1963年製作チェコスロヴァキア産映画の先見性に驚く

 中子真治さん編著の労作「超SF映画」(奇想天外社刊、1980年)に小さく写真付きで載っていたので、題名だけは知っていたチェコスロヴァキア産のSF映画『イカリエ-XB1』(1963年)が日本初公開されることになった。

 今回上映されるのは、2016年にプラハの国立フィルム・アーカイヴの監修で4Kレストアが行なわれたもので、モノクロ画面の解像度やモノーラル音声の明瞭がすばらしい。ヘンな表現だが、クライテリオン・コレクション発掘、修復の名作ソフトを観ているような気分だった。

 この映画が気になっていたのは『イカリエ-XB1』が、ココから5年後に製作されたスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』(1968年)になんらかの影響を与えたのでは? という記述が海外のファン・サイトにあったのを覚えていたからだ。

 で、観てみたら本当だった。驚いた。キューブリックは実際にチェコ映画『イカリエ-XB1』を観ていたのだろうか。

『イカリエ-XB1』の世界観。おもちゃっぽさはありながらも見とれる美しさで、チープな印象ではない。1963年にこれが作られたということに驚く

言わずと知れた名作『2001年宇宙の旅』。『イカリエ-XB1』の中に、本作への影響をどこまで探せるか?(Blu-ray、ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント)

キューブリックのアシスタントが証言

 探してみると、英国映画協会(ブリティッシュ・フィルム・インスティテュート、BFI)のサイトに、キューブリックが活動時期ごとに愛した映画タイトルをまとめたリストがあり、ココの最後のほうに、キューブリックのアシスタントを務めていたアンソニー・フリューインによる「ニューヨークで『2001年宇宙の旅』のリサーチをしていた時期、ロンドンへの移住前に、彼は『イカリエ-XB1』を観ていた」というコメントがある。
 「それに彼がインスパイアされた可能性は少ないと思うけどね」という注釈付きなのだけれど、実際にこのチェコ映画を前にすると、天才キューブリックが63年製作のちっぽけな宇宙探索SFから持ち帰ったものは少なくないと思えるのだ。
 ピアノ線で吊り下げられ、電子音楽と共に宇宙空間を飛んでゆく調査船。40人の男女船員を乗せたイカリエ号は、生命探査を目的に銀河の彼方のアルファ・ケンタウリ星系を目指している。
 地球に残した家族とのスクリーン交信でウラシマ効果が語られたり、死体を乗せたまま漂流しているナゾの宇宙船に遭遇したり。
 やがて目的地に着いた一行は不可思議な放射線の影響で睡魔に襲われ倒れるが、同時に何者かが自分たちを守ってくれたのに気づく。――彼らは何に出会うのか?

ピアノを弾いたり運動したり、調査船のなかで一行は思い思いの時間を過ごす

謎の宇宙船を調べるため、ふたりの船員がシャトルへ乗り込むことに……

『2001年宇宙の旅』のピースを探す喜びと興奮!

 現在はチェコとスロヴァキアに分かれたチェコスロヴァキアは、16世紀に隣国オーストリアの支配下に置かれ、その圧政が第一次大戦まで400年以上もつづいた土地だった。

 その後独立するけれど、今度はナチス・ドイツに侵略され、第二次大戦直後の選挙で共産党が圧勝。ポーランド、東ドイツ、ハンガリーなどと共にソ連の衛星国として東側陣営となる。

 1968年、プラハの春と呼ばれた民主化運動が起きるが、その拡大を危惧したソ連が軍事介入。改革派は弾圧され、この時期にミロシュ・フォアマン(『カッコーの巣の上で』『アマデウス』)や、アイヴァン・パッサー監督(『生き残るヤツ』。70年代ダメ男映画の佳作)は西側に亡命し、残った女流監督ヴェラ・ヒティロヴァの『ひなぎく』(1966年)などに参加したスタッフが『イカリエ-XB1』に集結している。

 民主化を求める学生デモがきっかけとなり、1989年に共産党政権が倒れるまで苦難の歴史を辿ったチェコスロヴァキアは、ポーランドと並ぶ中央ヨーロッパ有数の映画王国だった。

 プラハの春直前にはチェコ・ヌーヴェルヴァーグと呼ばれる新人監督たちの映画運動が起こり、そこから生まれた『火事だよ!カワイ子ちゃん』(1967年、ミロシュ・フォアマン)や『厳重に監視された列車』(1966年、イジー・メンツェル)は、キューブリックもお気に入り作品に入れていたものだ。

 また表現に規制と検閲があったチェコスロヴァキアでは、子ども向けのアニメーションの分野には比較的自由があり、画家や造形作家が集まり、イジー・トルンカやカレル・ゼマン、ブシェチスラフ・ポヤール、ヤン・シュヴァンクマイエルなどの才能が映画史に残る名作を生んだ。

 考えてみると、世界で初めてロボットという言葉が使われた人造人間の叛乱劇を描いた戯曲「R.U.R.」(1920年)や、高い知能を持つオオサンショウウオが人間世界を征服する「山椒魚戦争」(1936年)を書いたSF作家カレル・チャペックもチェコ生まれだったし。

 SFは暗喩や夢想、現実批判だけの文学ではないけれど、こういう思索の伝統が『イカリエ-XB1』のモノクロ画面に流れ込んでいるのだろう。

 探査船の内部にはトレーニングジムが設けられており、乗員たちはそこで目的地到着までの余暇を過ごす、というワイドレンズが使用されたショットも、『2001年宇宙の旅』まで他の映画で描かれたことはなかったんじゃないかなあ。

 船内ではダンスパーティが開かれ、『禁断の惑星』(1956年)のロビー・タイプのロボット、パトリックがその様子を見つめている。頭部のガラスドームに映る人間たちの姿は、その後HAL9000の赤いカメラアイに映ったものかもしれないし、長く伸びるイカリエ号の廊下は、キューブリックが愛した一点透視図法(奥行き方向に向かう線がひとつの消失点に収束する遠近構図)で捉えられる。とどめは、映画の最後に2回大写しになるものだ!

 すごいなあ、『イカリエ-XB1』。ちょっと驚いた。いまも真に革新的な名画『2001年宇宙の旅』のピースのひとつ(かも知れぬもの)を確認できるのは映画ファンの冒険であり、当時のチェコ映画の水準を示すものでもあるだろう。

一点透視図法で捉えられたイカリエ号の廊下。こうしたショットも美しい

船員のひとりが、相棒として旧型の喋るロボット“パトリック”を連れている

「イカリエーXB1」予告編

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『イカリエ-XB1』作品情報
監督・脚本:インドゥジヒ・ポラーク
脚本:パヴェル・ユラーチェク
脚本:ジョー・ロバート・コール
出演:ズデニェク・シュチェパーネク/フランチシェク・スモリーク/ダナ・メドジツカー
原題:IKARIE XB 1
配給:コピアポア・フィルム
1963年/チェコスロヴァキア/1時間28分
5月19日(土)より新宿シネマカリテほか 全国順次公開
(c) National Film Archive