今年6月20日にユニバーサルミュージックよりMQA-CDが一挙100タイトルリリースされた。発売直前の週末に行なわれたオーディオビジュアルの祭典「OTOTEN」にMQAもブースを出展していたのだが、MQA-CDの効果か例年以上の注目を集め、講師を招いたイベントも大盛況だったようだ。

 昨今にわかに注目を集めるMQAとMQA-CDについて解説する記事を、前・後編に分けて担当させていただいている。本記事はその後編である。

 前編では、MQA-CDの技術的な概要とその再生方法についてお伝えした。詳しくは下記よりぜひともお読みいただきたい。今回は、音質インプレッションとMQAというソリューションの展望を紹介していこう。

前編:CDでハイレゾを楽しめる!? MQA-CDってどんなもの?【橋爪徹のMQA-CD徹底解説・前編】

試聴したMQA-CD、5タイトルを紹介

 MQA-CDは、昨年3月の誕生から一年以上が経過したものの、リリース数が少ないこともあり、このまま尻すぼんでいってしまうのか危惧していた。それが今年4月に、大手レーベルのユニバーサルミュージックが、同社の保有するSACDマスターを使用したMQA-CD盤の発売を表明した。しかも、数ある名盤から100タイトルを一気に発売するというセンセーショナルな発表であった。さらに、UHQ-CDという高音質CDを採用し、ピットの完璧な転写、高い読み取り精度を実現しているという。

 今回このMQA-CDから3タイトルほど試聴した。比較対象として、長らく店頭で販売されているHSM-CD版を使用している。これは、SACD(DSD)マスターからHRカッティングされたもので、ハイレゾの音楽信号(今回の場合、DSDマスターから変換された176.4kHz/24bitのオーディオ信号)をビクターのK2技術を用いて44.1kHz/16bitに音楽エネルギーを等価変換しながらCDカッティングしている。

 対するMQA-CDの方は、同じSACDマスターから352.8kHz/24bitもしくは176.4kHz/24bitに変換したPCMデータをMQAエンコードしCDフォーマットに収めている。なお、試聴したMQA-CDはテスト盤であり、一部製品盤とは仕様が異なっていたのでご承知おきいただきたい。

【試聴したユニバーサルミュージック作品とMQAデコード後のフォーマット一覧】

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チャイコフスキー:交響曲第6番《悲愴》
(ユニバーサルミュージック UCCG-40075、¥3,240税込)
製品版:352.8kHz/24bit、試聴版:352.8kHz/24bit

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ザ・ローリング・ストーンズ『スティッキー・フィンガーズ』
(ユニバーサルミュージック UICY-40164、¥3,240税込)
製品版:352.8kHz/24bit、試聴版:176.4kHz/24bit

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カーペンターズ『シングルス1969~1973』
(ユニバーサルミュージック UICY-40211、¥3,240税込)製
品版:352.8kHz/24bit、試聴版:176.4kHz/24bit

 前編でもお伝えしたがMQA-CDは、他のレーベルからも発売されている。今回はこれらから、2タイトルも一緒に聴いた。

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 1枚目はUNAMASレーベルによる『The Sound of TaketomiIsland-Okinawa』(¥2,782税込)。萬木忍がボーカルと三味線を担当、沖縄・竹富島の民謡を収めた作品だ。何を隠そう、MQA-CDという画期的なメディアの開発に深く関わっているのが、同レーベルの主宰者であるMick沢口氏だ。

tomonaohara.com

 もう1枚はジャズ・トランペット奏者である原朋直グループの『Time In Delight』(GJR0002、¥2,500税込)を選んだ。原氏のプライベートレーベルGaumy Jam Recordsからのリリースとなり、レコーディング・ミキシングエンジニアはMQA-CDのパイオニアMick沢口氏が担当している。

MQA-CDの実力は、MQAデコードをONにすれば一聴瞭然

 さて、いよいよ試聴インプレッションをお届けしよう。テストには、以下の機材を使用した。

CDプレーヤー:OPPO Digital「BDP-103DJP」
USB DAC(MQAデコーダー):MYTEK Digital「Brooklyn DAC+」
他、AVアンプ:デノン「AVR-X6300H」、スピーカーシステム:DALI「MENTOR2」、同軸デジタルケーブル:アコースティックリバイブ「COX-1.0TripleC-FM」

▲試聴が行なわれたのは、筆者橋爪氏の自宅兼スタジオ「Studio 0.x」(スタジオゼロエクス)だ。聴き慣れた環境で試聴しており、わずかな音の変化も逃さない

 MQA-CDをMQA再生するには、CDプレーヤーでデータを読み込み⇒デジタル出力を経由して対応DACに伝送⇒MQAデコード、という流れが一番簡単な再生方法である。また、CDをプレーヤーに入れるのが面倒という方は、一度PCでFLACやWAVにリッピングしてからNASなどに保存しネットワーク再生による試聴もできる。ただし、一部機器やアプリケーションでMQAとして正しくデコードできないケースがあるのでご注意を。折りたたまれたMQAデータのヘッダー情報を認識できないためで、MQAの公式サイトでデータを修復するアプリケーションが公開されている。
http://www.mqa.co.uk/customer/tag435sdf43te

 なお、筆者は、ユニバーサルミュージックの作品についてはリアルタイム再生。その他は、NAS経由での再生を試みた。NASにはアイ・オー・データ機器の「Rock Disk Next」を使用した。

▲上は、MQAのデコードに対応したMYTEK Digitalの「Brooklyn DAC+」

 まずは、ユニバーサルミュージックのタイトルから、カーペンターズ『シングルス1969~1973』を聴く。SHM-CDは通常のCDの音であるが、本来のアナログマスターの持ち味を残した自然な仕上がりで好感を持った。ディスクをMQA-CD(サンプル版)に交換し「Brooklyn DAC+」のMQAデコードはOFFで再生する。SHM-CD版でゆったり感じたアタックとリリースが、鋭敏になって現代的な録音を思わせる音調に変化している。高域は少し尖ったように感じられたのが気になった。次にMQAデコードをONにする。音像のディテイルが一気に立体的になって、上から下まで自然なワイドレンジに。音場の広がりも増している。当時のアナログマスターの生々しい音が、このMQA-CD(物理的には普通のCD)から聴けている現実に「贅沢!」と声を上げて驚いてしまった。

 ユニバーサルミュージックのMQA-CDは残りの2タイトルも聴いてみたが、おおむね傾向は同じ。筆者の環境では高域の耳に付く感じがどの作品でも感じられた。また、MQA-CDもSHM-CDと同じDSDマスターを使っているとのことだが、MQA-CDの方が少し音圧が上がっているようだった。

▲今回聴いた3タイトルの製品版ジャケット

 次に原朋直グループによる『Time In Delight』を聴いてみる。DACのMQAデコード時の表示が青ではなく、緑になった。これは日本のMQA担当者曰く、「エンコード時のミス」らしい。デコード時の表示は、青ならアーティストやレーベルがそのマスタークオリティーを認めた【MQA Studio】、緑なら普通の【MQA】だ。表示方法は青と緑の色分けが一般的だが、色を表示できない機器では「MQA」のあとに表示される「.」の有無などで表現する場合もあり、デコードする機器によって異なる。一般に流通しているMQA音源は、すべて【MQA Studio】だ。作り手側のお墨付きを受けた音源であることは、MQAが単なるコーディング技術ではなく、音楽ファンからも信用を持って受け止められるバックグラウンドとなっている。本作は単なるミスなので、お墨付きは得られているとのこと。ちょっと驚いたが、安心して試聴する。

▲MQA再生時は、ディスプレイ右側下のMQAロゴと青い丸印が点灯する。写真は「Brooklyn DAC+」が「MQA Studio」を認識しているところ

 トラック3の「Aperture Priority(Tomonao Hara)」をプレイ。まず、MQAデコードがOFFの普通のCD状態で聴いたが、充分に音がいい。音の厚みや音場の広さ、生楽器のリアルな質感は並のCD作品を凌駕する。夜に聴きたい渋い大人のJAZZだ。続いてMQAデコードをONにすると、楽器の大きさや形が見えんばかりの音像の豊かさに驚かされる。埋もれていた微細な演奏のニュアンスさえも分かるようになった。前後感や左右の広がりもさらに向上し、定位が明確になった。ベースの低音も引き締まってリッチな響きにこちらのテンションも上がった。なお、本MQA-CDはライブ会場のみの販売になるため、購入が難しい方は配信版のMQAをチェックしてほしい。

 最後は竹富島の民謡を現地で生録した『The Sound of Taketomi Island-Okinawa』。島の浜辺で録った環境音と、民家で収録した一発録音がミックスされており、究極のナチュラルサウンドと呼ぶべき臨場感が聴き所だ。

 こちらもMQAデコードがOFFのCD状態で「これでいいんじゃないですか」と言いたくなるほど音がよい。音楽部分は主にオンマイクによる集音がメインとなっており、前にグッと迫る音像が印象的だ。MQAデコードをONにすると、オンマイクなのに部屋の響きがより説得力を増して感じられる。録音した音源に本来は含まれていた部屋のルームエコーが、情報量の多いハイレゾになるとともに、MQAの特徴である時間軸の精度が上がったことで蘇っているのだ。また、若干ではあるものの、ダイナミクスが向上している。デコードによって、音源本来の24bitに戻ることで、音量変化の解像度が演奏本来の音に近づいたことが影響しているのかもしれない。お囃子の声は左斜め奥で喋っているのだが、CDではおおよそこの辺りといった曖昧な感じだった。MQAをデコードすると定位がハッキリしてくる。空間表現力の向上は何もクラシックだけではない。あらゆるジャンルでMQAの恩恵は味わえるといえよう。

▲MQAの切替えはメニューから行なう。ワンボタンでオン/オフできたら有り難いのだが……

 ということで、MQA-CDは、ハイレゾ音源の一般的な特徴を備えるのはもちろん、定位や空間表現力の改善、演奏の強弱・緩急・抑揚といったリアリティーの向上が明確に認められた。しつこいようだが、メディアとしてはただのCDである。PCに入れたら容量も普通のCDの枠内だ。この円盤から、心底音楽に浸れるマスターサウンドが味わえる。これを贅沢と言わずして、何というか。いい時代になったものだとつくづく思う。

QA-CD普及の鍵を握るのはハード? ソフト? それとも両方?
筆者 橋爪徹が展望

 MQA-CDのサウンドが素晴らしいことは分かった。しかし、現段階で抱える課題もあり、手放しで喜べないと筆者は考えている。ここでは、将来の展望をまとめてみたい。

 筆者とMQAの関わりは、まだMQA配信が国内で始まる前の2016年の4月まで遡る。Beagle Kick(※)という音楽ユニットの総合プロデューサーを務める私は、MQAに興味を引かれ、国内のMQA担当者にコンタクトを取った。その後、自らの音源をマスターとMQA版で聴き比べる機会に恵まれた。日本の音楽制作側が自らの音源でMQAの音を体感するのは初めてのことだった。そうして、理論と体感含めてMQAに惚れ込んだ筆者は、その後の動きに注目してきた。だからこそ、MQA-CDという大発明に思うところは多い。

※Beagle Kickとは?
同人音楽という自由な場を舞台に、ハイレゾと生演奏にこだわる音楽プロデュースユニット。プロ作曲家和田貴史と筆者の2人による。2012年の秋から活動を開始。これまでPCMのハイレゾはもちろん、DSD 5.6MHzホール一発録音、768kHz/32bit整数録音など挑戦的な試みでも話題。今年、待望の2ndアルバムをMQA-CDとハイレゾ配信版2タイプでリリース予定。

 まず、対応CDプレーヤーの普及が課題だ。CDメディアという手軽さがある以上、プレーヤーにポンと入れて、MQA-CDをデコード再生ができて当たり前だと思う方が多いだろう。しかし、現時点での対応メーカーはメリディアンオーディオとカクテルオーディオの2社というのが現実だ。NASやPCを使ったオーディオが苦手な方にもハイレゾの面白さを楽しんでもらえるのがMQA-CDのメリットだと筆者は思う。

 対応CDプレーヤーが増えるには、MQA-CDソフトのタイトル数が増えることと、ジャンルが多様化することが不可欠だろう。一部の好事家しか手に取らない作品ばかりでは、裾野は広がらない。

 もちろん、プラスと言えるトピックもある。今年5月にESSテクノロジーが、自社のDACチップSABREにMQAのレンダリング機能を搭載するとアナウンスしたのだ。コアデコードと呼ばれる一回目の折り紙展開はDSPで行ない、最後の展開とアナログ変換はSABREが一括して担当する。これは、主にモバイル機器で活用される技術になる模様だが、据え置き機で使うことも可能としている。

 DACチップがMQAデコード機能を備えているとなれば、新機種を開発するメーカーはMQA-CDのサポートを検討するかもしれない。今後登場するDACチップの多くに、MQA対応が広がることを期待したい。

 次に、配信版MQAとの住み分けをどう考えるかだ。MQA-CDはMQAの利点であるハイレゾなのに容量が小さいという側面は感じにくい。そもそも物理メディアを手に取っている時点で、着眼すべきはデータではなくCDケースの容積だ。棚を占有する容積はハイレゾのデータが重いという課題とはまったく別次元の話になる。となるとMQA-CDの利点は、時間軸上の解像度向上とCDなのにハイレゾという点の2つ。特に筆者が強調したいのは後者だ。手軽にハイレゾの音が楽しめる、しかもCDという既存のメディアで。ここに配信版と違う大きなアドバンテージがある。だからこそ、前述の「対応CDプレーヤーの普及」は待ったなしの課題なのだ。

 MQAはライセンスビジネスなので、再生機を製造するメーカーがやれ『面白そうだからやってみよう』と即決はできないだろう。筆者は、前述の通りMQAとの関係が深いこともあり、大きな期待を寄せている一人だ。MQAの魅力は、聴けば多くの開発担当者が気付くだろうし、あとは関係各位にお任せしていくしかないと思う。

 ならば、今度はコンテンツだ。MQA-CDそのものが多彩なジャンルでリリースされないと、対応CDプレイヤーを作っても売れないだろう。特に筆者が必要だと思うのは、「新録の音源」だ。なぜ、新録なのか。それはMQAがPCMフォーマットにおける音質改善のアプローチであるからだ。アナログマスターでも効果がないとは言わない。ただ、最新の技術でPCM録音された音源をMQA化すると、「本来録れていたであろう鮮烈な音」が蘇る。スタジオで制作に携わった者が聴けば、「あのとき私たちが聴いた音がある」「私たちが届けたかった音がある」と驚きを持って迎えられる。Beagle Kickのプロデューサーとして、心底そう感じたのだ。

 MQAに肩入れしていると思う方もいるかも知れないが、制作過程でスタジオにいた私が、客観的な判断でそう思うのだから、信じてほしいと言うしかない。とにかく、新規で録音した音源にこそMQAの効果は最大化すると主張したい。

 さらに突っ込んでいこう。MQA-CDに限らず、MQA音源全般の話になってくるが、MQA版の発売を音楽制作サイドが決断するには何が必要だろうか。MQAを体験した方は、自分の大好きなアーティストがMQA版をリリースしてくれたらと思ったことがあるかもしれない。ここ日本に限って、筆者が思うことを最後に述べてみたい。

 日本の音楽業界はライブシーンこそ盛り上がっているものの、CDはもちろんダウンロード販売も苦しい状況が続いている。本題から外れるので詳細は割愛するが、保守的な傾向にあるのも無理はないと筆者は感じている。ハイレゾリリースが未だに当たり前になっていないことからも、新しい試みを決断するには相当なハードルがあると思われる。MQA版のリリースも然りだ。MQAのライセンスビジネスは、ここでは詳細を書くことができないので、音楽を作る側が「検討してみよう」と思うためには何が求められているかを書きたい。

 それは一言でいうと、「音楽制作者が自らの楽曲をマスターとMQAで聴き比べるツール」だ。音楽制作に関わりのある立場からぶっちゃけてしまうと、他人の音源がどんなに変わっているとしても、正直判断材料には出来ない。自分たちの音源が、本当に良い方向で変化するのか。それは、オーディオ的な側面だけでなく、音楽作品としてのバランス、印象、カッコよさがマスターから変わってしまわないか。ここが非常に重要だ。オーディオ的な音の良さも大事であるが、楽曲で伝えたいことが正しく伝わるかの方がずっと大事なのだ。

 通常のハイレゾ配信は、自分たちが聴いている2chミックス音源に自分たちでハイレゾ用のマスタリングを施すので、制作の立場からの不安は少ない。しかし、MQAエンコードは、自分たち(制作者側)ができるわけではない。現状のところ、本国イギリスで行なうか、契約を交わした配信業者がオンライン経由で行なうかの2パターンしかない。ライセンス契約などの具体的なアクションに入る前、つまり「検討してみようか」という掴みの段階で気軽にMQA化した音を聴ける“制作者向けのツール”が求められていると思う。

 ちなみにこのツールに近いものは、DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション=音楽製作システム)のプラグインとして開発中だと聞いている。ただ、まだ実用化には至っていないようだ。一刻も早く、契約を交わしたレーベルに無償配布すべきだと思う。正直、あまり猶予はないのではないだろうか。将来、「MQA?ああ、そんなのあったね。懐かしいな」とならないよう、日本のオーディオファンのためにも、事態の進展に期待したい。

 話ついでに、もう少しお付き合いいただきたい。必要なピースが揃えば、MQA-CDはもっと飛躍できる。それだけのポテンシャルを秘めていると筆者は思う。あの何の変哲もないCDメディアからハイレゾそのものの音楽体験が味わえたときの贅沢感、幸福感といったらない。幅広い世代にハイレゾの感動を届けられる媒体としての手軽さ。そして、デッキ一台でハイレゾ再生が完結するシンプルさ。可能性の塊ではないか。

 本記事を読んでいる方々は、高いオーディオリテラシーをお持ちの方が多いと思うが、ぜひ今後もMQA-CDに注目して欲しい。そして周りの人にも薦めていただきたい。筆者も“お勧めし易い環境作り”に微力ながら力を尽くそうと思っている。