私がもっとも愛して止まないメディアがアナログレコードであることをHiVi読者ならば先刻ご存じのことと思う。そんな私が自分の名前を冠したレコードを出せることになったのだから、これはもう望外の喜び以外の何物でもない。

 ことの発端は、2021年夏頃の話。ステレオサウンド社のソフト担当者から「小原さん、クロスオーバー黄金時代のLP出しませんか?」と連絡がきたこと。クロスオーバー黄金時代とは、2019年3月に同社からリリースされた、当方監修のクリティクス・シリーズSACDハイブリッド盤『クロスオーバー黄金時代1977〜1987 FUSION』のこと。無論断る理由などなく、私はふたつ返事で「是非!」と返答。かくして約9ヵ月に渡る制作がスタートしたのだった。

和製フュージョンの大傑作たちを
珠玉、感激のアナログサウンドで!

 『クロスオーバー黄金時代』は、JVCケンウッド・ビクターエンタテインメントが擁する和製フュージョンのコンピレーション盤で、70年代末から本邦ジャズ・シーンで大人気を博したナベサダやヒノテル、阿川泰子等の音源の中から、私が青春時代にどっぷり浸かった曲を厳選したものである。しかもSACD化にあたり、全13曲のうちの1曲を除いた12曲をオリジナルアナログマスターテープから起こした、ここでしか聴けない珠玉のサウンドである。

 話はトントンと進み、180g重量盤/2枚組という体裁は決まった。だが、それがプレスできる工場は横浜の東洋化成しかなく、同社の生産スケジュールの都合で、当初目論んでいた時期よりもプレスのタイミングが4ヵ月ほど遅くなりそうなことが判明。それならばと、マスタリング/カッティング工程をじっくり入念に進めようということになった。

 私たち制作側をもっとも悩ませたのは、マスター音源に何を使うかということだった。SACD制作時のDSDマスターはビクター青山スタジオに保管されており、それを使うのが手っ取り早かったが、せっかくオリジナルアナログマスターが厳重に管理されているのだから、そのアナログマスターを使わない手はないということになった。

画像: 和製フュージョンの大傑作たちを 珠玉、感激のアナログサウンドで!

アナログレコード
クロスオーバー黄金時代 1977〜1987 FUSION
(JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント/ステレオサウンドSSAR-061〜062)
 ¥11,000 税込
●仕様:33 1/3回転 180g重量盤 2枚組
●カッティング エンジニア:松下真也(Piccolo Audio Works)
●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/4571177052827

収録曲
[SideA]
 1. モーニング・アイランド/渡辺貞夫
 2. キーピン・スコア/イッツ
 3. スーサイド・フリーク/松原正樹
 4. センチメンタル・ジャーニー/阿川泰子
[SideB]
 1. ハイ・プレッシャー/マルタ
 2. サイレント・コミュニケーション
             /秋本奈緒美
 3. スーパー・サファリ/ネイティブ・サン


[SideC]
 1. ステイ・クロース/中本マリ
 2. ソープ・ダンサー/山岸潤史
 3. ジェントリー/日野皓正
[SideD]
 1. サンバースト/サンバースト
 2. ウィズ・アワ・ソウル/本田竹曠
 3. マイ・ディア・ライフ/渡辺貞夫

 昨今人気再燃のアナログレコードだが、発売される最新録音盤のほとんどは、デジタルマスターを元にアナログ盤を切っている(LP用マスターを作る最終段階でD/A変換される)。頑迷なオーディオファンの一部は、デジタルマスターからアナログ化しても意味がないと指摘するが、それでもレコードにした段階でアナログのよさは出ると私は思う。

 なにはともあれ、幸いビクターエンタテインメント側も快諾してくれたことから、今回は正真正銘アナログマスターを使ったアナログカッティングを敢行することが決まった。

 では、その作業をどこで、誰がやるかということが次のテーマとなった。ビクター系列で実施することもできたが、前述のソフト担当者と考えの一致を見たのが、東京・湯島で「ピッコロ・オーディオ・ワークス」を主宰する松下真也さんに委ねてみてはどうかということだ。

 松下さんは、既にステレオサウンドから発売されているザ・ピーナッツや五輪真弓の復刻LPを手掛けてきたし、好評のJBL75周年記念LPにも携わっている。耳のよさ、オーディオ的センスには私も感服しているところ。彼のスタジオ内には米スカーリー社のカッティングレースやテレフンケンのオープンリールデッキが常設され、松下さん自身が大事にメンテナンスをしている。今回の仕事を任せるのに、これ以上の適任者はいないと確信したのだった。

 いま私の手元には、東洋化成にてプレスされた2枚組4面のテストカット盤がある。それを聴いてみて心底思うのが、松下さんに今回のマスタリング/カッティングを依頼して本当によかった、大正解だったということだ。それはもちろん想像を超えた素晴らしい音に仕上がったということが大きいのだが、それ以上のマジックを松下さんがもたらしてくれたと感じられるのだ。

 端的に言えば、音の鮮度と質感が大幅に高まり、まるでつい昨日録音されたかのようなミュージシャンの熱い息吹、勢いが音から感じ取れるのである。

 一般的に、レコードは内周にいくほどオーディオの諸特性が不利に(厳しく)なる。歪み率や周波数特性が外周部に比べて悪くなるのだ。本盤では「センチメンタル・ジャーニー/阿川泰子」や「スーパー・サファリ/ネイティブ・サン」が内周側に刻まれている。元よりこの2曲は、SACDハイブリッド盤リリース時から他の収録曲と比べてハイファイ度がやや見劣りするように感じていた。

 それがどうだろう、今回のLPでは見違えるように生々しくて躍動的な演奏になっているのだ。松下さんがまさしく指の皮一枚の感覚でイコライジングを施してくれたおかげである。コンディションが異なるテープに対し、ドルビーNRの有無の、聴感での確認を始め、そんな風に13曲それぞれに適切な(なおかつ最小限の)補正を加えてくれたのだ。

 今回私は、ピッコロ・オーディオ・ワークスでのマスタリング/カッティング作業に同席させてもらったのだが、一緒にマスターテープの音(正確には2分の1インチテープにデュープしたアナログコピー)を聴きながら、この部分はこうしたいという私の意向を松下さんは細やかに咀嚼してくれた。それが実に本質を捉えていて、テストカットされたラッカー盤を自宅に持ち帰って試聴した段階で、私は万歳三唱したくなるくらいに感激した。

 ラッカー盤から実際にレコードをプレスするスタンパーになるまでに音は少しずつ変化していくのだが、ベテランエンジニアになればなるほどその変化を見越してラッカー盤に音を刻む。今回の松下さんのそれは、真に素晴らしい成果を上げていた。A面1曲目「モーニング・アイランド/渡辺貞夫」は、ナベサダが吹くフルートの抜けがよく、陽が燦々と降り注ぐNYマンハッタンの爽やかな朝を彷彿させるイメージ。珍しくフロアタムのみでリズムを刻むスティーヴ・ガットのドラムもいちだんと太い響きになっており、アルバム冒頭からぶっ飛んでいただけること請合いです。

※本記事は「HiVi」4月号に掲載

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