8月28日、ヤマハから新型スピーカー「NS-3000」が発売された。30mmトゥイーターと160mmウーファーを搭載した2ウェイブックシェルフ型で、フラッグシップモデル「NS-5000」の設計コンセプトを受け継いだ製品だ。今回は、そんなNS-3000がどのようにして企画されたのか、ヤマハがブックシェルフスピーカーを発売する狙いはどこにあるのかについて、開発者にお話をうかがった。取材は東京と浜松をリモートでつないで実施し、インタビュアーは和田博巳さんにお願いしている。(編集部)

和田さんと小林さんは東京、熊澤さんと杉村さんは浜松のヤマハ社内に会議システムを準備してもらい、リモートインタビューを実施している

和田 ヤマハから小型2ウェイスピーカー、NS-3000が発売されました。僕も先日その音を聴かせてもらいましたが、ブックシェルフ型らしい魅力に溢れたサウンドを楽しむことができました。

 今日はこのNS-3000がどのようにして誕生したのかを、開発者の皆さんにうかがいたいと思います。まずはNS-3000の開発でどの部分を担当されたのか教えて下さい。

熊澤 商品企画の熊澤です。私は商品戦略担当になって約4年で、それ以前はアンプやプレーヤーの設計に従事していました。商品戦略の中でどういった製品を市場に投入するか、どんなラインナップを作るかを考えるのも仕事で、そんな中でNS-5000と並ぶ2ウェイプレミアムブックシェルフスピーカーとしてNS-3000を企画しました。

和田 NS-5000も素晴らしい製品で、2016年の《ステレオサウンドグランプリ》を受賞しています(ステレオサウンド誌2017年冬号で紹介)。熊澤さんはNS-5000でも商品戦略担当だったのですか?

熊澤 はい、NS-5000の開発の途中から商品企画として参画しました。業務的には、コンポーネントだけでなく、スピーカーも含めたハイファイ商品全体の戦略決定を担当しています。設計段階から物づくりに関わることも多く、NS-3000についても杉村たちと一緒になって、音の方向性についてディレクションをしていました。

杉村 NS-3000と専用スタンドの「SPS-3000」の設計を担当した杉村です。NS-3000については、チームのメンバーみんなで協力して開発してきました。特にスピーカーユニットに関しては、専門的な立場で開発を担当してくれたメンバーもいます。それをわれわれがコンポーネントとしてまとめた形になります。

小林 ヤマハミュージックジャパンでハイファイオーディオのマーケティングと広報を担当している小林です。NS-3000では国内販社の立場からプロジェクトに関わっていて、音決めにも参加しました。また、5000シリーズ以降の各コンポーネント製品でも、チューニング等、開発サポートを行っています。

スピーカーシステム
ヤマハ NS-3000 ¥900,000(ペア、税別)

●形式:2ウェイ2スピーカー、バスレフ型
●使用ユニット:30mmドーム型トゥイーター、160mmコーン型ウーファー
●振動板:ZYLON® ※ZYLON®は東洋紡株式会社の登録商標です
●再生周波数帯域:39Hz〜60kHz(-10dB)、-100kHz(-30dB)
●出力音圧レベル:87dB/m/2.83V
●インピーダンス:6Ω(最少4.6Ω)
●クロスオーバー周波数:2.8kHz
●フィルター特性:トゥイーター-12dB/oct、ウーファー-6dB/oct
●許容入力:60W
●最大入力:120W
●寸法/質量:W244×H394×D326mm(突起含む)/13.1kg

別売スタンド
ヤマハ SPS-3000 ¥200,000(ペア、税別)
●寸法/質量:W306×H629×D401mm(スパイク無し)/15.3kg

小型ブックシェルフでなくては再現できない音を目指した

和田 さて、今日のインタビューはNS-3000がテーマですが、先ほど申し上げたように本機の前にNS-5000というフラッグシップモデルがありました。NS-3000が企画されたのは、NS-5000発売の後なのでしょうか? それともNS-5000の開発時から2ウェイ小型ブックシェルフの発想はあったのですか?

熊澤 そのご質問には私からお答えします。私はNS-5000の開発中に商品戦略担当に就任し、NS-5000のまとめに関わっていました。その際にも、ヤマハとして5年後、10年後のハイファイ戦略を考えていました。

 次のスピーカー展開をどうしようとなったときに、これまでのヤマハ製品にはなかった表現力を備えたNS-5000が誕生した。その音を聴いて、この機会にヤマハのスピーカーをもっと多くの人に認知してもらいたいと考えたのです。

 ヤマハはハイファイ機器だけでなく、ホームオーディオとしていろいろな製品を展開しているわけですが、オーディオである以上やはりスピーカーが顔になるわけで、スピーカーブランドとしてしっかりしたイメージを構築していきたいという目標を立てました。

 そこからNS-5000のフラッグシップとしての手応えを感じていく中で、新しいヤマハの音としていろいろなお客様に提案していけるように、スピーカーの幅、ラインナップを広げていきたいという思いが出てきました。それもあり、NS-5000を開発している時から次は2ウェイ小型ブックシェルフを出したいと考えていました。

和田 実際にNS-3000の設計に取りかかったのは、NS-5000が完成した後ですか?

熊澤 はい、NS-5000の完成後になります。

「NS-3000」に搭載されている30mmトゥイーター(右下)と160mmウーファー。どちらも振動板には東洋紡が開発した世界一の強度を備えた繊維素材の「ZYLON®」が使われている

和田 そのNS-3000は160mmウーファー搭載の2ウェイブックシェルフ型ですが、このサイズに最初からこだわっていたのですか? それとも別のウーファーサイズも検討した結果、最終的にこの大きさになったのでしょうか?

小林 当初は180mmウーファーにしようという話もありましたが、最終的にこのサイズを採用しました。低域を稼ぎたいと思えばもう少し大型のウーファーを使うという方法もあったでしょう。

 私自身、最初はもっと大きなウーファーを使い、キャビネットも大きくしていいんじゃないかと思っていました。ただ、NS-5000では得られない音の方向性、表現力を追い求めた結果、今回の選択になりました。

熊澤 ここはとても重要なテーマでした。確かに180mmでいこうという声も社内にはありましたが、商品企画としては160mmしかないと考えていました。

 というのも、楽器メーカーであるヤマハのハイファイが目指すべきは音楽性の再現であり、歌い手がそこに立っているかのような定位感と、ミュージシャン同士がステージに並んでいる奥行などの空間表現、そこから生まれてくるハーモニーをどう実現するかです。

 そこに対して、NS-5000では300mmウーファーを使った低域再現のよさ、ワイドレンジさでアプローチしました。ただ大型システムではどうしても音源が大きくなるので、定位感やシャープなフォーカス感の再現とは引き換えになる面があります。

 そこでNS-3000では、小型ブックシェルフだからこその再現に注力すべきだと考えました。低域も、中途半端に量感を求めるよりは、ベースの音程感やリズム感、ニュアンスをしっかり表現したいと思ったのです。その意味では160mmというサイズは、トゥイーターとのつながりを考えても最適でした。

杉村 重要なのはトゥイーターとのつながりと低域の出し方でした。またウーファーサイズが大きくなると筐体も大きくなってしまうので、そのバランスをどうするかが問題でした。

熊澤 ギターなどで、弦を弾いてボディが鳴るときに、2ウェイスピーカーでトゥイーターとウーファーのつながりが悪いと、弦をはじく音とボディの鳴りが別々に聴こえてしまいます。そこを一体感を持って表現したいと考えると、設計的には160mmがいいサイズだったのです。

「NS-3000」のカットモデル。コンパクトなキャビネットの中にネットワークを始めとする多くのパーツを、最適な位置を選んで配置されている。しかも先に箱を仕上げ、大型のネットワークユニットを開口部から取り付けるという手の込んだ作り方がされていると言うから驚きだ

シンプルな四角いデザインにも意味がある

和田 さて、NS-3000ではすべてのユニットの振動板を「ZYLON」(ザイロン)で統一するなど、多くの技術要素をNS-5000から受け継いでいます。本体デザインもよく似ていて、さかのぼるとヤマハの名機「NS-1000M」を継承している。

 デザインについては、NS-3000はトールボーイ型にしてユニットをインライン配置するといった、最近主流の姿形に仕上げることも可能だったと思うんですが、なぜ四角い箱のデザインを採用されたのでしょう?

熊澤 NS-5000もそうですが、弊社のアンプもデザイン上のポイントとして、レトロ&モダンを狙っています。でもこれは、単純に伝統を重視したということではありません。NS-5000の場合は、技術的に追い込んでいった結果、あのデザインになったという言い方が相応しいと思います。

 スピーカー開発で、楽器メーカーであるヤマハならではの音楽性を表現したいと考えた時に、理想となるのは周波数の全帯域をカバーできるフルレンジです。しかし現実には、可聴帯域すべてを再生できるフルレンジユニットは存在しません。

 となると2ウェイや3ウェイシステムになるわけですが、ヤマハとしてはピアノの88鍵を再生する時にどこかでトーンが変わっては駄目なのです。そのためには、スピーカーユニットの振動板は同じ素材でなくてはならない。そこで、トゥイーターからミッドレンジ、ウーファーまで同じ振動板素材を使うことにしました。

和田 伝搬速度が速く、適度な内部損失もあるZYLONだからこそ実現できたと聞いています。

熊澤 もうひとつのポイントとして、吸音材を極力使いたくないという思いもありました。スピーカーでは、キャビネット内部の定在波を抑えるために吸音材を使いますが、それは同時に音楽信号も吸収してしまいます。

 それに対し、われわれは音楽そのものが持つエネルギーを損なわずにノイズや歪みだけを取る方法はないのか、という大きな命題に取り組んだのです。われわれにはギターやバイオリンなどの響板の振動解析や、空間音響の解析技術があり、それらを応用して定在波だけを抑える方法についてシミュレーションを進めました。

 その結果分かったのが、定在波を抑えるには、むしろ真四角な箱にした方が効率がいいということでした。四角い箱であれば、縦と横の定在波の周波数がピンポイントに決まりますから、逆にそこだけを打ち消せばいいのです。

和田 これはひじょうにユニークな発想です。海外製スピーカーでは、キャビネットを舟型にしたり、角にアールを付けた製品も多く、最近のモダンなスピーカーは四角い形ではないといった傾向があります。

 それは定在波を嫌った結果だったり、ユニットから放射された信号がエッジで蹴られて回折効果を生んでしまうのを避けるためだと言われています。しかしヤマハは、定在波の除去のために敢えて四角いキャビネットを選んだ。

熊澤 四角いキャビネットなら、発生する定在波の周波数を絞ることができます。それを効率よく吸収するために、NS-5000で共鳴管を使って定在波を打ち消すアコースティックアブソーバーを開発しました。

 アコースティックアブソーバーで定在波をピンポイントに吸収できれば、フェルトやスポンジといった吸音材を使わなくてすむので、音楽のエネルギーは失われません。この仕組みを開発できたことで、結果的にNS-1000Mに似たデザインになったのです。

和田 NS-5000やNS-3000は、見た目はNS-1000Mによく似ているけれど、内部構造は進化しているということですね。

熊澤 NS-1000Mは密閉型で吸音材が多く使われていましたが、NS-5000とNS-3000では吸音材はほとんど使っていません。

和田 そのおかげでNS-3000でも躍動感、開放感に優れた、闊達な音が再現できています。吸音材を詰め込むと定在波の除去には役立つかもしれないけれど、音の躍動感は損なわれますからね。

熊澤 NS-1000Mはモニタースピーカーということもあり、ユニットからのダイレクトな音は感じやすいと思います。逆にNS-5000やNS-3000の、ボリュウムを下げたときに音が自然に抜けていく表現は、今の技術で仕上げたからこそ実現できたものです。

小林 今の話はキャビネット内部の構造についてですが、実は外側から見たフォルムも意味があるのです。

取材に協力いただいた方々。左からヤマハ株式会社 ホームオーディオ事業部 商品戦略グループ 主事 熊澤 進さん、同 HS開発部音響機構グループ 主事 杉村 禎一さん。右端が株式会社ヤマハミュージックジャパン AV・流通営業部 マーケティング課 主事 小林 博文さん

熊澤 NS-5000、NS-3000ともスピーカーユニットをインラインに配置していません。これにも理由があって、ステレオ再生として理想的な音場表現をしたいと考えると、ユニットから放射された音がバッフル面の外周で反射する影響をなるべく防ぎたいのです。

 インラインで配置すると、バッフル面の中央にユニットを置くことになり、結果としてユニットからバッフルの左右の角までの距離が同じになってしまうので、反射した音が同じ周波数で打ち消し合って、周波数特性にも影響することがあります。それを避けるために敢えてユニットをずらして配置し、特定の周波数での反射が起きないようなレイアウトを探しました。

 NS-3000では、トゥイーターの帯域で干渉が極力起きない位置を探っていったら、この配置に落ち着いたという経緯もあります。NS-1000Mがオフラインでユニットを配置していた理由も同様です。

和田 左右それぞれの端から異なる距離に取り付けているので、特定の周波数での反射が起こりにくいと。

熊澤 技術的に検証した結果、定在波を打ち消すためにキャビネットが平行面であること、バッフル面での反射を抑えるためにユニットをオフラインで配置することが必要だという結論に至りました。

和田 これはとても重要なことです。シンプルな四角いデザインだけど、ヤマハのスピーカーはこの形に意味があるということを、オーディオファンに理解してもらいたいということですね。

熊澤 NS-1000Mとは出発点も中身も違いますが、最終的に出てきた答は同じだったのです。

NS-5000で得た知見を、可能な限り盛り込んだ

和田 先日NS-3000の音を聴かせてもらって、ひじょうにS/Nがいいことにも感心しました。とても静かなスピーカーだと思ったのです。“静か”というのは、ピアニッシモからフォルテシモまでのダイナミックレンジを十全に感じ取れたということです。

小林 最高の褒め言葉です。ありがとうございます。

トゥイーターユニットの後方に取り付けられているのが、R.S.チャンバーと呼ばれるパーツ。フラッグシップモデル「NS-5000」で初採用された技術で、特殊な形状の管がトゥイーター振動板の背後で発生する不要な共鳴を抑制し、自然な響きを再現してくれる

和田 NS-3000でもトゥイーターの後ろにR.S.(Resonance Suppression)チャンバーという不要な共振を打ち消す機構を搭載していますが、これもS/Nがいい理由のひとつだと思います。

杉村 NS-3000の開発では、NS-5000で得た知見は可能な限り使おうと考えていました。トゥイーターに関しては、基本的にNS-5000と同じドライバーを使っています。R.S.チャンバーによって、ZYLON振動板の能力を充分発揮できるようにしています。

 また先ほど話に出たアコースティックアブソーバーは、NS-5000は筐体が大きかったのでJ字形の長さの異なるパーツを筐体内の左右に取り付けましたが、今回のNS-3000ではコの字形のチューブにしました。

 NS-5000では高次の共振まで取る仕様になっていましたが、NS-3000ではそこまで大きなパーツを筐体内に収めることができませんので、コンパクトで、かつ最大限の効果を発揮できるよう工夫しました。社内の研究開発チームと一緒にシミュレーションと試作を繰り返し、この形に行き着いたのです。

 コの字の両端にスポンジがついていますが、ここの素材によっても特性が変わってきますので、様々な材料を試しながら最適な設計値に追い込んでいます。

熊澤 アコースティックアブソーバーは取り付ける場所も重要です。

キャビネット内部の定在波を吸収するアコースティックアブソーバー。「NS-3000」のサイズに合わせて、内寸30mm角のコの字型の管が新たに開発された。あらかじめ箱の内部で発生する定在波をシミュレーションで予測し、それをもっとも効果的に吸収できるよう設計されている

杉村 正しい場所に取り付けないと能力を発揮できないのです。検証の結果、天面の後ろ側に、開口部を後ろに向けて取り付けることになりました。これによって奥行方向、上下方向の共振をスムーズに取り除くことができました。測定結果にもはっきりと現れています。

 さらにNS-5000から引き継いだ要素としてキャビネットの材料があります。木材には、NS-5000と同じ北海道産白樺の積層合板を使っていますが、その理由は響きのよさに尽きます。スピーカーのキャビネットは振動を100%抑えることは不可能です。なので、出る振動については限りなくいい響きにしたいと考えました。

 キャビネットの板厚はNS-5000と同じ20mmです。NS-5000は大きなユニットを取り付けるのでフロントバッフルは他より厚くなっていますが、NS-3000は6面とも同じです。それによって、箱全体で均一な響きが出せるようになりました。

熊澤 最初の設計ではNS-5000と同じ仕様で、バッフル面は29.5mm、その他は20mmで考えていました。しかしそれでは駄目だったのです。

杉村 キャビネットも固めすぎると響きがきれいに出ないことがあります。気持ちよく聴ける、ちょうどいい厚さがありますので、それを探すのに試行錯誤しました。

和田 20mm厚が一番ソノリティがいいという結果になったのですね。それは測定できる部分ではないので、自分たちの耳で聴いて判断したということですね。次回は開発の苦労話をもう少し詳しく聞かせていただこうと思います。

※後篇は10月30日公開予定。和田博巳さんによるNS-3000試聴インプレッションもお届けします。お楽しみに