CES2019でソニーが発表した「360 Reality Audio」(サンロクマル リアリティーオーディオ)に注目が集まっている。音楽を、あたかも目の前で演奏されているかのようなリアリティでユーザーに体験してもらいたいという提案で、そのために新コーデックMPEG-H 3Dオーディオを採用し、ストリーミングで音源を配信するなど、様々な工夫と配慮がなされている。その360 Reality Audioの詳細に迫るインタビューの後編をお届けする。インタビューに応じていただいたのは、開発メンバーの澤志聡彦氏、知念 徹氏、片岡 大氏の3名だ。(編集部)

ソニーの試聴室で、13個のリアルスピーカーを使った場合と、ヘッドホンでの360 Reality Audioの音の違いを体験させてもらった

麻倉 ところで、360 Reality Audioのコンテンツ制作手順はどうなっているのでしょうか?

片岡 基本的にアプリで再生しますので、配信業者さんに対しては制作用のライブラリーを提供します。その内容は、MPEG-H 3Dオーディオのデコーダーとレンダラー、バーチャライザーになります。バーチャライザーとはヘッドホンでも使えるようにオブジェクトを2ch化するものです。

知念 レンダラーは実在するスピーカーに音を割り当てるもので、例えば13個のリアルスピーカーで音を出そうとするとレンダラーまでが必要になります。ヘッドホンの場合は、レンダラーは使わず、2chで再生出来るようにバーチャライズ処理を加えます。

 このように機能が分かれていると、レンダラーはそのままで、バーチャライザーだけを進化できるというメリットがあります。他社さんも独自のバーチャライザーを使えるようになるので、端末として切磋琢磨していけることでしょう。

麻倉 再生方法について、スマホからスタートするのは普及戦略としていいと思うのですが、将来的にはAVセンターなどへの展開もぜひ期待したいですね。

片岡 現状では何も決まっていませんが、360 Reality Audioはリアルスピーカーで再生したときが一番いい音で楽しんでいただけますので、そういう展開があってもいいとは思います。

 13個のスピーカーを置いてもいいし、もっと少ない数のスピーカーで再生してもいい。実際に、ひとつの筐体で360 Reality Audioを再生するシステムをCESで参考展示しました。

麻倉 私も会場で音を聴きましたが、きちんとした立体感が再現できていました。ところで、今回独自コーデックを採用しなかった意味はあるのでしょうか?

片岡 他社さんにも360 Reality Audioに参加してもらいたいという思いがありました。われわれが認証するのではなく、自由度を持って開発できるような形にしたかったのです。

知念 弊社では独自コーデックも、MPEG-H 3Dのような国際標準も手がけています。しかし360 Reality Audioについては、オープンフォーマットで、各社が独自のことができるということが重要だと考えました。

ヘッドホンを使う場合は、個人の頭部伝達関数を最適化するために、測定を行なっている。実際に製品化する際には、スマホで撮影した写真を元に頭部伝達関数を算出する予定だ

麻倉 なるほど。先ほどリアルスピーカーは最大13個というお話がありましたが、設置場所についての規定はあるのでしょうか?

知念 ここでお話しているオブジェクトオーディオは、数も構成も限定しないという方法です。とはいえ基準がないと音源を作るにしても難しいので、13個というリファレンスを決めて、制作も再生もそれを念頭に置いています。

片岡 13個の置き方については、制作用に角度などを規定しています。

麻倉 360 Reality Audioの音源を試聴させてもらいましたが、13個のスピーカーに割り振ることで、かなりの低音感が再現出来ていました。

片岡 制作ツールについては、通常のステレオステムが付いた音源や、マルチトラックの音源があれば、全天球空間にオブジェクトを配置できます。それらは自由に移動できますので、新しい音楽の可能性が広がることでしょう。

麻倉 360 Reality Audioの音源制作用に専用スタジオは必要ですか? あるいは、ドルビーアトモス対応のスタジオなら大丈夫?

片岡 可能かもしれませんが、まだ確認はできていません。

知念 360 Reality Audioの場合、耳の位置より下側−−われわれは南半球と呼んでいますが−−にもスピーカーがあることを想定していますので、制作時も推奨に従ってスピーカーを置いて欲しいと思っています。下側のスピーカーがないと、どうしても北半球での編集しかできないので、勿体ないのです。

麻倉 耳の高さを基準平面と考えて、そこから下が南半球、上が北半球という理解でいいですか?

知念 はい。そのように区別しています。

取材時は、耳の中にマイクを入れて測定を実施している

麻倉 とてもわかりやすいです。ところで、360 Reality Audioの音源はどんな仕様で配信されるのでしょうか?

片岡 MPEG-H 3Dのフォーマットでエンコードしてデリバリーしますが、その際に、オブジェクト数やビットレートが違う3つのパッケージを用意しています。その中から、配信環境やモバイル機器に応じて最適なスペックを選んでいただくことになります。

麻倉 制作時には3つを作り分ける必要があるのですか?

知念 色々な作り方がありますが、まずは24個のオブジェクトで作っていただいて、そこからオブジェクトの数を減らしていくというやり方になると思います。

麻倉 既にいろいろなクライアントに提案されているでしょうが、反響はいかがですか?

片岡 多くの皆さんに興味を持っていただいています。ストリーミングサービスについては、現状ではハイレゾ対応等が差異化要因になっていますが、今後360 Reality Audioもそのひとつになっていきたいと思います。

知念 私個人としては、オブジェクトベースという点も大きな魅力になると思っています。とはいえ、アーティストさんにもそう感じていただけないとコンテンツを作ってもらえません。今回一番苦労したのは、アーティスト、プロデューサー、エンジニアに360 Reality Audioのよさを知っていただき、賛同してもらって、使っていただくことでした。

麻倉 実際にクリエイターさんに体験してもらって、どんな反響があったのでしょうか?

知念 アーティストの皆さんも気に入ってくれましたし、360 Reality Audioで自分の楽曲を聴いて、ここまでの音楽体験が出来るのかと涙を流してくれた方もいらっしゃいました。

13個のスピーカーには、写真左に並んでいる同軸アクティブ型を使っている。下側に置かれているのが、本文で「南半球」と説明されていた音源位置に当たる

麻倉 基本的にはアーティストも、2chにトラックダウンした楽曲しか聴いていないことが多いはずです。今回はそれとは違った感動があったということでしょうね。

知念 皆さんびっくりしてくれます。否定的な方はいらっしゃらなかったですね。

麻倉 アーティストが2chで満足しているのは、イマーシブ再生を体験したことがないだけで、360 Reality Audioを体験したらきっと感動するでしょう。

知念 ミキシングエンジニアさんも、2基のスピーカーにすべての要素を入れ込むのに苦労しているそうです。それが360度の空間に配置できるとなった瞬間に、作業も楽になる。表現の幅が広がるのは間違いありません、

麻倉 ライブの収録で、直接音と間接音のバランスをどうするかは、2chではどこかで妥協しなくてはならない。しかしオブジェクトオーディオであれば、そこの自由度も広がりますよね。さらに直接音と間接音を混ぜなくてもすむので、音質もクリアーになるでしょう。

澤志 事業部としては、MPEG-H 3Dの仕様が固まってきたのと同じタイミングで、音質・音圧に加えて音場再現も開発していこうという機運が上がってきました。

麻倉 これまでは、オーディオ=2chという固定概念が続いてきました。今の若者もヘッドホンが中心で、音楽というと2ch再生が当たり前です。しかし事業部としては、いつかは音場がテーマになるという考えがあったんですね。

知念 今回は、フォーマットそのものから変えて、これまでとまったく違う音場体験を提案するいいタイミングだったと思っています。

麻倉 再生機器を作る側からは、こういう機能を入れてくださいという希望はあったのでしょうか?

澤志 ストリーミングに対応するためのビットレートはどれくらいかとか、リファレンスのチャンネル数はどうするか、サブウーファーはあるべきなのかなど、社内の音の匠と呼ばれる人たちと議論を重ねました。

CES2019会場の試聴ルーム。360 Really Audioは現地でも大きな注目を集めていた

麻倉 ところで、ソニーのポータブル機器といえばウォークマンですが、360 Reality Audioはウォークマンで聴けるのでしょうか?

片岡 そこは、まだ検討中です(笑)。

麻倉 ビジネスとしてはソフトウェアに課金することになるのでしょうから、対応機器は多いにこしたことはありませんよね。

知念 その通りですが、まずは360 Reality Audioが付加価値のあるサービスとして認識され、オーディオ業界が盛り上がってくれればいいと考えています。

片岡 弊社は2013年にハイレゾを提唱しました。その後ハイレゾはメジャーになってきていますが、まだまだ一部のものです。その理由は、再生機能が高級機に限られるなど制約も多かったからだと考えています。

 現在のオーディオシーンではスマホがメインプレーヤーになっており、今後ストリーミングが中心になっていくのは間違いないでしょう。そんな環境で、音楽を一生懸命聴いているミュージックラバーの皆さんに、こういった体験を知っていただくことが、ブランディングとしても重要だと考えています。

麻倉 ハイレゾも2chの世界でしたが、今後は音場体験も重要ということですね。これまでは音場を重視すると音質が下がり、音質を追求すると2chに戻っていた。今回はそこが変わってくれるといいですね。

片岡 先ほど澤志が申し上げましたが、今回は音質・音圧・音場の3つを揃えて、音楽の生のリアリティをユーザーに届けることを目指しています。この3つがぴたりとそろった時には、最高の音楽体験が可能になると思います。

インタビューを終えて記念撮影。写真右から、知念 徹さん、麻倉さん、澤志聡彦さん、片岡 大さん

麻倉 360 Reality Audioは、音場を初めてきちんと採り上げた画期的なフォーマットだと思います。そこはぜひ進めて欲しいですね。

 最後に開発を通して、特に印象に残っているポイントを教えてください。

知念 360 Reality Audioはアーティストさんに認めてもらえないとどうしようもありません。そのために、開発メンバー全員で世界中のアーティスト、クリエイターにデモを働きかけたことが記憶に残っています。

澤志 その活動をきっかけに、全体の方針も一気にまとまりました。

知念 オブジェクトをマッピングしていく手法なども、クリエイターさんには好評でした。波形モニターを使わないで編集できる初めてのツールかもしれません。

麻倉 ユーザーにとってもこれまでにない体験ですから、どんな反応が出てくるか楽しみですね。対応製品は、今年中に登場すると期待していいですか?

片岡 具体的な時期は申し上げられませんが、楽しみにお待ち下さい。

麻倉 StereoSound ONLINE読者はドルビーアトモスの環境を持っている人も多いと思いますが、そのスピーカーがあれば360 Reality Audioもすんなり再生できるといった機能もあるといいですね。ソースもストリーミング以外にダウンロードにも対応してくれるといいのですが。

片岡 そういったご要望についても、これから色々な対応方法を考えていきたいと思います。ぜひご期待ください。

麻倉 今日はありがとうございました。