1979年に放送開始された『機動戦士ガンダム』は、今年で40周年を迎える。それを記念した様々なコラボレーションがいくつも行なわれている。“劇場版『機動戦士ガンダム』シネマ・コンサート”も創立40周年を記念するイベントだ。これは、劇場版『機動戦士ガンダム』を映像やSE(効果音)、ダイアローグ(セリフ)はそのままに、劇中で使われる音楽をオーケストラが生演奏するというもの。

 編曲・指揮は『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で音楽を担当した服部隆之氏。演奏するのは東京フィルハーモニー交響楽団。そして、会場は東京・初台にある東京オペラシティ・コンサートホールのタケミツメモリアル。長方形のシューボックス型のコンサートホールだが、高い天井はピラミッドのような形状になっているのが大きな特徴。

 コンサートホールには、ステージの奥にあるパイプオルガンの前に巨大なスクリーンが特設された。また、ロビーには、劇場版『機動戦士ガンダム』の宣伝用ポスターや原画などのさまざまな資料が展示されていた。

冒頭のナレーションから、音楽の迫力に心を奪われてしまう。

 開演の時間になると、まずは劇場版『機動戦士ガンダム』の総監督である富野由悠季氏が登壇して挨拶が行なわれた。ガンダム40周年記念であること、席を埋め尽くした多くのファンが訪れたことに感謝を述べた。「40年前、ロボットアニメをみなさんの力で映画にまですることができました。40年経った今も、こうしてシネマ・コンサートを行なうことができました。これは凄いことです。でも、(TVシリーズを再編集した)つぎはぎ映画なんですよ。そこにオーケストラを組み合わせたコンサートです。監督としては少し恥ずかしい部分もあります。新たな試みですが、満員になりました。ありがとうございます。生音ですから、セリフは少し聴きづらいかもしれません。そこは我慢してください。服部隆之さんの指揮と演奏は凄いですよ」。

 いつもの飾らないトークも交えながら、しかし、いつも以上にご機嫌で興奮しているようにも感じられた。

 そして、ステージにオーケストラのメンバーが続々と現れ、調音が行なわれる。オーボエの出す音に合わせて、管楽器、弦楽器が音を合わせていく様子はなかなか壮観。クラシックのコンサートでは見慣れた場面だが、ガンダムファンにとっては新鮮と感じた人も少なくなかっただろう。生音の音圧が思った以上に大きいことも驚いたはず。次いで拍手ともに服部隆之氏が登壇し、一礼して演奏の準備が整う。いよいよコンサートの開始だ。

 永井一郎氏による有名なナレーションで本編はスタートするが、最初の音楽が素晴らしい。人類が宇宙に進出し、コロニーを生活の場とするようになったことが語られるのだが、物語の幕開けが音楽の力で壮大かつ感動的に描き出された。オーケストラの生演奏の迫力も凄いが、演奏のテンションも高い。大編成となり、より重厚さを増した音楽が、よく知っているはずの作品の印象をガラリと変えてしまった。

 オーケストラの編成は、フルオーケストラに加えて、ドラムスやシンセサイザーなども加えられており、劇伴の音をしっかりと忠実に再現できるものになっている。熱心なファンならば編成が変わっていることは気付くだろうが、それでも何度も見た劇場版の音楽そのままという印象になっている。

 会場はコンサートホールなので、映画館とは違って残響が多めだ。特にセリフは少しエコーがかかったような感じになる。残響が多くても声が不鮮明にならず、朗々とした響きが加わる感じになるのは、優れたコンサートホールならでは。

 また、最初の挨拶で富野監督が言った“セリフが聴きづらい”というのは、音楽が主役のため音圧が大きく、セリフのある場面だと音量的にセリフが聞こえにくくなりがちになることをさしているよう。このあたりは、いつもの映画とは異なる部分だが、すぐに慣れて気にならなくなってしまう。

 ストーリーはもちろんだが、「見せてもらおうか、連邦のモビルスーツの性能とやらを!」こうした有名な名台詞の数々は多くの人がほとんど覚えているのだから。

 筆者が印象に残った場面をいくつか紹介しよう。アムロが初めてガンダムに乗り込みザクを撃破する場面は、いくつかのBGMが組み合わされているが、これをひとつの流れの曲として再構成し、一気に演奏していく。曲の構成や切り替わるタイミングなどは同じだが、曲と曲のつなぎが見事。このため、「ガンダム大地に立つ」(TVシリーズ第1話)のクライマックスの場面がよりドラマチックに感じる。

 シャアの乗る赤いザクと戦闘をする初出撃の場面では、演奏のテンションの高さが痛快だ。劇伴として個性を抑えた演奏をするのではなく、物語の起伏に合わせて演奏も情感たっぷりだ。これはまさしくコンサートだとよくわかる。

 劇場版のクライマックスである、ガルマがホワイトベースに特攻をしかける場面も音楽の情感と見事な編曲にうならされる。そして、残響が多めで声に豊かな響きが加わるところも、より厚みのある響きとなって響くので、なかなか聴き応えがある。コンサートではあるが、映画としてもまた違った面白さを感じた。

 そして、ギレン・ザビの有名な演説を経て、物語は幕を閉じる。驚いたのは、エンディングで流れる「砂の十字架」。歌声はやしきたかじんのものだが、伴奏はオーケストラだ。これが実に素晴らしい。実に感動的にコンサートを締めくくってくれた。

上演後のスペシャル・トークでは、なんと森口博子も登壇!

 上演が終わると、スペシャル・トークのために富野監督が登壇。しかも、歌手の森口博子さんも一緒だ。森口博子さんはガンダムの人気の高い歌をカバーした「ガンダム・ソング・カバーズ」を発売したばかりで、しかも現在大ヒット中。それに合わせて、富野監督が声を掛けたのだとか。来場したファンに、それぞれがファンの熱意に支えられて40周年を迎えることができたことを感謝していた。

 生演奏について富野監督は「40年前の映像を今見るのはたまったものではない。でも見ていると“トミノの実力は凄いな”とも思います。どうしてこれができたのかは謎ですが、今も超えられないですね」と正直なコメント。

 それを聴いた森口博子さんは「なんのかんの言いながら、エンディングでは監督はうるうるしてました」とぶっちゃけ。

 「やしきたかじんさんの歌は当時録音したものですが、映画のサウンドトラックから抜いたのではこんなにすばらしい歌声にはなりません。キングレコードに素晴らしい音で録音されたトラックが残っていたから出来たのです。声の凄みに引っ張られて演奏もさらに良くなっていますね」(富野由悠季監督)

 続いて、演奏を終えてまだ汗も引いていない服部隆之さんが登壇。今回のコンサートでは、指揮のほかオーケストラの編成に合わせた編曲も行なっている。

 「TVシリーズなどで使われた劇伴の編曲は、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』でもやっていたことで、今回も同じようにできました。当時のBGMそのままの印象で、より豊かな曲に仕上げています」(服部隆之さん)

 「この作品には、渡辺岳夫さんと松山裕士さんのふたりが音楽を担当しています。事情があってふたりが関わることになったわけですが、シネマ・コンサートとして統一感のあるアレンジができるかどうかは心配もしていました。しかし、結果は予想以上でしたね」(富野由悠季監督)

 「編成はほぼフルオーケストラで、このほかにシンセサイザーも使っています。シンセの特徴的な音色をオーケストラに置きかえることも検討したのですが、魅力が半減してしまった。このほか、オケにはないリズムセクションも追加しています。劇伴の音を忠実に再現しています」(服部隆之さん)

 盛り上がったトークの終盤。京都アニメーションの事件を悼んで観客とともに黙祷をささげた後、最後の挨拶が行なわれた。

 「ガンダムファミリーとしてはまだまだ新参者の僕ですが、この仕事ができたことに深く感謝しています」(服部隆之さん)

 「Zガンダムの主題歌でデビューした後もいくつもガンダムの曲を歌ってきました。ガンダムは人生をガラリと変えてくれた作品です。そこに立ち会えたことが光栄です」(森口博子さん)

 「ガンダムが40周年を迎えることができたのは、アニメブームを盛り上げてくれた先導者である皆さんのおかげです。作り手だけではできなかったことです。“ありがとうございます”の一言しかありません。まだまだ元気なので、これからも仕事を続けます」(富野由悠季監督)

 映画とオーケストラのコンサートが融合した新しいエンターテイメントであるシネマ・コンサートは大成功だったと言える。映画とはひと味違ったコンサートの面白さは充分に伝わったと思う。ぜひとも、「哀・戦士編」や「めぐりあい宇宙編」のシネマ・コンサートも見てみたいと思う。

 蛇足ではあるが、場内では映像の収録、および録音も行なわれていたことを報告しておく。反響次第ではシネマ・コンサートの再演や映像ソフトの発売などもあるかもしれない。ファンの力が育ててきたと言っても過言ではないガンダムだけに、ファンの力があればどんな希望も叶うはずだ。