IFAでは毎回、パナソニックと共にベルリンのコンサートホール「フィルハーモニー」を訪れ、両者の協業の内容と成果を取材している。今回は同社がサポートしているコンサートストリーミングサービス「ベルリン・フィル デジタル・コンサートホール」の現状と、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(ベルリン・フィル)側がパナソニック(テクニクス)の技術者に施している耳の訓練の内容、テクニクスブランドのステレオ製品への音質アドバイスについて取材した。
ベルリン・フィルメディア・マネージングディレクターのロバート・ツィマーマン(Robert Zimmermann)さん、ベルリン・フィルのトーンマイスターであるクリストフ・フランケ(Christoph Franke)さん、そしてテクニクスからCTOの井谷哲也さん、パナソニックアプライアンス社の音響エンジニア、池田純一さんに、お話を戴いた。
4Kデジタル・コンサートホール最新情報
ツィマーマン ベルリン・フィルはパナソニックさんと大きく言って3つの分野で協業しています。デジタル・コンサートホールについてはこれからお話しいたしますが、皆さんも一番関心のあるところだと思います。2つ目は、テクニクスと定期的にワークショップを行なってお互いに知見を深めています。3点目のテーマはオートモーティブ、車の分野です。つまり、車の中で音をどうやって良くしていくかを協議しています。
では、今からデジタル・コンサートホールについてお話したいと思います。われわれが2008年にサービスを開始してから10年経とうとしています。その間に500本に渡るコンサート映像を収録してきました。それらはわれわれのオーケストラすべての活動を反映するものだと理解しています。それらを最高の品質でユーザーにお届けするのが、デジタル・コンサートホールの責務です。
私たちはネットフリックスやアマゾン、アップルではないので、リソースはひじょうに限られていますが、それにも関わらず4Kでの収録が可能になりました。それはパナソニックさんのプロフェッショナル部門がわれわれをサポートしてくれたからにほかなりません。
2016年にツィマーマン氏は私の質問にこう答えていた。「未来は何にあるかというと、それは4Kとハイレゾではないかと思っております。ドイツはまったく遅れているのです。まだ4Kというものは大きく採り上げられているテーマではなく、全然、発達もしていません。ハイレゾについても同様で、日本では一般的に知られる言葉になっていますが、欧州ではまだまだです。ですがこれは、今後変っていくのではないかと考えています」(2016年9月)。その思いがいま、叶った。
ツィマーマン 2017年のIFAの時期に4Kのシステムを導入しましたが、それからトータルで30から40本の映像を4Kで収録しました。その中にはHDRで撮ったものとSDRのものがあり、これらは実験的に進めているという状態です。つまり、このホールの中でどうやれば一番うまくいくかということを、現在調べているのです。
この(2018年)夏に、パナソニックの4Kスイッチャーを導入しました。これまでデジタル・コンサートホールでは、4Kで撮った映像はアーカイブのオンデマンドで流していたのですが、4Kスイッチャーを導入することによってライブでも4Kを送ることが可能になりました。この4Kスイッチャーは今年にパナソニックさんから発売されたばかりで、欧州で導入されたのはフィルハーモニーが初めてです。
オンデマンドで4Kのストリーミングをするこということは、最近では普通かもしれませんが、ライブとなるとまったく別の条件が支配します。未だにハードルの高いことだと理解していますが、われわれは今後数ヵ月で、レギュラーでの4Kライブストリーミングを実現させたいと思っています。最初の4Kライブストリーミングは9月22日のコンサート中継で始めます。できればHDRで実現させたい。その時に必要になる帯域は15〜20Mbpsを考えています。
われわれとしては、世界中の音楽や文化を愛する人たちのために、このサービスを“本物”の映像と音で、お届けするということを誇りに思っています。別にパナソニックさんがここに居るから言うわけではありませんが、実際に映像を観て「他社と比べてもわれわれの映像が一番綺麗だ」と、私自身、自信を持っています。
ベルリン・フィル側は新技術をいつも求めている。実はNHKの8K部隊が、5月にベルリン・フィルハーモニーを訪れ、ベルリン・フィルのライブ(サイモン・ラトル指揮)を収録済みだ。そこではツィマーマンさんもインタビューされ、8Kの素晴らしさを述べていた。
訊ねてみた。「今は4Kを導入している時ですが、8Kはどうされるのですか?」その答はこうだ。「私は次の新映像技術が本格的になるのには、紹介されてから4年かかると思っています。8Kは今年にNHKさんが撮影に来られたので、4年後の2022年には8Kの時代になると予測することもできますね。デジタル・コンサートホールが8Kになれば、たいへん素晴らしいです」
問題は音声のクォリティだと私は思う。デジタル・コンサートホールが4Kになったといっても、今の音質は従来からのAAC圧縮(320kbps)のままだ。これではあまりに貧弱。今後、ハイレゾ化は必須だが、私はMQAが最適だと思う。折りたたみCD帯域でストリーミング。デコードして華麗でゴージャスなMQAハイレゾが聴ける。CD帯域でのノンデコード再生もきれいだ。
テクニクス/ベルリン・フィルハーモニー協業の成果は?
池田 ここからは、池田から協業2年目の活動報告をお話したいと思います。パナソニックとベルリン・フィルのコラボレーションは2017年から始まっていますが、昨年から継続しているブリーフィングセッション、ワークショップに続いて、今週新たにホールの測定をいたしました。
まず、昨年に続いて今年もブリーフィングセッションを実施しました。内容としては、ベルリン・フィルのトーンマイスターであるクリストフ・フランケさんから「ポストプロダクションについて」というテーマで講義いただきました。収録されたリハーサルと3回のコンサート、合計4回の素材を使って、どのように編集するかを実際に見せもらいました。
その後、音楽評論家の城所孝吉さんに「音を聴くこと」を講義していただきました。音を聴くということについて、極めて哲学的な観点を含めてわかりやすく解説いただき、われわれが今後どのように音づくりをしていくべきかをとても考えさせられる内容でした。今年の受講者数は8名で、昨年と合わせると19名になります。
麻倉 それは違うメンバーなのでしょうか?
池田 同じ人も含めて、延べ人数になります。今年はさらに講義の内容をビデオで撮影し、ベルリンにこられなかったメンバーも門真で観ることで受講させてもらっています。
今年の新たな取り組みとしては、フィルハーモニーのホール音響測定をしました。テクニクスのリファレンススピーカー「SB-R1」をステージ上に配置して、ベルリン・フィルのコンテンツを出力し、その状態でフランケさんに客席側で音を聴いていただき、スピーカーを最適な位置で固定します。それから客席の各ポイントでマイクを使って測定しました。
麻倉 ホール内部のどのような場所で測定したのですか?
池田 測定場所はフランケさんからアドバイスをいただき、最終的にはホールの8ヵ所で測定しました。具体的にはAブロックの前方・後方、それからB、C、D、Eブロックと、天井に近い「ゾンダープラッツ」というところでも測定を行ないました。
私は昨年2ヵ月間ベルリン・フィルで研修を受けましたが、その中でコンサートも20回近く聴きました。その時に色々な席でそれぞれのよさがあるということがわかりました。Aブロックの後方、Bブロックの前方はベルリン・フィルを代表するとてもいい席ですが、私的には天井に近いゾンダープラッツ席も結構心地よく聴こえました。それがなぜかはわからなかったのですが、今回の測定を通じて、よく聴こえる理由の一端がわかりました。ひとつが天井の反射です。
フランケ 私からも追加しますと、ゾンダープラッツはとても位置的なバランスがよく、弦も、木管も、金管も、打楽器も、みな同じ位置関係で聞こえてくるのです。
AブロックやBプロックなどのオーケストラ正面に位置する席では、楽器の並び順に、奥に向かって手前が弦、その後ろが木管、さらに後ろが金管という奥行きをもって聞こえてくる(だから、各楽器群のスピードが違う)のですが、ゾンダープラッツ席はオーケストラの斜め上の位置にあり、弦も、木管も、金管もちょうど等距離なのです。
なので、これらがすべて同じ距離感で聞こえるのは、フロント席では体験できない醍醐味です。指揮者だって楽器位置による時間差からは逃れられません。ゾンダープラッツは音の良さ、音像のバランス……など、素晴らしい席です。
麻倉 なるほど。天井桟敷は音が良いというのは、理に適っていますね。それに安いしね。
池田 この測定で得られたデータは、ベルリン・フィルの音をより正しく再現できるものとして、今後の商品に活かしていきたいと考えています。
テクニクス「OTTAVA S SC-C50」の音づくり
池田 さて、ワークショップは年3回実施しており、今年も2回行なっています。ここでは発売直前から開発中のプロトタイプまで使い、様々な製品を題材に議論を繰り返しながら、いい製品づくりに活かしています。
そして今回、われわれが新たに活動を通じて知見を得て開発した製品として、「OTTAVA S SC-C50」をご紹介します。無線LANやBluetoothを搭載した一体型3.1chシステムです。この商品の特長は、どこに置いても最適な音で聴くことが出来ることです。
コンパクトボディながらステレオ音場が部屋中に広がることに加えて、「Space Tune」機能を搭載し、マイクで音場補正することが可能です。さらに、音楽ストリーミングをシンプルで簡単に再生出来ることも大きな利点です。音質はフランケさんに助言いただきました。
ではここからご試聴いただきます。まずはベルリン・フィルの音源ファイルから、ショスタコービッチの交響曲5番からお聴き下さい。
<楽曲を再生>
池田 いかがでしたでしょうか。コンパクトボディながら低音をしっかり出していましたし、金管楽器の音の広がりなどもよく分かっていただけたのではないかと思います。では続いて、UAレコードから発売されます小川理子のCD『Balluchon』から1曲目の「Oh lady be good」を再生します(ファイル再生、192kHz/24bit)。
<楽曲を再生>
池田 素晴らしい演奏と、素晴らしい録音、それを再生するシステムだったのではないでしょうか。
麻倉 この作品のプロデューサーとして説明させていただきますと、ミックスダウンの際に低音をきちっと強調して収録しています。ベースの演奏がとても細やかだったので、それを出そうと考えました。今の演奏ではその感じがとてもよく出ていました。またミックスダウンの際にドラムを左右に散らしていますが、その広がり感がよく出ていました。
ただひとつ残念だったのは、私としてはピアノを強調したのですが、それが少し奥にいってしまった感じがあったことです。それはともかく、この製品はベルリン・フィルとの協業ということですが、折角なのでもっとハイエンドのテクニクス製品に成果が入ってくるといいですね。
池田 ゆくゆくはそういったこともやりたいと考えてはいます。議論のベースとか知識のベースを固めるということについては、SC50のように直接音を出す機器の方が、ある意味で議論がしやすいのです。設計側から言うと、一体型はたいへん難しい。内部構造やスピーカーの構成も、やる度に違いますから。
その中でフランケさんに教えていただいたのは、音楽の聴こえ方はこうあるべきだという点でした。弊社のエンジニアがその意見を聞いて、その原因は何か、どう対応すべきかを考えなくてはいけない。
そのソリューションを持つのはたいへん難しいのですが、それは弊社にしかできないことです。なので、そういったヒントをもらうだけでも、ワークショップはひじょうに有意義な活動だと考えています。
麻倉 まさにそこが、協業のテーマですからね。今日はありがとうございました。