NHK BS4Kで絶賛放送中の『空想特撮シリーズ』。いよいよ7月からスタートするのが、みんなが待っていた『ウルトラマン』だ。前編では、今回の3作品一挙放送が実現したいきさつや、円谷プロダクションが取り組んでいる4K/HDRでのアーカイブ作業への思いをうかがった。後編では、『ウルトラマン』リマスターの具体的な作業内容についてお話を聞いている。対応してくれたのは円谷プロダクション 製作本部 エグゼクティブマネージャーの隠田雅浩さん、同プロジェクトマネージャーの池田 遼さん、同IMAGINEERINGマネージャーの小林奈穂子さん、さらにグレーディング作業を担当した東映デジタルラボ ポスプロ事業部の佐々木 渉さんにも同席いただいている。(取材・まとめ:泉 哲也)

画像: ウルトラマンのボディの銀色、目やカラータイマーの輝きなども、4K版(下)でよりクリアーになっている

ウルトラマンのボディの銀色、目やカラータイマーの輝きなども、4K版(下)でよりクリアーになっている

ーーここからは、スキャン用マスターについてうかがいます。以前の取材では、『ウルトラマン』はドラマパートが16mm撮影で、特撮パートは一部35mmフィルムが使われているとのお話がありました。今回のレストアではどのフィルムが使われたのでしょう?

隠田 編集作業が終わった16mmオリジナルネガです。いわゆるフィルムにハサミを入れて編集された “原版” になります。当時のフィルムですので、注意して作業しないと破断してしまったりと、色々なリスクもあるんですが、東映ラボ・テックさんには、安心してお任せできました。

池田 素材はリスト化して保存してありますので、それを東映ラボ・テックさんにお預けしました。『ウルトラセブン』の時から作業の流れもある程度出来上がっていたので、スキャンの準備段階から入っていただいて、フィルムの状態のチェックなどもすべてお願いしています。

 東映ラボ・テックさんには、フィルムをチェックするベテランのスタッフさんもいらっしゃいます。今回はフィルムの状態は非常によく、当時撮影した他の16mm作品に比べても映像が美しく残っているということを聞きました。『ウルトラセブン』でもうまくいったので、これならもっとよくなるんじゃないかという予想はありました。

 スキャン作業は、フィルムのパーフォレーション部分まで含めて5K解像度で行っています。そうすることで、映像部分で4K解像度を保持できます。スキャンしたデジタルデータはそのまま残しているので、資料的にも非常に価値があると思います。実際、高解像度データが求められる商品や、細部の監修作業において使用したりもしています。

ーーグレインについても、『ウルトラセブン』の経験があったから、自然に仕上げられたというお話がありました。

池田 以前は、16mmフィルムを4Kで見るのは厳しいんじゃないかと言われていました。確かに、『ウルトラセブン』の最初のテストではグレインがきついというか、大きすぎるような印象がありましたので、そこについては東映ラボ・テックさんに抑えていただいています。そのノウハウは企業秘密のようですが(笑)。

画像: 第37話「小さな英雄」より。HD(上)と4K(下)を比べると、科特隊の制服のオレンジ、奥の岩の質感やディテイル、木々の微妙な緑色などに違いが見て取れる

第37話「小さな英雄」より。HD(上)と4K(下)を比べると、科特隊の制服のオレンジ、奥の岩の質感やディテイル、木々の微妙な緑色などに違いが見て取れる

佐々木 HDR映像で粒の大きいグレインを見るのも辛いかなと思いましたので、弊社のレストア担当者に頑張ってもらいました。僕自身は、グレインや傷、パラ消しといったレストア作業が終わったデータをもらって、そこからのいわゆるグレーディング作業を担当しています。

隠田 そういったワークフローについては、東映ラボ・テックさんの方で構築していただきました。佐々木さんや東映ラボ・テックさんとのチームワークもそうですし、先輩方も含めて皆さんの協力がなかったら、『ウルトラマン』の4K/HDRは実現できなかったでしょうね。

ーーシリーズ初のカラー作品である『ウルトラマン』について、円谷プロさんとして色や輝度のトーンなどの方向性は決まっていたのでしょうか?

隠田 『ウルトラマン』に至るまでのプロセスについては、まず『ウルトラQ』ではHDRというものが我々にとっても目新しかったんです。HDRを使えば概ね含まれている情報がよく見えてくるようになります。しかし当時は、それをそのままストレートには組み入れなかったんです。

 そこでは、『ウルトラQ』としてのミステリアスな世界観を示すための暗さや、ブラウン管というデバイスを通して見ていた独特の雰囲気をHDRでどう再現するかのチャレンジが必要でした。結果的には、画面をただ明るくするのではなくて、暗いトーンの中で見える、見えないをコントロールしていくところが重要だったと思います。

 『ウルトラセブン』はカラーになったこともあり、違うアプローチが必要になりました。『ウルトラQ』で培った考え方やプロセスは生かしつつ、製作当時の狙いが何であるかを話し合って、ここはこういう狙いであるべきなんじゃないか、見えないことに意味があるんじゃないかということから、作品としての面白みを追求しました。

 HDR映像だったら、微妙に見える、見えないといったこともコントロールできるわけです。そういうことも習得していけたと思います。さらに輝度再現が奥行きの表現に影響するということも、『ウルトラセブン』で学びました。ダイナミックレンジが向上することで、絵の奥行きを表現できる領域も上がるというのは面白かったですね。

 『ウルトラマン』は、そういったことをすべて学んだ上で作業し始めたので、カラータイマーや目であるとか、ウルトラマンにおける光源についても、すごく気を遣っていたと思います。金属的なテラっとしたシルバーや、赤の表現にもこだわりました。

画像: 実相寺監督の名作、第23話「故郷は地球」より。ミニチュごしに立つジャミラのカットでは、下の4Kレストア版の方がより奥行感が再現されている

実相寺監督の名作、第23話「故郷は地球」より。ミニチュごしに立つジャミラのカットでは、下の4Kレストア版の方がより奥行感が再現されている

佐々木 赤色は気にしながら作業していました。テクニカルな部分でいくと、『ウルトラマン』はDCI P3の色域からはみ出さない方がいいんじゃないかと考えました。技術的にはBT.2020の色域も使えますが、実際の家庭のテレビ環境も考えると、あまり欲張らなくてもいいだろうという判断です。

 色域についての技術的な決まりを設けた上で、ウルトラマンのボディのシルバーを再現するために、フィルムの退色だったり、話数ごとの色のばらつきを微調整し、その反動で赤色がずれた場合はもう一度調整するという作業を繰り返しています。

池田 『ウルトラマン』は最初のカラー作品なので、当時の製作側も意識して工夫していたようです。ボディのシルバーと赤もそうですし、隊員服のオレンジもありますよね。あと、桜井さんもわざわざ髪を染めたとうかがいました。高野宏一さんから、次はカラー作品なんだから髪の色を明るくしてみたら、といった話があったそうです。4K/HDRでは、その栗色の髪の毛がとても美しく出ていると思います。

佐々木 『ウルトラセブン』の時は資料性と作品性のバランスが難しい時もあったんですが、『ウルトラマン』では作品性を重視しながら、HDRという技術を生かしてより深みを出すということを狙って作業を進めました。

 作品を自然に再現しようとした結果、明るいところがより明るくなって、暗いところは暗くなっているけれど、絵として気持ちのいい状態に仕上がったのです。よりシンプルに作品と向き合うことで、HDRの良さを引き出すことができたかなって感じています。

ーーさて『ウルトラマン』というとやはり特撮シーンが魅力ですが、特撮の見せ方で印象に残っているシーンはありましたか?

隠田 第2話「侵略者を撃て」のバルタン星人のエピソードはナイトシーンが多かったので、暗いシーンに凄く拘ったのは覚えています。バルタン星人って基本的におどろおどろしい雰囲気があると思うんです。建物の中に入っていってバルタン星人に遭遇するとかいったところの怖さなどは、醸し出せていないと駄目だと思い、HDRのスペックをどのように活かすかに注力しました。

 第1話「ウルトラ作戦第一号」のフェイストーンもすごく悩みましたね。そこで、今の時代に最初から4K/HDRカメラで撮影するとなったら、メイクさんや俳優さんはどうするかと考えました。当然、ドーランなどのむらが見えないようにするでしょうし、肌の色もある程度統一し自然な雰囲気になるだろうと思いました。そこで、佐々木さんに自然なトーンで調整してもらったのを覚えています。

画像: 桜井さんはカラー放送のために髪を染めたとかで、下の4K映像では栗色の髪の毛が美しく再現されている。肌色もよりナチュラルです

桜井さんはカラー放送のために髪を染めたとかで、下の4K映像では栗色の髪の毛が美しく再現されている。肌色もよりナチュラルです

佐々木 当時の雑誌や成田 亨さんのデザイン画集などを改めて確認し、その上で怪獣のスーツがどうなっているのかなど想像しました。また作業が始まってから、桜井さんから写真集をいただきまして、肌の質感や隊員服の色再現などは、その写真集を参考にしました。

池田 映像素材としては、一番制作当時に近いLDやデジタル処理が発達し始めたDVDのマスターまで遡って比較したり、台本も見てどんな意図の表現だったのかなども、改めて確認していきました。

隠田 もうひとつ、基地内部セットの背景も重要でした。『ウルトラセブン』の時もそうでしたが、『ウルトラマン』の基地内部の色ってどれが正しいんだろうねと。そこについても、今回は当時の現場を知る方々がいてくださったことで、正しい再現できました。

 またウルトラマンのボディが、少しアンバーがかった暖色系のシルバーに見える時と、青みがかった寒色系のシルバーといった具合に、過去のメディアによってばらつきがあるように思うのです。ここをどうすべきかを池田とも相談し、なぜそうなったかという原因についても話し合っていきました。

 『ウルトラQ』の頃からそうですが、作品全体を通して合成っぽく見えないようにするにはどうしたらいいかに注力しています。そこについては佐々木さんにかなり細かいオーダーをしました。

 また早い段階で、光線部分については当時の光学合成技術を最大限尊重して、より透明度を上げたり、発光感があるようにしようと決めたのは覚えています。

佐々木 具体的な処理としては、光学ショットなどで、強調感、ショックがなくなるように配慮しています。

隠田 作り手として気になることのひとつに、メディアが変わった時に合成カットの馴染みが悪くなりバレやすくなる課題があります。フィルムで作った作品をテレビに映すと違和感が出てしまうというようなことです。

 特に昔の作品では、自然界を撮影したフィルムと、合成した映像やCGで作ったものでは階調が異なるので、メディアが変わった時に合成が破綻しやすいんです。『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』は16mmで合成で二重に焼いたところとそうでないところの差が出てしまうため、4K/HDRでリマスターするのであれば、そういったところにも気を払ってグレーディングしたいとお伝えしました。

画像: 第16話「科特隊宇宙へ」の二代目バルタン星人。胸に埋め込まれた反射鏡で跳ね返されるスペシウム光線が、下の4K映像の方がより鮮やかになっている

第16話「科特隊宇宙へ」の二代目バルタン星人。胸に埋め込まれた反射鏡で跳ね返されるスペシウム光線が、下の4K映像の方がより鮮やかになっている

佐々木 合成パートについては、シーンごとにマスクをかけて(エリアを指定して)補正作業を行っています。今のシステムではフリーハンドでマスクも切れるし、部分的な調整もできるので、今回は僕が改めて合成しなおすんだ、くらいの気持ちで作業しています。

ーー合成シーンすべてにマニュアルでマスクを切るとなると、その作業だけでも相当時間がかかりませんか?

佐々木 そうなんですが、今できる技術をふんだんに使いながら、当時をリスペクトしていくように頑張りました。あとは、色味をマシンで判断して、例えば緑っぽい怪獣だったら緑だけ拾って、周囲になじませるために調整するといったことも行っています。鈴木さんもこういった作業に慣れていらっしゃるので、それができるんだったらこの部分もできるよね、みたいなお話もありました(笑)。

隠田 鈴木さんは、今の技術をあっという間に使いこなしちゃうんです。そこもすごいですよね。

ーーところで、鈴木さんが全話を通して監修するということは、いつのタイミグで決まったんですか?

隠田 1話、2話のテストピースを見ていただく時点ではもう決まっていました。

小林 鈴木さんも、若い時に苦労してみんなで作り上げた思い入れのある作品だからとおっしゃっていました。私自身は1〜2話の頃しか現場には立ち会うことができなかったので、その後は池田にバトンタッチして作業を進めてもらいました。

ーー池田さんが一緒に作業をされていて、鈴木さんが特にこだわっていると感じたのはどこだったのでしょう?

池田 先ほども話に出ましたが、ウルトラマンの目は、キャラクターとして一番明るくあって欲しいといったお話はありました。煌々と、真っ白になるくらい照らしたいという思惑を持ってらっしゃったんですけれども、白く塗りつぶすくらいにまでなるとさすがに今までの映像と違いすぎてしまうので、抑えたいというお話もし、ディテールは残しましたが、HDRによってこれまでよりも明るい見え方に出来ていると思います。

隠田 そこについては、多面的に考えなくてはいけません。当時のスタッフの皆さんのこうしたかったという思いと、ファンの方がこれまで見てきた映像との違和感を覚えないようにするという点での選択も必要でした。

小林 一方で、HDも4Kもそうでしたが、レストア作業って、毎回新しい発見があると思っています。今回リマスターされた映像も、新作みたいな気分で見ています。

画像: 第23話「故郷は地球」より。実相寺監督らしい物越しのショットでも、奥の人物にライトがあたっているのが4Kレストア(下)できちんと見えている

第23話「故郷は地球」より。実相寺監督らしい物越しのショットでも、奥の人物にライトがあたっているのが4Kレストア(下)できちんと見えている

ーーちなみに放送は4K/60pで、ビットレートも放送用なので30Mbps前後ということになりますか?

隠田 そこはNHKさんにお任せしていますので、われわれにはわかりません。ただHDR方式はHLGが使われるはずです。

佐々木 マスターに関しては、HDR10にもHLGにも対応できる状態で作業していますので、データの書き出しでどちらを選ぶかで大丈夫です。

隠田 せっかくこういう機会いただけたのでアピールしておきたいのですが、いつか『ウルトラマン』がUHDブルーレイで発売されたら、それがフルスペックの状態だと考えていただきたいです。HDRフォーマットはHDR10で、映像は4K/24pにできますからビットレート的にも優位性がでてくるでしょう。そこで全部の魅力がお届けできるように作っています。

ーーファンとしては、一日も早いUHDブルーレイの登場を期待したいですね。ちなみに以前のインタビューでもうかがいましたが、今後の円谷プロ作品の4K/HDR化のスケジュールは決まっているんでしょうか?

隠田 具体的には何も決まっていません(笑)。個人的にアーカイブしたい作品としては、『快獣ブースカ』もありますし、ウルトラマンシリーズでいくと『帰ってきたウルトラマン』をやりたいですよね。

ーー『帰ってきたウルトラマン』の昭和感やルックス、『快獣ブースカ』のモノクロも4K/HDRでどうなるか見てみたいです。

隠田 『快獣ブースカ』は『ウルトラQ』に近いものになるかもしれません。でも空気感がまったく違うので、もっと明るい感じになるでしょうね。

 円谷プロとして、アーカイブへの取り組みは続けていきたいと思っています。ただ、実際にやるとなると数年がかりですから、きちんと計画してから取り組まないといけません。BSプレミアム4Kの『ウルトラマン』が評判になってくれれば、そういった活動の追い風になるかもしれません。

ーーBSプレミアム4K放送を盛り上げて、パッケージ発売にまでこぎつけたいですね。読者の皆さんも応援しましょう!

隠田 よろしくお願いいたします。

●取材に対応いただいた方々

画像: 株式会社 円谷プロダクション 常務執行役員 製作本部 エグゼクティブマネージャー Chief Creative Officer 隠田雅浩さん(右)と、製作本部 IMAGINEERINGマネージャー 小林奈穂子さん(左)

株式会社 円谷プロダクション 常務執行役員 製作本部 エグゼクティブマネージャー Chief Creative Officer 隠田雅浩さん(右)と、製作本部 IMAGINEERINGマネージャー 小林奈穂子さん(左)

画像: 東映デジタルラボ株式会社 ポスプロ事業部 カラーリストグループ 佐々木 渉さん(右)と、株式会社 円谷プロダクション 製作本部 製作部 企画・製作グループ プロジェクトマネージャー 兼 製作本部 フランチャイズ/コア室ベースグループ プロジェクトマネージャー 池田 遼さん(左)

東映デジタルラボ株式会社 ポスプロ事業部 カラーリストグループ 佐々木 渉さん(右)と、株式会社 円谷プロダクション 製作本部 製作部 企画・製作グループ プロジェクトマネージャー 兼 製作本部 フランチャイズ/コア室ベースグループ プロジェクトマネージャー 池田 遼さん(左)

©円谷プロ

現在発売中の「季刊HiVi」2025年夏号、酒井俊之さんの連載「ひとと映画のはざまに」に、東映ラボテックのカラリスト、佐々木 渉さんが登場しています。こちらも併せてご一読下さい。

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