映画ファンなら、「東宝スタジオ」の名前を聞いたことがあるだろう。東京・世田谷に広がる国内最大級の映画撮影スタジオで、この地で数々の日本映画の名作が製作されてきた。また近年は撮影ステージからポストプロダクションセンターまで大規模なリニューアルを行なったことも、映画関係者にはよく知られている。今回特別に、そんな東宝スタジオの内部取材の許可をいただいた。リポーターは映画音響にひときわうるさい、潮晴男さんだ。(編集部)
編集部注:東宝スタジオでは、一般見学は受け付けていません

画像: 東洋一と謳われた、東宝スタジオ第8ステージ。写真右側に同じ構造の第9ステージが並んでいる。屋根がかまぼこ型なのは、建築当時(1955年竣工)にこれだけの大きさを柱なしで作るためだったと思われる

東洋一と謳われた、東宝スタジオ第8ステージ。写真右側に同じ構造の第9ステージが並んでいる。屋根がかまぼこ型なのは、建築当時(1955年竣工)にこれだけの大きさを柱なしで作るためだったと思われる

 今日は取材の機会をいただき、ありがとうございます。東宝スタジオというと、多くの名作映画や特撮作品を生み出してきた場所としてもよく知られています。今回、撮影ステージの内部も拝見して、その規模にも感心しました。改めて東宝スタジオの成り立ちからお聞かせ下さい。

立松 東宝スタジオの管理・運営を担当しております東宝スタジオサービスの立松です。ここは1932年に、写真化学研究所(P・C・L=PHOTO CHEMICAL LABORATORY)として誕生しました。1933年にピー・シー・エル映画製作所が創設され、その後、1937年に先述の2社と、J.Oスタジオ、東宝映画配給の4社が合併して東宝映画となり、1943年には東京宝塚劇場と合併し、社名を東宝株式会社と改め、東宝撮影所と呼ばれるようになりました。1971年に「東宝スタジオ」と改称して今に至っています。

 東宝スタジオでは、撮影から上映用素材であるDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)の完パケまですべてができると聞いています。

立松 当スタジオにはスタッフルームも多数用意しています。企画段階からそこに入っていただく場合もあり、実際の撮影や編集、音声収録からミックスダウンなどの仕上げまでの一連の流れが全て同じ場所で作業できます。いわゆるプリプロからポスプロと呼ばれる映画製作の頭からお尻までを撮影所内で完結させられる点がアピールポイントのひとつになっています。

 “映画製作の頭からお尻まで”というのはいいですね。

画像: 東宝スタジオは、10の撮影ステージやふたつのポストプロダクションセンターを備える。同社サイトにも詳しい地図がアップされているので、興味のある方は関連リンクから確認していただきたい

東宝スタジオは、10の撮影ステージやふたつのポストプロダクションセンターを備える。同社サイトにも詳しい地図がアップされているので、興味のある方は関連リンクから確認していただきたい

立松 当スタジオでは2003年からいわゆる「スタジオ改造計画」を進めてきました。その甲斐もあり、撮影用のステージやポストプロダクションセンターは快適な製作環境をご提供できるようになっています。

 かなり大規模な改修だったというお話を聞いています。ちなみに現在の東宝スタジオは、どんな施設・環境なのか詳しく教えていただけますでしょうか。

立松 主な施設としては、撮影を行なうステージが10棟、映像や音の編集を行なうポストプロダクションセンターが2棟あります。その他にはスタッフルームが入るプロダクションセンター、役者さんの控え室やリハーサルなどで使うアクターズセンター、我々のオフィスが入っているオフィスセンターなどがあります。

60年以上、映画人に愛されてきた特大ステージ

画像: 第8ステージの内部には、縦41m、幅33mという広大な空間が広がっている。街並のセットを作ろうと思ったら、これくらいのスペースは必要になるのだろう

第8ステージの内部には、縦41m、幅33mという広大な空間が広がっている。街並のセットを作ろうと思ったら、これくらいのスペースは必要になるのだろう

 今回撮影ステージも拝見させていただきましたが、建屋のサイズや構造の違いなど、いろいろなバリエーションがありますね。

立松 当スタジオの一番の特長が、特大サイズの第8、第9ステージです。ここは、『ゴジラ』や『七人の侍』公開翌年の1955年3月に完成した建物で、当時は東洋一の大きさと言われていたそうです。約430坪、正確には429坪の広さがあり、通称400坪ステージと呼んでいます。

 あれだけの大きさの建物なのに、中に柱がなかったのも驚きでした。

立松 縦41m、横33mの広さがあります。作られてから60年以上が経過していますが、ひじょうに頑丈で耐震基準を満たしていたので、今まで生き残ってこられたのです。

 もっと小型のステージとしては150坪の第6ステージなどもあります。こちらは2010年竣工の比較的新しいステージで、壁面は木枠が2段に渡って囲んでおり、その部分にセットを固定できるように工夫が施されています。

画像: こちらは150坪の広さの第6ステージで、2010年に完成した。冷暖房や無線LANも完備しており、快適な映画製作ができるように細やかな気配りがなされている

こちらは150坪の広さの第6ステージで、2010年に完成した。冷暖房や無線LANも完備しており、快適な映画製作ができるように細やかな気配りがなされている

 排水ピットもあって、雨のシーンが室内で撮れるというのも面白かったですね

立松 第10ステージは2006年6月に竣工しました。200坪の広さがあり、縦長で入口が正面中央にあるので、奥行のある映像が撮りたいとの要望にも応えられます。キャットウォーク上には照明バトンを完備しており、自由自在なライティングが可能です。アクション用のフックが付けられる設備もありますので、アクションシーンの撮影や練習にも使われています。

 また各ステージの搬入口は、シャッターと防音扉の二重になっていて、これを閉めると中はひじょうに静かになります。撮影現場は外部の音に対してシビアでなくてはなりません。

 これらのステージのどれで撮影するかは、作品に応じて選ばれるということでしようか?

立松 作品が必要とするステージの大きさや期間をまず聞き、ステージの調整を進めていきます。大きいステージのオファーは年間を通して多く入り、特大ステージは稼働率が80%ほどあります。

画像: 第6ステージの搬入口。手前と奥に二重のドアを備えているので、これを閉めれば外部の音はまったく聞こえない。撮影現場では同録が主流なので、こういった配慮も必要不可欠だという。なお扉は大型だが、動きはスムーズで、一人でも開閉が可能

第6ステージの搬入口。手前と奥に二重のドアを備えているので、これを閉めれば外部の音はまったく聞こえない。撮影現場では同録が主流なので、こういった配慮も必要不可欠だという。なお扉は大型だが、動きはスムーズで、一人でも開閉が可能

 大規模なセットの場合、建込だけで1ヵ月近くかかりますので、どうしてもステージ占有期間が長くなり、ひとつの作品で、3ヵ月ほど使っていることもあります。

 第8ステージは以前まで床面に木が碁盤の目状に埋め込んであり、そこにセットを固定することが可能でしたが、木が傷んできたので取り除いてしまいました。セットを作る際は、床に平台と呼ばれる木製の台を敷き詰めてそこに固定していきます。

 ステージの使われ方としては、映画撮影が中心なのでしょうか?

立松 東宝の作品だけではなく、最近では他会社の方々にも施設をお貸しする機会が増えてきています。

 ジャンル的には映画、テレビドラマ、CMの3つの比重が大きいのですが、近年では配信系のドラマも増えてきています。監督を含めたスタッフさんは映画畑の方々が多いので、通常と同じ流れでご依頼いただいています。

 撮影期間は配信系の方が少し長いですね。映画は製作期間1〜2ヵ月くらいのことが多いのですが、配信系は1時間番組を8話分作るといったケースもありますので、長期でお使いいただいています。

画像: 縦長な造りで、奥行のある映像を撮影できる第10ステージ。天井にある照明バトンは個別に昇降が可能で、アクション用のワイヤーを取り付けるフックも準備されている

縦長な造りで、奥行のある映像を撮影できる第10ステージ。天井にある照明バトンは個別に昇降が可能で、アクション用のワイヤーを取り付けるフックも準備されている

セットの作り方も、時代によって変わっている

 最近ではカメラもデジタル撮影が中心だと思いますが、それによって撮影ステージ側で変わってきたことはあるのでしょうか?

立松 美術・大道具については、たとえば街のセットでも奥の建物まで細かく作るといったことは減ってきました。背景はグリーンバックで処理してしまうことが増えています。昔はなるべく奥まで大道具で作り込んで、しかもセットにパースを付けて奥行感を演出し、最後は書き割りにするといったこともあったのですが……。

 マットペインティングですね、懐かしい。

立松 最近は背景を合成するか、あるいはスチール写真を引き伸ばして出力することが多いので、書き割りを描くこともほぼないですね。デジタルカメラのスペックも上がっていますので、照明もそこまで明るくなくても大丈夫になっています。

 大道具さんや美術さんの仕事場も拝見しましたが、仕上がりの見事さに驚きました。木材や発泡スチロールを使っているのに、一見すると石や金属にしか見えなかった。

立松 東宝スタジオには大道具の会社が3社入っていますが、エイジング処理をして、ずっとそこにあった建物に見えるようにする技術は素晴らしいと思います。役者さんが実際に触るセットはデジタル合成では自然に表現できませんから、どうしてもアナログの技術が必要です。美術さんたちも歴代の伝統をずっと受け継いでいますから、この職人技は大切にしていきたいですね。

画像: 東宝スタジオ内にはかつて大型プールがあり、特撮シーンの撮影などに使われていた。2003年から始まった改造計画でそのプールは解体されてしまったが、今でも小型プールは残っている。ただし撮影で使うことはほとんどないようだ

東宝スタジオ内にはかつて大型プールがあり、特撮シーンの撮影などに使われていた。2003年から始まった改造計画でそのプールは解体されてしまったが、今でも小型プールは残っている。ただし撮影で使うことはほとんどないようだ

 ところで、これまで第8や第9ステージでは、どんな作品が撮影されたのか教えてもらえますか?

立松 何しろ歴史が長いので、色々な作品を撮影してきたことは確かです。残念ながらどの作品を撮影したかという資料は残っておらず、詳細をはっきりとお答えはできません。

 最近では鈴木雅之監督が撮られた『マスカレード・ホテル』(2018年)で、第8ステージいっぱいにホテルのセットを建てて撮影されていました。さらに特大ステージでないと撮影できなかったのは、『劇場版コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-』(2018年)です。この作品は第9ステージに海ほたるにフェリーが座礁するシーンのフェリー内部の事故現場を再現し、セットの中に車を20台ほど入れて撮影していました。

 過去の作品では三谷幸喜監督の『ザ・マジックアワー』(2008年)で、特大ステージの中に守加護(すかご)という架空の街をまるまるひとつ建てて、道路まで作りました。この時は、主要な建物は2階まで人が入れるとか、建物は少しずつパースを付けて奥行感が出るように工夫されていました。DVDの特典映像に立て込みシーンが収録されていて、定点カメラでどんどん街ができていく様子がよくわかります。

画像: スタジオ内にある「枚岡神社」は、芸能の守り神を祀ったもので、昭和8年に大阪にある枚岡神社から分霊された。今でもクランクインの際にスタッフやキャストのお祓いをするために使用されている。潮さんもしっかりお参りを

スタジオ内にある「枚岡神社」は、芸能の守り神を祀ったもので、昭和8年に大阪にある枚岡神社から分霊された。今でもクランクインの際にスタッフやキャストのお祓いをするために使用されている。潮さんもしっかりお参りを

 この規模の建込は普通のステージではできないでしょうね。

立松 『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)も特大ステージで撮影されていて、DVDの特典映像にセットを建てるところから撮影の様子まで収められています。

 さて、今後の映画制作に対して、撮影スタジオ側として何か変えていこう、進歩させようとお考えの点はありますか?

立松 モーションキャプチャーやLEDパネルを用いた撮影など、様々な撮影手法が日進月歩で確立されておりますので、それらにどう対応していくかは考えています。壁面全部がLEDパネルで、グリーンバックにしたければ一面緑になるし、実写画像を合成したければそのまま写せるといったスタジオが必要ではないかという案もあります。

 ただ、技術はどんどん更新されていくので、どのタイミングがいいのか難しいところです。またハード面だけでなく、新しい技術を理解している人材も必要ですので、われわれスタッフも勉強をしなくてはいけないですね。

(11月7日公開の中編へ続く)

画像: 株式会社 東宝スタジオサービス 営業部の立松雄太郎さん。主に撮影ステージのブッキングや運営などを担当されているそうだ

株式会社 東宝スタジオサービス 営業部の立松雄太郎さん。主に撮影ステージのブッキングや運営などを担当されているそうだ

今の映画作りには欠かせない、スペシャルメイクアップセンターも併設

画像: スペシャルメイクアップセンターが入っている建物には、モスラの壁画が描かれている (c)TOHO CO., LTD.

スペシャルメイクアップセンターが入っている建物には、モスラの壁画が描かれている (c)TOHO CO., LTD.

 今回の取材では、スペシャルメイクアップセンターにもお邪魔することができた。ここは特殊メイクアップアーティストの第一人者である江川悦子さんが代表を務める「メイクアップディメンションズ」のオフィスで、東宝作品に限らず様々な映画、CMなどでの特殊メイクを手がけている。

 オフィスにお邪魔してまず驚いたのが、壁一面に並んでいる男優・女優の顔型だ。特殊メイクを施す場合は、基本的に顔の型取りをするそうだ。例えば坊主頭や老け顔など、どんなメイクであってもこれは共通だそうで、飾られているのはその一部なのだろう。

 ちなみに顔型を取る際には、以前は歯医者さんが型取りに使うのと同じ素材で顔を覆って、30〜40分じっとしていなくてはならなかったが、現在では3Dスキャンで型を取り、3Dプリンターで出力をするようになり、短時間かつ、役者さんへの負担も軽減されたそうだ。

 もうひとつ、男優さんのダミーボディも保存されていた。ある作品で、2階で亡くなり、遺体を1階に運ぶ際に誤って階段で落としてしまうというシーンがあり、そこで使うために等身大で作ったものだという。

 顔と手などの露出する部分は型を取り、ボディは本人の寸法を測って同じような体型に仕上げているそうだ(体は衣装で隠れるので、見える部分だけ特殊メイクで作る)。顔や手の素材にはシリコンが使われており、完成直後は生々しい感じもするそうで、撮影の際にベストな状態になるように仕上げるそうだ。

 実は、撮影スタジオでもこのようなスペシャルメイクアップセンターまで備えているケースは少ないという。「映画製作の頭からお尻まで同じ場所でできる」という言葉には、こんな点も含まれているのだろう。(編集部・泉)

東宝スタジオで撮影された、日本映画の名作たち

画像: 『マスカレード・ホテル 豪華版』 ●好評発売中 ●発売元:フジテレビジョン ●販売元:東宝

『マスカレード・ホテル 豪華版』
●好評発売中
●発売元:フジテレビジョン
●販売元:東宝

画像: 『三度目の殺人 DVDスタンダードエディション』 ●発売元:フジテレビジョン ●販売元:アミューズソフト ●税抜価格¥3,800 (C)2017 フジテレビジョン アミューズ ギャガ

『三度目の殺人 DVDスタンダードエディション』
●発売元:フジテレビジョン
●販売元:アミューズソフト
●税抜価格¥3,800
(C)2017 フジテレビジョン アミューズ ギャガ

画像: 『シン・ゴジラ DVD 2枚組』 ●好評発売中 ●発売・販売元:東宝

『シン・ゴジラ DVD 2枚組』
●好評発売中
●発売・販売元:東宝

This article is a sponsored article by
''.