オーディオ・ビジュアル評論家が最新アイテムを多角的に検証するシリーズ企画「徹底分析」。今回は、2月に発売されたデノンのAVアンプ「AVC-X8500H」を取り上げる。2007年発売の「AVC-A1HD」以来のフラッグシップモデルとなり、最大13ch分のパワーアンプを内蔵する。各種機能、パーツにも同社の技術を存分に投入したというが、その実力はどんなものなのだろうか?(編集部)

www.denon.jp

AV CENTER
DENON
AVC-X8500H
¥480,000+税
●定格出力: 150W×13ch(8Ω、20Hz〜20kHz、0.05%THD)、●接続端子:HDMI入力8系統、HDMI出力3系統、アナログ音声入力7系統(RCA)、デジタル音声入力4系統(光×2、同軸×2)、7.1chアナログ音声入力1系統(RCA)、15.2chプリアウト1系統(RCA)、USBタイプA 1系統、LAN 1系統 他、●消費電力:900W(待機時0.1W)、●寸法/質量:W434×H195×D482mm/23.3kg、●備考:Auro-3Dは5月のファームウェアアップデートで対応済

 「AVC-X8500H」は3年余りもの間、デノンAVセンターの最高峰として君臨した「AVR-X7200WA」の後継機という位置づけになるが、その堂々とした外観、重厚な雰囲気はかつて一世を風靡した「AVC-A1HD」に近いものがある。専用設計の3ピーストップカバーの採用に加えて、サイドパネルには2mm厚(最厚部4mm)の高剛性アルミパネルを配置するという豪華さ。フロントパネルのトラップドアには8㎜厚のアルミ無垢材を奢り、フラッグシップ機ならではの重厚感に富んだ滑らかな動きを約束している。

 13ch仕様のパワーアンプはチャンネル毎に基板を独立させたモノリス・コンストラクション構成。ここまで数が増えると、どうしても発熱が気がかりだが、DHCT(Denon High Current Transistor)をヒートシンク脇の基板上に格子状に配置し、さらに2㎜厚の銅板を追加することでより高い放熱効率を確保しているという。

 パワーアンプの割り振りも柔軟で、プリセットされた9通りのアサインモードに加え、それぞれの端子に出力するチャンネルを自由に割り当てられるカスタムモードも備える。スピーカー出力端子は15ch分だが、同時出力は最大13chまで。再生するフォーマットやサウンドモードに合わせて、使用スピーカー(要するに使用する端子)を自動的に切り替えるという使いこなしが可能になる。

スピーカーターミナルは、下部にまとめて配置。今回は「フロントワイド」も復活している。中央に7.1chアナログ入力と15.2chのプリアウトを装備。さらにリア側のHDMI入力は7系統、出力は3系統ですべてHDCP2.2、18Gbps伝送に対応。端子類を見るだけでも、さすがフラッグシップモデルといったところが感じとれる

フロント側ディスプレイ下のトラップドアを開けた状態。このトラップドアは8mm厚のアルミ無垢材を採用しており、見た目で高級感を出すだけではなく筐体の共振の抑制にも効いているそうだ。中のUSBタイプA端子からは最大で、PCM 192kHz/24ビット、DSD 5.6MHz音源のハイレゾ再生が簡単にできる

 スピーカーセッティングの自由度も大きく拡がっている。ポイントは7.1chのベースチャンネルに残りの6ch分をいかに加えるのか。

 ドルビーアトモス再生用としては、
(1)トップ(天井)スピーカー3組
(2)前と後のハイトスピーカー2組とトップスピーカー
(3)前と後のトップ(もしくはハイト)スピーカー2組とフロントワイドスピーカー
(4)ドルビーアトモスイネーブルドスピーカーを3組
という4パターンの設置法が考えられる。ちなみに今回は主に(2)のセッティングで視聴している。

 いずれもDTS:Xにもそのまま対応可能だが、昨今、大注目のAuro-3D再生となると制約が生じる(編注:Auro-3Dは5月に無償のファームウェアアップデートで対応済み。取材時の3月時点では未対応)。Auro-3Dに最適化した13.1chシステムは、ベースの7.1chに(Auro-3Dで言うところの)フロントハイト、サラウンドハイト、センターハイト、トップサラウンド(天井中央)を加えたもの。この設置法のままではドルビーアトモス、DTS:Xへの対応が難しい。そのためサラウンドハイトの代わりにリアハイトスピーカーを設置することで、一定の整合性が得られるという。

 ただ本機の場合、15ch分のスピーカー出力端子を備えるため、これをフル活用すれば各フォーマットに適したスピーカー設置が可能だ。具体的にはドルビーアトモス、DTS:X再生時には、フロントハイト、トップミドル、リアハイトを使い、Auro-3D再生時にはフロントハイト、リアハイト、センターハイト、トップサラウンドを使うというもの。1度、設定してしまえば、再生時に各フォーマットに最適化したスピーカー設置に切り替えられるため、フルオートで理想に近い13.2chの再生が満喫できるというわけだ。

 13chも使わないという場合は、その余力をバイアンプ接続に活かすことができる。フロントL/Rはもとより、センター、サラウンドも含むフロアー5ch分のスピーカーをすべてバイアンプ駆動することも可能だ。

 デジタル回路については、心臓部となるDSPは32ビットデュアルコアタイプ(2基)。13.2ch分のデコードやアップミックス、さらには独自のアナログ波形再現技術AL32 Processing Multi Channel(ハイビット拡張技術)、音場補正など、負荷の大きい信号処理も同時に行なえるが、よりスマートで合理的な回路の構築により、S/Nにも余裕が生まれたという。音声DACは旭化成エレクトロニクスのAK4490。DSD対応のステレオ仕様のICで、計8基を専用基板に配置している。

中央の大型専用EIコアトランスを左右のパワーアンプ部でシンメトリーに挟み込む。パワーアンプ部は、チャンネル毎に個別の基板へ独立させて配置するモノリス・コンストラクションを採っている。写真からもわかるように天板は一般的な「コの字型」ではなく、サイドパネルを独立させた3ピース構成。アルミサイドカバーはAVC-A1HD以来の復活となる

パワーアンプ部の出力素子には、サンケン電気との共同製作によるDHCT(Denon High Current Transistor)を搭載。アイドリング精度を向上させるためにアイドリング電流補償用のデバイスを内蔵しており、瞬時の大電流出力にも安定して応えられるという。さらに発熱対策として、ヒートシンクの裏側(写真で見えている部分)には銅板を使って熱を逃している。これは同社の2chオーディオ製品でも使われる手法で、AVセンターでは初採用だ

ドルビーアトモス7.1.6やオーロ3Dなどの13.2ch分のデコード/アップミックスを支えるDSP基板はアナログ・デバイセズ製「SHARC」(写真下側のチップ)だが、デュアルコア仕様へと変更されている。チップ数は4基から2基へと減っているが、トータルの処理スピードでは12.5%も向上しているという

写真左はDAC基板で、右が搭載されるDACチップ。「AVR-X7200WA」から変わらず旭化成エレクトロニクス製の「AK4490」を採用するが、チップ数は7基から8基へと増加。DAC基板は映像回路やネットワーク回路から独立させることで相互干渉を排除している

癖っぽさを微塵も感じさせず 鈍重さ、粗っぽさは皆無だ

 まずシーナ・エイ、ノラ・ジョーンズ、ジェニファー・ウォーンズと、聴き慣れた女性ヴォーカルを中心にCD、ハイレゾ音源から数曲、アナログ入力で再生してみたが、その静けさ、質感の滑らかさにハッとさせられた。それは単にS/Nに優れ、空間描写が豊かなだけでなく、高級AVセンターにありがちな鈍重さ、粗っぽさは皆無だ。

 温かい息づかいが感じとれるシーナのヴォーカルは、ニュアンスに富んで、透き通るような清々しさで、目の前にスッと定位する。そしてその余韻が漂うように空間に溶け込んで、消えていく様子が実に心地いい。

 晴れやかに張り出すスネアドラムなど、切れ味は鋭い。粒立ちのいいピアノでは特定の色合い、癖っぽさを微塵も感じさせないニュートラルな聴かせ方。音そのものの鮮度が高く、味わいが凝縮して、しかも勢いがある。

 低域は豊かに聴かせるというよりも、どちらかと言えば締まり傾向。このあたりは使いこなしがいのある部分だが、音の骨格、息吹を穏やかな調子で描き出し、輪郭もキリッとして、にじみがない。さらにフロントL/RのモニターオーディオPL300IIを相手に音量を思い切って上げてみたが、帯域バランスがくずれず、うわずった感じにならないのは立派。このあたり電源、筐体がしっかりと強化された成果と言っていいだろう。

凄味のある低音で 密度の高い空間を描く

 続いてアトモスコンテンツとしてアトモスのトレーラー映像から「リーフ」、「ネイチャー」を視聴したが、吹き上がりのいい中低域の描写をベースに、緻密で雄大な音場空間を描き出してみせた。特に「ネイチャー」の冒頭シーン、大地に強く打ちつける雨、遠くで轟く雷鳴と、アンプとしての分解能の高さを実感させる堂々たる描写で、3次元的に展開するサラウンド空間が生々しい。

 そしてここで確信したのが、高所に設置されたスピーカー(トップ/ハイトスピーカー)6本の優位性だ。立体的に拡がる空間の描写は、左右、前後方向へいっそう拡張され、それでいて音像が移動していく軌跡が曖昧にならない。虫の音、野鳥のさえずり、そして風の音と、自然界の音が複雑に重なりあいながら、消え際まで混ざりあうことなく、鮮明に描き出されるのだ。

 リアリティに富んだ、見通しのいい空間とはまさにこのこと。これまでのトップ/ハイトスピーカー4本設置とは、明らかに別次元の表現力。もちろんアンプのクォリティの高さもあるが、2本、スピーカーが増えるだけで、ここまで空間の気配、生っぽさが変わってしまうとは、大きな驚きだった。

 最後に映画『エベレスト』の再生。巧妙に計算された効果音と音楽の共演によって、大自然の驚異を描き上げるアトモス作品だ。腹をまさぐるように浸透する低音が恐怖をあおり、視界を遮るような猛烈な吹雪が頬を叩き、空間を切り裂くような激しい風音が部屋中を埋めつくす。アトモス再生とはいえ、ここまできめ細かく、密度の高いサラウンド再生はなかなか体験できない。アナログ入力でのステレオ再生時、低音は品位の高さ、分解能の高さが特徴的だったが、ここではより重心の低い、重みのある低音がドッと押し寄せてくる感じ。こんな凄味のある低音が表現できる懐の深さは、さすがだ。

 私自身、デノンのAVセンターの音は一昨年の秋に登場した「AVR-X6300H」から劇的に変わったと感じている。これは入力セレクター、ボリューム、出力セレクターそれぞれの機能に特化した高性能カスタムICによるところが大きい。専用のデバイスを用いることにより、プリアンプ回路の自由度が飛躍的に高まり、シンプルかつストレートな理想的な信号経路の設計が可能になった。

 オーディオ機器としては、たわいのないことと思われるかもしれないが、きわめて多機能で、さまざまな使いこなしへの対応が求められるAVセンターでは、その簡単なことが難しい。不合理な信号経路から解き放された瞬間、デノンAVセンターは、自由に、おおらかに、開放的に鳴り始めたのである。

 このアドバンテージを初めて享受したデノンの最高峰機。Auro-3D再生に対応し、6本のトップスピーカーの設置が可能になったことも大きな話題だが、持てる資源を存分に投入したモデルだけに、アンプとしてのクォリティにも見るべきものがある。凝縮感があって、キリッと引き締まり、おおらかに躍動する雑味のないサウンドには、デノンのAVセンターの新しい時代の到来を感じさせるだけの説得力があった。

ボタンの名称は変更されているものもあるが、基本配置はX7200WAの時と同じ。上部に小窓がつき、中央にボリュウムボタンがあるので使い勝手は良好だ

取材はフロントL/Rをバイアンプ構成にした状態で、5.1.6の再生を中心に行なった。アサインモードを「カスタム」にするとそれぞれの端子を自由に振り分けて設定することが可能

HiVi視聴室のリファレンスのトップスピーカーは4本のため、フロントL/Rスピーカーの後ろにフォステクスGX102MAを設置。トップフロントとして使用し、5.1.6で再生を行なっている

【分析結果】

凝縮された雑味のないサウンド。持てる資源を存分に投入したデノン新時代の到来を感じさせた

●リファレンス機器
UHDブルーレイプレーヤー:オッポデジタル UDP-205
プロジェクター:ソニーVPL-VW1100ES
スクリーン:キクチ ピュアマットIII Cinema(120インチ/16:9)
スピーカーシステム:モニターオーディオ PL300II(L/R)、PLC350II(C)、PL100II
(LS/RS)、PLW215II(LFE)、CP-CT260(トップミドル、リアハイト)、
フォステクス GX102MA(フロントハイトL/R)
●視聴ソフト
CD『リスト/反田恭平』
UHDブルーレイ『ハドソン川の奇跡』『ダンケルク』
BD『ドルビーアトモストレーラー』
ハイレゾ 『Day Breaks/ノラ・ジョーンズ』(96kHz/24bit FLAC) 他