ノスタルジーと映画愛にあふれる『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』

 2019年の第69回ベルリン国際映画祭で、コンペティション部門に選出されたにも関わらず、開催直前に突如キャンセルとなったチャン・イーモウ監督の『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』(20年)。キャンセルの背景には、日に日に厳しさを増す“映画への検閲”があることは想像に難くないけれど、それでも2021年のトロント国際映画祭の上映で好評を博したこともあって、やっと日本公開が迎えられたことを、素直に喜びたい。

 そう、原点に立ち返るというか、文化大革命を体験した“第五世代”監督の真髄は健在! これまでチャン・イーモウ作品を観続けてきたファンとしては、その“熟成”に敬服し、心揺さぶられる一作だ。

画像: 『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』は、チャン・イーモウ監督の過去作『初恋のきた道』のような人情ドラマと、不朽の名作『ニュー・シネマ・パラダイス』を思い起こす“映画への郷愁”がミックスされた作品だ。なお、劇中で大々的に繰り広げられる「映画フィルムの洗浄シーン」には、監督自身(中央)の経験や知識が存分に活かされているという

『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』は、チャン・イーモウ監督の過去作『初恋のきた道』のような人情ドラマと、不朽の名作『ニュー・シネマ・パラダイス』を思い起こす“映画への郷愁”がミックスされた作品だ。なお、劇中で大々的に繰り広げられる「映画フィルムの洗浄シーン」には、監督自身(中央)の経験や知識が存分に活かされているという

 時代は、文化大革命の真っ只中。強制労働所送りになった男は、妻と離婚し娘にも縁を切られていた。数年後。映画の上映前に流される“ニュース映画”の「22号」に1秒だけ娘が写っていることを知った彼は、その姿をひと目見たいと熱望。強制労働所から脱走し、「22号」が上映される映画館を探し続ける。そして、ある村で映画のフィルムを盗み出す少女リウと出会い……。

 “娘の姿を、この目で観たい”という、じつにささやかな、だけど絶対的な親の願いを核にした物語は、やがて映画館のある村の人々の喜びや悲しみを伝え、光の見える未来へと繋いでいく。プレスシートにあるインタビューで「歴史の設定は単なる時代背景に過ぎません。私がより重視したのは、名もなき市井の人々の情感や夢についてです」というチャン・イーモウのコメントが紹介されているが、この言葉こそが、彼のほとんどの作品に貫かれてきた真髄だと思う。

 そして、そんな小さな物語を、圧倒的な映像で描く手法も監督ならでは。様々な表情で魅せる壮大な砂漠の映像の見事なこと、美しいこと! さすが、色彩の魔術師、中国きっての映像派でもある。

画像: 逃亡者の男と勝気な少女の奇妙な交流を、“映画”を媒介に描いた本作。砂漠でのシーンは、チャン・イーモウならではの息をのむ映像美が堪能できる

逃亡者の男と勝気な少女の奇妙な交流を、“映画”を媒介に描いた本作。砂漠でのシーンは、チャン・イーモウならではの息をのむ映像美が堪能できる

ダダ漏れの“ジェイ・チョウ愛”に、チャン・イーモウも思わず破顔

 チャン・イーモウ監督に数回お目にかかったなかで、印象に残っている会見が2つある。ひとつは、『王妃の紋章』(06年)を携えた2008年の来日。中国では有名な舞台劇『雷雨』を原作にしたこの作品は、10世紀・五代十国時代の王家一族による陰謀と策略を描いたものだ。お得意の市井の人々のドラマではなく、意外にも武侠アクションに挑戦した『HERO 英雄』(02年)、『LOVERS 十面埋伏』(04年)に続く歴史アクション大作で、キャストも国王にチョウ・ユンファ、王妃にコン・リー、そして、憎み合う国王と王妃の間で苦悩する第2皇子に台湾のスーパースター、ジェイ・チョウと超豪華だった。

 インタビューは、監督とジェイ・チョウが同席する形で行われた。もちろん、作品についての質問をそれぞれにして、監督も壮絶なアクションの撮影方法や色彩設計へのこだわり、絢爛な衣装の製作プロセスなどについて詳しく語ってくれて、貫禄たっぷりだった。

 しかし、当時の私は、『頭文字D THE MOVIE』 (05年)でジェイ・チョウを見初めて以来、北京コンサートまで追っかけするほどの熱狂的なファン。その抑えようのない熱気が漏れ出し、ジェイへの質問がコア過ぎたようで、それまで真面目な顔だった監督が、突如「あなたのような人に会うと、ジェイを起用して本当に良かったと思うよ。日本の女性がたくさん観に来てくれると確信できた」と冷やかし笑いをしたのだ。いやはや、どうも……。中国を代表する大物監督を前に、やらかしましたぁ(汗)。

 ただ、後の撮影でもその和やかな笑顔は続き、いつも監督の通訳を務めているサミュエル周さんも、「すごく楽しそうで、ご機嫌が良かったですよ」と言ってくださったのだけが、救いだった。

元恋人コン・リーとの“再タッグ”の感想は?

 2つ目の忘れられない会見は、2015年、『妻への家路』(14年)を携えての来日だった。物語は、文化大革命の終結後、20年ぶりに家路についた夫と、心労のために夫の記憶を失ってしまった妻の夫婦愛を描いたものだ。

 妻を演じるのはコン・リー。知っての通り、チャン・イーモウは監督デビュー作『紅いコーリャン』(87年)のヒロインとしてコン・リーを見出し、その後『紅夢』や『秋菊の物語』など6作を共にした。私生活でもふたりの親密な関係が話題になっていたが、『上海ルージュ』(95年)を最後に破局が伝えられた。そして、それから11年ぶりに『王妃の紋章』、さらにはその8年後に『妻への家路』で再びタッグを組んだのだった。

 そう、凡人の私としては“元恋人のことを根掘り葉掘り聞くのもなぁ”的な遠慮もちらりとかすめたのだが、それはゲスの勘ぐり。インタビューでは「妻が何度も夫を迎えに駅に行くシーンで、看板を持っていくのはコン・リーの提案。このほかにも、いろんなアイディアを出してくれました。20作目のこの作品で、彼女と再び仕事ができたことは、じつに意義深いと思う」と語ってくれ、ふたりの関係は極めて良好だったようだ。

 ちなみに、次作『グレートウォール』(16年)はいただけなかった。マット・デイモンを主役に迎え、万里の長城を舞台にモンスターと人類の戦いを描く米・中合作のファンタジー・アクション……。世界的に不評で“大丈夫?”と危惧したのだが、続く『SHADOW/影武者』(18年)で挽回。気弱な王と、その座を狙う重臣と、重臣の影武者。ほのかに色のついた墨絵の世界で繰り広げられる男たちの戦いは、激しくもしなやかで美しく、徹底的に様式美が貫かれて、息を呑むアートな作品だった。そして、2020年に原点回帰ともいうべき本作が誕生したのだ。

 ま、中国を代表する巨匠ゆえの“しがらみ”がいろいろあるのだろうが……。現在72歳のチャン・イーモウ監督、その「成熟した技」と「創造の翼」を自由に羽ばたかせて、まだまだ“らしい”映画を撮り続けて欲しいと願うばかりだ。

ワン・セカンド 永遠の24フレーム

5月20日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ 他全国公開

監督・脚本:チャン・イーモウ
出演:チャン・イー/リウ・ハオツン/ファン・ウェイ
2020年/中国/103分
配給:ツイン
(c) Huanxi Media Group Limited

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