歌の神様はことのほかテレサを愛している。12cmの円盤をトレイに乗せ、音彩が空気を震わせた瞬間、アジアの歌姫を包み込む深い愛情を感じて涙した。

 思えば5年前、テレサが降臨したスタジオマスターCD-R第1弾から制作にかかわってきたが、昨年のテレサ最終章となるファーストメタル・ダイレクトプレスのアナログ盤シリーズ第7弾で天に還る歌姫を見送ったつもりでいた。ところがどうだ。歌姫はあのふくよかな笑みとともに、ふたたび耳元で囁いてくれたのだ。ピュアな音質を追求してより透明感を増した歌声、その何物にも代えがたい気品とともに。

 テレサのアナログレコードコレクションは高い完成度を持った逸品であったが、アナログ再生環境にない方は唇を噛むしかなかった。今回のSACD化ではより多くのリスナーが歌姫の歌声に触れられることになり、まずはこの企画、高い志に拍手を送りたい。

 アナログ・マスターテープからのDSD 2.8MHz/ダイレクト・トランスファーとなるが、オリジナルに徹底して忠実でありながら、同時にこれほど独自の世界を伝える円盤も珍しい。とりわけテレサならではの高音域の伸長、子音のきらびやかさはSACD版ならではの贈り物となる(SACDの制作過程については、関連リンクを参照いただきたい)。

 子音の再現に関してはアナログ版制作における課題のひとつであったが、SACD版ではマスターテープとより遜色ない音彩を実現している。

 この音彩に触れ、ポリドール時代からトーラスレコード時代を通じて、テレサの全曲(延べ250曲以上)を制作した福住哲弥ディレクターの言葉が蘇る。

 それはSACD版『つぐない』を聴いた時だ。福住ディレクターは「(テレサの歌唱には)骨も含めて胸板を震わせて歌う瞬間がある。『つぐない』がまさにその時、胸板を響かせる歌唱だった」と語り、テレサの「比類の高音域」を収録できたという。テレサ自身「私ではない何かが歌わせてくれている。身震いした」と呟いた瞬間の、生々しい音彩を体感することができよう。

今回のSACD化に際しては、貴重なオリジナルマスターテープを使い、その情報を最大限に引き出してDSD2.8MHz信号に変換した

 CD-R版、アナログ版、そしてSACD版。いずれも楽しめる方は果報者だ。そして今回、初めてSACD版を手に取った方でも幸福度が薄まることはない。それどころか、もはやテレサの音彩を血と骨にした、名匠・武沢茂チーフエンジニアによるトランスファー至芸に触れることができよう(スチューダA80再生時の1曲ごとのアジマス調整は神業)。

 繊細極まりない楽曲。粒立つ楽器音。そして艶やかな歌声。可触的な息づかい。ときにこれまで聴いたことのない、怖き女の情愛も響かせる。ラストの楽曲『襟裳岬』、テレサの歌声がリスニングルームに消え入った時、その静寂の中のあなたの瞳には温かく優しい色が湛えられているに違いない。深く、胸の奥まで染み透る音彩。これぞ、必聴。

ステレオサウンド・オリジナル・セレクション

SACD/CD「テレサ・テン」 
SSMS-024 ¥4,860(税込)

●日本語歌唱
1.空港─ポリドール録音─
2.アカシアの夢
3.ジェルソミーナの歩いた道
4.つぐない
5.愛人
6.空港 ─トーラス録音 ─
7.時の流れに身をまかせ
8.スキャンダル
9.別れの予感
10.香港 〜Hong Kong〜
●中国語歌唱
11.情人的關懷(空港)
12.償還(つぐない)
13.愛人
14.你在我心中(夜のフェリーボート)
15.我只在乎(時の流れに身をまかせ)
16.再見、我的愛人(グッドバイ・マイ・ラブ)
17.甜蜜的小雨(なみだ恋)
18.小村之戀(ふるさとはどこですか)
19.夜来香
20.襟裳岬