エンニオ・モリコーネが亡くなった。享年91。イタリアが誇る大作曲家であり、彼の仕事は主に映画音楽で知られている。

 モリコーネは1928年、ローマ生まれ。国立アカデミア母体のサンタ・チェチーリア音楽院で作曲を学び、テレビやラジオの音楽を手掛けたことがキャリアの事始めであった。'50年代末から映画音楽にも進出し、'60年代には一連のマカロニ・ウェスタン作品で頭角を表している。

 モリコーネが亡くなった翌日、たまさか本サイトではおなじみの潮晴男さんにお会いする機会があったのだが、潮さんは『荒野の用心棒』(1964)をリアルに体験し、「サントラレコードも買ったんだよ」と話してくれた。セルジオ・レオーネ監督と組んだこれら作品は、予算の都合からフル・オーケストラを使えず、エレクトリック・ギターやマウス・ハープを用いたことは有名だが、そうした独自のサウンドがオリジナリティとなる。口笛でメロディを奏で、それらが尽くキャッチーで、郷愁を誘うものであったのは言うまでもない。

 ぼくはマカロニ・ウェスタンに間に合わなかった世代なので、これらシリーズはテレビの洋画劇場で観ていた口。モリコーネの映画音楽を劇場で体験するようになったのは'70年代後半からになる。

 テレンス・マリック『天国の日々』(1978)、実験音楽的な『遊星からの物体X』(1982)、レオーネとの最終作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984)、ゴールデングローヴ作曲賞、英国アカデミー作曲賞に輝いた『ミッション』(1986)、ブライアン・デ・パルマと組んだ『アンタッチャッブル』(1987)、そして1988年の『ニュー・シネマ・パラダイス』など、いずれも傑作揃いだ。

 しかし、ぼくはあえて、2000年公開の『マレーナ』(ジュゼッペ・トルナトーレ監督)を必聴としておきたい。イタリアの至宝、モニカ・ベルッチの美しさはこの上なく、彼女のベストと思われるが、<美しい女性のためのメロディ>が本編を覆い、ベルッチの儚い美を加速させている。最上の劇伴である。

2013年に発売された『マレーナ』のブルーレイ

 さて、ぼくは一度だけエンニオ・モリコーネのライヴに<非公式>参加している。2007年7月5日、フィレンツェ市街が一望できるミケランジェロ広場で行われた野外コンサートで、この日はOrchestra Roma Sinfonietta、コーラス隊のCoro Lirico Sinfonico Romanoを引き連れてのコンチェルトだった。ローマの交響楽団とモリコーネは'95年以降に何度も共演しており、この年のコンチェルト・ツアーに彼らを起用するのは必然、というか、ローマ生まれであるモリコーネの矜恃でもあっただろう。

 チケットは92ユーロから40ユーロまでの設定だったと記憶するが、勝手知ったるミケランジェロ広場でのコンサートである。サウンドはもちろん、遠目から観ることのできる<穴場>があるだろうと思い、夕食の後、7歳だった息子と自転車で出かけてみたのである。

 と、ぼくらと同じ思いの市民が大挙して場外におり、皆それぞれがモリコーネの音楽に酔いしれていた。モリコーネが奏でるメロディが夜空の星と溶け合う様はなんとも感動的で、ぼくもまた陶酔していたのだが、痺れを切らした息子が帰りたいと言う。コンチェルトも途中であったのだが致し方ない。帰ろうかと背を向けた瞬間に始まったのは『荒野の用心棒』で、馬ではなく自転車に跨ったのだが、帰路に着くぼくらにとっては最高の演出となったのである。

 映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネ。改めてご冥福をお祈り申しあげます。