『GONIN』『死んでもいい』『天使のはらわた』シリーズで知られる映画監督の石井隆氏が、2022年5月22日に永眠してから3年が過ぎた。今回、没後3年に合わせて6月6日(金)から石井監督の特集上映「石井隆Returns」の開催が決定した。シネマート新宿、池袋HUMAXシネマズを皮切りに、『死んでもいい』『ヌードの夜』『夜がまた来る』『天使のはらわた 赤い閃光』という初期監督作4作品のHDリマスター版が全国で順次上映されるという。
昨日、この開催を記念して、HDリマスター版『ヌードの夜』先行上映イベント&トークショーが開催された。『ヌードの夜』の主演であり、石井監督作品も多く出演している俳優の竹中直人さんと、石井隆ファンを公言しているライムスター宇多丸さんのふたりが、石井監督への思いを語ってくれるというものだ。今回、そのトークショウに参加してきたので、以下で紹介する。

おふたりの登場に、劇場内は大いに盛り上がっていました
登壇早々に宇多丸さんは、「僕は、今日はただのファン代表で、竹中さんにお話をうかがうということにしたいと思います」と挨拶。さらに「『ヌードの夜』を今日初めて見るという人はどれくらいいらっしゃいますか?」と質問をしてくれた。来場者の中には初見の人も多かったようで、「そこそこいらっしゃいますね。じゃあネタバレは気をつけましょう」(宇多丸さん)、「あぁそうか、ネタバレしちゃう方が話が面白かったりするんですけどね」(竹中さん)という気さくな会話からトークショウがスタートした。
そして宇多丸さんから、竹中さんが初めて石井監督の作品に出演した『天使のはらわた 赤い眩暈(めまい)』について、そのきっかけが何だったのかという質問があった。
「僕はその頃劇団青年座にいたんです。ある時、映画放送部という部署に行ったら、台本が捨ててあって、拾い上げたら『ヌードの夜』って書いてあったんです。いいタイトルだなと思ってページをめくったら、監督・脚本 石井隆と書いてあったんです。
僕は、子供の頃に石井さんの漫画読んでましたが、石井さんの絵はものすごくインパクトがありました。もちろん脚本を担当された『天使のはらわた』シリーズも見ていました。それで、『これ誰に来たの?』って聞いたら、『竹中だよ。でもロマンポルノはやんないだろうから、断ったよ』って。それで、復活させてってお願いして、石井さんに会いに行ったんです」(竹中さん)

竹中さんは、次から次に石井監督との思い出が湧き出てくる様子でした
これについて、当時は竹中さんはお笑い番組などの出演が多かったこともあり、スタッフからは反対の声もあったようだ。
「その頃は、主演映画なんてやったこともないですからね。でも、石井さんは役者として僕のことを評価してくださっていたのかもしれません。とにかく僕のこと好きだったみたいで、眼差しがとても優しかったんです。
最終的にタイトルは『天使のはらわた 赤い眩暈』に変更されて、撮影が始まりました。期間は8日か9日間ぐらいで、みんな家に帰れずロケバスで寝たりしてました。今だとたいへんな問題になっちゃうかもしれないけれど、石井さんだと、なんだこいつって気にならないんです」(竹中さん)
また「石井監督から演技指導などはあったんですか」という宇多丸さんの質問に対しては、「僕にはなかったですねとの返事。さらに「『ヌードの夜』を見てもらえれば分かると思いますけど、僕がテレビでたまにやっていたギャグを演じてくださいといわれたので、『石井さん、それだそれだと竹中直人になっちゃいますよ』と言ったんですが、『それでいいんです』という返事で」とのこと。
「役を超えたものと言うか、石井さんと俺との関係なんだって、それを感じることができたんです。石井さんが僕を信じてくださっている。監督と役者っていうか、人間同士の関係に石井さんとなれたっていう感じが強かったですね」と、石井監督と竹中さんの信頼の強さがうかがえるエピソードを披露してくれた。

石井監督のファンを自認する宇多丸さん。作品についての造詣の深さは驚くほどでした
その後、竹中さんが『ヌードの夜』というタイトルで映画を撮ってくれませんかと石井監督に話をしたところから話が進み、最終的に同作が1993年に劇場公開されたそうだ。
その『ヌードの夜』の撮影については、「石井さんとまた映画を作れるって事が、夢を見てるような感じでした。余貴美子さんが埠頭から車で海に飛び込んで、それを救うシーンでは、余さんとスキューバダイビングの練習をしことも覚えています。撮影の時はダイバーの人が浮いてこないように僕の足を引っ張るんです。でも、ものすごく汚い海で、俺こんなとこに潜んなきゃいけないの?って感じでした。
それをプロデューサーの成田尚哉さんにこっそり言ったら、石井さんに伝わって、『だったら撮りません』ってロケバスから出てこなくなっちゃったですよ(笑)。それで、僕と撮影の佐々木原保志さんでドアを叩きながら『石井さん、出てきてくださいよ』て何度も呼んだんです。今も聞いているかもしれないなぁ、石井さ〜ん」と、現場の緊張感がうかがえるお話を聞かせてくれた。
実際『ヌードの夜』はワンシーン、ワンカットでの撮影にこだわっていたそうで、この一連のシーンも竹中さんは水中で待機しなくてはならなかったとのこと。そこでの厳しさは想像を絶するものがあったのだろう。

ネタバレしないように、と言いながら思わず作品のディテイルに触れてしまうことも
またライティングやカメラワークのセッティングで待ち時間があったことについて聞かれた竹中さんは、「昔は石井監督は35mmフィルムカメラの横に立っていました。それがモニターで見られるようになっちゃってからは、例えばカメラが3台くらい撮ってる時も、サードのカメラアシスタントくんに、『そのアングでいいんですか』って言うんですよ。だから、結構時間がかかるようになっていました」と、石井監督の画作りへのこだわりも話してくれた。
また出演者について宇多丸さんから、「この作品で印象的だったことは、もちろんいっぱいあるんですけど、とにかく椎名桔平さんでした。多くの人がこの映画でやっぱ彼を目撃したんじゃないでしょうか。彼が事務所にやってきて、竹中さんにパンチを決める一連のショットでの、椎名さんの狂気めいた表情がすごかったですね」という話も出た。
「石井さんが桔平のすごいところ引き出したんだと思うんです。あの時もワンカットで撮影したので、特殊メイクの原口智生さんがフレームのギリギリに隠れていて、僕が殴られてダウンしたら、その場で特殊メイクをするんですよ。で、僕が這い上がってくるともう顔が腫れているっていうのがあって、その時は楽しかった。絶対NGは出せないって気持ちがあるんだけど、それが高揚する何かにつながるんですよね」と、竹中さんも撮影の思い出を楽しそうに話していた。

会場となった池袋HUMAX シネマズ スクリーン4は、ほぼ満席になっていました
「石井隆という人は、本当に最高でした。役者を乗せてくれるっていうか、石井さん放っているエネルギーっていうか、35mmフィルムカメラの横にいる石井隆が僕は本当に大好きでした。映画が終わると寂しくて石井さんと会うんですよね。ふたりで新宿の街を歩いたり、一緒に映画見に行ったりもしました。そんな時も石井さんは、『僕の映画なんて誰も見ませんよ。これで終わりですよ』って、そればっかり言うんですよ。普通はそういう人と一緒にいるのは嫌じゃないですか。でも石井さんだと、それがめっちゃ色っぽいですよ。愛おしくなるんですよ。石井さんの、本番用意って声を聞きたくなるんですよ」と、竹中さんが石井さんの人柄に強く惹かれていることも話してくれた。
さらに、「映画って、僕にとっては現場なんです。出来上がったものはお客さんのものになっていくから。だから出来上がった映画は、ほとんど自分では見ないんですよ。でも『ヌードの夜』は石井さんにも言われたから見るじゃないですか。そしたら根津甚八さんも桔平もかっこよくてねぇ(笑)。本当になんで俺だったのかなぁと。石井さんが僕にこだわってくださったっていうのは、本当に愛おしく、ありがたい時間でしたよね。
それが今またリマスターされて見てもらえる。とても嬉しい! 感謝すべきことで、石井隆なぜ死んだ、と思っちゃいますね。ちょっとダメだ、泣きそうにになっちゃった。もっと撮って欲しかったな、悔しいですね。いい監督だったですよ。こんな絵撮れる人いないですからね。なんでこんな素敵な監督が、こんなに早くいなくなっちゃうんだろう」と、声をつまらせながら竹中さんは話していた。
没後3年 特集上映「石井隆Returns 初期監督作4本HDリマスター版上映」
●上映作品:『死んでもいい』『ヌードの夜』『夜がまた来る』『天使のはらわた 赤い閃光』
●開催時期:2025年6月6日(金)より、シネマート新宿、池袋HUMAXシネマズ他、全国順次上映
●配給・宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト
●協力:ファムファタル、キングレコード、日活、キネマ旬報社、中央映画貿易、ダブル・フィールド

ここで宇多丸さんから、「でも、映画のいいところは、上映するたびにこうやって新しい観客に見てもらえるところでもありますよね」という話がでると、竹中さんも「そうですね、それはすごく思いました。『ヌードの夜』が、みんなにどのように映るのか。本当に素晴らしい映画だと僕も思いますが、それをみんなが今日どんな思いで受け止めて、どんな思いで池袋の街を歩いて帰るのかと思うと……」と、感無量な様子だった。
最後に、「最高な監督がいなくなっちゃったのは本当に寂しいけど、皆さんがこんなに集まってくださって、一緒に映画を見てくれるのには感謝します。本当にありがとうございます」(竹中さん)、「僕は、これから初めてこの作品をご覧になる方を羨ましいと思うし、スクリーンでさらに美しくなった映像を楽しんでもらいたいですね。文句なしの傑作だと思いますので、楽しんでください」(宇多丸さん)と、おふたりから来場者に向けた挨拶があり、トークショウは終了となった。
(取材・文・撮影:泉 哲也)