歴史は強者によって作られてきた。いやいや国家も生物も、強者はいつしか滅び去る。強者と弱者、知恵は何をもたらすのか。憎しみの連鎖の果てにあるものは?

 いろいろなことを考えさせられ、かつ映画としてたいへん面白い快作2本を観た。共に実際に起きた事件を下敷きにした作品だ。秋口にぴったり。損はないので、強力にオススメしたい。

世界に衝撃を与えたインド・ムンバイの同時多発テロ

 『ホテル・ムンバイ』は、2008年の11月26日、インド西海岸の大都市ムンバイ(昔のボンベイ)で起きた同時多発テロ事件を扱った力作だ。

 1947年からたびたび武力衝突が起きている隣国パキスタンから潜入した10人の若者たち(イスラム系過激派)が、2軒の大型ホテル、人気のカフェ、世界遺産の鉄道駅、ユダヤ教施設、映画館などで無差別の銃撃、手榴弾攻撃を実行。170人以上の死者を出した大事件である。

 映画はそのうち、1903年に開業した超高級ホテル、タージマハル・パレス・ホテルでの凶行(宿泊客、ホテルマンへの銃乱射と立てこもり)を中心に描く。

 主人公は『LION/ライオン~25年目のただいま~』のデヴ・パテル演じる給仕係のアルジュンで、彼は上役の料理長(『世界にひとつのプレイブック』で、ブラッドリー・クーパーの主治医を演じていたアヌパム・カー。味のある好演!)と共に、ホテルの客をかばいながら、テロリストたちから身を隠しつづける。

 宿泊客は欧米の金持ちばかりで、『君の名前で僕を呼んで』のアーミー・ハマー扮する米国人(レストランでウイスキーコークとチーズバーガーを頼んだりする)や、『ハリー・ポッター』シリーズのルシウス・マルフォイ役、ジェイソン・アイザックス演じる強欲なロシア人実業家などがいる。

アルジュン役は、『スラムドッグ$ミリオネア』で一躍有名になったデヴ・パテル。彼が頭に巻いているターバンにも重要な意味がある

アヌパム・カー(中央の白いコック服を着ている男性)演じるオベロイ料理長は、宿泊客や外から逃げ込んできた人たちを匿うために陣頭指揮を執る。アルジュンはホテルのウェイターと数人のスタッフから作り出されたという架空の給仕係だが、料理長は実在の人物だ

白人の裕福な建築家デヴィッド役を、アーミー・ハマーが好演。生まれたばかりの子どもを救うため、彼は大胆な行動に出る……

『ハリー・ポッター』の“嫌なエリート親父”ルシウス・マルフォイ役でおなじみのジェイソン・アイザックスは、傲慢なロシア人を演じている

現代版『ポセイドン・アドベンチャー』で“牧師役”がもたらすもの

 映画ではっきりとは描かれないけれど、妻子のためにホテルで懸命に働くアルジュンは、おそらくムンバイにあるアジア最大級のスラム街ダラヴィで暮らしている。ダニー・ボイル監督の『スラムドッグ$ミリオネア』や、今秋(10月18日)公開のインド産ラッパー映画『ガリーボーイ』の舞台になった場所だ。

 富の強烈な偏在。大きなリュックに分解した自動小銃を詰めて現場に向かう青年たちは、無線で「周りを見ろ、兄弟。奴らがお前たちの父親、先祖から奪ったものだ。悲鳴を世界に聞かせるのだ」と指示を受ける。「最後まで戦え。神が天国で迎えてくれる」と。

狙撃犯は若者ばかりで、中にはまだ少年と言ったほうがいい人物もいる

外で襲撃にあった観光客らが、タージマハル・パレス・ホテルに逃げ込んでくる。ホテルは彼らを受け入れるのだが……

 極めて現代的で悲惨な主題だけれど、この映画が優れているのはメッセージ性に富んでいるからだけではない。娯楽映画、アクション映画として見るべきものがあるのだ。

 ひとことで言うと、状況がひっくり返ったパニック映画。銃声と炎に包まれた『ポセイドン・アドベンチャー』である。観客はテロ事件の真っ只中に放り込まれる。

 デヴ・パテル扮するホテルマンは、『ポセイドン・アドベンチャー』でジーン・ハックマンが演じた牧師の役回りなのだが、腕力や統率力に秀でているわけではない。けれども代わりに、この男には優しさと包容力があるのだ。

 劇中、彼、アルジュンが自分はシク教徒であることを明かす場面がある。シク教は16世紀にインド、パキスタンで布教が始まった比較的新しい宗教で、カースト制の否定や他の宗教を尊重する緩やかな戒律で知られている。

 苦行や偶像崇拝も禁止され、世俗の仕事に力を注ぎ、社会に奉仕することで徳を積む。インドの宗教人口80%のヒンドゥー教と13%のイスラム教に比べるとわずか2%ほどしか信者がおらず、長い髪を普段からターバンでまとめているのが特長だ。

 ぬぼーっとしているけれど、必死の思いで客を守り、血溜まりのなかに立ちつくすことになるアルジュンの姿を見ると、けれどもこういう名も無き民の総体が寛容を選べば世界は変わるかも、と思わされる。実際のニュース映像を交えた緊迫感と、テロリスト犯までを交え、それぞれのキャラクターを立てたグランドホテル形式の演出。噛み応えのあるポリティカル・サスペンスだ。

 監督はオーストラリア出身で、これが長篇映画第一作のアンソニー・マラス。必ずハリウッドに招かれるだろう。そのときは多面的なアクション映画に挑んでほしいもの。この作品にもそのケ(裸足!)はあるのだけれど、『ダイ・ハード』的な閉塞活劇で、観客をいま一度燃えさせてほしい。

中央がアンソニー・マラス監督。本作が長篇映画デビューとは信じがたいほどの腕前を見せている

1976年のハイジャック事件をベースにした『エンテベ空港の7日間』

 もう1本は少し時間を遡る。1976年の6月26日。ギリシャのアテネ国際空港を出発し、4名の犯人にハイジャックされたエールフランス機の乗員、乗客の運命を描く『エンテベ空港の7日間』だ。

 犯人はパレスチナ解放戦線(PFLP)のメンバーふたりと、その主張に賛同し世界同時革命を目指していた西ドイツの過激派グループ、革命細胞(RZ)のふたりだった。

 当時、大きな話題となった事件。4人は東アフリカ、ウガンダ共和国のエンテベ空港に飛行機を着陸させ、現地で仲間と合流。イスラエル人及びユダヤ人を残して乗客を解放し、ヨーロッパ各地で逮捕、拘束されていた同胞の釈放を要求する。7月の3日、イスラエル政府は極秘の奇襲・突入作戦を敢行する。

4回目の映画化では、ゲリラ側の視点も描かれる

 この事件は、ピーター・フィンチ、チャールズ・ブロンソンら出演のTVムーヴィー『特攻サンダーボルト作戦』(1976年)などで過去3回映画化された。今回の『エンテベ空港の7日間』のいちばんの魅力は、これまで描かれることのなかった、パレスチナ側ゲリラの行動と心情にウェイトが置かれていることだろう。これまでの3本はいずれもユダヤ人社会であるハリウッドの、イスラエル賞賛の物語だった。

 手榴弾を握り、銃を掲げて機内に立つRZのふたりを演じるのは、東西ドイツ統一後に昏睡から覚めた母親のため、東ドイツ存続を装いつづける息子役を好演した『グッバイ、レーニン!』のダニエル・ブリュールと、『ゴーン・ガール』のロザムンド・パイク。

 ブリュールは、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』でアベンジャーズ分裂を仕掛ける特殊部隊リーダーを演じていた。パイクは『ナチス第三の男』『プライベート・ウォー』『荒野の誓い』につづき、出演作がこれで今年4本目の公開。イスラエル首脳側にもリオル・アシュケナージ(ラビン首相役、『運命は踊る』)、エディ・マーサン(ペレス国防大臣役、『おみおくりの作法』)と芸達者を揃えているけれど、ブリュールとパイク、このキャスティングだけでもどこに力点があるかが分かる。

 これは黄昏の物語だ。世界を変えようとして、迷い、苛立ち、夢にすがろうとした若者ふたりの。

ロザムンド・パイク(左)とダニエル・ブリュール(右)。『ゴーン・ガール』の怪演も記憶に新しいパイクは、ほぼノーメイクで本作に挑んでいる

『運命は踊る』で息子が戦死したと知らされる父親に扮したリオル・アシュケナージは、犯人との交渉か現地への突入かの決断を迫られるラビン首相を演じる

ラビン首相と駆け引きを繰り広げるペレス国防大臣役は、癖が強い役柄を演じることが多いエディ・マーサン。個性的な顔は、一度観たら忘れられない

 パイク扮する女戦士ブリギッテが、途中でハイジャック計画から離脱した恋人に電話をする場面がある。ここはおそらくフィクションだろう。作り手はある種の鎮魂歌として、このシークエンスを用意せざるを得なかったと考える。

 製作は『レ・ミゼラブル』『博士と彼女のセオリー』『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』のワーキング・タイトル・フィルム(英国)と、『グリーンブック』『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』『スポットライト 世紀のスクープ』のパーティシパント・メディア(米国)。監督は『エリート・スクワッド』とその続篇『エリート・スクワッド ブラジル特殊部隊BOPE』(どちらも傑作!)のジョゼ・パジーリャ。

 役者は揃った! 見逃すと勿体ない意欲作である。

エンテベ空港旧ターミナルの、劣悪な環境下に閉じ込められる乗客たち。いつ殺されるかもわからない状況のなか、乗員たちは『ホテル・ムンバイ』のスタッフたちと同じく、乗客を優先に考えようとする

監督のジョゼ・パジーリャ(右)は、リブート版『ロボコップ』でハリウッドにも進出している

若者死すとも権力者は死せず。火に油を注ぐ発言の数々

 『エンテベ空港の7日間』の背景になっているのは、1948年の強引なイスラエル建国以来、イスラエルとアラブ諸国との戦争、紛争がくり返されてきたパレスチナ問題だ。

 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教それぞれの聖地があるエルサレム。せめてもの混乱回避のために長年国連による信託統治下にあったのに、トランプ大統領は2017年12月、突然エルサレムはイスラエルの首都だと言いだし、米国大使館をテルアビブからエルサレムに移す決定をした。国際社会は猛反発する。

 キリスト教保守層を基盤にし、娘イヴァンカの夫であるクシュナーが固めるユダヤ教徒層への大統領選挙アピールのためだった。2018年5月14日には大使館移転式典に反対するパレスチナ人集会にイスラエル軍が実弾を発砲し、55人が死亡、2,700人が負傷する悲劇が起きる。

 今年の8月21日。トランプ大統領は、イスラエルの人々は自分を神の再来だ見なしているというツイートをした。これも国内の票田向けである。

 パジーリャ監督は、撮影後の寄稿で次のように語っている。「彼ら(政治家や宗教指導者)は、敵から人民を守る者であるかのように自分を見せることによって注目を集めてきた」。

 近代戦において、どこの国でも権力者は死なないのだ。血を流して倒れるのは必ず末端の若者である。『ホテル・ムンバイ』でも『エンテベの7日間』でも。

 この2本の映画はすぐれたアクション描写と共に、そのような世界への抗議と、不思議な静けさを伝えてくれる。

『ホテル・ムンバイ』

監督:アンソニー・マラス
出演:デヴ・パテル/アーミー・ハマー/ナザニン・ボニアディ/アヌパム・カー/ジェイソン・アイザックス
原題:HOTEL MUMBAI
2018年/オーストラリア=アメリカ=インド/123分
配給:ギャガ
9/27(金) TOHOシネマズ 日比谷 他 全国ロードショー
(c) 2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, ADELAIDE FILM FESTIVAL AND SCREENWEST INC

『エンテベ空港の7日間』

監督:ジョゼ・パジーリャ
出演:ロザムンド・パイク/ダニエル・ブリュール/エディ・マーサン/ドゥニ・メノーシェ
原題:7 Days In Entebbe
2018年/イギリス=アメリカ/英語、ドイツ語、フランス語、ヘブライ語、アラビア語/107分
配給:キノフィルムズ
10/4(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
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