「音の常識を超えた、新しい次元の音をつくりたい。イメージをまったく、根底から変える製品をつくりたい」と、桑原英二(V&S事業部商品設計部門商品技術1部2課)は、言った。

 その結果、開発されたのがフラグシップイヤホン「IER-Z1R」だ。ソニーの音のクライテリアをマークするシグネチャー・シリーズで初のイヤホン。私のインプレッションは、掉尾に記すが、まさに「イヤホンの音はこんなもの」というこれまでの常識を一変させる、ここまでの再現性を持つのかと刮目した。

フラグシップイヤホン「IER-Z1R」

 桑原との会場インタビューの詳細は、のちに私の連載「いいもの研究所」で記すが、そこから、大事なエッセンスをお届けしよう。新しい次元の音とはどんなイメージなのか。桑原は、言った。

 「音楽の奏でられている空間がより豊かに表現される音……です。つまりイヤホン常識を超えた音場再現! たとえ頭内定位であっても広がりを実現したいと熱く思いました。そのためには、フォルティッシモからピアニッシモまで、超低音域から超高音域までのハイリニアな再生が必須です。それがチャレンジでした」

 いかに周波数特性を拡大するか。それはスピーカーの場合と同じで、全帯域を単一ユニットで賄うのではなく、得意な帯域を持つ複数のユニットを組み合わせることだ。そこで、採用したのがダイナミックドライバーユニットとBA(バランスド・アーマチュア)ユニットとの組み合わせだ。

①【低~中高音域】12mmダイナミックドライバー
②【高音域】BA(バランスドアーマチュア)ドライバー
③【超高音域】5mmダイナミックドライバー

 なるほど、狙いは分かった。一般的にダイナミック型は低域に強く、BA型は高域に強いと言われる。BAは薄膜フィルムの微少振動により音を出すため、高域が得意なのである。

 しかるに、IER-Z1Rは低域~中高音域が「ダイナミック」、高域が「BA」、超高音域が「ダイナミック」という構成にしたのだ。常識からするとBAは高域が得意というのに、超高音域はなぜダイナミックなのか。

 「100kHzまでになると、ダイナミック型の方が有利になるのです。BAはインピーダンスが上がり、設計が難しくなります」(桑原)

開発者の桑原英二氏

 本当に難しいのが、クロスオーバーの部分。低域ダイナミックと高域BA、高域BAと超高域ダイナミックの重なり部分の調整には、たいへん苦労した。「クロス部での自然なつながりをいかに実現するか。全部のユニットをひとつのインナーハウジングに取り付け、各々のユニットからの音が最適な位相で合体するよう、音の伝播路の構造を緻密に調整した」という。

 チューニング用として、振動板背面の通気をコントロールするためドライバー背面に空気圧を調節する極細の音響管「サウンド・スペースコントロール」を設けたのが格段に効いた。低域のチューニングは、ここの部分がなければ行えなかった。UAレコードの初回リリース『情家みえ/エトレーヌ』から「チーク・トウ・チーク」のベースなどが開発時のチェック音源として使われた。

 そうした数限りない工夫の成果を私は、こう聴いた。

 高域、さらに超高域まで音がクリアーに抜け、倍音成分の情報が多い。音場の見渡しが透明であり、広がりも頭内定位型としては、常識外れにワイドだ。低音のスピードも速い。『エトレーヌ』のウッドベースの弾力が心地好い。多ドライバー型で問題になる音域間のつながりも、高音から低音まで偏り無く滑らかだ。

 ダイナミック型とバランスドアーマチュアという2種類の異なるドライバーを使った違和感も、認識されない。ひじょうに、ナチュラルな質感が聴け、設計者のこだわりが熱く感じられる音だ。

ブランディング部門長の黒住吉郎氏

 ソニービデオ&サウンドプロダクツのV&S事業部企画ブランディング部門長の黒住吉郎はこう私に言った。

 「シグネチャー・シリーズを2年続け、エンジニアのパッションかよい形で、製品に反映されるように変わってきました。IER-Z1Rはその典型的なケースだと思います」