど、先日アストロデザインさんとNTTドコモの間で5G通信の実証実験をしていましたが、そういった状況を調べる狙いがあったのですね。

鈴木 厳しい言い方になりますが、放送だけで8Kの普及を期待するのは難しいかもしれません。NHKも予算は限られているし、カメラとレンズで1億円以上の機材が必要となると、そう簡単にロケに持ち出すわけにもいきません。そのためせっかくいい機材を持っていても、なかなか活用できないのです。

麻倉 それはソニーさんの8Kカメラの話ですね。アストロデザインとシャープで共同開発した8Kカメラはもっとお手頃な価格だった気がしますが?

鈴木 基本システムはレンズも込みで1千万円以下で構成できます。撮影した映像自体も高級機にひけを取らない自信はあります。最近は局の現場の方々にもそれを理解していただき、導入が始まりました。また地方局はこれまで8Kコンテンツ制作のゲートが高かったのですが、弊社のカメラを使えばそれも解決できます。

麻倉 8Kは綺麗だけど、同じ番組ばっかりやっていると言われていますからね。コンテンツの数が増えていくのは重要です。

鈴木 コンテンツを増やすためには、8Kで撮影したことのないスタッフにも経験してもらわないといけません。そういった人に向けて、弊社の8K機材をリースするサービスも始めています。カメラもそうですし、弊社においでいただければ編集機材もお使いいただけます。

麻倉 メ〜テレ(名古屋テレビ)が昨年初頭頃にアストロデザインとシャープの協業による8Kカメラを購入し、活用していますね。撮影されるのは基本的に地元名古屋地域での映像で、昨年の活用例として、マジックショーの8K収録、花火大会の収録などがあったそうです。

 そんな8K収録活動も今年はコロナ騒動で中断していましたが、この夏にAKB48メンバーによる新ユニット「I×R(アイル)」の有料オンラインライブが渋谷のライブハウスで開かれ、その収録で活動を再開しました。メーテレ8K班は限定招待制のこのライブで8Kの3カメ収録を敢行。自社所有機は1台だけなので、残り2台をアストロデザインから借りたという気合の入れようでした。

鈴木 8Kについて、カメラからレコーダー、編集機器まですべて揃えているのは弊社くらいしかありませんので、もっとシステムとして使いやすくしていこうと考えています。特に機材同士の伝送や連携で、圧縮をどうするかは重要なテーマになります。そこをクリアーして「手軽な8K制作環境」を実現したい。

 たとえば、8Kは放送や医療分野以外の応用も進んでいます。特に最近のコロナ禍もあって、芸能系の方々が関心を持ってくれています。舞台芸術などで、密にならない環境で自分たちの作品をユーザーに届けようという動きがあり、そこで8Kを活用したいという発想がでてきています。

 弊社では以前から愛媛の「坊っちゃん劇場」とおつきあいがあり、そこでは他に先駆けて舞台の8K収録も試しています。

麻倉 舞台を8Kで撮影して、それを上映するのですか?

鈴木 坊っちゃん劇場では、これまでの劇場の隣に8Kプロジェクターを使ったシアターを作ってあり、以前上演した作品を8Kで上映できます。このような形で有料上映やパブリックビューイングができればいいのですが、問題はビジネスとして採算がとれるかどうかですね。

麻倉 なるほど。技術的に可能なことと、それがビジネスにつながるかは別問題ですからね。しかしこういった社会環境になって、配信で8Kをどう扱うかは、様々な社会活動に影響していきそうですね。

鈴木 弊社も8Kで何かやりたいというご相談を多くいただいており、みんなやっと8Kに注目し始めたんだと感じています。そういった方々に8Kシアターを体験してもらうと、本当に驚いていただけます。特に8K/3Dに感動して、これで何かやりたいという人が多いですね。

麻倉 私も以前のプライベートショーで8K/3Dを拝見しましたが、ステージ作品などは本当に目の前で演じられているようでした。

鈴木 他にも8K関連では、ふたつほど新しい話題がありあました。ひとつは「八景(はちけい)デジタルアートキューブ」というバーチャルミュージアムです。8Kを超える解像度でスキャンした素材を使い、美術品をディスプレイに上映します。

 既に2Kにダウンコンバートしたコンテンツはネット上で公開していますが、8Kは現在のネット環境ではだれでも利用できる状況にはなっていません。今後は博物館などで8Kで公開してもらえるように働きかけていきます。

 もうひとつは、8Kの切り出し技術を応用してスマートホンで8Kストリーミング配信を楽しめる「My 8K」On Demandという提案で、弊社が提案してNHKエンタープライズさんとカディンチェさんの3社で共同開発しました。

 たとえば舞台の8Kを見ている時に、普通は全体を捉えていますが、どこか一部だけクローズアップして手元のタブレットで楽しみたいという時に使ってもらうイメージです。

22.2ch対応の業務用オーディオデコーダー「MA-1851」

22.2ch音声が再生できる、業務用オーディオデコーダー「MA-1851」(¥1,500,000、税別)も発売している。4K8K放送のMPEG-4 AAC 22.2chはもちろん、5.1ch/2chのデコードにも対応済み。HDMI入力を1系統備えており、ここに8Kチューナーからの出力をつなぐ。デコードされた音声は3系統のHDMI出力(リニアPCM8ch)から取り出す仕組みだ。

麻倉 オペラグラスの代わりですね。8Kで撮影しておけば、一部だけ切り出しても解像度は落ちずに綺麗なままですからね。

鈴木 8Kの情報量を活かした使い方のひとつだと考えています。

麻倉 鈴木さんは、8Kは放送以外の分野で伸びていくとお考えなのですね。

鈴木 その可能性は高いと思います。ただし、8Kでは映像がよくなったのだから、音もよくしないといけません。ここも問題だと考えています。

麻倉 確かに家庭用8Kテレビも内蔵スピーカーでは音質的にも物足りませんし、何より22.2chを再生できる製品がないのが問題です。

鈴木 もちろん対応機次第ですが、HDMI2.1が実装されれば22.2chサウンド信号も伝送できるようになります。弊社では、22.2chのデコードシステムも開発済みで、オーディオハートのサラウンドチェアを使った実験を進めています。

麻倉 昨年まではフォーマットに関したお話が中心でしたが、今年はどうやって8Kを使うかというテーマが多くなってきましたね。

鈴木 いつまでも開発途上ではいけませんからね。8K放送は既に始まっているのだから、実用レベルで進化していかないと駄目です。そのために重要なのがコンテンツで、8Kだからこそ感動できる番組が増えなくはいけません。

麻倉 それを現場で支えるのが、先ほどお話にでたカメラであり、編集機材のリースシステムなのですね。

鈴木 使い勝手がいいように、もっと軽いカメラヘッドやレコーダーも準備中です。

麻倉 4Kも確かに高品質ですが、8Kは感動が違います。理想的には映像作品はすべて8Kで撮影して、そこから2Kや4Kに変換すべきでしょう。

鈴木 今は8K機材が高いので特別扱いされていますが、将来的にはそうなっていくでしょう。もっと手軽になるように進めていくのが弊社の役割でもあります。

上はHDMIコンバーターボックス「SD-7076」で、下はフルスペック8Kレコーダー「HR-7520」。8K番組の制作現場などではもちろん、8K対応ケーブルで実際に動画情報が伝送できるかといった検証にも使われている(その詳細は次回の連載で紹介します)

麻倉 そのための制作環境や体験の場についてはどうお考えですか?

鈴木 8Kの上映施設は徐々に動き始めていて、弊社には機材設備についての相談も入ってきています。そこでも伝送をどうするかは重要です。8Kとなると、5Gといっても一般回線では途切れる可能性もありますから、ローカルなネットワーク環境をどう構築するかという検討も必要です。今後はそこを含めた検証が求められるでしょう。

 また8Kをどう圧縮するかもテーマです。8K放送ではHEVCを使って100Mbps前後まで圧縮していますが、配信では200Mbpsくらいをターゲットにして、放送よりも高い画質を実現できれば、差別化につながっていくでしょう。

麻倉 転送レートが2倍あればかなりの高品質で楽しめますから、期待したいですね。では最後に、8K以外でアストロデザインさんが力を入れている分野について教えて下さい。

鈴木 最近は8Kを伝送できるHDMIケーブルが注目されていますが、これもひじょうに高い技術が求められます。特に光ケーブルでは変換回路のクォリティも重要です。弊社はもともと測定器メーカーですから、そういった試験のためのビデオアナライザーも準備しています。

 ただしこれはプロトコル検査といって、データが規格通りに送られているかを調べるもので、本当の意味でケーブルのチェックはできません。そのために、物理的なチェックもできる測定器を開発しています。

麻倉 現状ではケーブルの物理試験は実際の映像をつないでみないと分からないということですから、その測定器は開発に際してもきわめて重要な存在になります。いつ頃の発売をお考えでしょうか?

鈴木 年末の発売を目指しています。これは電気信号の伝送特性を測るものですから、HDMIケーブルだけでなく、USBケーブルの測定にも使えます。

麻倉 それが発売されたら、ケーブルメーカーも大助かりでしょうね。こういったどこもやっていない製品を手がけるのは、アストロデザインさんならではです。今回も興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

アストロデザイン本社で、8K映像を確認する麻倉さん。実はこの日は某社の8K用HDMIケーブルの新製品を持ち込んでおり、鈴木社長インタビューの後にケーブルの動作確認も行っている