NTT コミュニケーションズとヤマハは、両社が共同開発した独自技術「GPAP over MoQ」を利用したライブビューイングに関する実証実験を5月28日に実施した。
GPAP over MoQとは、ヤマハが開発した音声・映像・照明などのデータ形式を統一化する記録・再生システムの「GPAP」(General Purpose Audio Protocol)と、NTTコミュニケーションズが研究している低遅延次世代メディア転送技術「MoQ」(Media over QUIC)を組み合せたもので、近年のライブビューイングをさらに楽しくするための技術になっている。

コロナ禍以降音楽ライブ市場は成長を続け、近年は様々なアーティストによるライブが活況を呈している。同時に映画館などでのライブビューイングにも注目が集まってきた。ライブビューイングは、チケットが取れない、遠方で観に行くことができないといったライブや過去の公演を、大きなスクリーンで鑑賞できるという利点があり、これからも市場の成長が期待されている。
ただし、これまでのライブビューイングは、通信回線の制約もあり、高精細の映像/音声を低遅延・双方向で転送することが難しく、高い臨場感が実現できないという課題があった。
GPAP over MoQはこれを解決するための提案で、まず映像、音声、照明の制御といった様々な信号をGPAPを使ってWAVデータに統合、それをMoQを使って低遅延で転送している。例えば一般のインターネット回線使って配信を行なうと3秒程度の遅延が発生するが、GPAP over MoQの場合は最小0.1秒程度の遅延に抑えることができるそうだ。

映像や音声の遅れを0.1秒程度に抑えることができれば、複数のライブ会場をつないでコール&レスポンスができるようになり、離れた場所のライブビューイングであっても、アーティストのいる会場でライブに参加している感覚を共有できるということだ。
またそもそもGPAPでは、映像や音声だけでなく、照明も現場と同じように制御できるので、臨場感・一体感が増すのは間違いない。とはいえWAVフォーマットに統一したとしても、このデータをどうやって効率的に伝送するかはヤマハとしても悩んでいたようだ。
今回は伝送方法としてMoQを組合せているが、そこではデータの種別(音声や照明データなど)に応じて最適な圧縮方式を適用させ、転送データ量を最大 90%程度(元のデータを10分の1に)圧縮することができたそうだ。またGPAPのデータ種別に応じた独自のリアルタイムデータの復旧制御方式も利用し、不安定なネットワーク環境下でも音飛びや照明制御の異常が発生しづらい、安定したデータ転送を低遅延で実現している。

先日の実証実験では、ヤマハ銀座店B1Fで演奏を行い、GPAP over MoQを使ってその様子を6Fに配信、低遅延でコール&レスポンスができえることや舞台装置の演出効果も同期できていることがデモされた。
まず6Fのサテライト会場(ライブビューイング会場に相当)で、B1Fのステージ(ライブ会場のイメージ)で行われる小林 佳氏の演奏配信経由で聞く。実証実験ではインターネット一般回線を使っているそうで、通常の方式では6FとB1Fのやりとりでも3秒以上のタイムラグが発生している。これをGPAP over MoQに切り替えると、確かに遅延が少なくなり、会話の違和感もなくなっている。今回は6Fの手拍子をB1Fにフィードバックしていたそうだが、小林氏もその音に違和感はなく、会場が盛り上がっているように感じたと話していた。

とはいえどうしてもインターネット回線のトラフィックによる影響は避けられないようで、体感的に遅延は0.1秒以上あった。その点については配信を行なう場所や規模などに応じて回線の種類を選んでいく必要があるのだろう。
ちなみに今回は映像は2K解像度、音声は48kHz/24ビット/2chというクォリティでの配信だった。今回はライブハウスほどのスペースだったのでこの品質でもあまり問題はなかったが、大規模なライブビューイングの場合は4K映像、音声は96kHz/24ビット、あるいはマルチチャンネルでの再生が求められるだろう。その点についてもGPAP over MoQでは技術的に対応可能で、あとは増えたデータ量を安定して伝送するためのネットワーク環境をどう構築するかになるそうだ。

今後の展開として、NTTコミュニケーションズはMoQの国際標準化へ向けた活動を推進するとともに、2026年度中に有償提供開始を目指していくそうだ。また地方でのライブビューイングの提供を検討、地方でも都市部と同様なエンタテインメント体験を提供することで、地域創生を推進していくという。ヤマハも、GPAPを通してライブやコンサート配信に付加価値を創出し、また具体的な事業展開を見据えて、様々な領域でのニーズの開拓に取り組んでいくとのことだった。
近年の映画館は、映画を見るための空間から、ステージや音楽ライブも楽しむ場所として変化している。GPAP over MoQによって、そこでの体験の “質” が向上していくのは、ユーザーには大きな価値がある。さらに小さな会場でも同じ恩恵を受けられるのであれば、多くの音楽ファンにも喜ばれることだろう。音楽ファンには、GPAP over MoQの今後の展開に注目していただきたい。
(取材・文・撮影:泉 哲也)