前回ご紹介したとおり、6月13日〜14日に「アストロデザインプライベートショー」が開催された。その初日には、映画監督の岩井俊二さんが「8Kで人物を撮るということ」というセミナーを開催している。美しい映像を撮ることで知られる岩井さんが、8Kをどのように考えているのか。それを知るべく、麻倉怜士さんと一緒にセミナーの記録映像を見せてもらった(セミナー当日は先約があったため)。映像制作のプロにとって、8K撮影の魅力はどんな点にあったのだろうか。

岩井俊二プロデュース、田井えみ監督「8K×8K 動画」

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 先日のアストロデザインプライベートショーで開催された、岩井俊二監督の「8Kで人物を撮るということ」というセミナーの記録映像を拝見しました。

 これは岩井さんがプロデュースし、田井えみさんが監督した、『beautiful』という8Kコンテンツに関連して開催された講演会です。『beautiful』の撮影や編集にアストロデザインの機材が使われたそうです(編集部注:8Kカメラはアストロデザインとシャープが共同開発した8C-B60Aを使用)。

 その8K映像は、きわめて詩情豊かで、情感にあふれたものでした。被写体をリアルに撮るということではなく、感情面に訴えかける色彩感が岩井さんらしいファンタジーを感じさせてくれました

 最初の場面では、女優さんが雨に濡れているシーンの描写が印象的でした。男性は車の中にいますが、そこからの窓越しの雨がふたりの距離感を演出し、女性の存在感が増してきます。雨粒ひとつひとつが8Kならではの細かさで描かれていて、それが全体の情感をうまく再現していました。

 また光の使い方もとても綺麗でした。ふたりがシャボン玉で遊んでいるシーンがありますが、シャボン玉の表面に光が当たると虹のような色が描き出されます。表面には太陽光からの様々な色が反射していますが、シャボン玉だから透明で、その向こうに女性の顔がちゃんと見えている。この描写は秀逸です。

 ただリアルに写すのではなく、シャボン玉ごしの顔という発想が素敵ですし、8Kの色の細かさ、反射感、きらめく質感がとても作品性に合っていました。

セミナーで講演する岩井俊二監督

 映像がとてもみずみずしいのもいい。女優さんの肌も潤沢で、芳醇な感じがしました。HDRも使われているようで、出窓から差す光の色が綺麗で、その反射で色が再現されているということがとてもよくわかります。

 岩井さんの講演もたいへん面白かった。岩井さんはもともとフィルムで撮影していたそうですが、1990年代からデジタル/ビデオ撮影にも関わり、現場を経験したということです。この過程を体験しているのは、とても貴重なことです。

 例えば、NTSCで撮影した『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(1995年劇場公開)は、最初はフィルム撮影の予定だったのに、途中でビデオ撮りになってしまったそうです。しかしビデオ撮影に決まった時に岩井さんは、映像としての価値がなくなってしまったと感じたといいます。

 それは解像感がなくなることだったのです。当時はフィルムで撮るということは、作品のニュアンスとルックの問題であって、解像度がある、ないという概念は誰も持っていなかった。

 確かにNTSCの頃は、この解像度は高いのか、低いのかという発想はなかったですね。NTSCがハイビジョンになって、デジタルになって4K、8Kと進化する中で、解像度、つまり画素数が重要だという認識がでてきたのです。何故ならNTSCがあまりにも長く続いたので、それが当たり前になっていて、わざわざフィルムと解像度を比べてみようなどとは誰も考えなかった。

 しかしよく考えてみると、フィルムにはとんでもない情報量があって、『打ち上げ花火〜』ももしフィルムで撮影していたら、4Kや8Kにできたかも知れないと、岩井さんは悔やんでいました。そういう意味でのデジタルとフィルムの関係性は、これからますます重要になっていくでしょう。

多くの来場者が岩井さんのお話に耳を傾けていた

 また岩井さんは、8Kだからといってやたらと感動はしないと言いましたがこれは面白い発想ですね。普通は8Kになったら単純に凄いと驚くと思うものですが、岩井さんはそうではないとおっしゃっていた。

 思うに、岩井さんのようなクリエイターにとっては、解像度がフルHDの4倍になった新しい世界に、制作環境を含めて、いかにスムーズに移行していけるかということこそが重要なのでしょう。

 誰でも使えるような8K機器が登場し、8Kであることが負担にならないで、かつ自然に入っていけるなら8Kで撮った方がいいのは当たり前です。そんな環境にスムーズに入っていければ、将来のためにも8Kで残そうという気持ちになっていくでしょう。

 またセミナーの最後で、8Kの撮り方として、被写体を無闇にアップにする必要はないとも言っていました。これはとても重要な指摘です。NTSCでは解像度などの弱点を補うために、アップを多用しなくてはならなかった。しかしアップだけでは番組にならないので、カット割りや編集が欠かせない。でも8Kは撮ったままでも充分通用するので、編集する気がなくなった、と。

 そう考えると、映像の文法、語りの文法が変わってきます。昔は複数のカメラで撮影して、編集でリズムを作っていましたが、8Kではロングの固定カメラでも充分楽しめる映像が撮影できます。その意味でも、8Kがもたらす解像度を超えた変化、絵づくりの変化にも期待ができそうです。

 AIで超解像をして、昔の作品を蘇らせたいという提案も面白かったですね。最近はAIばやりですが、NTSC作品からAIを使って4K、8Kに変換できるといいですよね。

 アストロデザインさんの展示会やNHK技研公開でも同様の技術展示がありましたが、映像の世界でAIをうまく使うことで、過去の名作が今の時代に蘇るなんてことができると、ファンは大喜びでしょう。

『beautiful』の撮影には、シャープとアストロデザインが共同開発した8Kカメラ、8C-B60Aが使われた

 最後に、今回のセミナーで一番印象に残ったのは、「顔は鏡だ」というお話で、まさに目から鱗でした。これは岩井さんが人物を撮影するときに心がけていることのようです。

 私も映像作品を評価している時に、この顔は綺麗だとか、よく撮れているといった風に感じることはよくありました。でも、他の映像と何が違うのかは、あまり意識していませんでした。しかし今回の「顔は鏡だ」という言葉で、それが腑に落ちたのです

 わかりやすく言うと、単に顔や肌を撮影するのではなく、その下を流れている動脈や静脈までわかるくらいのディテイル再現、生々しさが必要だということです。さらにその顔を照らしている光、直接光だけでなく、あちこちからの反射光を含めた光のまわり方までわかるような光の再現性が求められるということです。

 顔は社会の、そして景色の鏡であって、その要素が入っていると、正しいリアリティが出てくる。NTSCではここまで再現できなかったけれど8Kなら可能で、それは解像度が高いというだけではなく、トータルで光の情報を活用しているが故なのです。さすが映像撮影に長けた岩井さんならではの8Kへの考察だとたいへん感心しました。