IFA2019のソニーブースでは、ふたつのアイテムが大きな注目を集めた。ニアフィールドパワードスピーカー「SA-Z1」と、ハイレゾ音源を音場感豊かに楽しむ「360 Reality Audio」だ。今回はソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ(株)V&S事業部 企画ブランディング部門長の黒住吉郎氏に、両モデルの狙いを聞いた。

麻倉 「SA-Z1」は音がよい。音場感も豊かで、音の流れがとてもなめらかです。この製品が画期的なのは2点あって、ひとつはヘッドホンユーザーの目をスピーカーに向けるということ。そしてもうひとつは、アクティブというジャンルは、日本では民生用のハイエンド製品として成功していないのです。そこに踏み込んだという意味では面白いし、力も入っています。

ソニーのプレス・カンファレンス。石塚茂樹氏がシグネチャーシリーズを紹介

プレス・カンファレンスでSA-Z1が紹介された

黒住 そうなのです、SA-Z1にはたいへん力が入っています。昨年のIFAラウンドテーブルで、シグネチャーシリーズの次の展開について質問がありましたが、実はその時にはSA-Z1の開発は結構進んでいたのです。もっと早く完成するはずだったのですが、音を含めてダメ出しを徹底していたので、このタイミングになりました。

麻倉 ということは、一年以上前から開発を進めていた?

黒住 シグネチャーシリーズですので、やはりエンジニアが納得いくものでないと駄目です。それを含めて時間をしっかりかけて開発を進めました。まさにわれわれの渾身の一作です。音についても、目指しているものを実現するためにはどういう構造でなくてはいけないか、細かく吟味しました。

 実はその試行錯誤の結果が、本体デザインに現れているのです。SA-Z1は正直無骨だと思います。前半分が鼓の形状で、後ろはアンプを背負ったフラットなボックスになっている。

麻倉 無骨すぎて試作機のままのようにも思えます。

黒住 あれ以上デザイン的な味付けをしてしまうと、音に影響が出るのです。音質のために、最終的なデザインが決まりました。

麻倉 機能を徹底すると形も美しくなると言われますが、SA-Z1はデザインから入ったのではなく、開発者の思いから出来上がっていったということが分かります。

黒住 商品企画やデザインの担当とは様々な議論がありましたが、設計を担当した加来(V&S事業本部商品設計部門商品技術1部加来欣志氏)を中心に、エンジニアが、商品としてはこうあるべきだということを第一に考えて、あの形になっていったのだと思います。

麻倉 アクティブ型スピーカーというと、これまでの製品で音がいいものはほとんどありませんでした。

黒住 私もそう思います。以前のPCの周辺機器のようなものであれば、まずは内蔵スピーカーよりは音が鳴ればよいところがありました。もちろん一部にはスタジオモニター用もありましたが、それは少数派でした。

 一方で最近は、PCを使った音楽鑑賞スタイルが変わってきつつあります。その中で、特にハイレゾ音源の再生を考えた時に、高品質な音源をしっかりと鳴らせる製品は必要だと思うのです。これまでとは違う音楽の楽しみ方を、ソニーがリードして作っていかなくてはならないと考えています。

ブース内に設置された特設オーディオルーム。静粛性が高いので、ニアフィールドで聴く高品位パワードスピーカーの実力が余すところなく聴けた

麻倉 ピュアオーディオというか、コンポーネントオーディオの楽しみとして、好みのアンプやスピーカーを組み合わせるということがあります。SA-Z1はアクティブ型なのでその楽しみはありませんが、逆に考えると、作り手側からスピーカーとアンプの最高の組み合わせとして提案してもらえれば、ユーザーも安心して使うことができます。

黒住 ソニーのアプローチとして、電源をどうマネジメントするか、デジタルの音に対してどこまで処理するかなど色々トライしました。S-Masterのような独自のデジタルの原点もしっかり押さえています。

 SA-Z1は音の方向としてはベストだと思っていますが、音の風味として柔らかい、アナログの風味を出したい場合には、本体のボタンで調整が可能です。それがわれわれとしての、デジタルとアナログを融合させるひとつの答えなのかと思っています。デジタルであるからそこできる、アナログの引き出し方です。

麻倉 デジタルをうまく使った製品ですね。その意味でSA-Z1はソニーじゃないとできない製品ですね。加来さんの中には、ストーリーが出来上がっていたのでしょう。以前、試作機の音を聴かせてもらいましたが、最終の仕上がりとはまったく違いました。ある意味で振り切っていた(笑)。

黒住 試作機であっても、なかなか振り切った音を出すのは難しいのですが、それを許した点は今のソニーのいいところだと思っています。

麻倉 さて今回は、「360 Reality Audio」のデモも行なわれていました。しかも、スマートフォンで耳の画像を撮影し、個人の聴感特性を解析するアプリケーションとの組み合わせということで、いよいよ実用化が近づいてきました。

 私はこれまでスピーカーで360 Reality Audioを聞いたことはありましたが、ヘッドホンでの試聴は初めてです。スピーカーで聴いた時は物足りない印象もあったのですが、今回はよかったですね。上側と後ろの音場が広がっています。ただ、前方からの音はまだですね。

ブースの壁面にある。360 Reality Audioの解説

黒住 現状は、できる限り3Dの空間に臨場感が溢れるように音を広げる方向で調整しています。今回のスマホによる最適化プロセスを入れたことで、かなりの部分まで実現できているとは思っていますが、まだ満点でないことも理解しています。お客様からも感想をフィードバックしていただいていますので、アプリケーションは改善されていくでしょう。

麻倉 今は360 Reality Audioを広めている段階だと思いますが、正式なリリースはいつ頃をお考えなのでしょうか?

黒住 できるだけ早くリリースをしたいと考えています。今回のデモでお分かりかと思いますが、かなり商用に近い完成度まで来ています。今後はサービス事業者さんやコンテンツを提供してくれるレーベルさんとの進捗を見た上で、と考えています。

麻倉 もともと音場再生という概念は、映画ではドルビーやDTSが頑張りましたが、音楽ではこれまで成功した例がほとんどありませんでした。しかし360 Reality Audioの、ヘッドホンや頭部伝達関数を活用して音楽を楽しもうという発想はとてもMAKE SENSEと思いました。

 ソニーらしいというか、他がやっていないところで新しいエンタテインメント体験を作り出す。これは先程のSA-Z1にも通じる方式です。だれもやっていないけど、聴いてみると結構凄いねというのが必ずあるわけで、360 Reality Audioもその驚きが効いていると感じました。

黒住 ありがとうございます。ハイレゾも市民権を得るまでは時間がかかりましたし、SA-Z1についても、360 Reality Audioも時間をかけて育てていくしかないと思っています。

麻倉 ウォークマンにしろCDにしろ、ソニーが提案してライフスタイルを変えてきた歴史はあります。入れ物を作って、そこに仲間を集めている。ジャンルは違いますが、SA-Z1でも360 Reality Audioでも、世界を作っておいてそれを広げましょうという提案ですね。これはいいことです。

黒住 360 Reality AudioやSA-Z1を体験したアーティストさんが、このために作品を作りたいと思ってくれるのが嬉しいですね。われわれは、アーティストやクリエイターが作った作品を広めていくわけで、そこを自覚しながら進めていきます。

麻倉 もうひとつ、360 Reality Audioは導入時はヘッドホンでもいいでしょうが、今後はリアルスピーカーへの展開も考えて欲しいですね。

黒住 その点については、形も場所もこだわらずに楽しめる方法を考えていきます。究極的には個人個人がどうやってエンタテインメントを楽しめるかですから、それをひとつの場所、ひとつのやり方に制限するのは得策ではないでしょう。できるだけ色々な形、色々なもので体験していただきたいですね。

麻倉 方法は無限ですが、人に感動を与える、心を刺激するというのは共通ですからね。その意味ではSA-Z1も360 Reality Audioもソニーらしいと思いました。

黒住 音楽で人に何を提供できるか考えた時に、人生も変わるでしょうし、感情も変わるでしょう。音楽はそれくらい重要なものですから、決して雑に扱ってはいけない。それをしっかりと伝えられる製品にしたいですね。

麻倉 音楽に敬意を持ちながら、楽しみを普及させることができるといいですね。