ソニーグループ(以下、ソニー)が今年1月にラスベガスで開催されたCES2022で発表したテーマで異彩を放っていたのが、「宇宙感動体験の創出を目指すSTAR SPHERE(スタースフィア)」だった。東京大学、JAXAと共同で、ソニーのカメラを搭載した人工衛星を打ち上げ、ユーザーが意図したカメラワークで地球や星々を撮影できるサービスという。

 しかしなぜソニーが人工衛星なのか? 具体的にどんなビジネスを考えているのか? 今回はCES2022の発表で大いに興味を引かれたという麻倉さんが、「STARSPHERE」を牽引するソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 新規事業探索部門 宇宙エンタテインメント推進室 室長の中西吉洋さんにインタビューした。(編集部)

画像: 今回打ち上げる衛星の実物大模型。本体部分は幅10cm×高さ20cm、奥行30cmというサイズで、正面下にソニー製カメラを搭載する

今回打ち上げる衛星の実物大模型。本体部分は幅10cm×高さ20cm、奥行30cmというサイズで、正面下にソニー製カメラを搭載する

中西 宇宙エンタテインメント推進室 室長の中西と申します。今日はよろしくお願いいたします。

麻倉 こちらこそよろしくお願いします。宇宙エンタテインメントとは、スケールが大きくていいですね。

中西 ありがとうございます。今は“推進室”なのですが、正式に事業化されたら“事業室”になる予定です。

麻倉 私の父は大学の国際法の教授だったのですが、そこで宇宙法も研究していました。宇宙開発が進んだ時に、国がどのように関わっていくか、国境はどうするのか、紛争は? などのテーマを研究していたのです。宇宙と聞くと、いつもそれを思い出します。

 さてまずは、どうしてソニーが宇宙事業に取り組もうと思ったのかからお聞かせください。

中西 発足の経緯はいわゆる “机の下活動” で、2017 年にスタートしました。当時、内閣府とかJAXAの方に来ていただいて、最近の宇宙はこうなんですといった勉強会が何回か開かれていました。その中で宇宙に興味のある有志で集まり始め、まずは何ができるかの議論から始めました。

麻倉 有志というのは、何人くらいでスタートしたのでしょう?

中西 入れ替わりはありますが、だいたい5〜10人でした。当初はエンジニアが多かったので、ソニーに何が作れるかといった話が中心だったのですが、徐々に人数も増え、いつ頃、どんな事業が実現できるかを考えるようになりました。

麻倉 ソニー的にはハードとして人工衛星やロケットを作ろうといった発想になるのが普通ですが、リリースでは “感動体験” がメインになっています。物より事という感じで、そこが、新しいソニー的というか、ちょっと違いますね。

画像: 衛星を後からみたところ。太陽電池用のパネルは打ち上げ時には折りたたんで格納されている

衛星を後からみたところ。太陽電池用のパネルは打ち上げ時には折りたたんで格納されている

中西 エンジニアの中でも、宇宙で感動するってどういうことだろうと考えているメンバーが多かったのです。いい物は造りたいけど、それは感動の手段で、ツールとしてどうするかという議論がでてきたのです。

麻倉 “宇宙での感動” についての議論が始まったんですね。つまりここ10年ぐらいのソニーの重要テーマの「感動」ですが、それを各自の部署で具体的に探すのが、ソニー社員の基本行動になっています。

中西 そこで、JAXAや東京大学の方にもプロジェクトに入ってもらいました。彼らは宇宙や衛星開発のスペシャリストですが、感動という新たな切り口や、民間事業として宇宙という点で興味を持ってもらえ、一緒にやりましょうということになり、3社の協力体制が出来上がりました。

麻倉 JAXAや東大にはハードウェアの経験しかないから、事業化という発想はなかったでしょうね。

中西 JAXAは自分で衛星を作るのではなく、国の要求をまとめてそれを要件にしてメーカーに依頼することを得意とします。東大も実験用としての衛星は持っていますが、事業となると色々な規制やセキュリティの課題もありますので、そこはソニーとしてどうするかといった形で摺り合わせていきました。

麻倉 なるほど、そこに3者が集まった意味があったと。

中西 ソニーが事業化の部分と、ミッション部として地上から衛星を操作して写真を撮影するシステム構築を受け持っています。東大は衛星の基本的な電源周りや姿勢制御等を開発するバス部と、衛星軌道をシミュレーションする部分を作っています。JAXAは全般的なアドバイザーとか、様々な有識者につないでくれるような役割です。

画像1: “宇宙の感動体験” を、身近なものとして提供します。ソニーグループが宇宙関連事業に乗り出した、その狙いを聞く:麻倉怜士のいいもの研究所 レポート72

麻倉 「STAR SPHERE」というプロジェクト名はどんな意味があるのでしょう。

中西 宇宙を活性化するプロジェクト名として考えました。地球を宇宙から観た時にどんな体験、感動ができるかという思いも込めています。

 最近は宇宙ビジネスも盛り上がって、身近になっています。その一方で、限られた人にしか手が届かないという側面もあります。宇宙を好きという人は多いけれど、どうやって宇宙に関わればいいのか、仕事としてどう関われるかという答が意外と少ないのです。

 また宇宙というと学術的・実利的な対象と考えられがちです。しかし宇宙をもっと心が豊かになる方向、宇宙の新たな捉え方を見いだせれば印象も変わっていくんじゃないかという思いがあって、そこにつながるものとして考えました。

 将来、宇宙空間に人が行ったら、地球を外から見て、地球とは大事な存在だと思うでしょうし、それは行動変容につながるはずです。そしてその前のステップとして、宇宙に行ったかのような体験が、われわれの取り組みを通して提供できるのではないかと思っています。

 感動体験を通して、宇宙が自分事になっていく楽しみをエンタテインメントとして提供するというのが、今回の活動になります。

麻倉 “感動体験” というのはソニーらしいというか、そもそも宇宙とはくっつかないワードですね。宇宙体験で、しかもそれが事業につながるというのは、素晴らしい発想です。ところで、最終目標は人が宇宙に行くことだと思いますが、ソニーとしてはそこまで視野に入れているのでしょうか?

中西 多くの方がフィジカルに宇宙に行けるのがいつになるかはわかりませんが、行けないにしても宇宙を通じて心が豊かになる方法は色々あると思います。バーチャル体験やVRもそうですし、地球上でも心がドキドキする、元気になるといったことは可能だと思っています。

麻倉 なるほど、そのためのツールが今回の衛星であると。

画像2: “宇宙の感動体験” を、身近なものとして提供します。ソニーグループが宇宙関連事業に乗り出した、その狙いを聞く:麻倉怜士のいいもの研究所 レポート72

中西 はい、今回開発した人工衛星は幅10cm、高さ20cm、奥行30cmで、前面にソニーのカメラシステムを内蔵しています。これで地上や宇宙の様子を撮影できるという体験をユーザーに提供する予定です。

麻倉 思っていたより小さくて、可愛いですね。

中西 もっと協力者を募って予算を集めて、大きな衛星にしようというアイデアもありました。しかし宇宙空間から肉眼で地球を見たらどんな感じなのかと考えた時に、この衛星に載っているぐらいのレンズで、ちょっとの範囲でズームができたら、それが近いんじゃないかということになりました。

麻倉 人工衛星の軌道はどうなるのでしょう?

中西 高さ500〜600kmくらいの軌道に設置する予定です。実際の撮影については、パソコンを使ったシミュレーターで操作できますし、将来的にはスマホで直感的にコントロールできないかという検討もしています。

 操作方法については、PlayStationやテレビなどの事業部からもメンバーが参加してくれていますので、より身近な宇宙体験につながるのではないかと期待しています。

麻倉 色々な分野のメンバーが開発に参加しているのはいいですよね。先ほど「Sony Square」(編集部注:一般非公開のソニーグループのショールーム。コラム参照)でPlayStation 5のコントローラーを使った衛星操作のシミュレーターを体験させてもらいましたが、あれが実現できたら使ってみたいと思うユーザーは多いでしょう。

中西 直感的に操作する方法のひとつとして、実験的にプロトタイプを開発しました。

麻倉 そしてこの衛星を使って、ユーザーが好きな場所の映像を撮影できるというのが、今回のサービスになるわけですね。

画像: 「Sony Square」のシミュレーションを使い、今回の衛星でどんな宇宙体験ができるかにトライした

「Sony Square」のシミュレーションを使い、今回の衛星でどんな宇宙体験ができるかにトライした

中西 衛星をリモートで操作して、地球や宇宙の風景を撮影できます。静止画だけでなく、4K動画も撮れます。自分が撮影してみたい場所を衛星が通過する時間に撮影の予約をしてもらうという方法を考えています。

 また衛星が地上局のアンテナ上空に来た時は、コマンドとデータのダウンロードがほぼ同時に交信できるので、数分〜10分くらいの間リアルタイムに操作しながらの撮影も目指しています。例えば、生放送のイベント的な使い方もできると思います。衛星自体は今年の秋、10〜12月に向けて打ち上げ準備を進めています。

麻倉 このサイズの衛星でも、打ち上げとなると大きなロケットが必要なんですか?

中西 ロケット自体は大きいですね。ただ、打ち上げは弊社の衛星だけで行うのではありません。ライドシェア(相乗り)サービスを使って、メインの衛星の隙間に乗せてもらうというやり方です。

麻倉 打ち上げから数時間で軌道に到達するんですね?

中西 軌道に到達したら太陽光発電パネルを開いて、電源が通っていること等が確認できたら、次は写真が撮れるかをテストします。これらの作業を済ませて商用運営できるのは2ヵ月後くらいでしょう。

麻倉 ということは2023年初頭に事業がスタートするのですね。衛星ひとつで地球上のどんな地域でも撮影できるんですか?

中西 衛星は同じ軌道を回っていますが、地球が自転しているので、地球の色々なところを撮影できます。ただ、全地域を好きな時刻に撮影できるわけではなく、撮影可能な場所は時間によって異なります。

画像: 衛星から地球を撮影したイメージ

衛星から地球を撮影したイメージ

麻倉 そのために撮影時間を予約するわけですね。予約は早い者順ですか?

中西 そうですね、今はそれがフェアかなと思っています(笑)。

麻倉 通信データも毎日受けるわけですが、それらの設備やデータを処理するスタッフも必要です。そういった業務はソニーが担当するのですか?

中西 運用の設計や必要な人員、システムの手配はソニーが担当します。ただし、衛星との通信などの設備インフラは既存のサービスを使います。全世界では既に100近い通信アンテナがあるようですので、その中から選んでいきます。

 今回の初号機で、これくらいのコストで、これくらいのクォリティの映像が提供できるといったことがわかれば、それを踏まえて今後の展開が具体的に進めていけるでしょう。

 まずは一気通貫で進めて、ソニーとして宇宙事業を学んでいきます。われわれのコンセプトがちゃんとビジネスになるかの事業実証を通して、どうやって継続するか、大きく育てていけるかに取り組みます。

麻倉 うまくいきそうだったら、事業部に格上げされると。

中西 事業としては、ユーザーに宇宙とつながる体験として衛星の操作体験を中心としたサービスを販売し、写真や動画を届けるというのがスタートになりますが、まずはそれがいくらで販売できるかがテーマです。

 その他にもアーティストさんに使ってもらって作品作りをサポートするとか、宇宙が好きな人を集めてコミュニティを作るなどの取り組みでムーブメントを盛り上げていきたいですね。

画像: PlayStation5のコントローラーで大画面の視点を切り替えられるのには、新鮮な驚きがありました

PlayStation5のコントローラーで大画面の視点を切り替えられるのには、新鮮な驚きがありました

麻倉 料金は時間単位ですか?

中西 衛星をお使いいただく時間に応じていくつかコースを考えます。一定の時間を占有して撮影する場合は十万円単位になるでしょうし、シャッターを数回切るだけなら数万円でご提供できるかもしれません。

麻倉 その場合の映像の著作権は、撮影した人のものになるのですか?

中西 基本的にはカメラを操作した時に占有していた方に帰属することになると考えています。

麻倉 カメラのズーミングは地上から操作できるんですね?

中西 28〜135mmの範囲なので、ちょっとだけ寄ってみたいという時には可能です。今回は高精細、高解像度軸ではなく、肉眼で見ているような体験を狙っています。街全体を俯瞰して捉えた方に、自分がどんな気持ちになるかを体験してもらおうということです。

 宇宙の視点としてわれわれが思いつかないような楽しみ方があるでしょうし、そこから次の宇宙体験につながってくれることを期待しています。

麻倉 今回の衛星で地球全体を捉えることはできるのでしょうか?

中西 地球全体を収めることはできません。日本でいえば、沖縄から北海道までが画角に収まる範囲でしょうか。国際宇宙ステーションからの映像では地球の縁が見えるような物が多いと思いますが、あれよりちょっと広いくらいです。

麻倉 お話を聞いていると、わくわくしますね。これまでは宇宙ステーションからの映像を見るくらいで、しかも他の人が撮影した映像だったのに、今度は自分が希望した時間に地球を撮影できるわけですから。

画像: 写真右は、今回のインタビューにご協力いただいた、ソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 新規事業探索部門 宇宙エンタテインメント推進室 室長の中西吉洋さん

写真右は、今回のインタビューにご協力いただいた、ソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 新規事業探索部門 宇宙エンタテインメント推進室 室長の中西吉洋さん

中西 そうなんです。自分がやってみる、ある程度自由に人工衛星を動かせるという点が宇宙につながる体験として人の琴線に触れる部分があるんじゃないかと思っています。

麻倉 撮影したデータはメールで送ってくれるんですか。

中西 クラウドを使ってブラウジングで見ていただくとか、ダウンロードするようなイメージです。あるいはコミュニティのようなページを作って共有できるようにするかなど、検討していきたいと思っています。何かそこに感動やワクワク感を感じられる仕組みを作れたらなとも考えています。

麻倉 これはいかにもソニーらしい提案ですね。小さく生んで、大きく育てる。

中西 そうですね。まずは身近なサイズから始めて、うまくいったら大きく展開していきたい。最近はコンステレーションやフォーメーションフライトといって、複数の衛星を使った技術開発も進んでいます。それが実現したら、宇宙の複数のカメラから世界へ同時放送みたいなことも実現できるかもしれません。

麻倉 ユーザーが生身で宇宙を体感できるようなスペースもあるといいですね。

中西 自分が撮影した映像を、Crystal LEDのような大画面ディスプレイでご覧いただくだけでもかなり面白い体感だと思いますので、弊社の持つデバイスを通じて提案していきたいですね。

麻倉 宇宙は研究とか観測という側面はありましたが、エンタテインメントとして捉えるのは今回が初めてかもしれません。未来が明るくなるようなお話を聞くことができ、とても楽しかったです。

中西 ありがとうございます。もちろん事業なので売り上げも大切ですが、まずはお客さんが喜んでくれるという点を大切にしてやっていきたいと思っています。

麻倉 事業がスタートしたら、ぜひまた詳しいお話しをうかがわせて下さい、期待しています。

ソニーグループの「今」と「その先」を体感できる世界で唯一のショールーム
「Sony Square」で、人工衛星のシミュレーションに触れる

 今回は東京・品川のソニーグループ本社内にある「SonySquare」にお邪魔して、人工衛星のシミュレーターを体験させてもらった。Sony Squareは幅広い事業を展開するソニーグループの「今」と「その先」を体感できる世界で唯一のショールームだ(一般には公開されていない)。

 そこには人工衛星のシミュレーターを始め、Xperia専用のスマートフォン差し込み型ビジュアルヘッドセット「Xperia View」やエンタテインメントロボット「aibo」、プロフェッショナル向けドローン「Airpeak S1」といったテクノロジーや商品の展示から、ソニー・ピクチャーズの映画作品で使った小道具、さらには金融や保険に関連した展示まで、様々な体験が可能だ。

画像3: “宇宙の感動体験” を、身近なものとして提供します。ソニーグループが宇宙関連事業に乗り出した、その狙いを聞く:麻倉怜士のいいもの研究所 レポート72

 入り口すぐに設置されている400インチ(200インチ/16:9×2)のCrystal LEDパネルには宇宙から見た地球が映し出されており、特定の日時に人工衛星からどのように見えるかのシミュレーション画像を再現してくれる。その視点やズーム率などはPlayStation 5のコントローラーで操作できるようになっており、今回のサービスがスタートした際にどんな風に宇宙を体験できるかがわかりやすくデモされていた。

 取材時にはSony Squareの展示を一通り見せてもらったが、その中で麻倉さんが注目したのが「Triporous」(トリポーラス)というサステイナブル素材だ。これは米の籾殻から作られた多孔質炭素材料で、高い消臭・抗菌効果を備えており、その機能は洗濯しても維持される。ソニーでは異業種とのコラボでトリポーラスを盛り込んだ繊維を開発、衣類や生活用品など様々な領域へ応用していくそうだ。(編集部)

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