近藤哲二郎氏が率いるI3(アイキューブド)研究所が、また大胆で画期的な画質技術を開発した。近藤氏は、1990年代にソニーでデータベース型超解像技術DRC(デジタル・リアリティ・クリエーション)をつくった、伝説のエンジニアだ。その後2009年にI3研究所を設立し、以後ICC、ISVC、ICSC、I3C、S-Visionといった数々の高画質技術を送りだしてきた。その集大成となるのが、新提案の「動絵画」(Animated Painting)だ。「8Kの次は『絵画』である」と語る近藤氏に、新技術の詳細を聞いた。

近藤哲二郎さん(左)と麻倉さん。今回はI3研究所社内の視聴スペースにお邪魔してインタビューを実施した

麻倉 今日は久しぶりに近藤さんの新技術を拝見できるとのことで、とても楽しみです。

近藤 こちらこそ、よろしくお願いいたします。弊社も創立から10年が経ち、いよいよ新しいフェイズに入ります。

麻倉 もう10年ですか、早いものです。近藤さんは、1990年代にソニーでAI機械学習の嚆矢ともいえる「DRC」を発明され、その後独立してI3研究所を設立されました。そこから数々の画期的な映像処理技術を発表されてきました。昨年のラスベガスCESで展示されていたS-Visionも、ひじょうに完成度の高いものでした。

近藤 ありがとうございます。今回はそれらをベースにしつつ、まったく新しい見え方の映像を考えました。ジャンルとしては「絵画」と定義しています。

麻倉 「絵画」ですか? それは面白い。これまでは、最初がブラウン管でその後に固定画素ディスプレイになったにせよ、ずっとテレビで再生する電子映像のための画質技術でした。そこから絵画に行くというのは、意外な展開です。

近藤 発想の転換で、画廊屋の親父になろうかと(笑)。本日のデモもI3画廊として観ていただければと思っています。

麻倉 まずは「絵画」という意味から教えて下さい。

近藤 画像の歴史を考えたときに、最初に絵画=ペインティングがありました。こちらは壁画の時代から4万年の歴史があると言われています。アナログ技法で描かれるもので、筆を使って、連続してペイントするという手法は今も変わりません。

 一方、映像=ピクチャー・写真として考えると、写真が誕生したのが200年ほど前ですから、200年の歴史があると言えます。その間でアナログから始まって、今ではデジタルに移行したわけです。

麻倉 片や4万年間アナログを受け継ぎ続け、片や200年でデジタルになった。

近藤 そうです。そして、今回は「動絵画」=アニメイテッド・ペインティングを考えました。電子映像だけれども、見た目は絵画のように感じられる。しかも動画です。

 絵画の歴史で成し遂げられなかったのは、絵が動くということです。アニメーションという“動く線画”はありますが、絵画を動画にするというものはほとんど観たことがない。

麻倉 なるほど、確かにそうですね。

近藤 われわれは10年前、I3研究所を作ったときに、いつかはそこに向かおうという考えを持っていました。

麻倉 その時から動絵画をやろうと思っていたんですか?

近藤 当初はデジタルを使って映像に何が出来るかを研究していたのですが、デジタルがどんどん進化していくと、最終的にはアナログに近づきます。無限の階調を持ったデジタルはアナログなんだという考えに立つと、デジタルであってもアナログ的な処理ができるのではと思いつきました。8Kなどはそのいい例です。動絵画はその延長上にあります。

麻倉 デジタル技術を使ってアナログ的な方向に行こうというのは、近藤さんがずっと目指してきたことだったのですね。それがいよいよ実現できそうだと。

近藤 環境的にも、そういった処理を実現出来る条件が揃ってきました。言い方を変えると、デジタルから「新アナログ技法」に進もうということです。

麻倉 新アナログとは、アナログ処理そのものでもなく、あくまでもデジタルの手法をアナログの処理に投入しようということですか?

近藤 無限帯域のデジタルはもうアナログでしょうというニュアンスです。サンプリング処理がどんどん細かくなったことで、デジタルではあるけれど、アナログ的な見せ方ができる可能性が開けてきた。

 そもそも、今のデジタルはサンプリングや帯域競争にこだわりすぎているのではないでしょうか。スペック的に8Kは実現できたけれど、昔のカラーテレビのように視聴者みんなが欲しいと思って、急速に普及するかというと、それは難しいでしょう。

 ということは、映像の価値を上げるために、デジタルでやれることがまだあるんじゃないかと思うのです。

麻倉 それは8Kなどの画素数やHDRといったものとは違う意味で、ということですね?

近藤 技術の進化とは、必ずひとつの局面から違う局面に行って、そこで成熟したらまた反対に戻るという具合に進みます。

 アナログを極めたら次にデジタルが登場し、デジタルを極めたら今度はアナログがもう一度出てきて、別の次元で成長していく。そんな進化だと思っています。

麻倉 なるほど。デジタルでどんどん進化して、壁にぶつかって、すると今後は逆位相で大きくなって別の技術として戻ってくる。

近藤 今は、まさにその節目だと考えています。

人の脳に感動を想起する、そんな映像を目指す

麻倉 では、新アナログを使った動絵画の技術について、具体的にお聞かせ下さい。

近藤 今回は、大きくふたつの技術を組み合わせています。ひとつは去年ご覧いただいたS-Visionです。

 これは弊社の過去の技術の総決算として作り出したもので、「透明感」「輝き感」といった「〜感」の創造を狙った技術になります。S/Nとかビット数、画素数といったものでは定義されない、脳の中で感情を想起する技術です。

 例えば、ここにダイヤモンドがあったとします。それに対して光の当て方を変えると、同じダイヤモンドでも人間が受け取る印象は変化します。どの光の状態でダイヤモンドが一番輝いているかは、脳が判断するのです。

 以前も申し上げましたが、映像の段階として「風景」は存在する物質そのもの、ここでいうダイヤモンドになります。それに光が当たって人が見えるようになると「光景」になります。光景は光の当たり方によって印象が変化します。光の具合で見え方に違いが出てきて、脳に与える刺激が変わってきます。

 それをどう受け取るか、脳が受け取る価値はどうかということを定義したのが「情景」です。同じ光景でも、そこから脳が受け取った感動によって、情景は違ってくるのです。S-Visionは、この情景を醸し出すように、光を作り変える技術です。

ダイヤモンドにどんな風に光が当たっているかによって、人がそこから受け取る印象は変化する。もっとも「輝き感」を得られる状態を観た時に人は感動を得るのだという。それを「情景」と近藤さんは名付けている

麻倉 「風景」「光景」「情景」は、近藤さんの映像再現のキーワードでした。今回も、それをベースにしているのですね。

近藤 おっしゃる通りです。さて、絵画を見ていると脳が癒やされます。これは絵画が情景として捉えられているということです。

 しかし絵画は2次元の平面で、物理的には奥行も、動きもありません。それを色々な表現技術で補うことで、もともとの時空間を脳が感じられるように近づけているのです。これが絵画に画像としての価値を与えています。

 一方で動絵画は、電子映像でこの絵画の世界を再現します。自然の風景を撮影しながら、自然界にはほとんど存在しない奇跡の光景を常に再現する、それが一番の狙いです。

麻倉 これまでも絵画をモニターに映し出そうという提案はありましたが、それらとは根本的に違っているのですね。

近藤 動絵画については、絵画の歴史・技法と比較した方がわかりやすいと思います。

 まず解像感は、絵画では超リアル技法がありました。絵画なのに写真と見間違うほどのリアリティを追究するというテクニックです。対して弊社では、解像度創造(DRC)でこれを達成しています。

 立体感は、絵画では遠近法・消失点などの技法で、2次元だけど3次元的に見せています。これについては、奥行クリエーション(ICC)で再現しました。

 動き感に対しては、絵画はバロック技法という演出を使って表現していますが、われわれは動解像度クリエーション(ISVC)で創出しました。

 ここから先ほどの「〜感」の表現に入るのですが、輝き感を表現する手法として、絵画では印象派技法が登場し、光空間を表現できるようになったと言われています。これに対してわれわれはICCという技術で、同じように光空間を出しました。

 もっと凄いのが「空気感」で、これは脳が感じる現象ですから、目に見えません。絵画では象徴派技法と呼ばれ、ムンクの「叫び」などがこれを表現したものといわれています。現実にはないんだけど、脳が感じるような世界を描いている。これをわれわれはS-Visionで再現しました。

麻倉 絵画の技法とI3研究所の技術が見事に対応していますね。これは、最初から狙っていたわけではなく、映像技術を作っていったら結果的に同じ要件になったということでしょうか?

近藤 たまたまですが、そうなりました。

麻倉 絵画であっても、電子映像であっても、芸術性を追求すると同じ方向に行くということなのでしょう。面白いですね。

近藤 ここからが動絵画の世界に入るのですが、本当の意味で絵画が動くという手法はまだありません。キュービズムといって、ピカソのように絵に活力、生命観を与えるという技法はありますが、これは元の構図を壊すことによってエネルギーを生みだそうという抽象画的な技法です。

 対する動絵画では、もともとが自然の映像なので、動きを持っています。そこで、もともとの構造はそのままで、動きを加えていったらどんな風になるのかを考えました。それがアナログ的な連続性を追究した、新アナログ技法なのです。

麻倉 アナログ的な連続性とは、どのようなことを意味しているのでしょう?

近藤 アナログペインティングのよさは、連続性です。これに対し、画素による映像再現は点描画に相当します。今回は、アナログ的な表現として、面で映像を描くような技術を開発しました。これは初めてのアプローチだと思います。

 対して、デジタルでしかできないこととして、DRCのような超解像があります。大規模な映像データベースを作っておいて、サンプリングや解析処理を通して、ある情報から違う物を創り出す技術、こういった処理はデジタルでしかできません。

 I3研究所としても、これまではデジタルのアプローチを邁進してきましたが、サンプリングの帯域が広がって、デジタルもアナログも差がなくなってきた今だからこそ、アナログの素晴らしさをもう一度見直す必要があると思ったのです。

麻倉 アナログとデジタルのいいとこ取りをしようというわけですね。

近藤 最近はAI全盛ですが、AI=データベース型の機械学習です。これは、あくまでもひとつの入力に対して、ひとつの答を提示するものです。

 しかしアナログの世界、人が生きている世界には、違う答もある。100人居れば、100の答が出てきます。われわれは、そこにこそ価値があると考えます。機械の脳ではなく、人の脳の処理という物を目指していこうというのが動絵画のテーマです。

麻倉 “人脳処理”というのが新しい発想ですね。

近藤 アナログ的なテイストが一番大切なので、そこを意識しました。描画方法にしても、固定画素ディスプレイは画素構造なので、近づいて見るとドットが識別できます。しかし動絵画は本当の意味でのペインティングテイストにしているので、近づいてもドットは目に付きません。

麻倉 しかし使っているのは液晶パネルで、その動作原理を変えることは出来ない。信号処理だけでそんなことが可能なのですか?

近藤 今の技術を使えば、可能です。というよりも、動絵画では画素という概念がいらなくなったと思ってください。2Kのパネルでも同じ事ができます。

麻倉 デバイスは関係ない領域に入ったということですね。しかし物理的に存在するはずの画素が、実際には識別できなくなっている……。いくら考えても、原理がわかりません(笑)。

 ちなみにこの技術は、今後どのような展開を想定されているのでしょう?

近藤 電子映像の本来の目的として、脳が癒やされるような体験を目指していると私は考えていますが、最近は4Kだ8Kだと、帯域競争の側面ばかりが強調されています。

 そこを元に戻して、絵画という長い歴史を持っている世界に入ろうという提案です。サンプリング帯域としては充分になってきた今、映像を通して脳が安らぐ世界に入っていかないと、新しい映像価値として認められないのではないでしょうか。

麻倉 確かに昨今のテレビの世界は、2K、4K、8Kと画素数競争で進んできましたが、それはあくまで凡人の競争軸です。それに対して近藤さんは、まったく別の競争軸を持ってきたように感じます。

 時代背景を考えると、既に8K放送も始まっているわけで、次はどうするのかという世界に入っています。しかしこれまでのスペック的な発想では、なかなか明確な回答は出てきませんでした。そこに対して、「これからは絵画である」と喝破したことは、さすが近藤さんの発想の違いですね。

3枚の動絵画。上から陰影を強調したもの、中央はスタンダードな映像、最下段が情報量をもっとも引き出した映像となる

動絵画で、3種類の「情景」を目の当たりに!

近藤 ではここからは、動絵画のデモンストレーションをご覧下さい。まずは中央のモニターです。画面サイズは27インチで、IPS液晶パネルを使っています。

麻倉 きわめてS/Nのいい、静謐な映像です。一見すると静止画のようですが、ちゃんと水槽の中の魚たちが泳いでいて、動画であることがわかります。それにしても、本当に画素が見えませんね。

近藤 どこまで近づいても画素は見えないはずです。パネル自体は60Hz駆動ですが、視覚的には完全になめらかに描いています。

麻倉 背景は微動だにしませんね。細かい砂粒もぴたっと安定していて、でも水の流れは見えます。それに暗部が真っ黒く沈んでいる。

近藤 絵画の世界は絵の具を重ねる減色混合ですが、電子映像はRGBの加色混合なので、原理的にRGBがまったく光らなければ無限の黒が再現されます。今回はその再現を目指しています。またノイズについても、信号処理で対応しています。

麻倉 本当に絵画が動いている印象ですね。元の素材は4Kで撮影したもので、そこに動絵画の処理を加えるとこういった再現ができるということなのですね。凄く立体的で、なめらかです。

近藤 デジタル映像として撮影していますが、すべてのプロセスを作り直しています。また動絵画は、離れて観ても映像情報が失われません。自然界の光景はどこから観てもいいし、情報量も欠落しない。動絵画はそれと同じことを実現しています。

麻倉 確かに離れてみると、奥行感がさらに分かりやすくなりました。

近藤 続いて右側のモニターをご覧下さい。こちらは光の当て方を変えた映像です。水面のゆらぎが目立ってくるのと、陰が綺麗に再現できているはずです。

麻倉 確かにおっしゃる通りですね。もとの素材は同じで、動絵画の描き方を変えているということでしょうか?

近藤 その通りです。こちらは陰影を強調した映像で、中央のモニターの映像はノーマルな描写です。このふたつから脳が受ける印象がまったく違うと思いますが、それが先ほどお話しした「情景」の違いということになります。

麻倉 これはリアルタイム処理で再現しているのでしょうか?

近藤 リアルタイムも可能ですが、現在はあらかじめ処理した映像を再現しています。

 続いては、オブジェクトもちょっと変えて、新アナログ技法で情報量を最大に引き出した映像を左のモニターに再現します。

麻倉 ディテイル情報も奥行感も凄いですね。しかし、映像が無理をしていないというか、安らぎ感があります。絵画が色々な技法を使って描いていたものが、すべてここにあるという印象ですね。

 こういうディスプレイで、こんなに落ち着いた映像をずっと流していく、そんな映像表示を求めている人もいるはずです。

近藤 まさにそこが、テレビの新しい価値につながるのではないかと考えています。

麻倉 これまでのI3研究所の技術は、ぼけている映像をきちんと見せましょう、もっと情報を引き出しましょうというものでしたが、今回はその先を見据えた提案なのですね。家庭での電子映像のより高次元の楽しみ方として、大いに期待したいと思います。

「テレビの映像は、いよいよ次のステップに足を踏み入れた」…… 麻倉怜士

 これまで数十年間に渡って、ブラウン管のインターレース画像や液晶、プラズマ、有機ELのプログレッシブの絵を観てきましたが、今日拝見した「動絵画」は、電子映像、テレビ映像とはこういうものであるという概念、常識を遙かに超えた、まったく新しい世界でした。

 まず絵の安定感が凄い。動くところはきちんと動いて、止まっている部分はひたすら静止している。これまでの動画では、映画のジャダーなどで画面全部が揺れているようなところがありましたが、そういったものがまったくない。

 画面が安定しているので、細かいところまでしっかり観えてきます。水槽の中の砂の一粒一粒とか、珊瑚の表面のでこぼこ感が小さな陰と色を伴なって、リアルに観えてくるのです。おそらく本物を観てもあそこまでの安定感はないでしょう。

 また魚の動きがひじょうになめらかで、カクカクしていない。目の前で魚が泳いでいるような、アナログ的な動きでした。

 そして立体感も素晴らしい。手前に貝があって、その後に珊瑚がある。それらのオブジェクトの距離の違いがきちんと再現されます。しかも画面に近づいても感じるし、むしろ離れた方がより確認できるようになります。

 また水槽の泡が、人工的に発生させたときだけでなく、魚が発する泡もきちんと識別できます。それを観ていると、魚にも酸素が必要なんだということが感じ取れます。手前が輝いていて、後の泡は少し暗い。そんな距離感の差もしっかり確認できました。

 きわめつけは、IPS液晶パネルなのに黒が沈んでいる。ひじょうに深い黒、奥行のある深遠な黒なので、水中の洞窟をのぞいているような錯覚まで感じました。パネル自体は現行品とのことですが、これを見る限り、動絵画技術を使うと、デバイスの限界も超えていけるのでは、と思いました。

 液晶や有機ELといったデバイスの制約を超え、さらに画素構造すら感じさせなくなってしまう。そんな動絵画技術による映像は、人間の脳に心地よさを感知させてくれます。

 まずは美術館などの展示からスタートしたいとのことですが、この技術によって、テレビの映像は今までとは別の次元に足を踏み込むことが出来ます。人が心地いいと感じる「情景」を楽しめるテレビ、そんな夢のアイテムがいよいよ登場することでしょう。

 なお、この「動絵画」の技術は、2019年4月15日(月)から18日(木)までの間、画廊「枝香庵Flat」(東京都中央区銀座3-3-12 銀座ビルディング7F)にて展示する予定とのことです。