故・モンキー・パンチさんが生前愛用していたアイテムや原画のコピーなどが並ぶ、「モンキー・パンチ・コレクション」。StereoSound ONLINEでは、北海道厚岸郡の浜中町総合文化センターにあるこの施設の完全取材を実施した。

 そもそもは、今年4月に発売した小社別冊「モンキー・パンチさんが教えてくれた」の記事用として取材を企画していたが、コロナ禍という情勢もあって、延期になっていた。そしてこの11月にようやく実現できたので、StereoSound ONLINEでご紹介している次第だ。

 さらに弊社から11月上旬に発売したSACD/CDハイブリッド盤『ルパン三世1977〜1980 ORIGINAL SOUNDTRACK 〜for Audiophile〜』も好評をいただいており、改めて『ルパン三世』というコンテンツの人気の高さを痛感している。

 連載第3回では、そんなモンキー・パンチ・コレクションを管理・運営しているモンキー・パンチ&ルパン三世 de 地域活性化プロジェクト 会長の栗本英彌さんに、本コレクション誕生のいきさつをうかがっている。(編集部)

浜中町はいかにして『ルパン三世』の町になったのか?

画像: 今回お話をうかがった、モンキー・パンチ&ルパン三世 de 地域活性化プロジェクト 会長の栗本英彌さん(右)

今回お話をうかがった、モンキー・パンチ&ルパン三世 de 地域活性化プロジェクト 会長の栗本英彌さん(右)

 今日はお時間をいただきありがとうございます。生前、モンキー・パンチさんから浜中町のお話を聞いていましたが、実際にうかがうのは今回が初めてでした。

栗本 モンキー・パンチ&ルパン三世 de 地域活性化プロジェクトの会長をしている栗本です。わざわざおいでいただきありがとうございます。

 それにしても、本当に町中ルパンだらけですね。茶内駅の案内板から街中の看板まで徹底しているなぁと驚きました。

栗本 現在は、浜中町商工会が中心になって、地域活性化プロジェクトを運営しています。モンキー・パンチ・コレクションもそのひとつです。

画像: 商工会の会議室に展示されていたモンキー・パンチ・コレクションの一部。後ろのナンバープレートは、佐倉市のご自宅・仕事場に飾られていたものです

商工会の会議室に展示されていたモンキー・パンチ・コレクションの一部。後ろのナンバープレートは、佐倉市のご自宅・仕事場に飾られていたものです

 地域活性化プロジェクトとのことですが、ルパンを町おこしに使おうというきっかけはあったのでしょうか?

栗本 もともとは、私が商工会の副会長をしている頃に、池袋のサンシャインシティで全国町おこし展といったイベントがあったのです。われわれも北海道ブースに参加していましたが、そこでは浜中町の物産品はよく売れていました、でもお客さんは “北海道” は知ってはいても、“浜中町” の名前は知らない。これじゃ意味がないと思ったわけです。やはり浜中町を知ってもらわないといけない。

 そこで担当者の間で、モンキー・パンチ先生に会場に来てもらえないかという話になりました。当時の理事の奥さんが先生の同級生だったこともあり、その縁でお願いしてみたら、翌年に会場に顔を出してくれたのです。14〜15年前のことでした。

 さらにその翌年に物産展で展示するポスターを描いていただいたのです。そしたらモンキー・パンチさんは浜中町の出身だったんですねと盛り上がりました。それがすべての始まりでした。

画像: 浜中町町役場の公用車もルパンマーク入り

浜中町町役場の公用車もルパンマーク入り

 モンキーさんは人の縁を大事にする、本当に優しい人でしたからね。コレクションの展示はいつ頃から始めたのでしょう?

栗本 当時、北海道の別の場所に展示されていた『ルパン三世』の原画があったので、それを先生にお願いして浜中町に寄贈してもらったのが始まりでした。現在は浜中町総合文化センターの2Fに、原画のコピーや執筆していた机などを展示しております。

 近年は、ご遺族から遺品もお譲りいただきました。まだそのすべては展示できていませんが、今後も展示内容を入れ替えて、来場者の方にいろいろなものをご覧いただけるようにするつもりです。

 ということは、ファンは定期的に見に来ないといけないということですね(笑)。

画像: 浜中町には「ルパン三世通り」と名付けられた一角もあり、キャラクターに合わせた仮想店舗(営業はしていません)が設けられている。その詳細は次回

浜中町には「ルパン三世通り」と名付けられた一角もあり、キャラクターに合わせた仮想店舗(営業はしていません)が設けられている。その詳細は次回

栗本 そうしていただけると嬉しいですね。以前は先生や声優さんをお招きして「ルパン三世フェスティバル in 浜中町」を開催したこともありました。その時はファンが延べ3000人くらい集まってくれて、大盛況でしたね。

 今後も隔年でルパン三世フェスティバルを開催できないかと考えています。コロナの関係から去年は見送りましたが、今年は10月3日にYouTube上でオンライン開催しました。ルパン三世役の栗田貫一さんは浜中町まで来てくれて、他の声優さんも東京からリモートで参加してくれました。

 なるほど、これからも継続できれば人気のイベントになるでしょうね。何しろルパンは世界中で人気ですから。

栗本 そこなんです。浜中町は海産物と酪農が中心産業ですが、今の子供たちにはもっと町に自信や誇りを持ってほしい。先輩にはモンキー・パンチさんという素晴らしい方がいらっしゃって『ルパン三世』という凄い物を生み出した人が生まれた場所だということを伝えることで、自分たちも頑張って何かを生み出していこうと思って欲しいのです。

 モンキーさんは後進の育成にも力を入れていたから、そうなったらきっと喜んでくれるでしょうね。それにしても、失礼ながら浜中町の雰囲気とルパンの世界はかなりギャップがありますよね。その点が不思議です。

画像: モンキー・パンチ コレクションから車で15分ほどにある霧多布岬。断崖の上にある展望台からは水平線が見渡せる、風光明媚な場所です

モンキー・パンチ コレクションから車で15分ほどにある霧多布岬。断崖の上にある展望台からは水平線が見渡せる、風光明媚な場所です

栗本 私もそう思っていました。私や先生が子供の頃は、このあたりは道路も舗装されていないし、建物も木造でくすんだ色ばかりだったんです。だから小学校で絵を描くと、みんな黒と白の絵しか描けない、そんな時代だったんです。

 でも先生の漫画は凄くカラフルなのが不思議で、一度ご本人になんでこんな絵を描けるんですかと聞いたことがありました。すると、初めて上京した時に、浜中町から夜行に乗って上野駅に降りたら、そこでたくさんの色が目に飛び込んできたそうなんです。

 その衝撃が凄かったとかで、だから色の多い絵が描けるようになったんじゃないかと。あの体験は浜中町で育ったからできたことで、都会で生まれ育っていたら今の僕はない、とおっしゃっていました。

 それがルパンの色遣いの原点というのも面白いお話です。それくらいモンキーさんの心の中には浜中町の風景が原点としてあったんですね。今回お邪魔して、そのことがよくわかりました。ぜひ「ルパンの町」として、世界中のファンが訪れてくれる聖地になるよう、頑張ってください。
(まとめ:泉 哲也)

※12月21日公開の第4回に続く

画像: 湯沸岬灯台は、霧多布湾に出入りする船舶などのために、それまでの霧多布港灯柱に変わって1951年に建設された。北緯43度4分38秒、東経145度10分4秒の位置にある

湯沸岬灯台は、霧多布湾に出入りする船舶などのために、それまでの霧多布港灯柱に変わって1951年に建設された。北緯43度4分38秒、東経145度10分4秒の位置にある

©モンキー・パンチ ©モンキー・パンチ/TMS・NTV

モンキー・パンチ コレクション
●北海道厚岸郡浜中町霧多布西3条1丁目47 浜中町総合文化センター内Tel 0153(62)3131
●営業時間:9:00〜15:00(冬期)、月曜日休館

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