胡散臭い役柄に独特の雰囲気がハマる!

 グレン・クローズがゴールデン・グローブ賞(ドラマ部門)で主演女優賞を獲得した『天才作家の妻 -40年目の真実-』。アカデミー賞にもノミネートされ、受賞に“王手”をかけた感のある彼女が演じるのは、40年もの間、家庭ばかりか仕事の面でも全身全霊を注いで夫を支え、有名作家に育て上げた初老の妻。映画は、ノーベル賞を受賞することになった夫の同伴者として授賞式の開催地ストックホルムに降り立った彼女の揺れ動く心模様と、衝撃の決断を描いていく。

 本作では、一歩下がって夫の後ろを歩く献身的な賢夫人が自我に目覚めて憤懣の塊と化すのだが、クローズのその巧みな変貌プロセスに息を呑む。『危険な情事』(87年)でうさぎを鍋で煮殺した女の怖さを彷彿とさせて、ブルッ!

ある朝、著名な作家のもとにノーベル賞受賞の知らせが入るところから始まる『天才作家の妻』

 で、そんな良妻賢母の心の奥に溜まりにたまった不満と怒りをチクチクと刺激して、“爆発”の起爆剤となる記者を演じているのがクリスチャン・スレーターだ。

 一見真っ当なジャーナリスト風だけど、どこか胡散臭い。このクセ者の雰囲気は、クリスならでは。49歳になったいまも、変わらない。

意味ありげな笑顔で、作家の妻(グレン・クローズ)に近づく記者。クリスチャン・スレーターの一筋縄ではいかない雰囲気にピッタリと合っている

本作のマスコミ試写では、クリス目当てに来場した人も多かったとか多くなかったとか……

 クリスチャン・スレーター……なんだかまともな作品でちゃんとした役を演じている彼の姿を観るのは『ウインドトーカーズ』(02年)以来だろうか?

 いや、それ以後も数々の作品には出演しているのだが、どれもB級、C級、日本未公開のたぐいのものばかりで、かつて、ジョニー・デップやブラッド・ピットと肩を並べ<やんちゃスター>として放った輝きは持続できなかった。

ジョニー・デップやブラッド・ピットとともに輝いていたあの日

 クリスにスポットが当たったのは、86年の『薔薇の名前』。ショーン・コネリー演じる修道士の弟子に扮し、その初々しくも不敵な輝きを放つまなざしは、若手スターの予感たっぷりだった。

初々しいクリスにも注目したい『薔薇の名前』/DVD/¥1,429(税別)/ワーナー ブラザース ジャパン

 父は俳優、母もキャスティングディレクターという“2世”育ちで、子供の頃からテレビや舞台にも出演していたキャリアがモノをいい、それからはトントン拍子。フランシス・フォード・コッポラ監督作『タッカー』(88年)ではジェフ・ブリッジス扮する主人公の息子役を務め、青春ブラック・コメディ『ヘザース/ベロニカの熱い日』(89年)では当時売れっ子だったウィノナ・ライダーと共演のついでに浮き名も流し、青春スターの仲間入りを果たした。

 89年には出演&主演作が5本、90年には3本、91年には4本と書けば、どんなに売れっ子で期待されている若手だったかが分かろうというものだ。

『忘れられない人』でそのロマンチックさにノックアウト!

 クリスは、91年の東京国際映画祭に出品された『モブスターズ/青春の群像』で初来日を果たしている。当時22歳だったのだが、若きギャングのボスを演じた彼は、その手下を演じた共演者たちと終始一緒だったせいもあり、あまり強い印象が残っていない。インタビューもお仲間と一緒に受けていたからなぁ。

 そんなクリスに私がクラッ! ときたのは、93年の『忘れられない人』だった。それまでは注目はしていても、目つきの鋭い、決して典型的な美形ではないクリスに心萌えることはなかったのだが、この作品ではやられた!

 演じたのは内気で寡黙なコックのアダム。彼は同じ店で働くウェイトレスを密かに愛し、見守り、やがては愛し合っていくのだが、じつはアダムは先天性の心臓病で余命幾ばくもないという運命。だからこそ、2人の純粋な愛がせつなくて、ロマンチックで、悲しくて……。

 じつは、公開当時に書かせていただいたパンフレットにも「このキスを見よ!」なんて、いま思えば恥ずかしい一文を寄せているのだが、それほど当時の私はこの恋物語に酔い、クリスの魅力にノックアウトされたのだった。

文字通り“前のめり”のインタビューにクリスもタジタジ

 だから、続く『トゥルー・ロマンス』(93年)のプロモーションで初めて会った時は、興奮度MAX。まったく地に足がついていなかったと思う。

 場所はロサンゼルス。会見場所には、トニー・スコット監督、脚本を担当したクエンティン・タランティーノ、名優デニス・ホッパーなど大物が勢ぞろいだった。一緒に行った日本の人ジャーナリストの大半は、ホッパーなどの重鎮や、『レザボア・ドッグス』(92年)が公開され“ハリウッドの寵児”として脚光を浴びていたタランティーノ狙いだったんだが、私はクリス一本槍! 当然のごとく個別インタビューもクリスで申し込んでいた。

 本作は、危険な恋人たちの破天荒でバイオレントな逃避行を描く。クリスが演じるのは、ひょんなことから娼婦と恋に落ち、大量のコカインを横取りして極限状態に陥る無謀な男クラレンス。惚れた女を守るためには殺しも暴力も辞さないロマンチックさと無謀さを、絶妙のさじ加減で演じていて、まさに“やんちゃスター”と異名を取っていたクリスならではの“ハマリ役”だと確信していた。

 そう、そんな思い入れたっぷりで臨んだインタビューだから、最初から前のめり。いまとなっては、どんな質問をしたかさっぱり思い出せないのだが、どうせ思い込みの激しい些末な事柄ばかりだったと思う。

 とにかく矢継ぎ早に質問の嵐で、知らず知らずのうちに姿勢まで前のめりだったから、当のクリスがのけぞって「わぉ、ちょっと待って」と両手を挙げ、困惑気味の笑顔でギブアップ。思い出しても赤面するばかりだ。

『トゥルー・ロマンス』の主人公にはタランティーノのパーソナリティーが色濃く反映されている/Blu-ray/¥5,790(税別)/ワーナー ブラザース ジャパン

 2度目に会ったのは96年。『マンハッタン花物語』(95年)を携えての来日だった。スターと呼ばれることにも慣れてきたせいか、とても落ち着いた好青年風だし、かといって本来のお茶目な雰囲気も損なっていなかった。

 ここで恥ずかしい過去をもうひとつ。作品が花にまつわるラブストーリーだったので、真っ赤な薔薇の花束を持参した。しかし、そんなベタな贈物もたいそう喜んでくれて、感激のハグまでしてくる紳士ぶり。ここれで“やんちゃ”は返上かな? と今後を期待したものだ。

スキャンダルでスターの座から転落するも、今回の復活劇に安堵!

 しかし、そうはいかなかったのよねぇ。会見から1年後の97年には、パーティでヘロインを服用して女友達を殴り、ロス市警に逮捕されてしまった。ここから酒とクスリと暴力のスキャンダルにまみれ、若手スターの輝きを急激に失ってしまったのだ。

 それでも前述したように、メインストリームの作品でなくても、今日まで俳優業を続けてきたことにファンとしては感無量だ。そして49歳になったいま、ゴールデン・グローブ賞やアカデミー賞にも名を連ねる『天才作家の妻 -40年目の真実-』で、印象的な演技を披露していることに安堵した。

 これからは“渋いバイプレイヤー”としての道を、ますます精進して歩いて欲しいと願うばかりだ。

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『天才作家の妻 -40年目の真実-』

1月26日(土)新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA他全国ロードショー
監督:ビョルン・ルンゲ
出演:グレン・クローズ/ジョナサン・プライス/クリスチャン・スレーター
原題:THE WIFE
2017年/スウェーデン=イギリス=アメリカ/101分
配給:松竹
(c) Parallel Films (Storm) Limited / Juliette Films SA / Parallel (Storm) Limited / The British Film Institute 2017