「EXOFIELD」(エクソフィールド)は、ヘッドホンリスニングでありながらスピーカーを鳴らしているような自然な定位を得られるJVCケンウッドの独自技術だ。これを採用したヘッドホンとカスタマイズをセットにしたプレミアムサービスWiZMUSIC(ウィズミュージック)は驚きと賞賛をもって迎えられ、2017年の「HiViグランプリ」では企画特別賞を受賞した。そして、ついに発売されたのがXP-EXT1。WiZMUSICは2chの音楽リスニングに特化したサービスだったところ、本製品ではドルビーアトモス/DTS:Xの7.1.4再生にも対応したのだ。
(編集部)

 ビクターのワイヤレスシアターシステム、XP-EXT1が、遂に発売された。CES2020のJVCケンウッドブースで発見し、Stereo Sound ONLINEではこうリポートした。「ものみなイマーシブサウンドに行く時代。ついにヘッドホン・テクノロジーの最先端を走る、JVCケンウッドの頭外定位音場処理技術EXOFIELD(エクソフィールド)が、2chから、イマーシブサウンドバージョンに進んだ」。以来、この日を心待ちにしていたのである。

 というのも、ブースで試聴した結果が予想外によく、単なる両耳ヘッドホンながら、刺激的なイマーシブ音場が聴けたからだ。その後のさらなる改良も期待し、本番登場を待っていた。このタイミングで、製品版を試聴し、確かに改良され音場再生の完成度が向上したのみならず、スピーカーリスニングでは得られない、本システムならではの新しい音場再生のメリットも発見した。

VICTOR
XP-EXT1
オープン価格(実勢価格10万円前後)

[ヘッドホン部]
●型式:密閉型
●使用ユニット:40mmダイナミック型
●質量:約330g

[プロセッサー部]
●接続端子:HDMI入力3系統、HDMI出力1系統、デジタル音声入力1系統(光)、アナログ音声入力1系統(RCA)
●寸法/質量:W266×H30×D154mm/約530g
●備考:eARC対応
●問合せ先:JVCケンウッド カスタマーサポートセンター TEL 0120-2727-87

 

ヘッドホンに自然な音場を与える「エクソフィールド」技術

 それは何かを説く前に、画期的なテクノロジーをみよう。「EXOFIELD(エクソフィールド)」はヘッドホンリスニングに自然な音場を与える技術だ。左右のユニットで両耳それぞれに発音するヘッドホンは、物理的に定位が頭内上部に限られる。専門的には「頭内(とうない)定位」と言う。これでは、前方や後方からの自然な音場は聴けない。そこで、従来の一般的な製品では頭部伝達関数を援用することで擬似的な頭外定位を追求していた。簡単に言うと、外からやってきた音が頭や顔の表面をどのように通って耳に入るのかを表したのが頭部伝達関数だ。

XP-EXT1はプロセッサーとヘッドホンからなる2ピースのシステム。スマホを使って自動測定を行ない、そのユーザーだけのカスタマイズされたデータを生成する。入力切替えやモード切替えもスマホで可能だ。写真は取材時の麻倉さん

 これまでも同関数を使い、頭外(とうがい)定位を得たとするヘッドホン製品は出ていたが、はっきり言ってどれもフェイクだった。拡がりが不充分で、音像位置も不明確で、音場はふわっと拡がる程度。理由は明確だ。本来は個人的なデータである頭部伝達関数を標準的な数値で与えていたからだ。頭の形、髪型、頬骨、耳の形……など、リスナーは千差万別なのだから、標準的なデータは個別対応できるわけはない。

 エクソフィールドの画期性は、「個人の頭部伝達関数」にて頭外定位再生を成すことだ。いかに個人の関数を特定するかのやり方にこそ、技術的な昂奮がある。エクソフィールドを採用した初代の2ch版製品WiZMUSIC(ウィズミュージック)は2017年に発表された。リスニングルームにてステレオスピーカーを眼前に聴いているような現実感の高い音場が、ヘッドホンで再現できると謳った。第2弾のXP-EXT1はヘッドホンでのイマーシブサウンド再生を実現した。2chからマルチchへは正常進化だ。

 「実は当初は、7.1chサラウンド製品として開発していました」と、明かすのは開発を指揮した江島健二・ライフスタイルビジネスユニット技術部部長だ。「でも、今後のサラウンド事情を鑑みると、7.1chではどうもインパクトがない。そこで開発途中で転換し、7.1.4再生へと進んだのです」

 

XP-EXT1での測定のキモは、個人の特性を「生成」すること

 問題は、この7.1.4空間に対応する個人の頭部伝達関数をいかに得るか、だ。エクソフィールド採用の初代製品を振り返ると、それにはたいへんな作業が必要だった。購入希望者に指定のリスニングルームまで来てもらい、実際にスピーカーから鳴る音を、耳中に差し込んだマイクで捉え、ユーザー固有の関数を採取していた。測定自体はひじょうに正確なのだが、とにかくサービス価格も高く(90万円もしくは30万円!)、現地に出向かないと測定できないなどの問題があり、普及は難しかった。

 そこで、第2弾製品は、測定においてまさに革命的な転換を成した。購入したユーザー自身で自分の頭部伝達関数が測れる簡便な仕組みを開発したのだ。「簡単に楽しんでもらうために、製品自体が測定機能を持つことは必須と判断しました」と、市場開拓推進グループの村居聡氏は言う。

 XP-EXT1のヘッドホンの内部にはコンデンサマイクが仕込まれていて、振動板からインパルス、スイープの測定音を発する。耳内部での反射音をマイクが捉え、ブルートゥースで結ばれたスマホにそのデータを送る。次にこのデータを元に、専用アプリが当人用の頭部伝達関数の値を生成する。この計算がポイントだ。「ユーザーのパーソナルな頭部伝達関数を得るためには、多数のテスターによる計測と、アルゴリズムの開発が必須でした」(江島さん)

 開発過程では、数百人のJVCケンウッド社員が実際に室内の7.1.4配置スピーカー環境での測定に協力。耳中測定値と当人の頭部伝達関数をセットでデータベース化した。でも、XP-EXT1のヘッドホンマイクで測ったユーザーの耳中データを、それと近似値のデータと紐付けるわけではない。

 「単にマッチングを取るだけでなく、複数の人の頭部伝達関数を最適に組み合わせ、もっともヒット率が高い関数を導きだす個人特性生成アルゴリズムの開発に力を入れました」(江島さん)

 まさにここが、XP-EXT1の技術的なキモであり、豊かなイマーシブサウンドが享受できるか否かの分かれ道になる。CESブースでの初めての試聴では、音の明瞭度はよかったが、音の拡がり感、特に前方定位がいまひとつ不足していた。

 

株式会社JVCケンウッド
メディア事業部
ライフスタイルユニット

技術部 部長
江島健二さん

技術部 7グループ 主任
小西正也さん

市場企画部 市場開拓推進グループ
村居 聡さん

市場企画部
コミュニケーショングループ
アシスタントマネージャー
早川厚子さん

取材に対応いただいたのは4名の方々。「商品企画や技術、国内営業、海外マーケティング……と部門横断型プロジェクトとして導入準備を進めてきました」とプロジェクト推進リーダーの早川さんは言う

 

正しい移動感と剛性感ある音、まさにイマーシブ音場が広がる

 では、いよいよ製品版での測定から試聴に入ろう。測定は実に簡単。プロセッサーとヘッドホンをつなぎ、インパルスとスイープ音を流す。1分半ほどで、測定とアルゴリズム計算が完了した。まずドルビーアトモスのテストディスクから、「アメイズ」を再生。雨と雷鳴、鳥の声が、3D音場を自在に駆ける。ドルビーアトモスの原点ともいえるリファレンスコンテンツだ。大きく5パートに分かれる。

 ① 後方上から前方上に向かって音が飛ぶ。XP-EXT1は正しく、方向性、移動感を再生した。確かに後方上から音が始まり、真上を経由し、前方上に飛んだ。

 ② 鳥の鳴き声が、前中央上から後ろ上に移動し、後方上で、左右に複数に分かれ漂う。

 ③ 鳥の羽ばたき音が前方左上から、反時計方向に上空を飛び回る。XP-EXT1は、これらの移動感をやはり正しく再生した。

 ④ 後方上の雷鳴。これも文句のない再生。

 ⑤ 雨が全周に激しく降るシーンも、まさにイマーシブ音場だ。

 位置再現性はCESの時よりも確実に向上している。特に後方・側方の情報量は豊潤だ。当然サブウーファーはないが、低音の不足はあまり感じられなかった。

 映画はUHDブルーレイを再生していく。まずは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』。上方から爆破された岩石が大量に降り注ぐという、ドルビーアトモスデモンストレーションの定番コンテンツだ。チャプター6が始まってすぐ、大型トラックが急停止し、無音の世界になる。XP-EXT1はごく小さな音が醸し出す、場の空気感をうまく再現している。声のエコーが場の左右、そして上方へ拡がる様子も生々しい。谷の上からは、オートバイの轟音、後方には刺激的な打楽器音、上下左右に飛び交う弾丸音……と、方向感と移動感による場の演出もしっかり聴けた。ハイライトの上から爆破された岩石が雨あられと降り注ぐシーンでは、垂直方向から落下感を感じた。

 音場のことばかり述べたが、音質も剛性感がしっかりとしたもので、爆破のエネルギー感の再現も、ヘッドホンとしてはいい。セットのまとめ担当の小西正也・技術部7グループ主任によると、「映画を再生する“シアターシステム”として、低域再生を重視しました。全体の質感はナチュラルになるようしています」

 

横幅266mmと比較的コンパクトにまとめられたプロセッサー。HDMI入力3系統とeARC対応のHDMI出力1系統を装備する。入力切替えやサウンドモードの切替えなど基本操作はこちらでも可能

XP-EXT1初回生産品限定特典として、オリジナルのドルビーアトモス体験デモディスクと、UHDブルーレイ『ボヘミアン・ラプソディ』が同梱される

 

このシステムでだけ味わえる、新イマーシブ体験を歓迎したい

 次に『グレイテスト・ショーマン』。パーティーで、主人公バーナムが歌姫ジェニー・リンドに初めて会うシーン。ここではダイアローグの位置と、その音的な質感をチェックした。ダイアローグはその役者の口の位置から発せられるのが理想だ。

 私の場合は、XP-EXT1を使うとダイアローグはちょうど目の位置に来る。実はこれはCES時に比べ相当改善された点だ。CES時、前方中央チャンネルは頭上にあった。それがアルゴリズムの改良の結果、下がってきた。視聴したJVCケンウッドの部屋では、プロジェクターのスクリーン映像が少し見上げる位置にあり、まさにスクリーン上の人物の口から声が発せられた。「頭部伝達関数による前方中央チャンネルの位置再現には個人差があり、マッチングがいい場合はさらに下がることが期待されます」(江島さん)とのことだ。

 さらにジェニー・リンドのコンサートシーン。ここで感心したのは、バーチャルなスピーカー位置からサラウンド音が発せられるイメージではなく、広くて厚い空間そのものから自然に音が出る感覚が得られること。前方のバーナムのセリフがきれいな軌跡で満員の会場に拡散していく様子が、立体的に感じられた。ある意味、リアルスピーカー再生を超える軌跡のなめらかさだ。音質もバランスと粒立ちがよく、映画的な音響を愉しめた。

 『ダークナイト』はSWATの移送シーン。5.1chから7.1.4へのアップミックス(ドルビーサラウンド)も、別の意味で面白い。アップミックス再生では、大きな劇場空間で聴いているような豊潤な音場感になる。大空間再生に向けてシミュレートしたかのような濃密な劇場体験だ。衝突音、掃射音、タイヤの軋み音などの位置感、移動感も生々しく、機銃掃射がなめらかに全周を回る。

 まとめると、XP-EXT1は新しい価値を持ったイマーシブサウンドの再生方法ではないか。部屋のあちこちにスピーカーを置けないから、しょうがないのでヘッドホンで聴くという貧者の選択ではなく、空間そのものから音が涌き出るイメージや、ひじょうになめらかな移動感……など、このヘッドホンシステムだからこそ可能なイマーシブ体験は大いに魅力である。価値ある新イマーシブメソッド誕生を歓迎したい。

 

測定と設定はスマホで簡単!

XP-EXT1の使用前に、ユーザーは自身で測定を行なう必要がある。操作はごく簡単で、プロセッサーとヘッドホンをケーブルでつなぎ、ヘッドホンを装着。そのうえでスマホの専用アプリで計測を「スタート」するだけ。結果を踏まえてデータベースを参照し、唯一のデータを生成してくれる。その後のリスニング時の接続はワイヤレス(2.4/5GHz帯デュアルバンド)で行なわれる。(編集部)

計測にはスマートフォンが必須。iOS(iPhone)とAndroid両対応で、専用アプリはもちろん無料。ユーザーデータは最大4人分保存できる

プロセッサーとヘッドホンを接続し、アプリで測定をスタートする。ヘッドホンからはテスト信号が発せられ、ハウジング内におさめられたマイクでひとりひとりの“音の届き方”を測定する仕組みだ。なお、個人データはデータベースのひとつを選ぶのではなく、最適化されたデータが“生成”される

スマホアプリでは基本操作も可能。サウンドモードは「FLAT」のほか「CINEMA」「MUSIC」「GAME」、任意のイコライジングに対応する「CUSTOM」が用意される