“これは観客に主観的な体験をさせる映画だ。音楽と同じように内面意識まで届くので、観客は作品のテーマや内容について自由に考えることができる”  ジェフ・アンドリュー(映画評論家)

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HDR & COLOR GRADING

 いよいよ本日(12月19日)に発売された『2001年宇宙の旅』の4K UHDブルーレイ。前編では65mmネガ修復から高解像度スキャニング、画面比率についてまで書いたが、後編ではカラーグレーディング(カラーコレクション/タイミング/色調補正)、HDRグレーディング(輝度・色域拡張)、サウンド・フォーマットに触れながら進めていこうと思う。

※前編はこちら → https://online.stereosound.co.jp/_ct/17231217

 去る11月23日。NHK BSプレミアムで早朝4時30分から放送された『8Kで蘇る究極の映像体験! “2001年宇宙の旅”まもなく放送』をご覧になった方も多いと思う。番組内では65mmオリジナルネガの8Kスキャン(2ヵ月に及んだ)、8K解像度レベルでのデジタルレストア、同じく8Kレベルでのカラーコレクションまでの復元工程が紹介されていた。レストア監修を務めたのは、ワーナーのレストア部門に所属するネッド・プライス(Vice President, Restoration, Warner Bros.)。

 およそ1年間を費やした(!)カラーグレーディングを担当したのは、ワーナー・ブラザーズ・モーション・ピクチャー・イメージングのジャネット・ウィルソンだ(Senior Digital Colorist, Warner Bors.これまで『バリー・リンドン』『フルメタル・ジャケット』といったキューブリック作品も彼女が担当)。色調補正のためのカラーリファレンスとして、1999年制作のアンサープリント(前編参照)と、8Kスキャンデータからのデュープネガを基に新たに作成された70mmチェックプリントが使用されている。キューブリックがイメージしていた色彩の再現に挑んだわけだが、現存するキューブリックの細密な撮影指示書をもとに作業が進められたという。

 UHDブルーレイ化においても、ネッド・プライス、ジャネット・ウィルソンほか、レストア・スタッフの主な顔ぶれは変わらない。なにしろ長期にわたった作業のため、8K化とUHDブルーレイ化において重複している作業工程もあると思われる。さらにUHDブルーレイ版とブルーレイ版のカラーグレーディング、UHDブルーレイ版のHDR10とドルビービジョンのグレーディングには(前編で紹介した)レオン・ヴィタリも参加しており、UHDブルーレイとブルーレイのチェックディスクを確認・最終承認を行なっている。

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 ここで前編のおさらいを。2007年のブルーレイは(国内版は2009年発売)、1999年にレストアされた65mmネガから生成した35mmインターポジ(色補正などを経て作られた第1世代プリント)を2Kスキャンして制作された。65mmオリジナルネガと35mmインターポジ、4Kと2Kスキャンデータというスペックの違いのほかにも、2007年版は当時の最高技術を使用していたもののカラーグレードできる色域が制限されていた。

 ローライト・エリア(暗部/低輝度部)では映像情報量が圧縮され、光学的な35mmサイズ縮小に伴なう固有のシェーディング(画面の比較的広範囲で明暗の歪みが出る現象)によって画像両サイドの明度や彩度も欠如している。あれから11年。カラーソフトウェアの性能が格段に向上したお陰で、フィルムに記録されている自然な色と輝度のカーブ(特性)を再現できたのだ。

 長年にわたって『2001年宇宙の旅』を家庭劇場で鑑賞してきたシネフィルにとって、UHDブルーレイ版にみる光彩色彩再現は驚きをもって迎えられることだろう。ここではオリジナルの68年映画リリースと直結するように色調補正が施こされており、色彩の精度や深度のアップグレードが目覚ましい。前述した入念な復元作業に加え、HEVC圧縮によって使用可能な映像ビットレートがハネあがり、ビット深度も10ビットに伸長、色彩再現性が著しく向上したことで、エンコード素材のマスターに記録されているカラーパレットに肉薄していると思われる。

『2001年宇宙の旅 日本語吹替音声追加収録版<4K ULTRA HD & HDデジタル・リマスター ブルーレイ>
(3枚組/ブックレット&アートカード付)』¥6,990(税別、12月19日発売)

●片面2層●シネスコ(16:9/LB)●収録音声:DTS-HD MA5.1ch(英語)×2、ドルビーデジタル2.0ch(日本語)、他
※封入特典:ブックレット(20ページ)、キューブリックのインタビュー翻訳、アートカード(4枚組)
<キャスト>キア・デュリア、ゲイリー・ロックウッド、ウィリアム・シルベスター、他
<スタッフ>●監督・制作:スタンリー・キューブリック
●脚本:スタンリー・キューブリック、アーサー・C・クラーク

『2001年宇宙の旅HDデジタル・リマスター&日本語吹替音声追加収録版ブルーレイ(2枚組/ブックレット&アートカード付)』¥4,990(税別)も同時発売

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A8F & LX800 MEETS 2001

 今回の視聴ではソニーの有機ELテレビ「KJ-65A8F」を使用。画質モードはドルビービジョン再生時は「ドルビービジョン」、HDR10再生時は「シネマプロ」(ブルーレイ再生時も)に切り替えている。パイオニアUHDプレーヤー「UDP-LX800」の設定は画質モード「リファレンス」、アナログの電源部分への電力供給をカットしてノイズ低減を図る「トランスポート」モードを選択した。

 KJ-65A8Fはきわめて完成度の高い有機ELテレビだが、ここでは作品の世界観をより近づくように、ホワイトバランスや輪郭再現を中心に幾つかの項目でイコライジングを施している。

 まずはUDP-LX800でドルビービジョンを「オフ」にして、HDR10で鑑賞する。オープニング。3分に及ぶ黒味。これは黒味に続いて映し出されることになる、ラージフォーマット映像の衝撃をより高めるためのものであり、同時に進化し続ける映画技術に対するキューブリックならではの大いなる皮肉である。

 そして「ツァラトゥストラはかく語りき」とともに、太陽、月、地球が一直線上に並ぶ宇宙の夜明けが訪れる。明部と暗部のコントラストが瞳を射抜くよう。星の瞬きはより洗練され、広大なる遠近感を描出、微細に色分けされる発光が眼前に広がった。とりわけ驚かされたのはスター・フィールドで、暗黒空間に点在する星数が増加した印象となる。暗部に埋没しかかっていた無数の点光源が、HDRによって息を吹き返し、浮き上がってきたのである。

今回の『2001年宇宙の旅』UHDブルーレイの取材では、ドルビービジョンの再生ができるパイオニアUDP-LX800(写真右)と、デノンの最新AVセンターAVC-X8500H(写真左)を組み合わせている

 4分40秒過ぎから15分におよぶ「人類の夜明け」シークエンス。日の出の遠景が続く。「カラーグレードできる色域が制限された」(前述) という2009年版に対して、UHDブルーレイの色彩表現に曖昧さは皆無、崇高なレベルにまで観る者を誘ってくれよう。とにかく色域拡張のアップグレードが極まり、明部から暗部にかけてのなだらかな色彩階調に唸らされる。

 アフリカ(撮影地)の大気と大地の描写はこれまでの印象と大きく異なり、DVDやブルーレイの映像に慣れ親しんだ方は戸惑いを覚えるかもしれない。朝焼けの強いオレンジから黒雲までのボリュウム豊かな空気感。乾いたアーストーンに染め上げられた大地。色彩の対比に頼らず、人工光によってメリハリと奥行を創出する単彩画法的なライティング。暗部階調の伸長も明快で、最暗部までの階調もよく粘る。ローライトレベル(低い照度)でライティングされた類人猿のディテイル再現は、観どころのひとつとなろう。

 人類創成期から宇宙時代の夜明けへと一気に変わるジャンプ・カット(マッチカット)は、映画史上でもっとも素晴らしい編集のひとつだ。そこから始まるスペース・ショットが明晰をきわめており、光彩陰影を細心にブレンドした厳正なるストロークで描かれている。

 深く豊かな黒レベル、フレームを染め抜く地球の青と白はもちろん、漆黒の宇宙と億兆の星の瞬きの中で浮かび上がる宇宙ステーション5、オリオン3型宇宙機の反射ハイライトの輝きに眩暈を覚えてしまった。月のモノトーン・コントラスト、アリエス1B型月シャトルの質感と曲線美、シャトル・コクピットの赤、ロケット・バス乗員のスペース・スーツの銀光沢等々、『2001年〜』ジャンキーには脳天直撃のショットが続く。

映像表示にはソニーの有機ELテレビKJ-65A8Fを、サラウンド再生にはモニターオーディオのプラチナム・シリーズIIをチョイス。音声のアップミックス再生も試したので、4.1.4環境を組んでいる

HDR10 vs. DOLBY VISION

 ドルビービジョンはベースレイヤーのHDR10/10ビット信号に、エンハンスメントレイヤーとメタデータを加えて12ビット相当として出力するが、UHDブルーレイの比較鑑賞ではHDR10とドルビービジョンの差異を明快に示し、予想をはるかに上回る表現力のアップグレードを視認できた。

 前述したアフリカの大気と大地、スター・フィールド、地球の白雲、スペースシップ、光の入射・反射・屈折に至るまで、入念に構成されたトーンと緊密な階調が彫り起こされる。

 個人的には、まず形体の幾何学的解釈までも伝えるインテリア・セットの質感再現に目を瞠る。オリヴィエ・ムルグのデザインによるジンチェアは、本盤では決定的な違いを披露する。これまでは赤色のジンチェアとされていたが、オリジナルのフクシア色(※下写真解説参照)を見事に再現。フクシアはアカバナ科の植物フクシアの花の色にちなんで命名された色で、マゼンタより幾分パープル色素が強い。

※ キューブリックの妻クリスティアーヌは、撮影で使用されたジンチェアを保有しており、「彼女はフクシアと言っていた」と娘キャサリンが証言している。ただし英国キューブリック・アーカイヴの記録では、ジンチェアの色はマゼンタと統括されている。

 ちなみにこの生地の色合いはライティングの方向や質で大きく変化し、たとえば明るい陽光の中ではマゼンタ系のピンク、蛍光灯下では明るいピンク、照度の低いライティング下では赤く見える。劇中でも宇宙ステーション5の応接室のライティングにより、照明方向や光量、配置位置で微妙な色合いをみせており、UHDブルーレイはこのトーン・レベルの差異を再現。これは本盤でなくては出来ない芸当だ。

 ディスカバリー号内の色彩再現にも発見がある。たとえばポッドベイフロアは3つの色合いの光がベースとなっており(主に間接光や透過光で描かれる)、ホワイトスモークの壁面ベース色を染めるミルキーホワイト光、ミルキーホワイト+ブルー光(青色光による間接光/淡いパステル・ブルーに近似)、ミルキーホワイト+ペールサーモン光(色温度の低いライトの透過および反射)がより明確化されている。70mm特別上映版ポスターにも使われたポッドベイフロアへとつながる通路も、これまでのミルキーホワイトではなくミルキーホワイト+ペールサーモン光で彩られている。

 ディスカバリー内に点在する赤色光のアクセントも衝撃的だ。HAL9000のカメラ・アイ、コクピットの計器ランプ、エアロック、そしてHALのメモリー室では赤色系のカラーサンプルを見るような色彩配置デザインが披露される。映画において赤やオレンジといった暖色系は積極性、暴力性、興奮を示すと言われるが、とりわけ赤は知的というよりひじょうに感情的な色味である。本作では次第に緊張感を吹き込む要素として使用され、原色を抑制した色彩デザインの中で赤が危険に直結している点に注目されたい。

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 そして光彩色彩HDR美術画がきわまるのは、若干25歳のダグラス・トランブルがスリット・スキャンを駆使してあみ出したスターゲート・シークエンスだ。黒から白まで、あらゆる色彩のスペクトルを網羅したカラーパレットの再現に圧倒される(色度図を見ているかのような錯覚にも陥る)。HDR10鑑賞でも度肝を抜かれたのだが、ドルビービジョンが再現する色彩万華鏡はただごとではない。これぞ光と色が持つ無限の可能性。これは是非ともあなたの目で確かめていただきたい。

 コントラストと色域を拡張したからといって、映画が「芸術的」になるわけじゃない。むしろ「技術的」というべきであろう。そういう意味でキューブリックは、技術的に非の打ちどころのない映像を求めたのであって、最初から芸術的なルックスを求めたわけではない。これは空想上の作りごとではない、これは真実なんだ、と観客に信じ込ませたかったのだ。それゆえにHDRによる鑑賞が不可欠なのである。

LX800のデータ表示機能を使って、『2001年〜』UHDブルーレイの仕様を調べてみた。ディスクの仕様としてHEVC圧縮で、音声はDTS-HD MA 5.1ch収録という点が確認できた

Two English DTS-HD MA 5.1 Tracks

 今回リリースされたUHDブルーレイとブルーレイには、ふたつの英語マルチチャンネル・サウンドトラックが収録されている。ひとつは1999年に制作され、その後のDVDやブルーレイの音声として使用されてきた「レストア・リミックス5.1ch」音声である。

 そしてもうひとつは、初採用となる「1968年オリジナル劇場公開」5.1ch音声だ。これは6トラック磁気録音マスターのアーカイブコピーから生成され、5.1チャンネルに配置されたものだ。ビット深度はいずれも16ビット仕様。音声平均転送レートは前者が2Mbps、後者は2.17Mbpsとなる。

 レストア・リミックス音声と1968年オリジナル音声は、いずれも魅力的なシネソニックを再現、数少ない発声はナチュラルかつ精妙だ。11月に天寿を全うしたダグラス・レインによる、HAL9000の深みある発声も実に魅力的だ。効果音はサラウンドチャンネルに整然と配置され、閉所恐怖症感覚とワイドオープンな音場空間を巧妙に創出する。

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 レストア・リミックス音声は分解能がより高く、高音域の明瞭度を押し上げている。ローエンドの伸びも良好。LFEの活動が抑制されるなか、スターゲート・シークエンスの音彩に深みを与えている。1968年オリジナル音声はややタイトに感じられ、磁気マスターならではの歪みも残るが、ナチュラルな輪郭を持ち、高音域を無理に稼がず、クリーンなベースラインを有している。ステレオ効果(左右の定位)も豊かで、当時のハイエンド・シアターサウンドの再現を思わせ、実に心地よい。

 ドルビーアトモスやDTS:Xといった最新立体音響でのリミックスは行なわれていないが、トップスピーカーを使用したアップミックス再生の特薦盤である。今回の視聴ではデノンAVC-X8500Hの「ストレート」モードを選択したが、これがまた絶品の音彩を再生する。アップミックス再生では「ドルビーサラウンド」と「DTS Neural:X」を選択できるが、本作に関しては「ドルビーサラウンド」の音彩再現力が優勢であった。

 また日本語吹替音声(テレビ朝日放送版にカットシーンを追加収録したWOWOW放送版)が収録されているが、是非こちらもアップミックス再生されたい。

Final Thought

 『2001年宇宙の旅』はシネフィルに愛され続けてきた名作だ。同時にビデオテープの時代から、ホームシアターで繰り返し、繰り返し鑑賞されてきたタイトルでもある。ここではこれまでのホームビデオ・マスター以上に、ディテイルや色彩の深度と精度が向上しており、オリジナルのフィルム素材にきわめて近いクォリティを実現している。

 デジタル技術の進化に伴ない、あなたのホームシアターでオリジナル・フィルムプリント・クォリティを体験できる。多くのシネフィルにこの素晴らしさを体験して貰いたいと願っている。まだ4K/UHDブルーレイ視聴環境にない方でも、同時リリースのリマスター・ブルーレイ版を手に取ってご覧いただきたい。フルHD解像度、SDR仕様とはいえ、最新リマスターの素晴らしさを味わうことができよう。

 鑑賞後に夜空を見上げれば、ひときわ輝く巨星キューブリックがあなたを見つめ、優しく微笑んでいるに違いない。必見。必聴。

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堀切さんお薦め、『2001年〜』と一緒に観たいUHDブルーレイ

ドルビービジョン&リミックス・ドルビーアトモスで楽しむ娯楽超大

『スーパーマン 劇場版
 4K ULTRA HD&ブルーレイセット』
(ワーナー1000739886)¥5,990(税別、2019年2月6日発売)

 『スター・ウォーズ』の撮影監督にジョージ・ルーカスが熱望していたのがジェフリー・アンスワースだ。だが時すでに遅し、彼は『スーパーマン』の撮影監督に決まっていた。その『スーパーマン』がいよいよUHDブルーレイで登場する。まったく隙のないフレーミング、コントラストをほどよく抑えたディフーズ手法は彼の十八番であり、ここでもたっぷりと満喫できる。躍動シネソニックもご機嫌!
SUPERMAN and all related characters and elements are trademarks of and © DC Comics. © 2011 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

キューブリックと『2001年宇宙の旅』への敬愛が瞳に沁み込むSF大作

『インターステラー<4K ULTRA HD &
 ブルーレイセット>(3枚組)』
(ワーナー1000701472)¥5,990 (税別)

 『2001年宇宙の旅』の70mm公開の陣頭指揮を取ったクリストファー・ノーランだが、作品に対する深い愛情は自作『インターステラー』にも刻み込まれている。ラージフォーマットのフィルム使用はもちろん、土星とワームホール(木星とモノリス)、クーパーとTARS(ボーマンとHAL)、ブラックホール(スターゲート)、年老いたマーフ(老人ボーマン)などなど、映画通をにんまりさせる作劇となっている。
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