映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第25回をお送りします。今回取り上げるのは、『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』。タイトルの通り、ジャズピアノの巨匠ビル・エヴァンスの生涯を、貴重な映像、インタビューを交えて構成した珠玉のドキュメンタリー。本人の演奏も収録されています。とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)

【PICK UP MOVIE】
『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』
4月27日(土)よりアップリンク渋谷・吉祥寺ほかGWロードショー!

 25歳で交通事故死した天才ベーシスト、スコット・ラファロのあとを受けて、傷心のグループに加わったチャック・イスラエルズはこう語る。「みんなが知りたがるんだ、ビルはどんな人間だったのかって。わからないよ。でもすべては彼の音楽のなかにあるんだ」。

 モダン・ジャズ界にインタープレイの革命を起こし、現在も多くのミュージシャンに影響を与え、ファンから敬愛されるピアニスト、ビル・エヴァンスの生涯(1929~1980)を、多くの証言、本人の肉声や演奏動画、プライベート写真で追ったドキュメンタリー作品。

 前述のスコットの死や、ジャズを教えてくれた2つ年上の兄ハリーの晩年での自殺。“リバーサイド四部作”と呼ばれる「ポートレイト・イン・ジャズ」「ワルツ・フォー・デビイ」などの名盤を発表した50年代の終わりから麻薬(ヘロイン)に耽溺する。一時は縁を切り、結婚して待望の息子も生まれるが、再び手を出して幸せな家庭生活を壊してしまう。

 映画では曲の一部が流れるだけだけれど、なのにエヴァンスのピアノは文字通り、言葉を失うほど詩的で美しい。たとえば、劇中2回弾かれる「マイ・フーリッシュ・ハート」の雪片のような儚(はかな)さ。人生とはなんだろう。人間とはなんだろう。芸術とはなんだろうを深く考えさせられる作品だ。

 と同時に、製作のきっかけになったというファースト・トリオ時代の名ドラマーであるポール・モチアンの、エヴァンスと一緒にビリヤードをしたりニューヨークの街を歩いたりといった思い出話が、日向のぬくもりのようで心地よい。「ワルツ・フォー・デビイ」のモデルになった姪っ子デビイ(もちろん今はおばさん)のコメントからも、内向的だけれど、やさしく家族思いだった音楽家の素顔が伝わってくる。

 監督のブルース・スピーゲルは長年TV界で製作者、演出家として活躍してきた人物で、ゴールを決めずにスタートしたこの作品は完成まで8年の歳月がかかっている。

 そのためモチアンのほか、ジョン・ヘンドリックス(ヴォーカリスト)、ボブ・ブルックマイヤー(ピアニスト、トロンボーン奏者)、ビリー・テイラー(ピアニスト)、そしてオリン・キュープニューズ(リヴァーサイド・レコード創立者)など、現在では鬼籍に入った人物のコメントも多く貴重。また1980年8月のノルウェイ、モルデ・ジャズ祭、9月のTV番組「マーヴ・グリフィン・ショー」でのスタジオ・ライヴは、エヴァンスの他界直前の記録映像だ。

 背中を丸め、鍵盤に覆い被さるようにして、全身全霊で音楽に祈りを捧げたビル・エヴァンス。ゴールデンウィークに喧騒から離れ、こんな作品に向き合うのもいいかもしれない。

『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』
4月27日(土)よりアップリンク渋谷・吉祥寺、角川シネマ有楽町、横浜シネマリンにてGWロードショー! 以降全国順次公開
監督:ブルース・スピーゲル
原題:TIME REMEMBERED:LIFE&MUSIC OF BILL EVANS
配給:オンリー・ハーツ
2015年/アメリカ/84分/スタンダード
(C)2015 Bruce Spiegel

公式サイト http://evans.movie.onlyhearts.co.jp/

【コレミヨ映画館】
https://online.stereosound.co.jp/_ct/17266693

【先取りシネマ】
https://online.stereosound.co.jp/_ct/17252450