MQA-CDは、対応機器でハイレゾを楽しめる画期的なCD

 字面だけ見れば嘘か勘違いのようにしか見えない。オーディオを聴く人には、“ハイレゾとCDはデータの形態も品質も異なる”というのが常識で、両者は明確に区別されてきた。しかし、現在この言葉通りのことが可能である。この摩訶不思議を現実にしたテクノロジーが「MQA-CD」だ。昨年3月に登場するやいなや話題となり、オーディオメディア以外のIT系ニュースでも取り上げられたので記憶に残っている方もいるだろう。

 そもそもMQAとは何か。簡潔に言うなら、「データ容量をコンパクトにしながら、(スタジオ)マスター品質の音を保証する新しいオーディオコーディング技術」だ。あくまで、オーディオファイルにおけるエンコードとデコードの新技術であり、決して音声フォーマットではない。つまりWAVやFLACなどとは異なり、「MQA」というファイル形式は存在しない。詳しくは下記、拙筆の記事をご覧いただきたい。

 MQA-CDは昨年3月に第一弾タイトル『A.Piazzolla by Strings and Oboe』(OTVA-0012、¥2,700税込。記事はこちらへ)が鳴り物入りで発売され話題になった。しかし、以降は月に数タイトルが発売されるのみ。当初の勢いは続かなかった。

『A.Piazzolla by Strings and Oboe』

amzn.to

 それが一変したのが今年4月。ユニバーサルミュージックが一挙に100タイトルをハイレゾCD(MQA-CD)としてリリースすることを発表(記事はこちらへ)したのだ。そして、これらタイトルは6/20に発売され、注目は再燃しつつある。

ユニバーサルミュージックが発売したMQA-CD第1弾の一部。ジャンルはロック、ジャズ、クラシックなど多岐にわたっている

 本記事では、2回に分けてMQA-CDの内容とそのサウンド、また将来の展望についても迫っていきたい。

MQA-CDは通常のCDと互換性を持ちながら、たたんだハイレゾデータを含有する

 改めて、MQA-CDがどういうものかを解説しよう。MQA-CDとは、一般的なCDプレーヤーではCDとして、対応機器であればハイレゾとしても再生できるディスクメディアだ。発売中のユニバーサルミュージックのMQA-CDはタイトルによるが、最大352.8kHz/24bitの超ハイレゾを再生できてしまう。

 物理的には、MQA-CDと普通のCDは同じであり、見た目も違いは無い。さらに言うと、製造工程も完全にCDと同じ。今までのCD製造プロセスから一切外れることなく、MQA-CD製造のために、新たに設備を設けたり、既存の設備を変更したりする必要もない。

 では、記録されているデータどうだろう。実は、ファイル形式は通常のCDと同じで、44.1kHz/16bitのCD-DAフォーマットで音源が収録されている。もちろん、一般的なCDと同じようにWAVやFLACにリッピングすることも可能だ(リッピングについては後編で詳しく触れる)。

 となるとMQA-CDのどこに技術の核があるのだろう。鍵は、CDプレスに使う44.1kHz/16bitのWAVマスターの中身にある。以下にMQA-CDの制作プロセスを示した概略図を用意した。

※176.4 kHzよりハイレートの音源(352.8 kHz)にも対応できる。

 この図は収録したい大もとのデータとMQA変換直前のマスターデータの関係を表したもの。前提として、大もとのデータ(左側の各音源)はハイレゾである必要がある。対応機器でハイレゾとして再生するためだ。

 さらに、CDフォーマットである44.1kHzの整数倍(つまり、88.2kHz/176.4 kHz/352.8 kHz)のWAV形式でなければならない。48kHzの整数倍のハイレゾファイル(96kHz/192kHz/368kHz)はサンプリングレートを44.1kHzの倍数に変換する(上図一番右参照)。

 そして、MQA-CD用のマスター制作の流れを示したのがこの図。WAV形式のハイレゾデータにMQAエンコードを施す(上図中央ブロック参照)。ここでMQAの(スタジオ)マスター品質を保証する真骨頂である、「時間軸上の精度向上」(上図中央、音のボケクリーニング参照)ももちろん行なう。これで音のブレやボケが改善する。こちらについては、ぜひ上記の過去記事をお読み頂きたい。

 その上で「音楽の折り紙」技術を用いてコンパクトに折りたたむ(上図中央、ミュージック折りたたみ参照)。例えば、元データが88.2 kHzなら1回、176.4 kHzなら2回たたむ、という具合だ。たたむ毎に周波数帯域は半分になる。

 たたまれたデータは、耳では聴こえないノイズ領域に格納され、MQA非対応機器での再生時は無視される。最終的にCDの規格に則った44.1kHz/16bitのフォーマットに折りたたみ、MQAとして対応機器が再生時に認識できるようメタデータを埋め込んでエンコード処理は完了だ。

 MQAエンコード後、ファイルはWAV形式で書き出す。データとして配信されているMQAのほとんどはFLAC形式で作られているが、WAVでも作成が可能だ。このWAVデータを用いてプレス工場でCDを製造する。

 MQA-CD制作の流れを見てきたが、前述の「音楽の折り紙」工程について、私と同じ疑問を頂いた方はおられないだろうか。「MQA-CDの16bitレンジまでたたまれてしまうと、折りたたんだデータを格納する場所(=ノイズ下限より下の空きビット)が足りないのでは?」と。

 MQAは、音楽情報に関してはロスレス(可逆圧縮)をうたう。流通しているMQA対応音源は、もっとも小さい状態で44.1kHz/24bitや48kHz/24bit。24bitだとダイナミックレンジが144dBで、可聴帯域のノイズ下に折りたたんだ音楽情報を格納するのに充分なスペースがある。いっぽうの、16bitはダイナミックレンジが96dBとなり、実に48dBもの差がある。ノイズ下スペースに、例えば352kHz/24bitのデータをたたんで押し込むのは無理があるように思えるのだ。

 私は、MQA-CDの登場時からこの疑問を感じており、日本のMQA関係者に取材を続けている。本稿の執筆に当たり、改めて問い合わせたところ、日本のMQA代表を通じて開発者ボブ氏よりリアクションがあったという。技術的な詳しい話までは教えてもらえなかったが、どうやら何らかの形でロッシー(非可逆的)になるようなのだ。

 日本のオーディオファンは、理解できる形で情報開示が成されていないと、(例え音が優れたものであっても)そのテクノロジーや製品を受け入れにくい傾向があると思う。私もモヤモヤしたものを抱えたまま、手放しで「いいね!」と言えない気持ちはとても分かる。日本のファンは、明解なバックグラウンドを知りたいのだ。知った上でそれでもいい物は認めるというファンもきっと多いと筆者は信じたい。まあ、とはいえ、ここは本筋から外れるためいったん脇に置こう。

MQAデータをデコード再生できるCDプレーヤーはまだ少ない

 続いてMQA-CDの聴き方をみていこう。先にも述べたが、メディアとしては完全なるCDなので、普通のプレーヤーでもCD音質(44.1kHz/16bit)で再生できる。さらに、MQAエンコードが施されたことで、時間軸上の精度が向上している。通常のプレーヤーでもMQA-CDなら、同一タイトルのCDよりも楽器のディテイル感や空間表現力などは改善が期待できる。

 さらに、MQAに対応した機器で再生すると、折りたたんだデータを展開でき、ハイレゾ音質で楽しめる。

 対応CDプレーヤーは、今のところメリディアンの「REFERENCE 808V6」(¥1,750,000、税別)、カクテルオーディオの「X45」(¥380,000、税別)と「X45Pro」(¥800,000)、OPPO Digitalの「UDP-205」(販売終了)の4台だ。これ以外にも、CDプレーヤーの光や同軸デジタル出力をMQA対応DACに入力してMQAをデコードしながら再生できる。

▲カクテルオーディオのX45

 ここでお読みいただいている方の気持ちを代弁しよう。

「え?対応CDプレーヤーはたったの4機種? 他の方法はCDプレーヤーにDACをつなげて再生? さすがに面倒くさいなぁ」

……確かに、気持ちは分かる。私も最初は似たような感想を持っていた。

 しかし、待って欲しい。MQA-CDを楽しむ方法はもう一つある。それは「CDリッピング」だ。

 PCでMQA-CDをWAVもしくはFLACで取り込めば、それがMQA対応のデータとなる。これを、MQA対応のUSB DACやDAPからデコードが可能だ。今回は、NAS経由でネットワークプレイヤーによる再生を行ない、同軸デジタル出力で対応DACに送ってのMQAデコードもチェックしている。対応CDプレーヤーを持っていない方でも、PCとDISCドライブがあれば楽しめる糸口は掴めるという訳だ。

 MQA-CDはまだ始まって一年と少し。再生方法や対応機器の不足など課題は残されている。しかし、CDとまったく同じ物理メディアでハイレゾが楽しめる。このエポックメイキングが一部のタイトルだけに留まってしまうのは惜しいと筆者は思う。

 次回は実際の音質をチェックしながらその真価に迫り、将来の展望など筆者なりの見解を交えながら、解説していこうと思う。ご期待いただきたい。

⇒次回は9月21日(金)公開予定。お楽しみに!