新型コロナで世界中が揺れるなか、勝負に出たクリストファー・ノーラン

 『ダークナイト』『インセプション』『インターステラー』『ダンケルク』などでこの10数年の映画界を牽引してきたクリストファー・ノーラン監督の最新作『TENET テネット』が9月の18日、いよいよ日本公開される。

 世界の映画界を停滞させる新型コロナ・パンデミックのなかで、米国での公開日も再々延期され、欧州、中東、東南アジアから一週間ほど遅れる9月3日になった。

 リスクを回避し、さらに公開時期を延ばす考えもあっただろう。『インセプション』の1億6,000万ドル、『インターステラー』の1億6,500万ドルをしのぐ2億500万ドル(約216億円)の巨費が投じられた作品なのだ。通常これに4割掛けほどの宣伝費が上積みされるから、最低でも6億ドル以上の興収が期待される作品である。

 こんな状況のなか、ノーラン監督とワーナー・ブラザース映画はハリウッドのメジャー大作の先陣を切って晩夏公開の勝負に出た! 先日、日本でのIMAX上映(東京・池袋のグランドシネマサンシャインIMAXシアター)に参加できたので、まずは作品の概要とファースト・インプレッションを報告してみよう。

時間が複雑に交差し、気を抜くと振り落とされそうになる『TENET テネット』。『インセプション』などと同じように、頭をフル回転させて挑みたい

スタッフには、鉄壁のベテランに加えて期待の若手も起用

 『ダンケルク』や『インセプション』のIMAXリバイバル上映につけられた、約6分の『TENET テネット』プロローグ映像の解像度と迫力に腰を抜かした向きも多いはず。IMAXカメラ(マークIIIとIV、MSM9802が併用されている。この場面で活躍したのはおそらく機動性に富んだ9802だろう)の実力がフルに発揮されたアクション・シークエンスで、本篇もここからスタートする。

 ウクライナはキエフ(にあるという設定の)オペラ劇場を舞台にしたSWAT隊員たちの突入シーン。広大な空間。IMAXならではの朗々と響き渡る立体音響。奥行きのあるグラフィックに魅了される。

 上映時間は2時間半。このオープニング場面のリズムが、敵と味方が入り乱れる混乱を含めてすさまじいパワーとスピードでつづいてゆくのだ。

 撮影は『インターステラー』『ダンケルク』を手掛け、ほかに『ぼくのエリ 200歳の少女』『007 スペクター』『アド・アストラ』があるスウェーデン出身のホイテ・ヴァン・ホイテマ。

 音響編集は『プレステージ』以降のノーラン作品すべてを手掛け、『ダークナイト』『インセプション』『ダンケルク』でアカデミー音響賞を獲得したリチャード・キング。リ・レコーディング・ミキサーは、こちらも『インセプション』で音響調整賞に輝いたゲイリー・A・リッツォが招集されている。そして実写主義、実物主義のノーラン監督を『インソムニア』から支えてきたネイサン・クローリーがプロダクション・デザインを担当するという鉄壁の布陣だ。

 加えて今回の『TENET テネット』には、若い世代のスタッフが抜擢されている。常連のハンス・ジマーに代わって音楽にスウェーデン出身のルートヴィッヒ・ヨーランソン(1984年生まれ。『クリード チャンプを継ぐ男』『ブラックパンサー』)。エンディング曲はラッパー、トラヴィス・スコットの「ザ・プラン」。編集に『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』の女流ジェニファー・レイム。

 映画の基調を作っているのはヨーランソンとレイムのコンビだ。往年のジャーマン・ロックのハンマー・ビートがより強化されて全篇打ち鳴らされている感じ。

 映画はどこへ向かっているのか。これもまたいつものノーラン作品のように愛のトラウマに絡め取られてゆく物語なのか。

 そんな思いの前で時間が逆行し、地球滅亡の危機が迫る驚愕のビジュアルが、ほぼほぼ実写で組み上げられてゆく。あまりに常識から外れているので、最後にはこれは笑うしかないトンデモ映画ではないか、という気持ちにもなってくる。

上記のIMAXリバイバル上映でも流れる冒頭のワンシーン。いきなりクライマックスかと思うような迫力だが、実はまだまだ序の口なのだ

 IMAXカメラ以外に『シャッター・アイランド』や『ゼロ・グラビティ』に使用された65ミリフィルムカメラの名機Arriflex 765が使用されており、アクション・シーンの多くはIMAX撮影による1.43:1の画角のなかで展開する(案外頻繁に画角が変わる)。

 Arriflexでの撮影シーンも充分に美麗なのだけれど、IMAXのスペックはそれをしのいで恐ろしい。発色と見晴らしが断然いいのだ。というわけで、この作品はやはりIMAXレーザー/GTテクノロジー導入劇場で「体験」することをお勧めします! 別世界への旅。それはコロナ禍のなか攻めに出たノーラン監督の願いでもあるでしょうから。

作品を鑑賞するとき心に留めておきたい一、二の事柄

 今回はここまで。残りは当Stereo Sound ONINEで連載している「コレミヨ映画館」で、公開日前後にもう少し踏み込んだものを書きます。

 その予告として、ひとつ、ふたつ、ちいさなフラグを。オープニングにワーナー映画とシンコピー(ノーラン監督の製作会社)のロゴが映るのですが、それがいつもと異なっていることを頭に留めておきましょう。色、です。

 またジョン・デヴィッド・ワシントン(『ブラック・クランズマン』。お父さんはデンゼル・ワシントン)扮する主人公は劇中一度も名前を呼ばれません。映画データベースIMDbによると役名はThe Protagonist(=主人公。身も蓋もない笑)。

 ノーランはこの匿名性に00ナンバーで呼ばれるスパイ映画からの木霊を重ねたのでしょうね。『インセプション』が「スパイ大作戦」なら、こちらは殺人許可証を持つようになる男。『TENET テネット』はそういうアクション・エンターテインメントなのです。映画館にGO! です。

ジョン・デヴィッド・ワシントンは、2018年のアカデミー賞6部門にノミネート/うち脚色賞を受賞した『ブラック・クランズマン』で、“白人至上主義団体KKKに潜入捜査を企てる黒人刑事”を演じている

『TENET テネット』

監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
出演:ジョン・デイビッド・ワシントン、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ、ディンプル・カパディア、アーロン・テイラー=ジョンソン、クレマンス・ポエジー、マイケル・ケイン、ケネス・ブラナー
原題:TENET
2020年/アメリカ/2時間30分
配給:ワーナー・ブラザース映画
9月18日(金)全国ロードショー
(c) 2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved