ヤマハの新型ブックシェルフスピーカー「NS-3000」は、フラッグシップモデル「NS-5000」の高音質技術を数多く継承した2ウェイのプレミアムスピーカーとして登場した。だがそこには単なるラインナップという位置づけを超えた、NS-3000ならではの音の方向性、目指すべき世界があったという。NS-3000開発者インタビューの後篇では、小型ブックシェルフだからこそ実現できた音の世界についてもお話をうかがった。取材は東京と浜松をリモートでつないで実施し、インタビュアーは和田博巳さんにお願いしている。(編集部)

※前篇はこちら → https://online.stereosound.co.jp/_ct/17396737/

スピーカーシステム
ヤマハ NS-3000 ¥900,000(ペア、税別)

●形式:2ウェイ2スピーカー、バスレフ型
●使用ユニット:30mmドーム型トゥイーター、160mmコーン型ウーファー
●振動板:ZYLON® ※ZYLON®は東洋紡株式会社の登録商標です
●再生周波数帯域:39Hz〜60kHz(-10dB)、-100kHz(-30dB)
●出力音圧レベル:87dB/m/2.83V
●インピーダンス:6Ω(最少4.6Ω)
●クロスオーバー周波数:2.8kHz
●フィルター特性:トゥイーター-12dB/oct、ウーファー-6dB/oct
●許容入力:60W
●最大入力:120W
●寸法/質量:W244×H394×D326mm(突起含む)/13.1kg

和田 先日ヤマハの試聴室でNS-3000の音を聴かせていただきました。SACD『ボビノ座のバルバラ・リサイタル’67』を再生した瞬間、とてもバランスのいいことに驚きました。ライブ録音なのでステージが見えるような空間再現を求めたいし、暗騒音を含めたボビノ座の空気感がふわっと漂ってくれないといけません。それがきちんと再現できていたので、思わず「うん、最高!」という言葉が口をついて出ました。

小林 私も試聴に立ち会わせていただきましたが、実に嬉しい言葉でした。

和田 バルバラはひじょうにデリケートな歌い方をするシャンソン歌手ですが、息を吸い込む時のほとんど音にならないような微かなニュアンスまでよく分かり、小型スピーカーとして凄くよくできていると思いました。

 というのは、実は音を聴くまではちょっと心配していたのです。NS-3000は160mmの2ウェイ機ですが、145mm〜165mmというウーファーサイズは世界中の高級小型スピーカーの激戦区です。フランコ・セルブリン「Accordo」(150mm)やマジコ「A1」(165mm)、B&W「805D3」(165mm)など、すべてがベストセラーモデルで、人気が高いものばかりです。

 この激戦区に新製品を投入するならば、180mmくらいのウーファーを使って、やや大きめのブックシェルフにすれば、競合モデルも少なかったんじゃないかと。

熊澤 確かにライバルの多い価格帯ですが、逆にいうとNS-3000のユニークさには自信がありました。吸音材を使っていない仕上げ、全帯域で音色が揃っているなど独自のストーリーで技術を積み上げてきたからです。

 自分達の目指す音を実現するために結果的には激戦区になりましたが、独自性に自信があるからこそ敢えて問うてみたいと考えたのです。

「NS-3000」では、160mmというウーファーサイズを選んでいる。このサイズはヤマハが2ウェイブックシェルフスピーカーで目指すべき音に求められる条件を熟考したうえで選んだそうだ

和田 凄く勇気のある決断でしたね。

熊澤 昨年の7月、ミュンヘンにNS-3000の試作機を持って行き、ドイツのオーディオ評論家氏に聴いてもらいましたが、その時には「Wunderbar」(素晴らしい)と言っていただきました。

 欧州では日本ブランドのスピーカーはなかなか評価してもらえず、今までも苦戦してきました。特にドイツは厳しいのですが、ここまで言ってもらえたのは初めてでした。

杉村 試作機ではありましたが、この時点でいい評価をもらえたのは自信につながりました。

開発では小型スピーカーならではの苦労も

和田 その他にNS-3000の開発で苦労したこと、注力したことを教えていただけますか。

杉村 基本的な要素技術はNS-5000から受け継いでいますが、そうであっても製品として別物ですから、課題は必ず出てきます。

 特に小型2ウェイという点がキーで、キャビネットが小さいというだけで設計は難しくなります。そもそも大きなキャビネットならいろいろな技術を詰め込みやすいのですが、小さくなると辛い。

 例えばR.S.チャンバーも、NS-5000の筐体なら邪魔になりませんが、NS-3000ではそれだけでスペースを取ります。そのため、どの要素をどこに配置すれば機能的に最大限の効果を発揮できるかがわかるまでに、とても苦労しました。

キャビネットの板厚は6面ともすべて20mmを選んでいる。もっともきれいな箱の響きを検証していった結果、この厚さが最適だったのだとか。写真右、R.S.チャンバーの上にアコースティックアブソーバーが取り付けられている

熊澤 ネットワークの開発も、まさに傷だらけでした。

和田 傷だらけ?

杉村 NS-3000では、内部配線もできるだけ短くしたいと考えました。ジャンパー線を使わないで、素子と素子はすべてリード・トゥ・リードでハンダ付けしています。

 しかし高品質なパーツを使おうと思ったら、ひとつひとつの素子も大きくなってしまいます。部品数も抑えてはいるのですが、ユニットの特性を活かすためにはそれなりの回路規模になり、NS-3000の箱の中に収めるのも難しかったのです。

 さらにキャビネットの開口部も小さいので、取り付け作業も難易度が高かったですね。スピーカーによっては、底面や背面に開口部を設け、ネットワークやユニットを取り付けてからネジ止めでキャビネットを塞ぐ作り方もあります。しかし弊社は箱にこだわりを持っていますので先にキャビネットを仕上げます。6面すべてを強固に接合して、箱全体を均一な塗装でコーティングすることが響のいいキャビネットの秘訣です。

 それもあり、NS-3000では完成したキャビネットの中にネットワークをどうやって格納するかに苦労しました。そもそもネットワークだけで背面の半分近い面積がありますし、加えて大きなコイルを底面にがっちり固定しなくてはならなかったのです。それらをユニットの穴から入れて、補強材を避けながら取り付けました。

小林 開発段階で、ネットワークの部品を変えようということになると、一度ユニットを外して、ネットワークを取り出して……ということになるので、そのたびに手が擦れて傷だらけになっていました(笑)。

和田 ネットワーク回路自体かなり大きいし、これを160mmユニットの開口部からよく入れたなぁと驚きました。海外製スピーカーの中には、ネットワークを別筐体にしたり、スタンドの支柱に入れているモデルもありますが、そういった方法は考えなかったのですか?

小型ブックシェルフスピーカーとしてはかなり大がかりなネットワークを搭載する。写真左側の板に固定されたパーツを本体背面に固定し、右側のコイルは底面側に取り付けている

熊澤 開発時に、ネットワークを外に出した状態で音を追い込んで、その後ネットワークを筐体の中に入れたら、音が変わってしまいました。

杉村 そこで今回は、ネットワークを外に出しても、中に入れても音色が劣化しないように設計しています。そのために重要だったのが、パーツをどう配置するかだったのです。

 ネットワーク回路には大型コイルなどを使っていますが、これらはお互いに干渉しやすいパーツです。そこで、どれとどれを離して設置したら影響がないかを調べました。シミュレーションや解析では難しいので、実際に組み立てて音を聴くという手順を繰り返して追い込んだのです。

熊澤 私はもともとアンプ屋ですが、電気基板などで高周波を扱っている場合、コイル同士で磁界の影響がでてしまうことはよくあります。そうなると、必ず音に歪が出てしまうので、電気回路担当者としてはコイルの向きや置き方をケアするのは当たり前でした。

 今回NS-3000のネットワークで起きたことはそれと同じですが、空芯コイルと各パーツで適切な距離を取れば必要以上に離す必要はありません。つまり、磁気結合が起きない距離が確保できれば、ネットワークを外に出して配線を伸ばすよりは箱の中に収めた方がいいのです。

杉村 今回は素子を含めてネットワーク回路にこだわったので、一般的な2ウェイスピーカーと比べても大きくなっています。でも、NS-3000で狙った音を出すためには、これだけのサイズがどうしても必要だったのです。

リモートインタビューの画面より。左上が和田さん、右上が小林さん、左下が杉村さん、右下が熊澤さん。今回は内容がとても濃かったこともあり、3時間近く語り合っていただきました

音決めに重要なスタンドから、先に仕上げている

小林 バスレフポートのチューニングにも苦心しました。ここはグルーヴ感の再現にも関わってきた部分です。

杉村 スピーカー開発では、仕上げの段階でポートでチューニングすることが多いのですが、今回も最後の最後で、もうちょっとグルーヴ感を出したいと思いました。音と音の狭間、ギターのカッティングやブレス、呼吸といっていいかもしれませんが、そこの表現をもう少しエモーショナルにして、演奏者が表現したものを甦らせたかったのです。

 まずはバスレフポートの長さにもう一度注目しました。ポートの長さは内部容積によってある程度は決まるのですが、最後の追い込みで低域表現の狙いをミリ単位で微調整しました。また、ポートの素材もいろいろな材料を取り寄せて音を聴き比べました。最終的には密度の高いパルプ製の管を使っています。

 その一方で微小な音楽信号を損なうようなノイズをなるべく抑えることも必要です。NS-3000は長めのポートなので、どうしても中で不安定になってノイズが発生する可能性があります。そこでポートをキャビネットに固定して、不要な振動を排除しました。これによって低域の表現力が一歩上がっていると思います。

和田 カットモデルを見ると、確かにポートの先端が固定されていますね。これは珍しい。

杉村 サブウーファーではポートが盛大に揺れるので固定することもありますが、小型スピーカーではあまりないでしょうね。NS-3000ではリング状のパーツでしっかり固定して、どういった振動にも耐えられるようにしています。

「NS-3000」の背面。スピーカー端子はバナナプラグ対応のネジ式を搭載。右上のバスレフポートは形状や内部の長さ、固定方法まで細かい検証が積み重ねられたとか

和田 こういった細かな配慮が低域のスピード感やS/Nに関わってくるのですね。

熊澤 最後は、どうしても芯が足りない、低域のエッジ感がでていないと感じたので、手作業で追い込みました。

小林 このチームでスタジオにノコギリを持ち込んで、ポートを削りながら調整していったのです。おかげで床が木くずだらけになりました(笑)。

和田 まさにカット&トライですね。ポートの長さや太さが違うと微妙に音は違う。しかしこの変化はスペックにはでてきませんよね。

杉村 数値では表現できません。でも結果としてわれわれが目指していたグルーヴ感、リズミックでメロディアスな音がいきいきと描けるようになりました。

和田 ところで、今回はひじょうに豪華で立派なスタンドも準備されています。ここまでデラックスなスタンドが必要だったのですか?

小林 最初にしっかりした土台、スタンドが必須だとリクエストしました。出来上がった順番としてはスタンドの方が早かったのです。

和田 それも珍しい。普通はスピーカーができてからスタンドを考えますからね。でも先にスタンドがあるということは、音決めをしていく際の基準になるし、いいことです。

小林 音決めの変数を抑えておきたかったこともあり、スタンドはある程度固めておきたかったのです。開発の途中でまったく変更がなかったわけではありませんが、基準を作っておくという意味では、スタンドを最初に作ってよかったと今でも思っています。

和田 価格がペアで20万円。スタンドとしてはかなり気合いが入っています。

小林 営業的にはもうちょっとお値段を上げたかったくらいなんですが……。

「NS-3000」を専用スタンドの「SPS-3000」に載せたところ。この状態で音決めが進められたとのことなので、お店などで音を聴く際にも可能であれば専用スタンドと組み合わせて下さい

熊澤 完成度は高いので、NS-3000以外のスピーカーにも充分使ってもらえるものに仕上がっていると思います。

和田 確かに単品としても充分な完成度だと思います。小型スピーカーの音をもうちょっとよくしたいと悩んでいる方には試して欲しいスタンドですね。

熊澤 このスタンドも、物量を奢ってよくしましたというのではなく、形状にも意味を持たせています。

杉村 スピーカースタンドで大事なのは音質、デザイン、重量です。音質に与える影響をなるべく少なくして、NS-3000の性能を100%発揮できる形として、前面から見て反射の少ないデザインにしたいと思いました。支柱はアールを描いていて、かつ振動はちゃんと抑えるように2本の支柱を前後に並べています。

 材料も金属で作るのか、木製がいいのかを検証しましたが、木製の方が余計な響きが少なかったのでMDFを選びました。ベース部は4.5mmの鉄板に18mmのMDFを2枚貼り合わせた構造になっています。

 最終的にはスタンドが15.3kgで、NS-3000(13.1kg)よりも重くなっています。ただこの方がスピーカーをがっしり支えることができますし、安定性という面でも結構重要なポイントです。

和田 シンプルだけど、仕上げも美しい。

杉村 全身黒ですが、鉄板と支柱、台座部分の塗装は微妙に変えています。NS-3000は真四角でシンプルなフォルムですが、スタンドと組み合わせていただくと、デザイン的な美しさを感じてもらえるのではないかと思っています。

音の試聴はリモートインタビューとは別の日程で、ヤマハの試聴室で行った。SACDからアナログレコード、ハイレゾ音源まで、様々なソースをじっくり聴いてもらっている

これまでにない音楽空間を表現するスピーカーが生まれました

和田 最後に、NS-3000で皆さんが一番よくできたと感じている点、あるいはオーディオファンにぜひ聴いてもらいたいポイントを教えて下さい。

熊澤 企画担当としてNS-3000で自信を持っているのは、定位感、エモーションの表現がかなりのレベルに来たという点です。開発時にも、節目、節目で私が指摘していく課題を、杉村を始めとする開発チームがそれに応えて、かつ期待を超えて仕上げてくれました。

 そんな相乗効果で、アーティストが目の前に居るような定位感、音場表現ができるようになったと思います。オーディオファンの皆さんには、新しいヤマハの音、音楽ブランドとしての音楽表現を聴いて欲しい。一度でいいからこの音を聴いて下さいと、みんなに言って回りたいくらいです!

杉村 NS-3000は、小型2ウェイブックシェルフとしてのよさ、フロアスタンディングやトールボーイ型では出ない魅力が表現できていると思いますので、そこに注目して欲しいですね。

 コンパクトな筐体なので剛性が高く、内部配線の最短化ができるというメリットがあります。またユニットを近接配置できますので、それによる定位のよさ、音場の広さも楽しんでいただけると思います。特にメロディアスでリズミカルなところが聴きどころです。

 加えて、中低域をひとつのユニットで再生することで自然な階調表現も可能になります。特にヴォーカルなど、人の耳が敏感な帯域がスムーズに再現できていると思いますので、そこもぜひ聴いて下さい。

小林 小型2ウェイでしか出せない世界を作りたいと考えていました。チームで試聴とトライを繰り返し、目指すべき課題をひとつずつクリアにして音を詰めていった結果、これまでにない音楽空間を表現するスピーカーが生まれました。是非、皆様に新しいヤマハをご体感いただきたいと思います。

和田 NS-3000はオーディオファンに一度は聴いて欲しい素晴らしいモデルに仕上がっています。国内はもちろん、海外でもどんな評価を集めるか楽しみです。今日はありがとうございました。

2ウェイ小型スピーカーの最新にして、最注目モデルであることを確信。
NS-3000なら、SACDからアナログLPまであらゆるソースが文句なしに楽しめる …… 和田博巳

 インタビューの中にも出てきた、SACD『ボビノ座のバルバラ・リサイタル’67』では、S/Nのよさと同時に位相特性にもきわめて優れることがよく分かった。おそらくわずか4本ほどのマイクで2トラック・テープレコーダーに一発録りされたきわめてシンプルな録音のよさ、それがとてもよく分かるのである。ピアノ、ヴォーカル、アコーディオン、ダブルベースがまるで手で触れられるようにリアルに浮かび上がり、バルバラが発するかすかな吐息もたいそう生々しい。

 エサ=ペッカ・サロネンとL.A.フィルによる『ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》』はハイレゾで聴いたが、打ち鳴らされる打楽器と雄叫びを上げる金管が土着的で祝祭的なバレエ曲を極彩色に彩った。グランカッサとティンパニの強打による爆発はさすがにサイズ相応だが、しかし透明感は申し分なく、すべての楽器が空間いっぱいにホログラフィックに浮かび上がる。低音の弾みのよさとスピードも文句なしだ。

 アナログレコードで聴いたデューク・エリントン&レイ・ブラウン『This One’s For Blanton』では、レイ・ブラウンのダブルベースがこの小さなスピーカーが鳴っているとはとても思えないようなパワフルさ。ボディの厚みもちゃんと感じられ、4弦開放のEの音(42Hzの低音!)が「ブルン」と鳴ったことにはビックリした。エリントンの弾くピアノも重量感があって、NS-3000は高級小型スピーカーの最新にして、最注目モデルであることを確信。

<主な視聴機器>
●スピーカー:ヤマハNS-3000 ●アンプ:ヤマハC-5000/M-5000
●アナログプレーヤー:ヤマハGT-5000 ●フォノカートリッジ:フェーズメーションPP-2000
●CD/SACDプレーヤー:ヤマハCD-S3000 、アキュフェーズDP-750

「NS-3000」はアナログレコードの音との相性もとてもよかった。なお今回試聴で使った「GT-5000」専用のダストカバー「DCV-5000」(¥85,000、税別)が今年8月に発売されています