福山雅治さんが監督を務めた、『FUKUYAMA MASAHARU LIVE FILM 言霊の幸(さき)わう夏@NIPPON BUDOKAN 2023』がブルーレイで発売された。本作は劇場公開時にはドルビーシネマでも公開され、その際に福山さん自身が、「僕の脳内の理想の音、理想の映像を詰め込んでいます」と語っていた作品だ。しかもブルーレイにはドルビーアトモス音声が収録されており、福山さんがディレクションした“ライブを超えたライブ体験”が自宅でも再現できるものになっている。そこで今回は、劇場版、ブルーレイ両方のドルビーアトモス音声を手がけた、株式会社ソナ 染谷和孝さんと株式会社ヒューマックスエンタテインメント 嶋田美穂さんに制作時の裏話をうかがった。(取材・文:泉 哲也)

『FUKUYAMA MASAHARU LIVE FILM 言霊の幸わう夏@NIPPON BUDOKAN 2023』
Blu-ray/DVD
<初回限定盤>三方背ケース入り¥8,470(税込)、<通常盤>¥6,050(税込、写真)

画像: 福山雅治さんが考える “ライブを超えたライブ体験” がここにある。ブルーレイ『FUKUYAMA MASAHARU LIVE FILM 言霊の幸(さき)わう夏@NIPPON BUDOKAN 2023』の音はこうして生まれた(前)

<収録楽曲> (*は追加収録楽曲)
1.少年 2.暗闇の中で飛べ 3.零 -ZERO- 4.甲子園* 5.BEAUTIFUL DAY 6.18 〜eighteen〜 7.虹 8.巻き戻した夏 9.Squall 10.ひまわり 11.想望 12.Revolution//Evolution* 13.KISSして 14.HEAVEN 15.それがすべてさ* 16.妖 17.革命 18.明日の☆SHOW* 19.あの夏も 海も 空も 20.光 21.ヒトツボシ 22.クスノキ 23.Dear 24.家族になろうよ -BONUS TRACK- 道標(D.ENCORE ver.)*
●音声コンテンツ「福山雅治とエンジニアによるドルビーサラウンドにおけるスペシャル対談」

ーー今日はよろしくお願いします。『言霊の幸わう夏』という作品には、福山さんのディレクションが随所に反映されていると聞いています。今日は特にドルビーアトモス音声について、どういったところにこだわられたのかうかがいたいと思っています。その前に、おふたりがこれまで手掛けた音楽作品について教えて下さい。

染谷 ドルビーシネマでのライブ作品としては、最初に嵐の『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”』を担当しました。その後に嶋田さんと一緒に三代目J SOUL BROTHERSの『JSB3 LIVE FILM / RISING SOUND』の音響制作を担当しました。特に音楽作品については嶋田さんの得意分野ですので、細かな部分も含めていつもお力を借りています。

嶋田 弊社では、ライブ映像作品の制作を数多く手がけており、音楽作品の音響には豊富な経験があります。アイドルグループやダンスグループ、K-POPアーティストまで、ジャンルを問わず幅広い作品に携わってきました。近年では、パッケージ向けと配信向けの音響制作を並行して進めるケースも増えています。

ーー『言霊の幸わう夏』では、おふたりはそれぞれどんなお仕事を担当されたのでしょうか。

染谷 今回のライブ録音と基本的なステレオミキシング作業に関しては、長きに渡り福山さんの音楽を支えて来られた(株)ミキサーズ・ラボ代表の三浦瑞生さんがご担当されています。私と嶋田さんの主な役割としては、三浦さんに創って頂きました”音楽ステムミックス”を活用したアトモスミックスと効果音制作となります。その中でも細かな音楽編集やノイズ除去、そして重要な音楽的アトモスミックス作業を嶋田さんにお願いし、私は効果音制作を中心に作業を行い、全体的なアトモスミックスを一緒に担当しています。

 効果音というのは多岐に渡りますが、この作品で言えばオープニングの足音とか、武道館の扉を開ける音などです。物販ブースなどの声も嶋田さんと私で二手に分かれ、アンビソニックスマイクとサラウンドマイクで各所の音を収録し、その素材を本編に盛り込んでいます。もちろん、ライブ中にも効果音を使用して臨場感を高めています。

嶋田 武道館の入口、田安門のあたりで蝉が鳴いていたので、その鳴き声も録音しました。

ーー『言霊の幸わう夏』はドルビーシネマでも公開され、当然音声にもドルビーアトモスが使われています。

染谷 音響制作の初期段階で、福山さんに本編中のいくつかの曲をドルビーアトモス環境で確認していただきました。嶋田さんにドルビーアトモスでミックスした曲と、さらにオーディエンス成分を分け、福山さんご自身がフェーダーで操作+バランス変更できる試聴環境を作っていただきました。

嶋田 弊社のドルビーアトモス ホームスタジオに福山さんにお越しいただき、実際にプリミックスの作業を体験していただきました。音の広がりや臨場感をその場で感じていただけたようでした。

染谷 そこで福山さんから、ライブを追体験するのではなく、自分がそのステージに立っているような体験を「映画を観ている人たちに感じてもらえる」というテーマが出てきたので、私たちはそのイメージをどう具現化していけるかに取り組んだわけです。

画像: <初回限定盤><通常盤>の両方に、32ページの豪華ライブフォトブックも付属している

<初回限定盤><通常盤>の両方に、32ページの豪華ライブフォトブックも付属している

ーー本作では、武道館の中でドローンを飛ばすなど、かなり凝った撮影も行われています。となると、音の収録に関しても相当な準備が必要だったのではないでしょうか。

染谷 そこについては、これはできる、これはできないといった打ち合わせもじっくり行いました。ドローンも実際に武道館の中で飛ばし、どんな動作音がするのか、どういう挙動になるのかテストしました。オープニングでドローンの飛行音が聴こえていますが、あれは本物の音を使っていいます。

嶋田 必要な音を全てピックアップしておき、リハーサルを含めた3日間をかけて武道館の内も外も、あらゆる音を録音しました。

ーー普通のライブ作品でも武道館規模であれば、かなりの数のマイクが必要です。しかもドルビーアトモスとなると、設置場所を含めてたいへんだったのではないでしょうか。

嶋田 レコーディングエンジニアはミキサーズラボの三浦さんが担当されていています。通常のライブ収録と同じようにマイクを立てていただき、今回はそこにプラスアルファして、私たちの方でドルビーアトモス用のアンビエントマイクをどこに立てたらいいかを考えました。

 今回は360度ステージでした。通常のステージなら前方の観客席側にだけマイクを立てるのですが、今回はそれでは足りないと思い、2階と3階に、武道館を一周する形でマイクを立てました。

染谷 アンビエントマイクも嶋田さんと手分けをして、角度なども考えながらセッティングしました。いつも福山さんのライブ収録はWOWOWチームの皆さんが担当されていましたので、マイク設置に関して相談をしながら進めました。

嶋田 当日はお客さんが入るので、動線に設置することはできません。またマイクを置けたとしても、お客さんに近すぎるとその人の声ばかりが入ってしまうので、どれくらいの距離を取るか、高さや角度をどうするかを、現場で試行錯誤しました。

染谷 アンビエントマイクでは、なるべく周辺のクリアーなオーディエンスを録音したいのですが、そこにどんなお客さんが来るかは、ライブが始まらないとわかりません。

ーー本編を拝見して、少年がドアを開けて武道館の中に入るオープニングでは、自分も一緒に会場に足を踏み入れたかのようで、空間がふわっと広がる雰囲気を楽しめました。

嶋田 そのシーンの空気感はいいですよね。さぁ、ライブが始まるぞ! って感じがとってもしますね。

染谷 最初はフロント側に音を寄せておいて、それを後ろ側に移動させ、音場がふわっと広がった感じになる。そういった音での空間演出を行っています。

ーードルビーアトモス音声について、『言霊の幸わう夏』では福山さんからの演出ディレクションをどういった形で進められたのでしょうか?

嶋田 まず私たちでドルビーアトモスのミックス作業を行い、ある程度形ができたところで福山さんにスタジオにお越しいただき、こういう感じで進めていますと説明しました。

 その時に、福山さんご自身でオーディエンスの音のバランスを調整していただきました。すると、「歓声が武道館の天井に当たって跳ね返ってくる感じ、自分(福山さん)がステージ上で聴こえている音が表現できたら面白いんじゃないか」というアイデアが出てきました。そこから、音の方向性がグッと具体的になっていきました。

画像: 映像は2Kで、音声は48kHz/24ビットのリニアPCM(ステレオ)とドルビーアトモスを収録している

映像は2Kで、音声は48kHz/24ビットのリニアPCM(ステレオ)とドルビーアトモスを収録している

ーー本作は、福山さんがステージ上で聴いている音、オーディエンスに聴いて欲しい音をドルビーアトモスで再現しようという狙いだったとのことです。演出では、そこについても話し合われたのでしょうか。

染谷 音楽の部分については、三浦さんがステム(音素材)を細かく分けて作ってくれましたので、それをどのように配置していくかを相談しました。音楽的な演出という点では、福山さんからこの楽器はここから鳴らしたいとか、こういう位置で、こんな感じにして欲しいという提案が数多くありました。

嶋田 全体の方向性や雰囲気についてはこのままで良さそうだね、という共通認識はあったのですが、そこからさらに福山さんの理想に近づけるにはどうすればいいか、そこは染谷さんとじっくり話し合いながら、細かく詰めていきました。

ーー三浦さんもすごく細かく素材を準備してくれたそうですね。

嶋田 冒頭でご説明したように、三浦さんはベーシックとなるステレオミックスのご担当でしたが、ドルビーアトモス用の素材として楽器ごと、さらにそれに付随するリバーブを細かく分けてステムミックスを作ってくださいました。それだけで110トラックほどありました。

染谷 私たちはそのステム素材をお預かりしてアトモス用に再配置をしています。加えてアトモス用に追加収録したオーディエンス成分を加えてドルビーアトモス音声に仕上げていきました。

ーードルビーアトモスとしては、ギターが後ろから響いてくるといった演出が印象的でした。

嶋田 「暗闇の中で飛べ」ですね。この曲の映像では、ステージ上をドローンが旋回しています。福山さんから、映像に合わせてギターに動きをつけたらどうか、という提案をいただきました。

染谷 ドローンの動きにあったことを表現したいというお話でしたので、映像に合わせてギターの音を回してみました。ドルビーアトモスにはミュージックパンナーという自動で音を回すツールもあるのですが、今回は映像を見ながらマニュアルで作業しました。福山さんに指示をいただきながらイメージに合うまで何回もトライしました。

 ハイト側にギターの音を配置して回しています。ギターを意識して聴いてもらいたいわけではなく、全体的に動いている感じを求められていたと思います。ここで難しかったのは、ギターソロになる前に音が正面に戻ってこないといけなかったことです。それを計算しながら曲のテンポに合わせて音を回して、最後はきちんと正面に戻るようにしました。

嶋田 この曲では、サックスもリア側の高めの位置から鳴らしたいとおっしゃっていました。遊び心たっぷりな演出をしています。

画像: 東京・新宿にあるヒューマックススタジオ。今回のドルビーアトモス音声の仕込みなどもここで行われたとのこと。詳細は後編でご紹介します

東京・新宿にあるヒューマックススタジオ。今回のドルビーアトモス音声の仕込みなどもここで行われたとのこと。詳細は後編でご紹介します

ーードルビーアトモスでどういう風に聴いてもらうかということを意識されていたんですね。

嶋田 「妖」の演出も、細部まで強いこだわりが感じられました。コーラスが上から降ってくるようなイメージで、耳の側で、サイドからリア側の高さを持った場所に配置しています。レベル感も細かく指示をいただきました。

染谷 色々な細かい音がシーケンスの中に入っているのですが、それらについても、福山さんからこの音を回してほしいといった指示があって、嶋田さんが細かくパンニングしてくれました。リバーブも含めて音が後ろから前に移動するとか、前から上に流れるように動くというような演出が随所にありました。

ーーそれは、特定の楽器のリバーブを回したいということだったのか、それとも空間全体に響きを付けたいといった指示だったのか、どちらだったのでしょう?

染谷 FXサウンド(サウンドエフェクトや効果音)などのシーケンスのトラックがあったので、そこを演出されていました。

嶋田 動きのある場面は大胆に展開させる。聴かせるところはじっくり聴かせる。そういったメリハリもつけていました。

 「Dear」と、エンドロールの「家族になろうよ」の弾き語りでは、福山さんはセンターステージでパフォーマンスされていて、音の構成は声とギターのみというひじょう[い石宏1]にシンプルなものです。だからこそ、この2曲は他と少し違うアプローチをしていて、ヴォーカルをセンターに置くのではなく、観客により近く寄り添うような距離感を意識して、ほんの少しリア寄りに配置しています。

染谷 そのような聴かせ方をしたいという福山さんの希望がありました。

嶋田 福山さんの声に包まれるような、お客さんに寄り添って、そっと近づいてきてくれるような、そんな感じを狙っていたのかもしれません。やりたいことが明確にあって、こちらへの指示もとても的確でした。

ーーさて、本作は当初ドルビーシネマ上映用として制作されたわけで、今までのお話もシネマ用のドルビーアトモスについてでした。

染谷 シネマ用の音については、ドルビーアトモス対応のダビングステージでマスターを作るのですが、その前段階というか、プリミックスや効果音の調整は、ドルビーアトモスホームのスタジオで行っています。

 通常の映画と違って、ライブ作品では常に音楽がドルビーアトモスで鳴っていないといけません。そのため効果音も、常にドルビーアトモス環境の中でどう使うかを考えなければいけない。そうなると、準備時間も長くなるので、まずはホーム環境で作業しています。

画像: お話をうかがった、株式会社ヒューマックスエンタテインメント メディア事業部 ボストプロダクションMAグループ/リレコーディングミキサーの嶋田美穂さん(左)と、株式会社ソナ 制作技術部 サウンドデザイナー/リレコーディングミキサーの染谷和孝さん(右)

お話をうかがった、株式会社ヒューマックスエンタテインメント メディア事業部 ボストプロダクションMAグループ/リレコーディングミキサーの嶋田美穂さん(左)と、株式会社ソナ 制作技術部 サウンドデザイナー/リレコーディングミキサーの染谷和孝さん(右)

ーーホーム環境で仕上げてからダビングステージで上映すると、空間感が違うという話を聞いたことがあります。

嶋田 以前の作品でそのような経験をしたことがあったので、ホーム環境でどれくらい作り込みをしていけばいいのかは分かっていました。例えばホーム環境だと直接音が強めに聴こえます。これに対してダビングステージでは間接音が増えますので、その差分を考えながらプリミックスを進めました。

 プリミックスの段階では、定位や楽器のバランスを仕上げておくということだけ決めていました。ダビングステージでは響き方が違うことは考慮していますが、やっぱり実際に聴かないと分からないところもあります。その余白を考えて、自分が狙った効果についてもあえて追い込まない、追い込みすぎないことが大切です。

ーー先ほどお話しに出た「暗闇の中で飛べ」のギターのパンニングなどは、ホームとシネマの環境で、楽器の距離感などが変わってしまいそうな気もします。

染谷 シネマとホームの環境では、空間の感じ方は必ず変わります。それがどれくらいまで許せるのか、そして福山さんが求めている目的を達成できているのか。それは、ダビングステージに行かないと判断できません。先ほど嶋田さんがおっしゃっていた通り、プリミックスでは追い込みすぎず、最後はダビングステージで仕上げようと考えた方が成功率も上がります。

ーーダビングステージでの作業はどれくらい時間をかけたんですか?

染谷 ファイナル作業は、6日かかりました。

嶋田 一通り聴いて、微調して、という流れです。福山さんがいらっしゃるチェックの日もありました。

染谷 福山さんには、ホーム環境で聴いてもらう日と、ダビングステージで聴いてもらう日を作ってもらいました。そこで、ホーム環境とダビングステージでどのような変化が起きるかを体験してもらおうと考えました。福山さんだけではなく、制作担当の皆さん全員にも体験していただきました。

嶋田 初めて体験する人は、こんなに違うの! と驚かれたと思います。

※後編に続く

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