音楽が生まれる録音用スタジオで使われている機器の中で、「音質」に関して、もっとも重要な役割を担うのが、いわゆるモニタースピーカーだ。数多くのメーカーがモニタースピーカーをリリースしているが、現在もっとも普及し、その代名詞的存在といえるのが、フィンランドのジェネレックだろう。同社では昨年創立40周年を迎えて、家庭用モデルも含めて存在感が高まっている。家庭用途を前提に、同社スピーカーが作り出す音の世界がどのような魅力があるのかを3回に渡ってお届けする。第1回はフィンランドにある同社の本拠地を直撃、高音質の秘密に迫る。(編集部)

 透明な水を湛えた湖、萌える緑の木々、透き通った青空、何回も深呼吸したくなるような清涼な空気……。そんな夢見るようなところにジェネレックの本社はあった。フィンランドの首都、ヘルシンキから北に飛行機で一時間、クオピオ空港に着き、そこからクルマで再度、一時間、イーサルミという小さな街の郊外だ。私は湖の傍に立ち、レンガづくりの二階建ての社屋を眺めながら、あのニュートラルで清澄、そして音楽的な音は、こんな土地柄だから生まれるのだと、ひとり納得していた。

 スタジオ用モニタースピーカーの雄、ジェネレックがスタジオを飛び出して、家庭での音楽再生、さらにはホームシアターシーンに進出する。ビクター青山スタジオ、キング関口台スタジオを始め放送局、プロダクション、ホールなど、プロの音現場で何十年もの間、リファレンスの地位にあるモニターである。それは日本に限った話ではない。お膝元のヨーロッパはもちろんアメリカ、中国、ロシアなど世界の音楽制作シーンで圧倒的に支持され続けてきた。

数多くの名盤を作り上げてきた東京・青山のビクタースタジオは、ジェネレック製スピーカーをいち早く導入したことでも知られている。1990年には1035Aを導入。以来さまざまな同社スピーカーを積極的に採用し、すべての部屋にジェネレック製スタジオモニターを常備している。最新のThe Ones 8351Aも導入済だ

 

プロ用モニターなのに音楽性に優れる理由とは

 実はヨーロッパではすでに十年前から、ジェネレック製品が一般オーディオ市場で流通している。手軽にオーディオショップで買えるのだ。日本でもすでに身近にジェネレック製品が使えるようになるのは、私個人にとってもたいへん嬉しいことだ。

 というのも数ヵ月前、私はジェネレックのスピーカーが、素晴らしくも音楽的に鳴る現場に立ち会ったからだ。今年6月のOTOTENでのジェネレックでのイベントでの話だ。そもそもプロ用モニターの同社は、ジェネレック・ジャパンとしてInterBEEには毎年出展しているが、家庭用オーディオ向け展示会に出たのは史上初。会場は、プロ用として名高いスピーカーを聴こうと超満員。現行のGシリーズ(2ウェイ)、The Onesシリーズ(同軸3ウェイ)の音には、進行を担当した私だけではなく、満場の観衆も感動したはずだ。プロモニターならではの明瞭度、解像度と色づけのないニュートラルな音色の魅力はもちろんのこと、音楽の興趣が色濃く感じられたからだ。イベント中、会場のあちこちに移動しながら聴いたが、どの場所でも均一に同じ音が鳴っていた。なぜ、スタジオモニターなのに音楽性に優れるのか。私の探究心はいやが上にも高まり、とうとう遠くは、フィンランドまで来てしまったのだ。「プロモニターにして、この音楽性」、その理由は何だろう?

中核技術❶ アクティブ駆動

 現代表のシアマック・ナギアン氏は、「ようこそ、遠路はるばるおいでくださりました」との挨拶もそこそこに、こう言った。「1978年の設立から40年以上も経っていますが、当初からプロのためのモニタリングツールを作ること、色づけのないナチュラルな音を実現することに、全力を傾注してきます。妥協はしません」

ジェネレック社の代表を務めるManaging DirectorのSiamäk Naghian(シアマック・ナギアン)さん

 ジェネレックのモノづくりの特徴はユニットやエンクロージャーなどのハードウェアから、DSP、ソフトウェアなどのデジタル技術に至る、技術開発から製品の製造、品質管理までをすべて自社内で行なうことだ。「“カラレーション(色づけ)を排したニュートラルな音”は、川上の技術開発から川下のモノづくりまで、すべての過程で徹底的に追い求めているのです」

 ニュートラルサウンドの根源となる3つの技術を詳説しよう。第1が「アクティブ駆動」だ。スピーカーの駆動方法にはふたつの種類があり、家庭用オーディオやホームシアターで一般的なのは、パッシブ駆動。パワーアンプからのアナログ音信号をクロスオーバー回路で周波数分割し、それぞれのユニットを駆動する方法だ。いっぽうアクティブ型は、アクティブ型クロスオーバー回路で周波数帯域を分割した後に、各ユニット用のパワーアンプに入力し、駆動する。つまりは、帯域分割する前にパワーアンプを配置するか、帯域分割した後にアンプを配置するかの違いだ。

 実はジェネレックこそ、アクティブ駆動を本格的に業務用モニターで用いたスピーカーメーカーの始まりともいえる。1976年、スピーカーづくりが趣味だったフィンランド大学大学院音響学研究科の学生、イルポ・マルティカイネンとトッピ・パルタネンが、フィンランド国営放送局YLEの音響技師から、腕を見込まれて、新しいスタジオ向けのモニタースピーカー製作を依頼された。当時、プロ用のアクティブモニターは存在していなかった。モニターはすべてパッシブ駆動だった。

 その時から二人は猛烈にアクティブ駆動の勉強を始め、初のアクティブモニター、S30を開発。その出来映えは素晴らしく、後の78年にジェネレックが設立されてからも、本機は長い間、モデルチェンジを繰り返しながら主力製品の地位にあった。なぜジェネレックはアクティブ駆動を、それも創業当初から採用したのか。

1978年に創業したジェネレックの、記念すべき初号機がこのS30。トライアンプ内蔵の3ウェイ・アクティブモニターとして誕生した

1992年登場の25cmウーファー搭載2ウェイ機「1032A」。ニアフィールドモニターあるいはサラウンドモニターとしてひじょうに人気の高い製品で、現在のバージョンは1032Cとなる

著名スタジオにラージモニターとして導入され、世界中の音楽を作り上げてきた名機がこの「1035A」だ。ハイパワーかつ低歪み性能は圧倒的で、信頼性、安定性にも優れている

 「ニュートラルサウンドにはアクティブ駆動は絶対に必要なのです」と研究開発部門を統括するアキ・マキビルタ氏が、言った。「ポイントはアクティブクロスオーバーです。パッシブ型の場合、アンプからの大電流信号をパッシブ型のクロスオーバー回路にて低域と高域に分けるのですが、それぞれキャパシタンス(静電容量)とインダクタンス(誘導係数)が異なるので低域と高域でノンリニアリティが発生し、歪みの原因になります。アクティブ駆動では、ラインレベルの段階で帯域分割するため、小信号のレベルでの歪みが格段に減ります。つまりアクティブクロスオーバーは、歪みがたいへん少ないのです。またアンプからドライバーの距離が極小であり、ケーブルの影響を受けにくい。これらがニュートラルさを支えるのです」

研究開発を統括するのが、R&D DirectorのAki Mäkivirta(アキ・マキビルタ)さん

 なるほど。たいへん明快な説明だ。ジェネレックがアクティブモニターを作り始めた頃、業界で孤高の存在だったが、今や、スタジオモニターはアクティブが当たり前になった。アキ氏が言った。「われわれがアクティブ型でモニターを始めた時は、アクティブならではのメリットを細かく解説したものですが、いまやスタンダードな方式になったので、言う必要はなくなりました」。でも家庭用としては、パッシブスピーカーが当たり前だから、この説明は貴重だ。

 

中核技術❶ アクティブスピーカーの利点とは?

▲アクティブスピーカーとはいわゆるアンプ内蔵スピーカーのことだが、単純にアンプを組み込んでいるわけではない。一般的なマルチウェイ・スピーカーは、コイルやコンデンサーで構成される「パッシブ・クロスオーバー」と呼ばれる回路をスピーカー内部に組み込んで信号の帯域分割を行なう。アクティブスピーカーでは、ラインレベルの信号を電気的に帯域分割したあとで帯域ごとに独立したアンプに送り込む。アンプとユニットが直結されることによる信号ロスの少なさやユニットに最適化したアンプをスピーカー設計時に組み込める、システムとしてシンプルな構成が組めるなどの数多くのメリットがあり、業務用では広く普及している。そして、業務用=アクティブスピーカーという考え方の原動力となったが、ジェネレック社のモニタースピーカーである

中核技術❷ 音の拡散・放射特性の追求

▲ワイドレンジなスピーカーを作るだけでは、ニュートラルなサウンドは得られない。ジェネレックでは広い帯域に渡ってスムーズな拡散・放射特性を獲得すべく、振動板のカーブを延長させたような曲面でエンクロージャーを構成するDCW(Directivity Control Waveguide)という技術を開発。上は最新のThe Onesスピーカーで採用されているカーブと、その特性を測定したものだ。さらにエンクロージャーの角をなくしたデザインの採用で不要な音の輻射(回折現象)も防ぐこともポイントだ

 

 

中核技術❷ 音の拡散技術

 ニュートラルサウンドを支える第2のポイントが、広い聴取エリアを確保する音の拡散技術だ。それを可能にするのがDCW(Directivity Control Waveguide)という画期的な形状。ダイアフラムの形状をそのまま延長させた曲面をエンクロージャーに付与することで、指向性を飛躍的に向上させる。OTOTENで聴いた、場所を選ばない音圧感は、まさにDCWに成せる技だった。今では似たような形状が他メーカーでも散見されるが、このオリジネーターもジェネレックだ。

 「低域は長波長なので後ろ側にも回り込み、広く拡散します。いっぽう、高域の指向性は狭範囲です。DCWのそもそもの発想は、発音面積がトゥイーターは小さく、ウーファーは大きいので、両者の発音サイズをマッチさせるため、トゥイーターの発音部の見かけの面積を増やそうということでした。高域信号を、この形に沿って制御し横に拡散させるのです。指向性はこの円のサイズで決まります。何回も試行錯誤を繰り返し、1985年の1022Aで初めて採用し、それ以後、われわれのスピーカー技術の代名詞になりました」(アキ氏)

 DCW技術は、その後30年以上にわたって開発と改良がなされ、直接放射型のマルチウェイモニターの放射特性を大幅に向上させた。「DCWはニュートラルサウンドにも貢献しています。DCWがない場合は指向性の範囲から離れると、カラレーションが発生しますが、DCWにより、広い均一な指向性が得られるため、広いエリアで色づけなく、ナチュラルなサウンドが得られるのです」(アキ氏)

 次のターゲットはユニットから前に放射された音がエンクロージャーの後ろに回り込む回折現象だ。「回折が起きると、ユニットから出る直接音と回折によって遅れる音が空間で混ざって、音が色づけされてしまいます。ですのでカラレーションの原因となる回折をいかに減らすかに多大な努力を傾けています」(アキ氏)

 ひとつがエンクロージャーのエッジに、アール形状を付与したこと。この丸みにより、音の流れがスムーズになり、回折を最低限に抑えられた。前述の1985年の1022Aで初採用され、以後、ジェネレックのスピーカー技術のアイコンになった、MDE(Minimum Diffraction Enclosure)テクノロジーだ。複雑な曲線を描くエンクロージャーを形成するために、木質でなくアルミニウム材の採用は必然であった。「アルミニウムの利点は、箱鳴りがそもそもなく、箱によるカラレーションが発生しないことにもあります。木質では相当厚くしないと特有のキャラクターを持ちますが、メカニカルにデッドにするにはアルミニウムがいちばんです」(アキ氏)

中核技術❸ DSPでの室内音響制御

 もうひとつのジェネレックの音の秘密が、DSPによる室内音響とのマッチング技術だが、ここで紙幅が尽きた。来月以降の試聴記事で、技術の詳細とその効果を報告しよう。では来月につづく……ではない。根源的な疑問がまだ解決していないではないか。

 「なぜスタジオモニターなのに音楽性が?」という疑問だ。ユニットとエンクロージャーのあらゆる部分でカラレーションを徹底的に追放し、ニュートラルを得たのは分かるが、それがなぜ音楽性につながるのか? そんな疑問にアキ氏が答えた。

 「アサクラさん、それにはとてもシンプルなことです。もともとの音源に音楽性が入っているのですから、それを正しく、色づけなく、ニュートラルに再現するならば、当然、そのまま音楽性を感じるはずです。ジェネレック製品は音楽性をモニターするスピーカーなのですから」
 なるほど! 目から鱗であった。(つづく)

ジェネレックは回路、ユニット、エンクロージャーとアクティブスピーカーに関わる主要部品を内製している。「社内生産こそ、品質の鍵」と考えるからだ。写真は本社屋内のアッセンブリーライン

ジェネレック製品は、ユーザーの手許で数十年も使われるため、品質管理を厳重に行なっている。製造ラインの枢要な部分で、全数検査を実施。所定のスペックを得ているか頻繁にチェックされる

スピーカーが大きな音響ボックスに填め込まれ、ここで所定のテスト信号を発音。ボックス内部のマイクでキャプチャーされ、特性が測られる

スピーカー裏のシリアルナンバーが、ジェネレックとユーザーを結ぶ架け橋。製造/検査工程で測られた各種の音響データが、この番号と紐づけられている。修理された場合は製造時と同じ特性にして返す

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