INTRODUCTION

 “もしもその題材が文章化、あるいは思考化できるのなら、映画化も可能だ”

 こう語った巨匠スタンリー・キューブリックが、SF作家アーサー・C・クラークとともに創案を練り上げたストーリーを映画化、自らの言葉を実証してみせたのが『2001年宇宙の旅』だ。その映画史に燦然と輝く偉大なる名作が、いよいよUHDブルーレイでリリース、圧倒的なビジュアルとともに家庭劇場を染め尽くすことになった。

 本作はスーパーパナビジョン70方式(後述)で撮影。65mmオリジナルネガを8K解像度でスキャニング。4K解像度によるレストアとカラーグレーディング。HDR10とドルビービジョンによるHDRグレーディング。1968年公開/オリジナル6トラック音源の追加。もちろん同時リリースのブルーレイも同じマスターを使用したリマスター版となっており、最新ディスク・スペックがシネフィルの興味を強くそそるに違いない。そしてこれまで数々リリースされてきたパッケージ・ソフトとも異なる(HD放送も同様)、はるかに進化した購入必至の仕上がりとなっている。

『2001年宇宙の旅 日本語吹替音声追加収録版<4K ULTRA HD & HDデジタル・リマスター ブルーレイ>
(3枚組/ブックレット&アートカード付)』¥6,990(税別、12月19日発売)

●片面2層●シネスコ(16:9/LB)●収録音声:DTS-HD MA5.1ch(英語)×2、ドルビーデジタル2.0ch(日本語)、他
※封入特典:ブックレット(20ページ)、キューブリックのインタビュー翻訳、アートカード(4枚組)
<キャスト>キア・デュリア、ゲイリー・ロックウッド、ウィリアム・シルベスター、他
<スタッフ>●監督・制作:スタンリー・キューブリック
●脚本:スタンリー・キューブリック、アーサー・C・クラーク

『2001年宇宙の旅HDデジタル・リマスター&日本語吹替音声追加収録版ブルーレイ
(2枚組/ブックレット&アートカード付)』¥4,990(税別)も同時発売

© 1968 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

 筆者の記憶を紐解くと、映画好きの叔母に連れられて鑑賞したシネラマ上映館テアトル東京での初公開ロードショー、そしてその興奮さめやらぬまま足を運んだ同館での凱旋興行(69年)が脳裏に浮かび上がる。いまでも鮮明に憶えているのは、巨大なる宇宙ステーションの舞踏、クライマックスの光の洪水だ。初公開から半世紀。映画は不滅の芸術と言われるが、『2001年宇宙の旅』はその輝きがまったく色褪せぬ、まさに唯一無二の「永遠不滅の映画」として君臨し続けている。

 ホームシアター鑑賞における高画質・高音質パッケージソフトとしてもレーザーディスク・リリースを皮切りに、DVD、ブルーレイと姿を変えながらシネフィルの胸を熱くしてきた。VHSカセットテープやSD/HD放送を含めて、すべてのバージョンを揃えている強者もいることだろう。そしていよいよ2018年、待望のUHDブルーレイ・リリースと相成ったわけだ。そして自らの目でUHDブルーレイを鑑賞し、海外にもレポート・エリアを広げていくうちに驚くべき事実に突き当たった。

 まずは前編。ここではUHDブルーレイ版の優れた特長を列記していくことにしよう。

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RESTORATION HISTORY

 『2001年宇宙の旅』のフィルム・レストア作業は、1999年にハリウッドの老舗ポスト・プロダクション「パシフィック・タイトル&アート・スタジオ」(1919年創立/2009年閉鎖)によって行われた。まず65mmネガの破損箇所の修理と洗浄が行なわれ、30年もの間に付着した汚れや化学物質が慎重に取り除かれた(角質化した編集用スプライシング・テープも含まれる)。またどうしても修復が困難な箇所には、差し替え用の(当時の素材で最良の)インターネガやインターポジを捜し出している。

 オリジナルネガの補修完了後、ワーナーではMGMのカラーアナライザー(ネガフィルムからRGB補正値を設定する機械)を使ってカラーグレーディングを行ない(変色・退色を補正)、アンサープリント(最終的な補正を終えた映像とファイナル・ミックス音声が共にプリントされたフィルム)を制作した。

 レストア作業で細かな指示を与えたのは、『バリー・リンドン』(75年)以降キューブリックの右腕として補佐してきたレオン・ヴィタリである(キューブリックの死後はスポークスパーソンとしての役割を果たしている)。そしてこのアンサープリントが、2018年70mmアンレストア・フィルムプリント、そして今回の映像マスター制作のためのカラーリファレンスとなった。

堀切さんは、1969年の凱旋興行時に購入したパンフレットを大切に保存していた。49年前の貴重品ですね

IMAGE SIZE

 『2001年宇宙の旅』はスーパーパナビジョン70フォーマットで撮影されているが(1970年までに14作品)、まずはフォーマットの解説にお付き合いいただきたい。スーパーパナビジョン70の特徴のひとつは、左右を圧縮するアモフィックレンズを使わずに、標準撮影と同様に球面レンズを使うこと。当時のアナモフィックレンズでは周辺部の歪曲収差という欠点があったが、球面レンズを使うことで歪みのないフラットな画像を得られることになる(使用レンズはパナビジョン社開発のもので、より優れた特性を持つ)。

 ではここでスーパーパナビジョン70の撮影用65mmネガと、上映用70mmプリントのサイズをおさらいしておこう。解説図をご覧いただきたい。映像アスペクトは、65mmネガが「2.29:1」。70mmプリントが「2.20:1」。70mmプリントでは左右・各3本の磁気録音トラック部分と、上下黒味(フレーム間の安全エリア)を必要とするため、有効画像サイズは縮小され、65mmネガの上下左右をトリミングした構図となる。

撮影時の65mmネガフィルムと、上映用70mmプリントの画角の違い

 70mm上映設備がない映画館では、ラージフォーマットの画像クォリティを可能な限り再現するため、65mmネガから35mm上映用のアナモフィック・インターポジが制作される。これは65mmネガのフルサイズ・スキャン・データを、アナモフィックレンズによって左右を2分の1圧縮して、35mmサイズに縮小したものだ。劇場上映では映写機のアナモフィック・レンズで左右を伸長、上下情報がトリミングされた「2.35:1」シネマスコープ・サイズで上映される。

 1999年にレストアされた65mmネガからは、その後のホームビデオ制作用素材として35mmアナモフィック・インターポジも制作されている。1999年時は65mmネガの充分な品質を転送・生成できる機器が存在せず、映像品質を維持するための最善の手段として劇場上映と同様のプロセスが取られたわけだ。

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 今回の視聴で比較用に使用した2009年国内版ブルーレイ(米国盤は2007年)は、前述のホームビデオ素材用35mmインターポジを2K解像度でスキャンして制作されているが、2018年版と比較するとわずかだが画像が縦に伸長していることに気づくはずだ。さらに左右の映像情報もわずかに増えている。

 その差異はオープニングのMGMライオンマーク=真円表示と楕円表示にもっとも明快だ。これはいくつかの原因が考えられるが、35mmアナモフィック・インターポジに記録されている65mmネガのフルサイズ・スキャン・データを、「2.20:1」画像サイズに変換した際のプロセスに因るものではなかろうか。

 今回の2018版は65mmのオリジナルのネガからダイレクトにスキャン、そのスキャンデータを「2.20:1」画像サイズにトリミングしているため、正規の画像比率が実現したことになる。さらに2009年版で生じた、アナモフィック・レンズによるわずかな歪曲も解消している。正直なところ、筆者も2009年版をオリジナルの画像アスペクト比の再現と思っていたため、この驚きは大きかった。この事実だけでも2018年版購入の理由となろう。

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Comparison to Previous 2009 Blu-Ray

 映像スペックにも注目だ。次の比較表をご覧になっていただければ、映像スペック上の差異も歴然となろう。

 『2001年宇宙の旅』は4K配信(iTunes)されているが、映像が持っている情報、ディテイルのすべて伝えるためには情報量が不足している。圧倒的な情報量を持つマスターデータを伝達する最高品位のメディアは、UHDブルーレイと断言できよう(ちなみに先日オンエアされたBS 8K放送は8K/SDR仕様である)。HiVi視聴室ではUHDブルーレイ版と2009年版ブルーレイ交互に比較しながら視聴したが、画像の縦横サイズを含めて多くの点で顕著な違いがあった。

 まず、MGMロゴマークから第1章「人類の夜明け」(THE DAWN OF MAN)を鑑賞する。美術セットや類人猿の複雑できめ細かいディテイルが立ち上がり、より洗練された再現となっている。『インターステラー』や『ダンケルク』にみる65mm/70mm撮影ショットのような、超鮮鋭解像感とは一線を画すアナログの触感、可触的な高解像感が目覚ましい。画面上に表出する粒子感も、現像液の攪拌処理や現像時間の違いまで示すかのような再現となっている。

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 デジタルレストアの精度も高く、実に見晴らしがよい。特撮にはフロントプロジェクション(カメラ前に ハーフミラーを斜め45度に置き、それに向けて背景の映像を真横から投写)が使用されているが、スクリーン素材であるマイクロガラスビーズの映り込み(クロスハッチ状のテクスチャー)が低減されている。これまで目立っていた輪郭縁取り(輪郭に付く白い線状ノイズ/エッジハローイング)は、オリジナルネガに記録されている程度のわずかな表出にとどまっており、完全に払拭されているショットも多い。

 前述通り『2001年宇宙の旅』が正規の画像比率で蘇生したことはたいへん喜ばしいことだが、同時に驚かされたのはHDRとカラーグレーディングの成果だ。「人類の夜明け」シークエンスを観るだけでも、2009年版ブルーレイからのアップグレードが明快。同じくHDRに関してはSDRとの差異はもちろんだが、HDR10とドルビービジョンの差異も顕著となっている。HDRグレーディングと、それに伴なうカラーグレーングの愉悦は後編にてお届けしたい。

 いずれにせよ、ここまでのレポートだけでも新生『2001年宇宙の旅』の購入を決めた方も多かろう。それもまた、きわめて喜ばしいことだ。

※後編へ続く(12月19日公開予定)

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