2019年9月18日に、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本で一斉にスタートした音楽ストリーミングサービス「Amazon Music HD」。何よりの驚きは、CDクォリティの「HD」で6,500万曲以上、192kHz/24ビットや96kHz/24ビットの「ULTRA HD」で数百万曲という音源を揃えていることだ。これまでハイレゾを聴くためには音源をダウンロードし、USB DAC等につないで対応ソフトで再生する必要があったが、Amazon Music HDではそんな手間もいらない。音楽ファンにとっては夢のようなサービスだ。とはいえ、そもそも音源はどうやって準備されたのかや圧縮はどこで行なっているのかなど、疑問点は多い。そこで今回、発表会のために来日したAmazon Music HDの担当者を直撃、気になる点をインタビューした。対応いただいたのは、Amazon Music担当 バイス・プレジデントのスティーヴ・ブーム氏とAudio Technologyディレクターのフィル・ヒルメス氏、アマゾンジャパン合同会社の大木 聡氏だ。(編集部)

12月に開催された「Echo Studio」の発表会前の貴重な時間をいただいて、インタビューを実施した

麻倉 今日はよろしくお願いいたします。Amazon Music HDがスタートした時はびっくりしました。これまで日本では難しいと思われていたロスレスのストリーミングサービスが実現し、しかも楽曲数も桁違いだったのですから。まずはAmazon Music HDとして、高品質音楽配信を始めた狙いを教えて下さい。

スティーヴ 理由はふたつあります。まず、お客様が音楽を聴く時には「高音質」を重視しているということは、われわれの調査内容からも分かっていました。従来のAmazon Musicのストリーミングサービスでも、高音質への要望は上位3つに入る重要な項目だったのです。

 また今回のタイミングは、われわれが高音質ストリーミングサービスを始めるのにぴったりで、まさに機が熟したと言えると思います。というのも、従来はスマートフォンや携帯端末のストレージ容量は小さかったのですが、今は安価なモデルでも記録容量はかなり大きくなってきました。

 さらに電波の帯域も改善していますし、無線LANも普及してきました。日本でも2020年には5Gのサービスが始まると言われていますので、ストリーミングサービスの阻害要因と言われていたことが、取り払われてきたと思います。

 また、私を含めて社内で音楽配信を担当しているメンバーもみんな音楽が大好きです。ですからわれわれ自身も、アーティストがスタジオで録音した、意図した形で音楽を聴きたいという気持ちがありました。

 そのように、ユーザーサイドからの希望があったことと、技術的な問題が解決できたことで、サービスを開始する準備が整ったというわけです。

12月5日に発売された「Echo Studio」。Amazon Music HDのハイレゾ音源に加え、ドルビーアトモスや360Reality Audioのイマーシブ音源も再生できる

麻倉 担当者がみんな音楽好きというのは嬉しいですね。さて、Amazon Music HDでは、CDクォリティだけでなく最大192kHz/24ビットのハイレゾソースまで取り扱っています。これを実現するためには苦労も多かったでしょうし、大きなパッションが必要だったと思うのですが、具体的にはどんな点に注力されたのでしょうか?

スティーヴ 可能な限り最高の楽曲を提供したい、収録時と同じような品質をユーザーに届けたいという思いが強くありました。それもあり、いずれもCDよりもいい品質で楽しんでいただけるハイレゾクォリティの楽曲を6,500万曲揃えたのです。

 ハイレゾの192kHz/24ビットや96kHz/24ビット素材については、敢えて「ULTRA HD」という言葉を使って区別しています。映画や放送の画質で「ULTRA HD」という言葉もユーザーに認知されていますので、この言葉を使った方が理解が早いと考えました。

麻倉 Amazon Music HDの何に驚いたかというと、やはりハイレゾの楽曲数でした。これだけ揃えるのはたいへんだったと思いますが、レコード会社に打診したらすぐに提供してもらえたのでしょうか? またアマゾンがストリーミングサービスを手がけると言うことについて、レコード会社の反応はどうだったのでしょうか?

Amazon.com,Inc. Amazon Music 担当 バイス・プレジデントのスティーヴ・ブーム氏

スティーヴ 最初にわれわれからレコード会社さんに楽曲の提供について打診をしました。レコード会社の皆さんも音楽好きな方々ですから、世界中でストリーミングサービスを提供している弊社が、これから高音質に注力していくということに関してひじょうに興味を持ってくれましたし、賛同もいただいています。音質に力をいれていくということで、レコード会社さんもわくわく感を持って迎えていただけたと思っています。

 アマゾンが一般ユーザーに向かって、高音質なストリーミングサービス、誰もが享受できるようなサービスを提供するという方針を打ち出しましたので、価格についても値頃感のある、手の出しやすい設定にしています。その点についてレコード会社さんに説明したところ、皆さん納得いただくことができ、さほど時間がかからずに協力していただけました。

麻倉 では、技術的な点についてうかがいたいと思います。今回はすべてFLACでの配信とのことですが、他のハイレゾダウンロードサイトなどではWAVやDSD、MQAといったフォーマットを採用しているところもあります。FLACを採用した理由と、将来的に他のフォーマットを使う可能性はありますか。

スティーヴ FLACを選んだ理由としては、まずロスレス、可逆圧縮が必須と考えました。そのうえでアーティストさんや技術に詳しい方、オーディオ愛好家にリサーチして選んでいます。

 WAVやMQAについては、現時点では採用する予定はありません。転送レートなどの要因を踏まえて考えても、FLACで問題ないという判断です。MQAは転送レートとしては有利ですが、先程申し上げたとおり端末のストレージや通信環境も整ってきていますので、敢えて採用する必要はないと考えています。

麻倉 配信している楽曲の素材ですが、これはレコード会社さんからFLACに圧縮した素材を提供してもらっているのでしょうか? もしくはアマゾン側で圧縮を行なっているのでしょうか? もうひとつ、配信する「ULTRA HD」素材のクォリティについて、アマゾン側でチェックしているのですか?

スティーヴ 音素材については、レコード会社さんから一番いい品質のデジタルファイルを提供していただいています。多くの場合がFLACで圧縮されたもので、さすがにアナログマスターは貸し出してもらえません(笑)。そのデータを、配信用に改めて圧縮しています。これは再生する端末に応じて複数の素材が必要になりますので、われわれの方で作業をしています。

 クォリティ管理は、提供いただいたデジタルファイルについて、アマゾンが定義する「ULTRA HD」に合うものかどうかを確認しています。もともとから高品質なデータをお借りしており、CDクォリティなどからアップコンバートしたデジタルファイルは受け付けていません。

 配信用に圧縮する時はユーザー側の帯域に合わせてパラメーターを設定する必要があります。たとえばレコード会社からは192kHz/24ビット/FLACファイルをお借りして、そこから96kHzや44.1kHzのFLACを作成するわけです。そうすることで、各ユーザーに最適なファイルをお届けできるようにしています。

今年4月に発売された「Echo Link Amp」(写真)や「Echo Link」は既にハイレゾ再生に対応しており、Amazon Music HDの楽曲を高品位に楽しめるそうだ

麻倉 192kHzと96kHzの2種類の楽曲が準備されていますが、これはどうしてなのでしょうか?

スティーヴ PCで聴くのか、スマホで聴くのかといった再生デバイスに応じて選べるように2種類を用意しています。

 われわれからレコード会社にお願いしているのは、最高の品質のものを音源として提供して下さいということです。たとえばリマスタリングした素材があるようなら、そういったものを探してもらうなどの対応をお願いしています。

麻倉 ジャンルについては、たとえば松任谷由実さんなど日本で人気の楽曲もハイレゾで多く揃えられていて、素晴らしいと思います。ただ、クラシックなどはもう少し頑張って欲しい気もしています。J-Popを優先するなど、Amazon Music HDとしての方針などはありますか?

フィル 目標としては、ユーザーの皆さんが聴きたい音楽をすべて揃えたいと思っています。ぜひこれが欲しいと思ったジャンルや楽曲については希望を寄せていただきたいと思います。

Amazon.com,Inc. Audio Technologyディレクターのフィル・ヒルメス氏

麻倉 再生環境として、Echo Studioのような手軽にいい音で鳴らすというアプローチも大切ですが、一方でStereoSound ONLINE読者のような本格的なオーディオシステムを使っているユーザーについては、再生機器がまだ充分揃っているとは言えない気もしています。

 デノン、マランツ製品ではHEOSを使ってAmazon Music HDの再生が可能ですが、その他のオーディオコンポーネンツではまだ対応機器がなく、PCをUSB DACにつなぐしかない。その場合、どんな機器をつなぐかで音質も変化します。ぜひそういった点に対してもアマゾン側から品質基準を設けて欲しいと思いました。

大木 ハードウェアの音づくりについてはわれわれが口出しをできる立場ではないと考えています。ただ、体験できるクォリティがより高くなるように、ハイエンドのオーディオファンにも満足していただけるような音質を実現するには、今後も努力が必要だと考えています。

フィル 今後はハードウェアのパートナーさんとも協議をしていかなくてはならないと考えています。

アマゾンジャパン合同会社 Alexaエクスペリエンス&デバイス事業部リージョナルディレクター Alexa アジア パシフィックの大木 聡氏

麻倉 目標としている楽曲数はあるのでしょうか?

スティーヴ レコード会社さんがお持ちの既存の楽曲は、最終的にはすべて揃えたいと思っています。毎週、毎週追加されていますので、数はどんどん増えるでしょう。

 今後は「ULTRA HD」をもっと増やしていきたいとレコード会社さんやアーティストと相談しています。過去の音源を「ULTRA HD」で出すとか、あるいは圧縮音源だけだったものを96kHz/24ビットで出し直すなども検討します。

麻倉 レコード会社さんが持っているすべての楽曲を出すというのは素晴らしい目標です。ぜひ頑張って下さい。

 最後に、ソニーの360 Reality Audioについてうかがいます。この音源がAmazon Music HDで配信されるとのことで、個人的にも楽しみにしているのですが、配信時期などは決まっているのでしょうか?

フィル イマーシブ音源としては360 Reality Audioとドルビーアトモスのふたつを予定しています。ドルビーアトモスは明日(12月5日)から配信をスタートします。360 Reality Audioはごく近い将来ということでご期待下さい。

スティーヴ ドルビーアトモスや360 Reality Audioの素材も増えてきていますし、再生機器も安くなっていくでしょう。そちらの発展にも期待して下さい。

Amazon Music HDは、ハイレゾを身近な存在に変えてくれる。
今後はさらなる“質”と“量”の充実に期待したい …… 麻倉怜士

新しいハイレゾサービスへの期待を交えつつ、その本質に迫ってくれた麻倉さん

 ハイレゾストリーミングを世界のAmazonがやること自体が画期的だ。これまでマニアのものというイメージがあったハイレゾが、これによって初めて一般大衆のものになる。その意味で大歓迎だ。これから気を付けていただきたいポイントは以下の3つ。

①音質には最大限の気を使うこと。ハイレゾとは伝送パイプの大きさにすぎない。問題はコンテンツ自体の音質である。

②操作性。快適にスムーズに使えること。6,500万曲の中から、いま聴きたい曲がすぐに聴ける操作性が欲しい。

③MQA対応を期待。MQAの本質は折りたたみでなく、リニアPCMでは絶対に聴けない時間軸の精密化による音の生命力だ。たとえCDクォリティでも通常のものより高音質だ。インタビューでは、採用しないということだが、次世代のハイレゾにはMQAは必須だ。