今年の1月にラスヴェガスのCESで発表され、5月に北米、欧州、中国で発売されたソニーの8K液晶ディスプレイ「Z9G」(北米と中国での型番)シリーズの画質を、8月下旬にソニーのラボ(東京・大崎)でチェックする機会を得た。本シリーズは85型と98型の2モデルがラインナップされるが、今回見せてもらったのは98型である。

 8K「テレビ」ではなく8K「ディスプレイ」と記したのは、欧米中はどこも8K放送が行なわれておらず、Z9Gの海外モデルには8Kチューナーが搭載されていないから。

 ソニーは明言していないけれど、来年の「東京オリンピック/パラリンピック」を控え、年内には発売されるであろう日本仕様モデルには8Kチューナーが内蔵され、めでたく「8Kテレビ」と呼ぶことができるようになると思われる。

 しかし、なぜ世界で唯一8K放送が行なわれている我が国での発売が、アップコンでしか観られない欧米中よりも後になるんだろう? 順番逆でしょ、と正直思う。

 また、この秋正式スタートが予定されているHDMI2.1対応も確実。HDMI2.1対応が果たされれば、1本のケーブルで8K/60p、4K/120p信号が伝送でき、発売が確実視される8Kレコーダーとの連携がケーブル1本で可能となる。

7月17日〜19日に青海展示棟で開催された「第2回 4K・8K映像技術展」のソニーPCLブースには、Z9Gシリーズの85インチモデルが展示されていた

 さて、すでに8K路線を突っ走るシャープを除けば、この春夏の新製品を俯瞰すると、ほとんどのメーカーは「AVファン向け最高画質モデルは有機EL、家族で楽しむリビングテレビは液晶」と考えているように思えるが、ソニーは違う。「AVファン向け最高画質モデルは、液晶、有機ELどちらも用意します」というスタンス。Z9Gはそんなソニーの立ち位置を明確に示すモデルなのである。

 実際にじっくり画質を精査させてもらった海外仕様の98型Z9Gの仕上がりは、とてもすばらしいものだった。

 ソニー制作の8Kオリジナル映像(『リオのカーニバル』『ペルーのジャングル』『ヴェニスの仮面舞踏会』『アメリカ西海岸のフェラーリ』等)や4KのUHDブルーレイを見せてもらったが、98インチ超大画面の迫力を生々しく実感させながら(約1.3Hで視聴)、充分な明るさとコントラスト感、そして8Kの3,300万画素(水平7,680×垂直4,320)ならではの、目の覚めるような超高精細映像を訴求するのである。

 しかも、自発光タイプに比べてこれまでどうしても気になって仕方なかった液晶テレビ3つの弱点「黒浮き」「動画応答の遅さ」「視野角の狭さ」がほとんど気にならないのだ。ソニーが長年培ってきた高画質液晶技術のすべてが盛り込まれているからこその仕上がりと言っていいだろう。

 本シリーズには「HiViグランプリ2016」で<GOLD AWARD>を獲得したZ9Dシリーズ以来、久々に「バックライトマスタードライブ」が採用されている。

 これは液晶パネル直下に置かれたLEDバックライトの明るさを一つ一つ個別に制御する技術。数個のLEDをまとめて明るさをエリア制御する通常のローカルディミングに比べて、きめ細かな明るさのコントロールでコントラストを飛躍的に向上させることが可能だ。実際に本機を前に感心させられたのが、これまで液晶テレビで気になっていた黒画面に浮かぶ輝点周辺がぼんやりと明るくなる「ハロ」がほとんど認知できないことだった。

Z9Gシリーズのコンセプトについて質問する山本さん。なお北米での価格は98インチが7万ドル前後、85インチは1万3000ドル前後とか

 画質エンジニアの井川さんによると、LEDの数そのものは100インチのZ9Dよりも少ないそうだが、明るさの制御技術はその後のノウハウの蓄積で大きく進化しているという。

 またZ9Dで採用されたものよりもLEDの発光効率は上がっていて、ピークで10,000nitに迫る明るさを実現している模様だ。確かにここまでの明るさは、現状の自発光大画面有機ELはとても実現できない。

 本機の色の再現範囲は、現状の高級4K液晶テレビの水準に留まるが、リオのカーニバルの踊り子たちが身にまとう真紅や黄金色のきらびやかなコスチュームの鮮やかさは息をのむほど。明るさとコントラストが従来の液晶テレビよりも大きく向上しているからこそだろう。

 ただし、アメリカ西海岸の抜けるような青空の表現などシアン系をやや単調に感じさせるのは、現状の4K液晶テレビ同様である。

 それから、現行8K液晶テレビを大きく凌駕するのが「視野角の広さ」。VAパネルを搭載した従来の大画面液晶テレビは、これまで首を少し左右に振るだけで、色相とコントラストが変化し、その違和感に悩まされることになったが、Z9Gは違う。左右に大きく動いても、著しい画調の変化が認知できないのである。

 これは昨年の4KモデルZ9Fから導入された同社独自の「X-Wide Angle」技術の賜物。液晶の開き角設定とバックライトの制御、それにフィルター技術の合わせ技で視野角改善を果たしたわけだが、横並びに何人かで大画面テレビを観るというリビングユースにおいて、これはきわめて重要なソリューションと思う。

 画質ダメージがあるから……などと言ってこの技術の導入に消極的なメーカーもあるが、60インチを超える大画面液晶テレビにおいて、この視野角改善技術はますます注目されるようになるだろう。

左からソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社 TV事業本部 商品設計部門 商品設計1部の井川直樹さん、同 TV事業本部 商品企画部 馬場彩香さん。右端が山本さん

 それから様々なコンテンツを観て、感心させられたのは、階調表現の精妙さと4K→8Kアップコンバート画質の秀逸さだった。

 本機には昨年モデルのZ9Fで初採用された映像信号処理回路「X1 Ultimate」が載せられているが、8K解像度を得て、この高画質エンジンの魅力がいっそう際立ってきた印象だ。

 とくに見事なのは暗部階調の表現。シャドウがすとんと落ちることなく、微妙な暗部情報を粘り強く表現するのである。その正確さはソニー製有機ELマスターモニターBVM-X300を上回るほど。また先述のように、ピーク再現などで豊かな明るさの資産を有しているので、HDRコンテンツのハイライト側の表現も余裕綽々だ。

 4K UHDブルーレイのアップコンバート画質にも感心させられた。8Kオリジナルソフトの高精細映像を観たあとでは物足りなさは当然あるが、動きボケも少なく、無用なエンハンス感を感じさせないナチュラルな風合いの画調で、ストレスなく楽しませてくれる印象だ。

 まぁ何はともあれ、100インチに迫る大画面で8Kの超高精細映像を眺める楽しさは格別。鮮やかなコスチュームを身にまとったリオのカーニバルのダンサーたちが画面からふっと浮き上がってきて、まるで3D映像を観ているかのようなイリュージョン。ハイエンドオーディオの至高体験同様の「あ、脳が喜んでる!」という確かな実感が得られるのである。

Z9Gシリーズでは、本体上下のベゼル部 左右各2ヵ所、合計4基のスピーカーを搭載することで、映像と一致した音場再現を目指している。写真は上側の開口部で、奥に楕円型ユニットが取り付けられている。サブウーファーは85インチモデルは2基、98インチモデルはひとまわり大型ユニット1基を背面に搭載する

 この超高画質にバランスする音を得るには、良質なステレオ・スピーカーとの組合せが必須だと思うが、本機の内蔵スピーカーの構成もとても興味深い。

 画面上下のフレームにL/Rそれぞれ2基合計4基の楕円のトラック型ドライバーをビルトイン、それらを同相駆動することで画面内にファントム音像を定位させるデュアルL/Rシステムが採用されているのである(背面にサブウーファーを配置。センタースピーカーモードもあり)。

 現行のソニー製有機ELテレビは、アクチュエーターでパネル前面のガラス板を振動させて発音する「アコースティック・サーフェス・オーディオ」技術を採用しているが、ソニーは液晶テレビにおいても有機ELテレビ同様「画音一体」にこだわっていることがこのデュアルL/Rシステムの採用でわかる。

 オーディオビジュアル再生においてまず優先されるべきは、「画面に映っている人物がほんとうにしゃべっている、歌っているという実感が得られるかどうか」だと考える筆者は、ソニーのこの方針を断然支持したい。

 現行大画面テレビは、画面下にスピーカーを配置したモデルがほとんど。高精細映像の魅力に応じて画面ににじり寄っていくと、画面下から声が聞こえてきて映像と音像位置が一致せず、その乖離に大きな違和感を抱くことになるわけで、なぜみんな「こりゃおかしい!」と言わないのか、とても不思議な気がする。

 さて、気になる価格だが、北米では日本円換算で98型は約700万円、85型は約130万円で発売されている模様。日本市場向けはこれに8Kチューナーのコストが加わるわけだが、ほぼほぼこんなイメージの値段になるのではないかと。予想以上に98型と85型の価格差は大きいが、投入された高画質技術に違いはないはずで、「85型ロックオン!」というマニアはきっと多いに違いない。

 「早く本機で8K放送の映画や音楽番組を観てみたい!」そんな気持をかきたてられたZ9Gとの日本でのファースト・ミーティングだった。