ドラコ・ロサ『VIDA』で2014年、史上7人目となるグラミー・アワード受賞の日本人となったロサンゼルス在住のプロデューサー/エンジニア、SADAHARU YAGI氏。世界を舞台に活躍する氏に、各国のレコーディング事情、サウンド・プロデュース術について話を伺った。

 

世界各国の最新レコーディング事情

PS 直近はどのような仕事をされていますか。

サダハル・ヤギ(以下、SY) イギリスのアーティスト、ブリッツ・ヴェガをプロデュースするため、Abbey Road Studiosのスタジオ2で仕事をしています。ブリッツ・ヴェガは、ザ・スミスのベーシストであるアンディ・ルークが参加するとてもかっこいいバンドで、これからカメラ・クルーが入り、ライブ・セッションを収録します。また同時進行で、国連環境計画の2019年のテーマ・ソングをイタリアのアーティストたちを迎えてプロデュースしています。

 昨年、フランスで行われたユネスコ創造都市ネットワークのイベントの楽曲プロデュースのため、イタリア・ローマのNo.1スタジオであるForum Music Villageでセッションを行ったのですが、これはとてもおもしろい仕事でしたね。僕はプロデュース・ワークに専念するため、現地の熟練エンジニアを雇ってプロジェクトを進行させていったのですが、ベース、ギター、ドラムの3ピースの録音そのものが独特だったんです。オペラやクラシック音楽の影響があるのか、ミュージシャンの音を可能な限り自然に、そしてその空気感を忠実に再現しようとしているのが印象に残りました。単純にドラムのオーバーヘッドでのステレオ感の作り方ひとつを取っても、自分とは異なるアプローチのように感じました。

画像: 世界各国の最新レコーディング事情
画像: ローマ、Forum Music Villageでのレコーディングの様子

ローマ、Forum Music Villageでのレコーディングの様子

 

PS 具体的にはどのあたりが違いましたか?

SY 僕がエンジニアリングを手がけたのなら、空間そのものよりもっと各プレーヤーの部分部分に焦点をあてたコアな音作りなっていたと思います。典型的なロックものですと、ドラムとベースがどれだけタイトに、グルーヴ感を抑えられるかというのが大きなポイントになります。また、同じロックでもアメリカーナやサザン・ロックといったジャンルでは、“タイト”の意味合いが大きく変わってきます。グルーヴにある程度一定の“ゆるさ”が必要になり、この常に安定した“ゆるさ”をタイトにキープするのが良いグルーヴとなります。これとは正反対に、現在の典型的なポップスのプロダクションですと、コンピューターをベースにした画面上のグリッドを目で追って、場合によっては聴覚より視覚の情報に大きく依存したリズム作りになります。

 アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアなど、世界のチャートで1位に輝いたシャナイア・トゥエインのアルバム『ナウ』のレコーディングでは、もともとカントリー・シンガーの彼女が、マシュー・コーマというEDMポップ畑の人間が手がけた楽曲を歌うのに苦戦する場面がたびたび見られました。カントリー出身のため、グリッドより遅れて歌を入れるのが彼女のグルーヴの取り方です。しかし現在のポップスの楽曲のリズムの在り方とその歌い方の融合点を見つけ出すのに時間を要したのを覚えています。3曲くらいのプロダクションだったんですが、2ヶ月間スタジオに籠って作業が行われ、ブルース・スプリングスティーンを手がけるプロデューサーのロン・アニエロの手腕もあって、最終的には彼女のアルバムはとても良いものに仕上がりました。

PS イギリスのアーティストとの仕事では何か違いは感じますか?

SY イギリスにもいろいろあるので一概には言えませんが、彼らは伝統的に大味で、70年代のパンクロックのような少し粗めのプロダクションがメイン・ストリームの楽曲に用いられているケースが多い印象を受けます。それはアメリカの作品に比べるとバジェットが少ないことも関係しているかもしれません。ただ、プロダクションは荒削りでも、その分新しい発想の新しい音を作り出すことにイギリス人が長けている印象を受けます。アメリカのシーンに多くのイギリスのトレンドが輸入されているのはそのせいもあるでしょう。多くのヨーロッパ人はイギリスの制作なり、音楽シーンから学び取ろうとする姿勢が伺えますから、その観点でいえば、イギリスは、アメリカの音楽シーンと他のヨーロッパをつなぐ架け橋のような立ち位置とも言えるのではないでしょうか。

PS ロサンゼルスはいかがですか?

SY 世界中で仕事をさせてもらって思うのは、やはりロサンゼルスの音楽制作は間違いなくトップ・クラスであるということです。良いものを作るために、惜しみなく時間を使い、クオリティーに一切妥協がありません。それはレコーディングにおいても同じことで、必要な機材を可能な限りすべて揃え、また求めれば、あらゆる機材が手に入る環境が整っています。例えば、違うマイクやコンプレッサーで代用が利く場合でも、安易な妥協はせず、可能な限り求めている音のビジョンを追求します。その小さな努力の積み重ねが最終的には大きな成果になり、レベルの高い音楽が出来上がります。そしてポップ・ミュージックのフィールドにおいては何よりもサウンドがとてもダイナミックです。すべての理論と技術を結集しますが、それで作られる音楽は理屈だけでこねくり回されて空洞化してしまったものにはなりません。音楽は心で作るものであり、頭の中の理屈で作るものでないことを全員が理解しているので、エネルギーやダイナミックさというものが常に重要視されています。

画像: ノース・ハリウッド、Steakhouse StudioのEMI/Neve コンソールでのホーン・セクション・レコーディング

ノース・ハリウッド、Steakhouse StudioのEMI/Neve コンソールでのホーン・セクション・レコーディング

 

Abendrot Everest 701はアナログ信号を曇りなくDAWに収録できるツール

PS ドラコ・ロサのアルバム、『Monte Sagrado』についておしえてください。

SY グラミーとラテン・グラミーの双方を受賞した、前作の『VIDA』というアルバムのタイトルは、日本語で人生という意味があって、彼がガン闘病の中で作ったアルバムです。アナログ・シンセや打ち込みなども折り重なって、繊細さや苦しみを表現したものになっていました。それに対し『Monte Sagrado』は、そのガンの治療を終えた彼が自身の復活をテーマに、ジメジメしたものは見せず、エネルギー全開のバキバキにロックなアルバムにするというコンセプトの元に制作されました。非常に音が荒いのですが、皆がこのコンセプトを理解し、このグルーヴが欲しい、必要なんだと迷いのないバンド・レコーディングが行えました。ほとんどの曲のテイクは3回以内で終わり、そのエネルギーはアルバム全域で聴くことができます。

画像: ドラコ・ロサ『Monte Sagrado』

ドラコ・ロサ『Monte Sagrado』

 また『Monte Sagrado』では、初めて「Abendrot」のマスター・クロック「Everest 701」を使ってレコーディングをしています。これはアナログ信号を一点の曇りもなく「Pro Tools」に録ることができる機材です。ひとことで言うと、今までDAWで起きていたデジタル特有の音のピンボケが解消されます。正直、「Everest 701」は、僕がまったく関心がなかったタイプのギアだったので、初めて使ったときには本当に驚きました。『Monte Sagrado』のレコーディングはロサンゼルスで僕が録った曲の他に、プエルトリコにあるドラコのスタジオで録ったトラックを引き継いだ曲がありました。ロサンゼルスでギターを差し替えていろんなものを足していったときに、僕が「Everest 701」を使って録っていくものの方が明らかにフォーカスが合っていて音が前に出てきました。プエルトリコのスタジオもロサンゼルスとまったく同じ機材を用意していて、何も問題のないクオリティでレコーディングをしていましたが、「Everest 701」を使って録音したものはボリュームや機材のキャラクターなどとは違う感じにトランジェントがクリアに聞こえて、かつ音が濃い。特にボーカルは何よりもわかりやすくて、同じ「Neumann U47」と「Neve 1073」を使って録っていてもプエルトリコで録られたものとの違いは明白でした。『Monte Sagrado』は、嬉しいことにビルボードのラテン・ポップ・チャートで2週連続1位を獲得して、自分の中でも非常に満足度の高いアルバムになりました。(追記:同アルバムは、2019年 ラテン・グラミー賞、最優秀ロック・アルバムを受賞し、SADAHARU YAGI氏は、日本人として史上初となる3度目のグラミー・アワードを獲得)

画像: マスター・クロック・ジェネレーター、「Abendrot Everest 701」

マスター・クロック・ジェネレーター、「Abendrot Everest 701」

PS バンド・グルーヴとデジタルの境界をどのように考えていますか?

SY ロードのファースト・アルバムに代表されるようにDAWを駆使した才能あるアーティストはたくさん出てきていますし、僕自身もコンピューターライズされた音楽も大好きです。しかし反面、利便さからデジタル環境への依存が強まると、アナログ時代に培った良き伝統をなおざりにしがちです。特にミュージシャンには、DAW環境に自分のパフォーマンスを依存するような発想を変えてもらいたいと思っています。レベルの低いバンドのパフォーマンスをデジタル上でクオンタイズしても、タイミングが機械的に揃うだけで音楽のクオリティは上がりません。少なくともバンド・グルーヴの楽曲録音においては、「Pro Tools」を単純に2インチ・テープと考え、編集でごまかさないことを前提にするためにも、ただの“録音機”としてみなすことに立ち返ることも悪くないと思います。

 心動かされるいい音楽とは何かをもう一度再考した場合、僕はバンドの4分間のエネルギー、エモーションをいかに録り押さえるかが一番のキーになると考えています。言うまでもありませんが、人間のパフォーマンスはアナログです。デジタル技術のすばらしい特性を最大限に生かすためにも、アナログの発想や、アナログの音の価値というものを再考する時期にきていると思います。デジタルとアナログ双方の“正しい形での融合”が音楽の未来であることを疑う人はいないはずです。

PS 最後に世界へチャレンジするアーティストに何かアドバイスはありますか?

SY 日本はそもそも西洋圏の国ではないため、ポップ・ミュージックの世界で流行を考える際、日本の音楽を頭に思い浮かべる人はあまりいません。実際に今もそうであるかは別として、技術大国のイメージからくる信頼性において楽器や音響製品は間違いなく一目置かれていると思いますが、音楽制作になるとまだまだ多くの伸び代があると思っています。音楽に国境はないとよく言いますが、僕は実際に何の壁もないと考えています。もし壁があるとしたら、ミュージシャンとしての技術の未熟さ、プロとして仕事をできるレベルの英語力の欠如、多文化における理解力不足など、自ら作り上げている壁でしょう。こういった壁は自分の努力次第で取り除けますから、日本人であろうが何人であろうが、可能性はいくらでも広がっていると思います。

 

画像: SADAHARU YAGI インタビュー、グラミー受賞の日本人エンジニアが語る最新の欧米レコーディング事情

SADAHARU YAGI:ロサンゼルスを拠点に活動するグラミー受賞エンジニア/プロデューサー。シャキーラ、リッキー・マーティン、ワイクリフ・ジョン、リンプ・ビスキットといった世界のトップ・プロジェクトを手がけ、オルタナティヴ・ロックからブルース、コンテンポラリー・ゴスペル、R&B、ラテン・ポップまで幅広いジャンルで活躍。 2013年、ドラコ・ロサのアルバム『VIDA』を手がけ、レコーディング・エンジニアとして第14回ラテン・グラミー賞を受賞。続いて2014年、同作で第56回グラミー賞を受賞。2019年、ドラコ・ロサのアルバム『Monte Sagrado』で、第20回ラテン・グラミー賞、最優秀ロック・アルバムを受賞し、日本人として史上初となる3度のグラミー・アワードを獲得。現在、北九州市の文化大使も務め、これまでにアメリカ国内の音楽プロジェクトに限らず、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、ブルガリア、日本、台湾、ブラジル、ペルー、メキシコといった多くのインターナショナルなプロジェクトに参加し、世界各国で音楽活動を行っている

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