HDR(ハイ・ダイナミックレンジ)の映像フォーマットが登場して既に久しい。今ではUHDブルーレイなどのパッケージソフトはもちろん、4K8K放送でも多くの番組でHDRが採用されている。当然HDR番組を制作する現場では、それに適した編集機器、特にモニターが求められている。しかも最近は国内外のメーカーから様々なスペックを備えたモデルも発表されている。今回はそんな中から、麻倉さんが注目したキヤノンの液晶モニター「DP-V3120」をクローズアップし、開発担当者へのインタビューを実施した。(編集部)

麻倉 先日、ポストプロダクションのキュー・テックが主催するセミナーで、最新の4Kモニターをまとめてチェックする機会がありました。そこで興味深かったのが、パネルデバイスの違いでした。従来の有機ELと液晶があり、さらに液晶ではパネルを一枚使ったシングルセルと、二枚のパネルを重ねることでコントラストを向上させるデュアルセルの製品も出てきています。

 中でも私が注目したのが、キヤノンの「DP-V3120」でした。2,000nits (=カンデラ/平方メートル)という明るさをクリアーしながら、コントラスト比200万:1で、しかもシングルセルでこのスペックを備えている。ここまでの高性能モデルは他社ではみたことがありません。

 まずは、DP-V3120を企画した狙いから教えてください。

液晶モニター キヤノン DP-V3120
●画面サイズ:31型●表示デバイス:IPS液晶パネル●解像度:水平4096×垂直2160画素
●最大全白輝度:2000cd/m2●コントラスト比:2,000,000対1
●HDR対応:HDR10、HLG、ドルビービジョン
●特長:マルチ表示機能、HDR/SDR比較機能、ピクセル値チェック、フレーム輝度モニター、他
●寸法/質量:W749×H470×D295mm/約31kg

清水 ディスプレイ事業を統括している清水です。弊社では、2014年に4K解像度30インチモデルの「DP-V3010」を発売して、業務用モニターの分野に参入しました。このモデルは輝度が200nitsのSDR仕様でした。その後2016年に1,200nitsの輝度を持つ24インチモデル「DP-V2420」を発売しました。こちらは当時としてHDRのドルビービジョン規格をクリアーした製品でした。

麻倉 清水さん、お久しぶり。カムコーダーを担当されていた時は、よくお伺いしましたね。お元気で、しかもお偉くなってなによりです。さて、今回のDP-V3120は、24インチモデルを31インチまで拡大した製品ということになるのでしょうか。

清水 お久しぶりです。お客様からも、30インチクラスで高輝度のモニターが欲しいというお話を多数いただいており、その声にお応えしようという思いがありました。当然HDRへの対応も必要ですから、デュアルセルなどいろいろな方法を検討したのですが、今回はシングルセルで開発することにしました。

麻倉 実際問題、30インチクラスの4K有機ELパネルは入手が困難ですから、選択肢としては液晶のデュアルセルか、シングルセルしかありませんね。

清水 デュアルセル、シングルセルのどちらにもメリット、デメリットはありますが、デュアルセルはデバイスの制約がまだ大きく、製品化してもおそらく他社と横並びになるだろうと考えました。

麻倉 そこでシングルセルを選んだ。

清水 弊社では他の製品をシングルセルで作っており、今回も同じ絵づくりを採用したいと考えました。またデュアルセルでは明るさも1,000nits止まりです。キヤノンとしては2,000nitsのモニターを作りたいという思いもあり、シングルセル方式を選んでいます。

麻倉 それは、ピークも全白も2,000nitsをクリアーすると言うことですか?

清水 はい、おっしゃるとおりです。

麻倉 2,000nitsという数値はどこから出てきたのでしょう?

清水 ドルビービジョンはスペックとして2,000、4,000、10,000nitsを想定しています。HLGが1,000nitsなので各社は1,000nitsをひとつの基準にしていますが、お客様の中にはもっと明るいモニターを使いたいという方もいらっしゃると考え、1,000nitsしか選べないというのはどうだろうと思いました。

 その中では、明るくすることで黒の沈みが足りないなどの問題も出てくるため、絶対に黒を沈めてくださいと開発陣にお願いしました。ドルビービジョンPreferredの認証がとれないくらいなら販売しませんという方針で臨んだのです。

インタビューは、キヤノン本社で行なっている

麻倉 なるほど、最初からシングルセルで明るさ2,000nitsという絶対方針があったのですか、それは厳しい条件ですね(笑)。

清水 今回はピーク輝度2,000nits、黒輝度0.001nitsというスペックを実現しました。HDRについては、カメラのダイナミックレンジが広いのでとにかく撮影しておけばいいだろうと考えられがちですが、撮影時からきちんとHDRのことを考えておかないと、そもそも情報として撮れていない可能性もあります。素材に入っていないものは後からではどうにもならないのです。

麻倉 しかし、元の素材にHDR情報がどれくらい含まれているかの判断もなかなか難しいのではありませんか?

清水 その点については、HDRデータが含まれているかをきちんと確認できる「HDRモニタリングアシスト機能」を搭載しています。

麻倉 撮影した映像の情報が画面上で確認できるわけですね。そういった発想はどこから出てきたのでしょうか?

清水 そこには弊社ならではの環境もありました。キヤノンでは業務用の4Kカメラも多くラインナップしているため、2,000nitsの絵がどんなものかは、以前から分かっていました。

麻倉 ということは、社内でもその認識が共有できていたわけですね。

清水 はい。これまでのモニターでは2,000nitsの映像がきちんと再現できていないことも認識していました。それを踏まえて、これからのHDRモニターには2,000nitsが必要だと判断しました。それをどうやって再現するかで、パネル方式がシングルセルにおちついたという経緯もあります。単に規格にあるからという発想で作った製品とは違うと考えています。

麻倉 ちなみにデュアルセルよりもシングルセルが優れている点はどこだとお考えでしょうか。

金井 画質とファームウェアを統括した金井です。液晶パネルが2枚あると、斜めから見たときにどうしても二重像が発生します。業務用モニターはいわば測定器のようなものですから、ユーザーが自分の目で映像が正しいかどうかを判断しなくてはなりません。しかし二重像があるとそれができません。この点は大きいですね。

麻倉 確かに。また斜めから見ると、ハレーションといって、色が漏れますね。例えば赤い色のオブジェクトのまわりに色がはみ出すというか、膨らみますね。

金井 それも問題です。もうひとつは液晶パネルを重ねるので、熱がこもりやすく、耐久性が落ちてしまいます。われわれも耐久テストをしましたが、シングルセルと比べると輝度の劣化が早くなることが確認できました。

麻倉 大型のファンで強烈に冷やすという方法では駄目なんですか?

金井 モニターとしてのサイズやコストを考えると、難しかったですね。また業務用機器では経時劣化も考えなくてはなりません。今回はそれらを総合的に判断し、シングルセルのローカルディミングで黒を再現することにしました。

麻倉 しかし、ローカルディミングでモニターの要求に応えるのはかなり難しかったのではありませんか?

金井 まさに死にものぐるいでした(笑)。ぱっと見ただけでは、シングルセルかどうかわからないくらいのレベルには到達していると思います。特に黒レベルは、デュアルセルと変わらない数値を実現しています。

麻倉 DP-V3120は、パフォーマンスではデュアルセルを超え、さらにシングルセルのよさも併せ持っているのですね。

金井 そう考えています。シングルセルにしたおかげで輝度を伸ばすことができ、耐久性も向上したと考えています。

麻倉 デュアルセルでは明るくすることは難しいのですか?

金井 難しいですね。バックライトを強く光らせると熱がこもって、耐久性がさらに悪くなってしまいます。

麻倉 いまマスターモニター業界ではデュアルセルが大ブームですが、実際にはまだ解決しなくてはならない問題もあるのですね。ハロー(明るい映像の周囲にぼんやりと光が漏れる現象)の出方はどうなのでしょう?

金井 シングルセルではハローが見えやすいのですが、その点については2010年から対策を進めておりましたので、かなり良いレベルになっていると思います。

麻倉 それは、信号処理で対応しているのですか。

金井 バックライトと信号処理の両方です。バックライトを強く光らせると、ハローを抑えるための信号処理も難しくなります。これらの制御方法の改良を重ね、過去の機種に比べて高いレベルの黒再現性能を達成しました。

麻倉 ここから、DP-V3120で黒を沈めるためのノウハウについてうかがいたいと思います。まずは2,000nitsと明るくするためにバックライトは強く光らせていますよね。

金井 はい、従来の2倍ほど明るくしています。

麻倉 そこまで明るくして、LEDの寿命は大丈夫なのですか?

金井 LEDの寿命はほとんど気にする必要はありません。

麻倉 ローカルディミングの分割数は増えているのですか?

金井 分割数の詳細はお答えできませんが、バックライトLEDの数を増やし、明るさを確保しています。

清水 高い輝度と黒の沈みを両立するには、プロセッシングやバックライトのシステム、アルゴリズムのバランスがひじょうに重要です。DP-V3120では、それらを地道に研究して最適化を図ることで、今回のスペックを実現しました。

同社の展示会にて。DP-V3120では、入力信号の内容を解析・表示できる「HDRモニタリングアシスト機能」も搭載されている

鈴木 画質担当の鈴木です。今回はドルビービジョンPreferredの認証を取りましたが、その中にひじょうに厳しい階調精度の項目がありました。ICtCpというドルビーが提唱したグレースケールの再現性の確保です。これは、全体が暗い中で10%のエリアに異なる明るさを表示して、それの階調精度を測定するという内容です。そこをクリアするために、階調精度のアルゴリズムを抜本的に改良しました。

麻倉 その改良点を具体的に教えてください。

鈴木 ローカルディミングは分割エリアごとにLEDを光らせるため、光の拡散がどうなるかまでしっかり計算しないと、漏れ光の影響で階調精度が出せません。DP-V3120では、その計算方法や精度を細かく改善しました。

 暗くするだけなら全体の輝度を落とせばいいのですが、そこから徐々に輝度を上げていった時の暗部階調を再現するのがひじょうに難しかったですね。バックライトと液晶の両方を同時に制御しなくてはなりませんでした。

麻倉 今回はIPSパネルを使っているから、コントラスト的にも難しいですね。

鈴木 そうですね。まずはバックライトの明るさを決めて、それに合わせて液晶パネル側でどれくらい光を絞るかを細かく制御しています。

麻倉 液晶でも有機ELでも、光り始めの制御が難しいと思いますが、そのあたりはどうでしたか?

鈴木 そこが一番難しかったポイントです。バックライトをすべて消してしまうと階調精度の確保が困難でした。そこで、バックライトと信号処理の両方を用いて黒輝度0.001nitsを実現しています。

麻倉 バックライトをわずかに光らせて、液晶側で調整するわけですね。自発光の有機ELとは違い、液晶はバックライトと液晶パネルの両方で明るさを調整できるから、まだやりやすいかもしれませんね。

鈴木 おっしゃる通り、使いこなしは倍難しくなりますが、細かい制御は可能です。

麻倉 コントラスト200万:1というのも凄いですね、他社がここまでできないのは、制御が難しいからなのでしょうか?

鈴木 制御はひじょうに難しいですね。モニターを開発して約10年になりますが、HDRが出てきてからますますたいへんになりました。

HDR映像の表示イメージ。上が1000nits表示時で、下は2000nits表示の場合

麻倉 そのDP-V3120について、開発陣の皆さんが特に頑張ったポイントをおひとりずつ教えてください。

永嶋 製品開発のチーフを担当した永嶋です。DP-V3120は、高輝度、高コントラストに加えて「HDRモニタリングアシスト」機能の搭載など、ひじょうにバランスのいい製品に仕上がったと考えています。

 開発で工夫した点なのですが、DP-V3120は2,000nitsと高輝度化したのに伴ない、バックライトや電源の発熱が増えています。そこで放熱構造を見直しました。DP-V3120は、リファレンスモニターという性格上、ポストプロダクションのカラーグレーディングルームに設置されます。こういった場所はひじょうに静かな環境です。

 そこで、お客様より冷却ファンのノイズが気にならないように静音化を図ってほしいというご要望を多数うかがいました。今回はその点も対策しており、カラーグレーディングルームであってもストレスなくご使用いただけます。

山本 商品企画担当の山本です。DP-V3120の企画では、他社にないモデルを出さないと意味がないと考えました。具体的には、信号に忠実なリファレンスモニターです。2,000nits表示でありながら、輝度や色の信号情報が正しく出せることが重要でした。

 具体的には、“カメラが捉えたダイナミックレッジ”がすべて見られるモニター、今までの1,000nits用モニターでは見られなかった映像が再現できる製品を目指しました。

麻倉 ちなみに最新のカメラはどれくらいの明るさまで撮影できるのでしょう?

山本 カメラの性能・機種によりますがPQ換算でだいたい4,000nitsくらいだと言われています。

麻倉 となると、次の目標は決まりましたね(笑)。

山本 以上がハードウェア的な狙いですが、今回は機能面でも特長を出したいと考えました。視覚的にHDRを捉えられないかという発想で、それが「HDRモニタリングアシスト機能」です。

麻倉 具体的にはどのようなことができるのでしょうか。

DP-V3120の映像をチェックする麻倉さん。1000intsのモニターでは再現できない色までしっかり確認できた

山本 お客様に一番好評なのは、HDRの輝度が画素ごとに確認できる「ピクセル値チェック」機能で、撮影現場でも被写体の肌やピークが何nitsあるかわかる点が人気です。

麻倉 それは便利そうですね。他社のモニターにはこういった機能はないのですか?

清水 2画面表示などの映像制作現場を効率化する機能は、弊社がいち早く搭載しており、「ピクセル値チェック」機能のように、モニター上で輝度の数値を確認できるのは、現時点では弊社の製品だと考えてます。また、HDRとSDRのシーンチェンジで急にまぶしくならないように、輝度変化をひとめでわかるようにした「フレーム輝度モニター」機能なども搭載しています。

占部 ファームウェアを担当した占部です。HDRで正しい映像を作ろうとすると、いろいろな事に気を遣わなくてはなりません。その中で、最初に対応したのが、ピーク輝度と平均輝度をしっかり確認できるようにした点です。UHDブルーレイでいえばMAX CLL(コンテンツの明るさの最大値)とMAX FALL(フレームごとの平均最大輝度)です。

 それをどう管理して、どう見せるとわかりやすいかを考えて「フレーム輝度モニター」機能を作り、輝度変化を分かるようにしました。また、この機能は毎年バージョンアップしていて、最初はピークと平均値だけを出していたのですが、それだけではピーク輝度から最暗部までのレンジで信号がどれくらいあるのかが分かりませんでした。

 HDRとしては、輝度のグラデーションや質感を出すために、ピークも最暗部も再現しつつ、その中間もしっかり出すといった、広い輝度分布を十分に活用することが重要です。そこもきちんと分かるように、表示の仕方を改良しています。

麻倉 実際にユーザーから、こういった内容を表示して欲しいといった希望はあったのでしょうか?

占部 はい、われわれはHDRコンテンツを制作する上で何が重要かを現場の方に聞いて回っています。また毎年HDRの規格やオペレーションが変わってきていますので、それらも取り込んでいくようにしています。

 例えばHDRで撮影しても、最終的にSDRで仕上げたり、あるいはHDRとSDRの両方の放送で使うこともあります。その場合、HDRの領域が多すぎるとSDR変換した際に絵がおかしくなることもあります。そこでHDRとSDRの割合を管理する機能も設けて、そういったことが起きないようにもしています。

キヤノン株式会社 イメージソリューション事業本部 イメージソリューション第二事業統括部門の「DP-V3120」開発メンバーと記念撮影。左から、和 愼一顧問、永嶋義行主任研究員、清水まり子主席、占部弘文主任研究員、麻倉さん、金井 泉部長、鈴木康夫主任研究員、山本祐介課長代理

麻倉 まさにHDRのために作った機能ですね。これもキヤノン独自なのですね。ではそろそろ、DP-V3120の映像を見せてもらいましょう。

鈴木 PQカーブで2,000nitsでグレーディングした映像を再生します。向かって左がDP-V3120、右は従来の1,000nits用モニターになります。

麻倉 背景の空の再現がまったく違いますね。1,000nitsのモニターではただ明るいだけですが、DP-V3120で見ると、ちゃんとその中に雲の情報もあって、青空の微妙な色も見えてきました。この青は2,000nitsのモニターじゃないと再現できないのですね。実に説得力があります。

金井 HDRを正しく使うと、明るさだけでなく、カラーボリュウムにも違いがでてきます。そこをきちんとモニターできると本当にリアルな映像がご覧いただけるのです。

鈴木 この映像で一番明るい部分は1,800nitsほどあります。こういった映像は今後増えていくと思っています。

清水 階調性がよくなると質感が出てくるといいますが、DP-V3120でモニターしていただければ、その点もよく分かっていただけると思います。

麻倉 これまで1,000nitsのモニターの映像がリファレンス、神様だと思っていましたが、実はカメラではそれよりも多くの情報が撮影できていたのですね。今後のHDR映像制作には、それらの情報も再現できるモニターが求められるでしょう。DP-V3120の活躍の場は大いに広がっていきそうですね。