映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第18回をお送りします。今回取り上げるのは『家へ帰ろう』。祖父の半生から着想を得て、偏屈爺さんのロードムービー(?)というテイストで作られた1作。食えない爺さんの活躍を、とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)

【PICK UP MOVIE】
『家(うち)へ帰ろう』
12月22日(土)より、シネスイッチ銀座ほかにて全国ロードショー

 水に落ちて機嫌の悪い老犬のような顔をしている88歳のアブラハムは、養老施設に入ることになった前夜、仕事場である仕立て屋の椅子に座りひとつの決心をする。

 南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスから、空路スペインのマドリッドへ。そこからパリを経由してポーランドへ。

 一着の黒いスーツと小振りの旅行カバンを持ったこの老人は、痛めた足を引きずり、何をしようとしているのか。ユダヤ人である彼にとって、この旅は人生の最期に果たさねばならぬものだった――。

 家庭内では“ポーランド”という言葉が絶対のタブーだったという。監督のパブロ・ソラルス(49歳。これが長篇2作目)が、その東欧の国で生まれ、6歳でアルゼンチンに移住した祖父の半生からインスピレーションを得て、脚本を執筆。偏屈爺さんのロードムービーの形をとって、忌まわしい記憶から再生できる(かもしれぬ)ひとの希望の在りかを描く。

 アブラハムが旅先で出会うユダヤ人史を研究しているドイツ人女性学者など人物の配置が巧みで、充分にユーモアもあり、たいへんに得るものが多い作品だ。孫の世代であり、もちろん体験として戦争もホロコーストも知らぬソラルス監督は、祖父の人生をさかのぼりながら、共に人間が行なった加害と被害の両方を考えようとしている。ただの断罪や理想論ではなく、作り手も迷い揺れながらフィルムを繋いでいるところが美点だろう。

 こりゃ半分は自虐的。ユダヤ人一家のお話なので、カネの話がストーリーを進めてゆくのが笑える。子どももガメツイし、そこら中で値段交渉している。多くの映画祭で観客賞を獲得しているのが勲章といえる。それだけ共感を呼ぶ作品なのだ。

 無駄に重い作品でないので、お正月休みに出かけても場違いではない。この爺さん、煮ても焼いても食えないなと思いつつ、ラストシーンでは猛烈にこころ揺さぶられる。傑作。

『家へ帰ろう』
12月22日(土)より、シネスイッチ銀座ほかにて全国ロードショー
監督・脚本:パブロ・ソラルス
原題:The Last Suit
配給:彩プロ
2017年/スペイン・アルゼンチン映画/93分/シネマスコープ
(C)2016 HERNANDEZ y FERNANDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A
公式サイト http://uchi-kaero.ayapro.ne.jp/

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