IIJ(インターネットイニシアティブ)は、8月26日夜、天王洲アイルのKIWA TENNOZで4K+ハイレゾのデモンストレーションを開催した。
同社はこれまでに、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(ベルリン・フィル)のメディア事業子会社「ベルリン・フィル・メディア」のストリーミングパートナーとして、ベルリン・フィルの演奏会を最新の技術で配信する実証実験を継続的に行なってきている。
それを踏まえて、日本時間の8月24日(土)2:00〜にドイツで開催された「2019/2020シーズン開幕コンサート」を、ベルリン・フィル・メディアのストリーミングサービスである「デジタル・コンサートホール」で4Kライブ配信し、無事成功を収めた。
今回のデモンストレーションは、その「2019/2020シーズン開幕コンサート」を、改めて4K大画面とハイレゾで体験してもらおうという企画となる。
会場となったKIWA TENNOZは普段はジャズなどの演奏会が行なわれるスペースだという。天井は4〜5mあり、しかも左右の壁面には緩い傾斜がついている。加えて両サイドとも木の柱がランダムに並べられているので、嫌な音の反射もなさそうだ。クラシック音楽を楽しむ場所としても最適だろう。
正面にはステージが設けられ、両サイドには大型のL/Rスピーカーが置かれている。その間にスクリーンが降りてきて、4K映像が再生される仕組みだ。
ちなみにデジタル・コンサートホールの4Kライブ配信では、現地で収録した4K映像をアマゾン ウェブ サービス(AWS)の4Kエンコーダー「AWS Elemental Live(ソフトウェアベースのライブストリーミング向け映像処理アプライアンス製品)」を使ってリアルタイムに圧縮、音声はAACで伝送していた。
それに対し、今回は収録した4K映像を後日HEVCで圧縮、音声も96kHz/24ビットのオリジナル素材が使われている。その意味ではライブ中配信よりも高画質・高音質で楽しめるわけだ。
再生システムは、4K&ハイレゾのファイルをMac miniで再生し、HDMI端子から4K映像を出力、ソニーの4KプロジェクターVPL-VW745で200インチに投写している。音声はUSB端子からハイレゾ信号を取り出し、それを会場常設のデジタルミキサーに入力、D/A変換してパワーアンプに送り、スピーカーをドライブする。
なおオリジナル音声は2ch素材だが、今回はフロントL/Rスピーカーに加えて、天吊されたサラウンドL/Rスピーカーとスクリーン裏のエフェクトスピーカーから、ディレイをかけた信号を再生したそうだ。
これは、演奏が行なわれているベルリン・フィルのコンサートホールの音響をイメージしたことと、200インチスクリーンでの上映ということで音像にも奥行感を出したいという狙いからだという。スピーカーやミキシング卓はKIWA TENNOZ常設のものだそうだが、まったく違和感のない再現がなされていた。
さて今回のもうひとつの目玉が、田中泰延氏をゲストに招いたトークショウだった。田中氏は、ウェブを中心に著作活動や評論家活動を行なう自称“青年失業家”だ。さらに音楽愛好家でもあり、『第九』のCDだけで200枚以上集めているという。
トークショウは、「知ろう、聞こう、ベートーヴェン『第九』」というテーマで、ベートーヴェンや『第九』にまつわるエピソードが面白おかしく紹介され、聞いているだけでこの作品のお勉強ができてしまうというものだった。
来場者が感心していたのは、『第九』を年末に演奏するのは日本だけというくだり。海外の指揮者の中には一度も『第九』を指揮したことのない人もいるそうで、そこまでひんぱんに演奏される楽曲ではないというのだ。
さらに『第九』やベートーヴェンをテーマにした映画についても紹介された。ここでは、『不滅の恋/ベートーヴェン』や『敬愛なるベートーヴェン』といった真正面からベートーヴェンを採り上げた作品だけでなく、『バルトの楽園』や立川志の輔の落語『歓喜の歌』、さらには『時計仕掛けのオレンジ』『ダイ・ハード』『エヴァンゲリヲン新劇場版:Q』など様々なジャンルで『第九』がモチーフに使われていると説明してくれた。
他にもホンダのTV CFや新宿三丁目のバー、さらにはクリムトの絵にまで話は及び、『第九』が音楽という枠を超えて、われわれの生活に深く溶け込んでいることがよくわかる解説になっていた。
そしていよいよ4K+ハイレゾの上映がスタートした。ちなみに今回は8月にベルリン・フィル新首席指揮者に就任したキリル・ペトレンコの初のシーズンという記念すべきプログラムでもある。それを記念してか、現地では会場入り口のディスプレイも新しくなっていたそうだ。
上映された4K映像は若干色温度が低めでウォームなもの(色域はBT.2020に設定)。200インチというサイズもあってか、コントラストは抑えめで、HDR的な輝度のインパクトはない。しかし、ヴァイオリンの光沢感やフルートやホルンといった管楽器のきらめきは綺麗に再現されている。楽譜の表現もていねいで(さすがに判別はできなかったが)、譜面がちらつくようなこともない。演奏者の燕尾服や女性歌手の髪の毛の質感など、ディテイル再現や情報量は4Kならでは。
ハイレゾサウンドは、まさにコンサートホールを彷彿させる自然な音として楽しめた。第一楽章の冒頭、弦やホルンが静寂の中に響き始め、次第に音が重なっていく。それらの楽器の音の重なりが明確で、音楽の深みが増していく様子も感じられた。それぞれの楽器の音も実体感があり、AACなどの圧縮音声では味わえない密度感も備えている。
200インチ大画面との馴染みもよく、音が視聴位置(今回はスクリーンから約3mの中央寄りに座った)後方にまでふわりと広がっている。これは、先述した残響音が付加されている恩恵もあるだろう。しかもその残響がちっとも嫌ではなく、音像をスクリーンの手前に定位させる効果を演出していた。
上映終了後に田中氏が再び登壇し、「キリル・ペトレンコの表情が豊かなことがよくわかりましたね。演奏者の指使いまできちんと見えたのも凄いです。また演奏のテンポが早いことにも驚きました。何より、これまで200枚のCDを聴いていたし、実際の『第九』の合唱にも20回は参加していますが、今まで聴いたことのなかった音が聴こえました。これは本当にびっくりした!」と素直な感想を話してくれた。
ベルリン・フィルのシーズン開幕コンサートは、チケット入手がとても難しいと聞く。それを自宅に居ながら楽しめるという意味で、デジタル・コンサートホールの4Kライブ配信もとても貴重だ。しかし音楽ファンの多くは、今回のような4K+ハイレゾ配信で会場を疑似体験したいと思うはず。技術的課題もあるだろうが、IIJによる4K+ハイレゾ配信が一日も早く実現することを期待したい。(取材・文:泉 哲也)