声優の小岩井ことりさん

「小岩井ことりと山本浩司のオーディオ研究所」、後半となる今回は、山本浩司先生にオーディオ装置の魅力を存分に発揮する音源(ソース)を選んでいただき、小岩井ことりさんに本格スピーカー・リスニングを存分に体験していただきました。(編集部)

第1回(前編)はこちら

オーディオ評論家の山本浩司さん(左)と、声優の小岩井ことりさん(右)

スピーカー・リスニングの良さが際立つ音源とは?

山本 後半は、このスピーカー(B&W 800D3)で小岩井さんにぜひ聴いてほしい、体感してほしい曲をいくつか持ってきましたので、それを再生してみたいと思います。こういう本格的なオーディオシステムで聴いてその良さが際立つ録音。とくに「サウンドステージ」がリアルに実感できて「低音」の魅力が味わえるものを聴いてもらおうかなと。

小岩井 すごく楽しみです。よろしくお願いします。

山本 最初はノルウェーの2Lレーベルの作品で『MAGNIFICAT(マニフィカト)』。トロンハイム・ソロイスツとニーダロス大聖堂少女合唱団による教会音楽です。

トロンハイム・ソロイスツ、ニーダロス大聖堂少女合唱団
「MAGNIFICAT:Ⅰ 」
アルバム『MAGNIFICAT』より

小岩井 うわ~、なんて清らかな音楽。心が洗われるよう。生まれ変った気分です(笑)。

山本 真っ黒に汚れちまったぼくの心もきれいに洗濯できました(笑)。さきほどお話しした、目の前にリアルなステージができるって感じ、わかりました?

小岩井 はい、広大なステージがくっきりと見えました!

山本 これはマルチチャンネルでDXD(ハイサンプリングレートのPCM)録音された音源ですが、今お聴きいただいたのは2チャンネルのSACDです。封入されたブックレットに録音現場の写真が掲載されていますが、それを見ると、天井の高い石造りの大聖堂の中で、手前に弦楽セクション、その後ろ、少し高い位置に少女合唱団が配置され、奥にパイプオルガンがあるのがわかります。この作品はその様子をありのままに再現しようという意図の元に録音されている。高性能なスピーカーを正しくステレオ・セッティングすることで、その様子がリアルに把握できるわけです。

小岩井 その配置が立体的に感じ取れます。このスピーカーが奏でる豊かな響きから天井の高い石造りの教会で演奏されているのもよくわかります。女性コーラスが高い位置から、オルガンが遠くから聞こえてきて……。幅と高さと奥行きが伴ってすごく立体的に聞こえます。ステレオ再生の魅力ってこういうことだったんですね。面白いです。

山本 でしょ~。時空を超えて、ノルウェーのニーダロス大聖堂にワープしたような。

小岩井 そう、そんな感じがします。

山本 時間と空間を超えて演奏者を自分の部屋に招き入れることができるのが、オーディオの魔法なんだよね。恐山のイタコの口寄せみたいな話になっちゃうけど(笑)。

小岩井 ヘッドホンで音楽を聴いていると、ステージの中に自分がいるような気持ちになりますが、スピーカー・リスニングというスタイルだと、目の前にステージがあって、演者さんたちが伝えたかったことがよりダイレクトに受け取れるような気がしました。

山本 なるほど、それは重要なポイントですね。

小岩井 その音源を再生するたびに、そのステージの観客席に戻れる。それが素敵ですね。

山本 そういうイリュージョンをかきたてる再生法をオーディオマニアは模索しているわけです。この「ステレオイメージ」の世界の豊饒さを知ると、オーディオの沼から抜け出せなくなる。

小岩井 いや~わたしもその沼に入れてほしいです(笑)。私も含めて、応援してくださるファンのみなさんって、いわゆるオタクに近い人も多いのかなと思っているのですが……。

山本 あ、ぼくらもオタクですけど…。

小岩井 あぁそうですね(笑)、違うタイプの(笑)。そのファンのみなさん、やっぱりすごく音楽が好きなんですよ、ライヴに行って感動して、それが自分の人生にとってすごく大切なものになっていて。そのライヴの感じを再現したくって、いいヘッドホンとかイヤホンを買う人が多いんです。

山本 お気持ち、よくわかります。

小岩井 今日みたいなすばらしいスピーカーに出会えれば、ホームオーディオにハマる人は多いだろうなって確信しました。

山本 むかしと違って今はすばらしいオーディオに出会う場所が少ないですからね。そういう場、機会を多くつくることをぼくたちはもっと真剣に考えるべきかもしれません。

また、みなさん住環境もそれぞれですから、家の中で大きな音を出せないよって言う方もおられると思いますが、良いスピーカーであれば小さな音で聴いても小岩井さんが感激された「サウンドステージ」や「ステレオイメージ」の世界ってちゃんと味わえるんですよ。それにはちょっとした再生のコツが必要なんですけどね。それについてはまた次回以降でお話ししますね。

まず、小岩井さんにはスピーカーで聴いてもハマる楽曲を制作してほしい。あなたのようなインフルエンサーの役割はとても重要だから。

小岩井 そうですかね、まずはプロデューサーを口説かないとだめですね(笑)

山本 次もまたコーラスを聴いてもらいます。スウェーデンのザ・リアル・グループという女性2人、男性3人、計5人組のアカペラグループで、今からお聞かせするのは、スタジオ収録された「SOMMARPSALM(ソマルサルム/夏の賛美歌)」という曲です。

ザ・リアル・グループ
「SOMMARPSALM」 、「Vår Tenor」
アルバム『Three Decades of Vocal Music』より

小岩井 うわ~これも素敵。5人のメンバーが眼前にくっきりと浮かび上がってきました。この曲のサウンドステージもすごくリアルです。これ、44.1kHz/16ビットのCDですよね。ハイレゾだとばかり思っていました。信じられません。

山本 この演奏は教会の豊かな響きを活かした先ほどの録音と違って、響きがデッドなスタジオ録音ですから、デジタルリヴァーブ等をうまく活用して生理的に気持ちいい響きを生み出して立体感を構築しています。欧米のアーティストはこういうスタジオ・テクニックが上手いですね。石の響きの中で生まれ育っているからかもしれない。上手に制作してくれればCDでもこういう立体感は十分に再現できます。

小岩井 なるほど。

山本 このCDにはライヴ録音の演奏も収録されているので、それもちょっと聴いてみましょうか。

小岩井 はい。

山本 「ヴォール・テノール(ぼくらのテノール)」という曲です。

-ヴォール・テノール試聴-

小岩井 ライヴ会場にワープしたようなすごい臨場感でした。ちょっとコミカルな歌にお客さんたちがヴィヴィッドに反応していて、とても楽しい雰囲気。これは絶対スピーカーで聴いたほうがいいですね。

山本 ヘッドホンで一人難しい顔して聴くよりも絶対楽しいよね。このスピーカー、客席の細かなざわめきとかステージで床を踏んだ音とかのノイズを生々しく再生してくれました。そういう情報量の多さが臨場感を高めてくれたんだと思います。

ヘッドホン・マニアの人と話すと、ヘッドホンの最大の魅力は情報量の多さで、音楽の細部を余すことなく聞き取ることができる、と言う。たしかにそれはその通りですが、オーディオ装置のレベルがこれ程までとは言わないけど、これくらい上がるとヘッドホンに負けない情報量が得られるんです。

小岩井 それ、今日、わたしも実感しました。

山本 それから今日は曲を再生するときに部屋を少し暗くしてもらいました。薄ら明るい状態よりもこのほうが集中力が増すでしょ。

小岩井 たしかに。音楽にぐっと入り込めます。スピーカーの後ろに人がほんとうにいるみたいな感じがするし。

山本 (笑)。スピーカー・リスニングにはこういう演出も効くんですよ。

ジャズボーカルを聴いてみた

次は、キャンディス・スプリングスというアメリカの女性シンガーのリリースされたばかりの新作『私をつくる歌』からシャーデーのカバー曲「パールズ」を再生してみます。トランペッターのアヴィシャイ・コーエンをフィーチャーしたナンバーです。

キャンディス・スプリングス
「パールズ」 
アルバム『The Women Who Raised Me』より

小岩井 とてもスケールの大きな演奏ですね。目の前で展開されるサウンドステージ、そのカンバスがとても大きい感じがします。

山本 たしかにそうでしたね。

小岩井 その巨大なカンバスにリズム・セクションが精密に配置されていて、ヴォーカルとミュート・トランペットが風のように舞う感じ。とても素敵だし、聴いていてとても気持ちよかったです。

山本 こんな感じが自分の部屋で再現されたら、最高でしょ。

小岩井 最高ですね。

山本 このアルバムは、ラリー・クラインという人がプロデュースしていますが、今アメリカのポピュラー音楽の世界で、もっともハイクォリティな音を制作している一人だと思います。ジョニ・ミッチェルの以前のご主人で、元々はベーシストなんですけど。彼のクレジットが入っている作品はテッパンですから、ぜひ聴いてみてください。

小岩井 はい、まずこのアルバムを聴いてみます。

小岩井 ところで先生!質問があります!!

山本 なんでしょう。

小岩井 あの、こういう素敵な音源はどこで見つけるんですか?

山本 どこで? いっぱいいろんなものを買うんですよ。

小岩井 あ、そっかぁ~。

山本 いっぱい買って、こういう機会に人に聴いてもらおうと思える作品は20枚買って1枚くらいかな。

小岩井 そうですよね~。やっぱ自分の耳で……。

山本 でも最近は<Amazon Music HD>とかCDクォリティ以上のストリーミングサービスがあるから、バカみたいに買う必要はなくなったけどね。今聴いてもらった「パールズ」はサブスクリプション型ストリーミングサービス<TIDAL>の44.1kHz/16ビットのFLACファイルです。

それからやはりいい音源を見つけるときに役立つのが、信頼できる評論家や音楽仲間の情報ですね。雑誌やSNSの書き込みを見てピンときたら、まずCDクォリティ以上のストリーミングサービスにアクセスして聴いてみる。昔はやみくもにCDを買ってたけど。情報化社会って有り難いと思います。

小岩井 昔はもっと大変だったんですね…

スピーカー・リスニングでしか体験できない「低音」を体験!

山本 じゃあ最後の曲です。先ほど「本格オーディオの魅力は低音にあり!」って話をしましたが、それを実感できる曲をかけたいと思います。

小岩井 お願いします。

山本 上野耕平という若いサクソフォン奏者の『アドルフに告ぐ2』という、これも最近発売されたCDに収録された「ブエノ ウエノ」という曲です。このトラックは林英哲という和太鼓の名奏者とのデュオなんですが、この和太鼓の深々とした響きをこのスピーカーがどう表現するかに注意して聴いてみてください。ちょっと大きめの音でいきます。

上野耕平
「ブエノ ウエノ」 アルバム『アドルフに告ぐ2』より

小岩井 いや~ほんとに凄い低音ですね……緊張感がありすぎて手汗かきました(笑)。

山本 ちょっと音がでかすぎましたかね。

小岩井 いや、音が澄んでいるせいか、まったくうるさく感じなかったですよ。

山本 いい音って音量上げられちゃいますよね(難聴にはご注意を!)。本格スピーカーってこんな凄い音が出せるんですよ。

小岩井 驚きました。

山本 まあ450万円ですけどね(笑)。このスピーカーは、低音を放射するウーファーという直径25センチのドライバーが左チャンネル、右チャンネルそれぞれ2基取り付けられていて、合計4発で鳴らしているわけです。だからどんなスピーカーでもこんな低音が出るかっていうと、もちろんそんなことはなくて(笑)。
まあいずれにしても、この曲は小さいスピーカーやヘッドホンで聴いてもあまり面白くないと思うんだよね。

小岩井 そう思います。

山本 なんだよこれ、みたいな。

小岩井 わたしも和太鼓を楽曲に入れてみようって試みたことが何回かあるんです。和太鼓ってパンって皮を叩いたときの音は高い。でも余韻が長くて低く伸びるわけですよね。今日しっかり聴かせてもらってよくわかりましたが。それがわたしたちのモニター環境ではうまく再現できなくて、結局何やっているのかわかんなくて、諦めました。和太鼓の聴かせ方ってほんと難しいんですよ。

山本 このCDの録音エンジニアは日本コロムビアの塩澤利安さん。彼が手がけたジャズ/クラシック作品はとても音がいいです。しかしこれ、夜中にこんな音量で聴いていたらたらパトカー呼ばれちゃうんで(笑)、そこは気をつけたい。

小岩井 そうですね(笑)。

山本 いま世の中新型コロナウィルス騒ぎで自粛ムードが高まって、家にいなさいということになっていますが、自分の部屋にいいオーディオを用意しておけば、退屈することはないと思うんですよ。
今こそ音楽を、オーディオを! と思います。

小岩井 本当にそう思います。今日は素敵な経験をありがとうございます。人生の宝をいただきました。

山本 そんなわけでSTEREO SOUND ONLINE版「オーディオ研究所」、まだまだ続きます。次回以降では、本格的に掘り下げていきますよ。

(聞き手・構成 山本浩司)

小岩井さんがお聴きになったシステム

ステレオサウンドでは以下のオーディオ機器をリファレンス・システムの1つとして使用しています。

SACD/CDプレーヤー アキュフェーズ:DP950+DC950
プリアンプ アキュフェーズ:C3850
パワーアンプ アキュフェーズ:A250
NAS DELA:N1Z/3

スピーカーシステム B&W:800D3