映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第62回をお送りします。今回取り上げるのは、久保田さんが“今年有数の1本”と推す『アイダよ、何処へ?』。人間の愚行を正面から描いた注目作。とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)

【PICK UP MOVIE】
『アイダよ、何処へ?』
9月17日(金)より Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、他 全国順次公開

画像1: 【コレミヨ映画館vol.62】『アイダよ、何処へ?』 憎しみをぶつけ合うまだら模様の世界に希望はあるのか。ボスニア紛争の悲劇をリアルに描く実話映画

 サッカー元日本代表監督のイビチャ・オシムとヴァヒド・ハリルホジッチは、共に旧ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)の出身だった。あの苦渋を忍ばせたユーモアは、動乱のなかを生き抜いて身につけた知恵と鎧、と何度も思わされたもの。試合に勝っても負けても、ふたりのコメントには味わいと哲学があった。

 ユーゴスラビアから独立後もつづいたボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争(内戦)のなかでも最悪の事件といわれる1995年7月の「スレブレニッツァの虐殺」を、同国サラエボ出身の女流ヤスミラ・ジュバニッチ監督が映画化した力作。

 これは観たほうがいい。眼をそむけたくなるわずか25年前の東欧の愚行だが、こういう愚かさは人間という種のなかに潜んでいるものだ。それを人の顔、面持ちを通して正面から描きつくしている。今年有数の一本だろう。

 セルビア人勢力の侵攻から逃れ、2万5千人の大衆が難民化し、救いを求めて国連軍の基地に押し寄せている。主人公のアイダは通訳として基地で働いてきたが、混乱のなか、夫とふたりの息子と離れ離れになってしまう。わずか3年ほど前までは平和な日々もあったのに。

画像2: 【コレミヨ映画館vol.62】『アイダよ、何処へ?』 憎しみをぶつけ合うまだら模様の世界に希望はあるのか。ボスニア紛争の悲劇をリアルに描く実話映画

 隠れた佳品『鉄道運転手の花束』のヤスナ・ジュリチッチがアイダを演じて名演。たとえズルをしても、夫と愛する息子たちは私が救う! と文字通り髪を振り乱して基地の内外を駆け回る。そして戦車のキャタピラ音と共にスルプスカ共和国軍(セルビア軍)がやってくる――。

 すごいのは、主演のジュリチッチがセルビア生まれであることだろう。つまり弾圧した側の俳優がされた側の人間を演じているのだ。さらに映画で極悪のヒールであるセルビア軍のラトコ・ムラディッチ将軍を演じたボリス・イサコヴィッチは、ジュリチッチの実生活の夫。

 ムラディッチ将軍は今年の6月、国連国際刑事法廷で集団虐殺(ジェノサイド)の罪で終身刑が確定した。しかしセルビア共和国では現在も英雄で、悩みながら同役を引き受けたイサコヴィッチは非難を受けつづけているという。

 オシム監督は幼いころは生まれも宗教も関係なく、みなでサッカーをして遊んでいたと語っていた。スレブレニッツァの悲劇は、米国が撤退したアフガニスタンなど世界の紛争地の多くで起きる可能性があること。

 まだら模様になり、憎しみがぶつかりあう世界をどうすればいいのか。映画は、白い画面の長いディゾルヴのあとにエンディングでその答えを示している。ジュリチッチらが出自を超えて映画のマジックに身を投じようと決めたのも、そこに希望があるからだろう。

 『サラエボの花』など自国を舞台に映画を作ってきたジュバニッチ監督は、現在撮影中のHBOの大型ドラマシリーズ『ザ・ラスト・オブ・アス』の監督のひとりに抜擢された。

 来年配信予定の大注目作。ゾンビ・パンデミック後のアメリカを横断する男と少女を主人公にした冒険ゲームの映像化。こちらもまた楽しみである。

画像3: 【コレミヨ映画館vol.62】『アイダよ、何処へ?』 憎しみをぶつけ合うまだら模様の世界に希望はあるのか。ボスニア紛争の悲劇をリアルに描く実話映画

映画『アイダよ、何処へ?』

9月17日(金)より Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、他 全国順次公開

監督・脚本:ヤスミラ・ジュバニッチ
出演:ヤスナ・ジュリチッチ、イズデン・パイロヴィッチ、ヨハン・ヘンデンベルグ、レイモント・ティリ、ボリス・イサコヴィッチ
原題:QUO VADIS, AIDA?
配給:アルバトロス・フィルム
2020年/ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、オーストリア、ルーマニア、オランダ、ドイツ、ポーランド、フランス、ノルウェー、トルコ合作/ビスタサイズ/101分

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