デンマークのスピーカーメーカー、ダヴォン(Davone)を主宰するポール・シェンクル(Paul Schenkel)氏が初来日、ステレオサウンド社にお見えになるということで、彼の本邦初のインタビューが実現することになった。では音のよい斬新なデザインのスピーカーをつくり続けているダヴォンの謎を解いていこう!

ダヴォン主宰、ポール・シェンクルさん

現在47歳というシェンクルさんはオランダ人。ローティーンの頃から音楽とオーディオに興味を抱くようになり、14歳のときに初めてスピーカーを自作したという。「デンマーク製のドライバーユニットを組み込んだその自作スピーカーは、父が使っていた既製品のスピーカーより断然音がよかったですよ」とシェンクルさん。

航空学と表面物理学を大学で修めたのち、オーストラリアで物理学のキャリアを活かした仕事に従事、その後オランダに帰国。フィリップスの補聴器部門で働き始める。補聴器の構造にサスペンション理論を持ち込んで成果を上げるが、同部門がデンマークの会社に買収され転籍。その頃デビュー作であるRithm(リズム)のアイディアを思い付き、子どもの頃からの夢だったスピーカーメーカーの立ち上げを決断、2007年にダヴォンを設立する。

ダヴォンのデビュー作、Rithm(リズム)。現在は生産を終了している

合板をプレス成型する、デンマーク家具の手法を取り入れる

ダヴォンのスピーカーキャビネットは、すべて薄い木片を何枚も重ね合わせてプレス成形するプライウッド(合板)の手法が用いられている。これはAnt Chairなど北欧家具で一般的な工法だが、やはりデンマークという高級家具の本場に住むことによる影響が大きかったのだろうか。

「そうだと思います。デンマークに住み始めてミッドセンチュリー(20世紀半ば)のクラシック家具に対する興味がどんどん強くなりました。考えてみれば、コルビュジェ、イームズ、ポール・ケアホルムのような名作家具のデザイン・テイストを指向したスピーカーはそれまで存在していませんでした。なぜかはわかりませんけれど。

インテリア雑誌には洗練された美しい家が数多く紹介されますが、そのインテリアの雰囲気にマッチしないスピーカーが置かれているケースはとても多い。これはひじょうに残念なことです。インテリア・コーディネーターのほとんどはオーディオに興味がなく、スピーカーを知りません。彼らにアピールできる音のよいスピーカーを設計すれば、大きなビジネス・チャンスがあるはずだと私は考えました。

しかし正直言えば、Rithmのオリジナル・アイディアはアルミだったんですよ。B&Oのようなクールな質感を狙っていたのですが、デンマークに住み続けているうちに、プライウッドのウォームなテイストに惹かれていったのです」

ダヴォンが目指すのは、心に響く心地よい音

こちらは、Studio(スタジオ)HRとSolo(ソロ)HR。Studio HRはペアで¥360,000+税の2ウェイバスレフ型システム。Solo HRはペアで¥960,000+税の3ウェイバスレフ型システム。

2007年にRithmのプロトタイプをデンマークの家具の展示会に出品したのち、2008年に米国ラスヴェガスで行なわれるCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)に出展、異彩を放つRithmは注目を集め、すぐに米国と日本のディストリビューターと販売契約が結ばれることになる。

ダヴォンを始めた当初、一人で組立てをこなしていたそうだが、生産台数が増えるに従って不可能となり(シェンクルさん、腕の使いすぎでテニスエルボーになってしまったそうだ)、現在は(パートタイム勤務の方を含む)”1.5人”態勢で組み立てを行なっているという。

ドライバーユニットはスキャンスピークから買っていたそうだが、同社が中国の会社に買収されてしまった後は、スキャンスピークOBが設立した会社で開発されたものを使っているという。クロスオーバー・ネットワークの設計とキャビネットデザインはシェンクルさんがすべて一人で手がけている。では、どのような工程でスピーカーを完成させているのだろうか。

「サイズ、プライス、ユニット構成をまず考え、それに相応しいキャビネットをデザインしていきます。それからは測定とリスニングテストを何度も繰り返して完成度を上げていきます。新作のTwist(ツイスト)開発時に新たなテストルームをつくりましたが、ある程度のところまで仕上がったらいろいろな部屋に持って行ってルームアクースティックの影響を調べます」

——では、シェンクルさんが目指している音は?

「心に響く心地よい音です。ハイフィデリティ(高忠実度)であることはもちろん重要ですが、高音が耳につくアグレッシブな音にならないように気をつけています。そこはハイエンドオーディオの設計者と異なる点かもしれません。すべてのスピーカーのトゥイーターのハイパスフィルターは、4次(マイナス24dB/オクターブ)のリンクウィッツライリー型で、急峻に切っています」

——なるほど、確かにダヴォンのスピーカーのよさは、エネルギーバランスが真っ当で、ミッドレンジに厚みがあってスウィートなところだと思います。

「まさにそういう音を目指しているんですよ。中低域が充実したエネルギーバランスが実現できていれば、どんな音楽を再生しても齟齬が生じませんからね」

——とくにヴォーカルの再現がいいですね。

「ありがとう。人の声をナチュラルに生々しく聞かせることはとても重要なテーマですから、100Hzから8kHzまでのヴォーカル帯域のリニアリティを大切に考えています」

——それから、ダヴォンのスピーカーは鳴らしやすいというのも重要なポイントだと思います。昨今の高級スピーカーの中には極端に感度が低かったり、インピーダンス変動が大きかったりするけれど、ダヴォンのスピーカーはそういうクセが少ないのではないかと思います。

「そうなんです。超巨大なモンスターアンプでないとうまく鳴らないスピーカーにしないというのは、設計上の重要なテーマです」

Mojoならではの、深いサウンドステージを楽しんで欲しい

音が360度に広がる、無指向性スピーカーMojo(モジョ)。価格は¥280,000+税(ペア)

ところで、ダヴォンのスピーカーの中でひときわユニークなのが、オムニダイレクショナル(無指向性)スピーカーのMojo(モジョ)だろう。なぜ無指向性スピーカーをつくろうとお考えになったのだろうか。

「まず小さなスピーカーをつくろうと思ったのです。しかし小さなスピーカーでスケール感を得るのはとても難しい。そんな話をアメリカの代理店の人間と話していたら<無指向性をやったらどうか>と。そしてそのプランを検討していたときにすごくいいトゥイーターが見つかったので、オムニダイレクショナル・スピーカーの研究を始めました」

ウーファーが底面、トゥイーターが天面に上向きに装填され、逆三角錐型の音響レンズを用いることで、全帯域を無指向性にするというのは、とても面白いアイディアだ。ウーファーをダウンファイヤー型にしつつもトゥイーターはフロントバッフルに取り付けて中高域の指向性を得るスピーカーは世の中にいろいろあるけれど。

「やはり全帯域を無指向性にしたほうがいいと思ったんです。その場合、トゥイーターの受け持ち帯域を広げた方がよいことがわかり、Mojoでは300Hzをクロスオーバーポイントにしています。オムニダイレクショナル・スピーカーならではのワイドな音の広がりは、多くの人の心を捉えたようで、Mojoは世界中でよく売れています」

——Mojoをきちんとステレオ配置して正三角形の頂点で聴くと、L/Rスピーカーのずっと奥にリアルなサウンドステージができ、オーディオ的なスリルが得られますが、シェンクルさんはユーザーにそう使ってほしいと考えていますか。それともリスニングエリアが広がるメリットのほうを重視していますか。

「もちろん前者です。Mojoをきちんとステレオセッティングして深い奥行感を伴ったオムニダイレクショナル・スピーカーならではのサウンドステージを楽しんでほしいですね。音の広がりを活かしてBGM 用として使うのもアリだと思いますが」

——空間をふわりと音で満たすスピーカーという捉え方をされているユーザーが多いかもしれませんが、きちんとセッティングすれば、ホログラフィックでスリリングな音が楽しめますよね。

「ええ、その通りです」

独占公開!? スピーカーのネーミグの由来は……

さて、ダヴォンのスピーカーはそのネーミングもユニークだ。それぞれのモデルネームの由来をシェンクルさんに訊いてみた。

「Rithmはその造形が独特のリズムを感じさせるから。そのサウンドにリズミックな魅力があったこともその理由です。Rayは2本左右に置くと、レイバンのサングラスのようでしょ、だからレイ。Mojoは「魔力のあるお守り」という意味がありますが、映画『オースティン・パワーズ:デラックス』に出てくる<精の源>から取りました。この映画、バカバカしくて大好きなんですよ。

Grandeは文字通りビッグサイズ・コーヒーのグランデ。Rivaはそのかたちがイタリアのスピードボートの『リーヴァ』に似ているからです。Tulipは文字通りチューリップの花のかたちから。

Solo(ソロ)は、映画『コードネームU.N.C.L.E.(アンクル)』の主人公の名前から取りました。なぜか?そのとき名前が思いつかず、ふとこの映画のことを思い出したからです(笑)。Studioはスタジオモニター用途を意識したわけではありませんが、ニアフィールドモニター的に使われるべきかと考えて。Twistは時計方向にツイストさせて仕上げたスピーカーだから」

うーん面白いなあ。シェンクルさん、どうやら映画がお好きらしく、ダヴォンという社名も、ある映画を観ていたときに登場した人物の"Lavone"という名前のソフトで豪華なその響きに誘発されて思いついたのだそうだ。Da=Danish( デンマークの)、Vone=Phone (音)という意味もあるそうだが。

——最後の質問です。最近発表された新製品の中で、これは自信作だというモデルはどれですか。

「そうですね、TwistとSoloでしょうか。Twistは音質とデザイン、価格がうまくバランスした、とてもお買い得感のあるスピーカーだと思います。

3ウェイ機のSoloは、まもなくHRという文字が型番末尾に付くマーク2モデルが出ます。トゥイーターを変更し、それに合わせてクロスオーバー・デザインを改良しました。音が断然よくなったと思います。このフォルムは内部定在波が発生しにくいんですよ。音質とデザイン両方の完成度がいちばん高いのがSolo HRだと思っています。

いずれにしても、ダヴォンのスピーカーは年々完成度が上がってきていると思います。ぜひ日本の多くの音楽ファン、オーディオファンの方々にお聴きいただきたいですね」

ポールさんとともにダヴォンを支える、奥様のデビーさんと。