プレミアム放送局のWOWOWが、3Dサラウンドを活かした新しい試みをスタートしている。今回の連載では同社の3Dオーディオ試聴室にお邪魔して、3Dサラウンドでどんな取り組みを行い、また今後どのような展開を考えているのかについて、株式会社WOWOW 技術局 技術企画部長の福田賢治さんと、技術局 エグゼクティブ・クリエイター/博士の入交英雄さんにインタビューを実施している。後編では実際の3Dオーディオ音源を体験、その効果を麻倉さんに検証してもらった。(編集部)

※今回ご紹介した3Dオーディオの配信について、10月にWOWOW主催の伝送実験が開催されます。その実験にモニターとして参加してくれるStereoSound ONLINE読者50名を緊急募集! 詳細は以下のコラムでご確認下さい。たくさんのご応募お待ちしています。

自宅でMQAやAURO-3Dの配信サウンドを体験してみませんか?
WOWOW高度音声配信実証実験のモニター参加者募集

 WOWOWでは、放送や配信の音声品質の向上を目指した実証実験を、10月6日(火)の17:00〜18:00に実施予定です。今回は、そのモニターに協力してくれる読者諸氏を募集します。

 モニターの内容は、富ヶ谷・ハクジュホールからの生中継配信を自宅でご覧いただき、試聴後にアンケートに答えてもらうというもの。会場では生演奏を192kHz/24ビットの3Dオーディオで収録し、それをリアルタイムでHPL→MQA→MPEG4-ALSの順番にエンコードして映像と一緒に配信します。

 配信の内容をご覧いただくには、再生アプリのVLC(無料)をインストールしたPC(Windows、MAC)を自宅のオーディオ機器につないでもらえればOK。その場合は48kHzのリニアPCMでお楽しみいただけます。さらにMQA対応DACをお持ちの方は、192kHzに復元したハイレゾで楽しむこともできます。こちらにトライしてくれる方は特に大歓迎です!

 生中継配信をモニターいただけるのは先着50名とさせていただきますが、翌日から1週間アーカイブによる試聴も準備されます。時間的に無理という方はぜひアーカイブでご体験下さい。

 世界初となる、今後の配信品質にも影響を与える重要な取り組みに、ぜひあなたの声を届けて下さい。また10月末にはAURO-3Dを使った伝送実験も予定されています。こちらも詳細が決まり次第お知らせしますので、お楽しみに!

<実証実験の詳細>
「ハクジュホールからのHPL-MQA 2chによる生配信(世界初)」
●日時:2020年10月6日17:00開演、18:00終了予定
●演奏:名倉誠人 マリンバ・ソロコンサート
●曲名:J.S.Bach 無伴奏組曲ハ短調BWV995/1011、三つのコラール、前奏曲ホ長調、他
●内容:HPL-MQA音声によるハイレゾ・ヘッドホン3Dオーディオ生配信

世界初ハイレゾ伝送実験に参加したい方はこちら(10月3日20時締め切り) ↓ ↓ ↓
今回の受付は終了しました。沢山のご応募ありがとうございました。

※モニター当選者には編集部から配信前日までに試聴用URLをメールでお知らせします。当日はPCでそのURLにアクセスしてください。具体的な接続方法はURLと一緒にお知らせします。

※お申し込みいただいた情報については、株式会社ステレオサウンドで管理し、記事作成の参考にさせていただきます。個人情報の取り扱いについては以下のページでご確認下さい。
https://online.stereosound.co.jp/privacy_policy

麻倉 ではそろそろ、イマーシブオーディオの各フォーマットの違いを体験させてください。今日は入交さんが録音した音源を聴かせてもらえるのですよね。

入交 はい、弊社でマルチチャンネル用に録音したスポーツや音楽ライブの素材を再生します。すべてハイレゾ(192kHz/24ビット)の非圧縮音源になります。

 録音の際には、各方式に合わせてマイクの位置を変えています。というのも22.2chの収録では、ツリー(マイクを取り付けている傘状の治具)に取り付けるマイクが8本になるので、マイクの間隔を確保するためツリーを大きくする必要がありますが、その状態でドルビーアトモスなどマイク数が少ないフォーマットのために、例えば1本おきに4本のマイクを使用するとマイク間隔が大きくなりすぎて、中抜けの音になってしまうのです。それを避けるためにAURO-3Dやドルビーアトモス用にひとまわり小さなツリーを準備しています。つまり、22.2chとドルビーアトモスでは厳密に言うと収録しているマイクシステムが違います。

麻倉 4つの方式を収録する際には、4種類のマイクを別々に準備するのですか?

入交 いえ、L/Rやセンターなどの舞台上の音を収録するマイクは同じものを使い、客席などのアンビエンス音を収録するマイクの位置を変えます。4つのフォーマットを同時録音した時は、40本のマイクをセットしましたが、なかなかたいへんでした。

入交さんが収録した3Dサラウンドの音源を試聴させてもらった。それらの音源収録時にも、マイクが最適な位置になるようにオリジナルのツリーを準備したとか

<入交さんが収録したイマーシブコンテンツ>
『東京カテドラル大聖堂』
『南アルプス 朝の風景』
『怒りの日 くすしきラッパの音』
『サンピエトロ大聖堂のミサ バチカン ことばの典礼 アレルヤ唱』
『京都市交響楽団創立60周年記念公演 マーラー交響曲第8番 千人の交響曲』
『ウィンブルドンテニスD.メドベージェフvs錦織圭』 他

麻倉 豪華な内容をありがとうございました。色々なコンテンツで3Dサラウンドのフォーマットによる違いを体験させてもらいましたが、一番印象的だったのは、2chから5.1chに変化する時の変化の度合いでした。さらに5.1chからドルビーアトモスや22.1chに変わると、これがまた大飛躍で、3Dサラウンドの可能性を改めて実感しました。

 2ch再生では、すべての情報を2本のスピーカーで鳴らしているので、不自然であまりにも凝縮感がでてしまいます。またスクリーンとの組み合わせでは、2chだと、どうしても低い位置に音が固まってしまうのも気になりました。

 次に5.1chではそれが解放されて、楽音と響き、環境音での鳥の位置などが、2chでは前側からしか出てこないのが、5.1chでは解放されて後からも聞こえてきます。

 その変化も凄かったのですが、3Dサラウンドになると、より開放感が広く、自然になっていきます。自分がスピーカーに正対しているという聴き方ではなく、まさしく音に包まれるように感じました。

入交 5.1chの頃は、上の方にマイクを置くといった収録は想像もしなかったのですが、3Dオーディオ用の収録から試しに上層マイクも含めてミックスしてみると、臨場感の再現が格段によくなることがわかったのです。今回もそうやって収録した音源を5.1chにミックスしています。

麻倉 なるほど。2chから5.1chに切り替えた時の変化が大きかったのは、ハイトの音が盛り込まれていたことも一因だったのですね。

入交 これまでの5.1chは、前方からの音に後のアンビエンスを加えるという発想で、前と後がリンクしていませんでした。これは、フロントチャンネルにノイズやアンビエンス成分を持ってくると音がぼける可能性もあったからです。でもそこに敢えてハイトの音を混ぜてみると、5.1ch自体も今までと違う音場に進化しました。例え平面だとしても、ハイトの情報が含まれるので立体を感じるのだと思います。

スクリーンに向かって右側の壁面。写真左端はフロントワイドスピーカーで中央にあるのがサラウンド、右奥がサラウンドバックスピーカーとなる。サラウンドスピーカーは視聴位置真横に置いているそうだ

麻倉 3Dサラウンドではドルビーアトモス、AURO-3D、22.2chを聴かせてもらいましたが、どんどん音場が濃密になっていく印象がありました。ドルビーアトモスとAURO-3Dでは音、空気の濃さが違った。AURO-3Dは家庭での最高のオーディオ体験を目指した提案ということもあり、音がとても自然で、空間の密度感も優れていました。これはスピーカー配置の違いでしょうか?

入交 確かに、配置の違いが大きいですね。スピーカーがAURO-3Dでは円筒配置なのに対し、ドルビーアトモスは球形配置に近いことと、仰角がアトモスの45度に対しAURO-3Dは30度であることが大きな要因だと思います。

麻倉 さらに22.2chになると“凄い”のひと言です。もの凄く開放的で、空間から音がでているという気持ちになります。これらの研究は、今後の放送にどのように活かされていくとお考えですか?

入交 現在は研究テーマですが、次は事業テーマとして進めていかなくてはなりません。今われわれが考えているのは、放送関連とそれ以外の用途にどう展開していけるかです。

 放送音声については、最大でも5.1chまでですので、発想を変えてHPLを入れていきたいと考えています。これはバーチャルでのイマーシブフォーマットですが、制作自体はマルチチャンネルで行います。つまり将来リアルなイマーシブ作品を制作するための素材を蓄積していくというスタンスです。HPL含め生放送での3Dオーディオ制作は難しいとしても、素材さえ収録しておけば再放送ではHPLで放送することも可能になります。

 また現在はこういう社会情勢ですから、各社ともコンサート配信が増えています。でも現在のコンサート配信はやはり音がいまいちです。今はコンテンツ自体が貴重なので喜ばれていますが、次は品質も求められるでしょう。無観客ライブをするにしても、配信の音をなんとかしたい。HPLや3Dサラウンドで配信できるシステムを実現したいですね。

こちらは視聴位置後ろの様子。サラウンドバックスピーカーは開き角120度に配置。天井のスピーカーは22,2ch用で、中央がトップバックセンター、その両脇のトップバックL/Rは開き角110〜135度の範囲に設置するよう規定されている

麻倉 今のWOWOWオンデマンドを使って配信をするのですね。

入交 そこまでの具体的な展開は決まっていません。プレーヤーアプリがないことには何も始まらないので、まずそこから何とかしたいですね。アプリの開発にはコストも時間もかかるんです。

麻倉 帯域としては、MQAはPCMの2chで間に合いますが、他のタイトルはどうするのでしょう?

入交 AURO-3Dについては、エンコードすると通常の5.1chリニアPCMになりますので、これを使う予定です。あとはこれをどうやってAVアンプなどの再生機器に入力するかですが、今でもできる方法としてPCを使ってHDMIでAVセンターに渡す方法があります。

麻倉 配信の音が悪いというのは、ある意味でビッグチャンスです。ここを改善していけばニーズが増えてくるはずですから。しかもただの2chではなく、AURO-3Dなどの3Dサラウンドで体験できるのですから。

 今まで3Dサラウンドを楽しもうと思ったら、ブルーレイやUHDブルーレイなどのフィジカルメディアしかなかったわけで、ここではユーザーは広がっていきません。でもWOWOWの配信であればユーザー数もぐんと増えます。これは責任重大ですよ(笑)。

入交 弊社としてもこのような体験の場を多く作って、配信の可能性を体験してもらいたいと考えていたのですが、コロナの影響もあってすべて中止になってしまいました。なんとか少人数でもいいので皆さんに聞いていただける場を、草の根運動で進めていきたいと考えています。

麻倉 素晴らしい試みだと思います。私も協力しますので、どんどん情報発信していきましょう。配信で最高の音を聴くということに関心を持ってくれるユーザーは多いはずです。

実は長いお付き合いという麻倉さんと入交さん。イマーシブサラウンドについて話し出すと、終わりがありません